メディアアート+ゲーム特別座談会 近藤銀河×谷口暁彦×土佐信道(明和電機) ゲームから考えるジェンダーと広がりつつある「自作」の幅[後編]

坂本 のどか

協力:洋ナシ
写真:栗原 論

左から、近藤銀河氏、谷口暁彦氏、土佐信道氏

本当に懐かしいのは90年代のPS1

近藤 「WRONG HERO」で展示されたのはRPGツクールというツールでつくられたドット絵調のゲームでしたが、ここ数年で増えたのは、90年代〜00年代、PS1やPS2のゲームを想起させるような3DCG調のゲームです。今のプレイヤーにとって本当に懐かしい表現は、実はドット絵ではなくその年代の絵なのでしょうね。2016年に『Back in 1995』(Throw the warped code out、Ratalaika Games S.L.)1というゲームが出て、その後デメイク動画と呼ばれるものが流行りました。あえて一昔前のグラフィックを模倣してトレイラーをつくり直すことをデメイクと表現しているのですが、さきほどお話した『ウムランギジェネレーション』(ORIGAME DIGITAL、2020年)や『Buckshot Roulette』(Mike Klubnika、2024年)もこの系譜にある作品です。その流れが一気に加速して、ほかにも『Mouthwashing』(Wrong Organ、2024年)、『Arctic Eggs』(The Water Museum、Cameron Ginex、Abmarnie、Cockydoody、2024年)、『Sorry We’re Closed』(à la mode games、2023年)など、ここ1、2年で魅力的なゲームがたくさんつくられています。

なかでも紹介したいのが、『Sorry We’re Closed』です。デメイクのグラフィックを使うことにとても意識的な作品だと思います。バイオハザードやサイレントヒルなどのホラーゲームを思い起こさせるつくりになっているのですが、興味深いのが、ホラーであると同時に恋愛ゲームで、そこで展開するのがクイアなストーリーであることです。レズビアンの主人公が悪魔に呪いをかけられるのですが、天使も悪魔も人間も、登場人物が皆ジェンダーや恋愛について悩みや課題を抱えているんです。

90年代〜00年代において、例えば天使と悪魔が許されざる恋をしているとか、そういった描写は私にとってクイアな恋愛の象徴で、私は自身のセクシャリティやジェンダーへの違和感を投影しながらゲームを楽しんでいました。本作ではその時代のグラフィックを使うことで当時を想起させながらも、レズビアンであったりゲイであったりということを当たり前のように押し出しています。天使と悪魔の恋愛はもはや象徴ではなく、むしろ主人公たちのクイアな恋愛を補強するものになっているのです。私には、あの頃プレイヤーがゲームに自己投影していたことを、実際に描写してみようという試みのように感じられます。それがノスタルジックなグラフィックを使う理由にもなっているのだと思います。

ただ、これらはノスタルジックなグラフィックといっても、使っているのはおそらくUnityなど現代の汎用なゲームエンジンです。技術的な再現性ではなく、ノスタルジーを感じるものに現代的な問題を重ねることに大きな意味があるのだと思います。

谷口 デメイクやリメイクという視点は非常に重要です。2023年に出版された吉田寛さんの『デジタルゲーム研究』(東京大学出版会)では、ビデオゲームをメディアとして捉えた際の特性について、エミュレーションとメタフレーミング、デメイクの三つの要素を挙げています。ビデオゲームはコンピュータ上で動作するソフトウェアなので、基本的にはコンピュータのメディア的な特性を引き継ぐわけですが、一方でビデオゲームならではのメディアの特性としてこれらの要素を挙げています。

小さなゲームエンジンの可能性

谷口 インディーゲームの開発環境として、UnityやUnreal Engineなどとは異なる考え方でつくられた小さなゲームエンジンが近年複数登場しています。PICO-8(ピコエイト)やBitsy(ビッツィー)、Decker(デッカー)など、どれも古いコンピュータの動きをシミュレーションしていて、つくれるゲームもとてもレトロな質感です。解像度や色数なども制限され、できることが限られたゲームエンジンです。据え置きのゲーム機や昔のコンピュータのことをコンソールといいますが、こうしたものが今、架空のレトロなコンソールとして「ファンタジーコンソール」と呼ばれています。たくさんのインディーゲームが登場する今のシーンのなかから、インディーゲームエンジンとでもいうものが登場していて、新たな潮流として興味深く動向を見ています。

土佐 コンピュータの処理にとても余裕があるからできることなのでしょうか。

谷口 それもありますし、UnityやUnreal Engineのような「どんなゲームでもリアルにつくれます」というスタンスではなく、ある表現に特化したゲームエンジンなので、ゲームエンジンそのものに思想や作家性がある感じがしますね。

近藤 私も今年出した著書『フェミニスト、ゲームやってる』(晶文社、2024年)のために、Bitsyで5分くらいで遊べるゲームをつくりました。

近藤氏による著書『フェミニスト、ゲームやってる』

谷口 SNSで見かけて、プレイしました。本の魅力が伝わってくる素敵なゲームでした。ミニマルなグラフィックだからこそ想像が広がる豊かさがありますね。

近藤 ありがとうございます。おっしゃる通りできることは本当に少ないのですが、その分すごく簡単に短時間でつくれる。おもしろい文化が広まっていますよね。

2010年代前半に、UnityやUnreal Engineなどが一度無料化され、「ゲームエンジンの民主化」といわれていました。でも最近になって一方的にその無料範囲を狭めて大きな批判を呼びました。無料化は民主化でも何でもなく、単なる資本主義の拡大でしかなかったのだと。そういったなかで、ファンタジーコンソールはソースコードを公開しているものも多く、本当の意味での民主化が目指されているようにも感じます。

土佐 こういったゲームエンジンは何の上で動作するのでしょうか。

谷口 基本的にはPC上です。一つのアプリケーションになっています。PICO-8やBitsyはブラウザ上で使うこともできます。

自分でできる範囲のものづくり

近藤 ゲームデザイナーのアンナ・アンスロピはゲームが巨大化していることを批判しています。個人がつくれる程度の規模感を取り戻さないといけない、そのためには難しいプログラムをしなくていいツールが必要だといっていて、ファンタジーコンソールはまさに彼女の理想を体現したゲームエンジンなのではないかと思います。Bitsyには内容としても、個人的な体験を描いたゲームが多い。作者が再現した景色を右から左に歩いて見るだけのゲームだったり、個人的に受けた差別の体験を物語るような作品であったり。簡単につくれる分、自分の考えを表すツールにもなるのだと思います。

谷口 HTMLエナジーという概念を提唱しているグループがいます。今、ウェブサイトで使用される技術はどんどん複雑になっているし、既存のSNSなどのプラットフォームを使って情報発信できるので、自分でHTMLコードを書いてウェブサイトをつくる必要はなくなっていますよね。そうした状況に対して、HTMLエナジーは理解できる範囲でHTMLを一から書いて、自分で手入れできるシンプルなウェブサイトを再興しようという運動です。Bitsyなどで起きていることと、HTMLエナジーの運動はつながっていると思います。ある種の複雑で情報過多な状況に対する反動なのかもしれません。

近藤 大きなプラットフォームに握られずに、自分たちでつくっていける可能性を担保することは大事だと思います。そう考えると、フェミニストやアナーキストたちは特にその手段を知っておいた方がいいように思えて、そのために何をすべきか、最近ちょっと考えたりしています。3Dプリンタなどもそういった文脈のなかで語られることがありますよね。

一家に一台3Dプリンタがある時代へ?

谷口 そうですね。3Dプリンタやプリント基板制作がとても低価格化し、個人で使えるようになってきたのも、近年の重要なトピックだと思います。

そもそも、現在の3Dプリンタの普及の出発点にはREPRAPというプロジェクトがありました。ソフトウェアもハードウェアもオープンソースになっており、それに従ってさまざまな機械部品を集めたり、樹脂部品は3Dプリンタを使用して製造し、3Dプリンタを自分で制作できるようにしたプロジェクトでした。今振り返ってみて興味深いのは、REPRAPは3Dプリンタを普及させようという目的だけでなく、自己複製する機械を実現するためのプロジェクトでもあったということです。3Dプリンタでつくった部品で3Dプリンタをつくることで、昔から人工生命などの領域で夢見られていた自己複製する機械を目指したものでした。

今年、Bambu Labというメーカーが出したA1 miniという機種が、非常に安価ながらこれまでの3Dプリンタに比べはるかに性能が高く、話題になっています。この機種の登場によって、家電製品と同じ感覚で3Dプリンタを所有することができるようになりました。実際に僕が勤めている多摩美でも、買いましたという学生が何人も出てきました。

《Boring Screens》2023年。Rabbit Pieと3Dプリンタを用いて制作した谷口氏の作品
《パソコン君》2024年。谷口氏が勤務する多摩美術大学情報デザイン学科メディア芸術コースで新入生に紹介している、「パソコン購入ガイド」に登場するキャラクターを3Dプリンタで立体化したもの

近藤 私も買いました。

谷口 3Dプリンタは美術などの分野の人が使うのはもちろんのこと、壊れた部品の代替品やちょっとものを掛けるフックをつくるなど、日常的な用途でも使えます。修理する権利について今ヨーロッパを中心に議論されていますが、自分で何かをつくって直せる、そういった権利の復権が、3Dプリンタによって押し進められている気がしますし、ものをつくることのハードルが下がってきて、非常におもしろい状態になっていると感じています。

土佐 3Dプリンタができるまで、デザインを学んだ人や技術者しかプラスチックという素材は扱えませんでした。それがこの10年くらいで素人がプラスチックを扱えるようになって、何が出てきたかというと、歪んだプラスチックです。「いいね、この歪み」みたいな、利休好みみたいなプラスチックが現れた。興味深く感じていましたが、普及の過程ならではのそういった味わいは今後なくなっていくのでしょうね。

近藤 「ここにプラスチックが溜まっちゃってるのがいいよね」みたいな、ありますよね(笑)。3Dプリンタが登場して私はすごく助けられています。絵を描いたり彫刻をつくったりというリアルなマテリアルを相手にする体力が病気のために私にはない。私はずっと寝ながらPC作業をしているのですが、3DプリンタやUVプリンタは、体力がない私が寝ながらちょっとずつつくったデータを現実の世界に出力してくれる。とても革命的でした。アクセシビリティの広がりにもつながっていると思います。

谷口 3Dプリンタは自助具の制作にも活用されているんですよね。例えば、障害などによって手が震えてスプーンが持ちにくい人のためのホルダーなどが代表的な例ですね。そうしたものは量産品ではなく個々にカスタマイズする必要があるので、3Dプリンタで制作することに適していますね。

3Dプリンタ+プリント基板=自作ゲーム機

谷口 一方で、プリント基板も今非常に手軽につくれるようになっています。少し前までは高価で時間もかかるので、ユニバーサル基板に自分でハンダづけして配線したり、あるいはプリント基板をつくるにしてもまずはブレッドボードでプロトタイプをつくってというプロセスを経ていました。それが早く安価に、プロトタイプのプロセスを省略していきなりプリント基板をつくってもいいくらいになっています。

プリント基板が普及したきっかけには自作キーボードが流行した影響もありました。キーの数やレイアウトを工夫して、独自のデザインをつくるので、基板のデザインがそのままキーボードのデザインに直結するんです。各々が使いやすいキーボードを小ロットで自作キットとして制作してネットで販売しています。このように、個人が電子機器をつくって売買するコミュニティができているんです。こうした状況から影響をうけて、僕自身も電子工作のキットをつくっています。Rabbit Pieという多摩美の学生向けの電子工作キットです。

近藤 キットを独自につくっているんですね!

谷口 小さいマイコンとディスプレイ、ボタン、イヤホンジャックがついていて、プログラムを書き込んでグラフィックを表示させたり音を出したりできます。材料費2,000円くらいでつくれるので授業でも導入しやすい。キットとして学生に組み立てさせて、プログラムを書いて遊んでみようということを授業でやっています。

近藤 おもしろいです。音もちゃんとサンプリングしてつくっているんですね。

Rabbit Pieをプレイする様子

谷口 このキットがすでにゲーム機っぽいのですが、今個人的に興味があるのは、ゲームをつくることよりもゲーム機をつくることです。ゲーム機が一つの表現になり得るんじゃないかと感じているのです。ファンタジーコンソールの潮流からもそういった傾向が見て取れますし、学生からも自分でゲーム機をつくりたいという相談をよく受けます。

少し領域は違いますが、今自作のシンセサイザーなんかも流行っていますよね。プリント基板でシンセサイザーをつくって、手芸品などを個人が販売するetsyなどのサイトで出品するんです。自作キーボードもそうですが、手芸のような文脈とつながりながら個人制作の電子デバイスが流通するというのがおもしろい。

寿司を音楽プラットフォームに

土佐 僕もコロナ禍で3Dプリンタとプリント基板をフル活用して楽器をつくって売ったのですが、その際に参照したのがまさに自作シンセサイザーの文脈でした。

明和電機の収入源はイベントとおもちゃしかない。コロナでイベントが全部なくなって、早急におもちゃを増やして売る必要が出てきました。ただ本来、おもちゃは中国で金型をつくって量産するので開発から製造まで1年かかります。そんなことしてられないとなったときに、たまたまアトリエに3Dプリンタやレーザーカッターを揃えていたのです。金型を起こせない分は3Dプリンタとレーザーカッターでつくることにしました。プリント基板は格安であっという間に届きます。製造の方向性はそれで決まりました。

じゃあどんなものをつくろうかとなったとき、サブスクじゃない音楽のプラットフォームをつくりたいと思いました。昔のプラットフォームはレコードやカセットなど触れておもしろかった。今は全部サブスクでつまらんなと思っていたのです。その一方で、先ほどのモジュラーシンセという自作シンセサイザーの流行が気になっていました。自作のシンセサイザーを流通させたり好みのシンセサイザーと交換したりするのですが、なぜできるかというと、モジュール化しているからです。それが僕の中で、寿司につながりました。寿司もネタは違っても皆同じ形、同じ大きさです。そんなこんなで、楽器兼音楽の再生メディアとしてつくったのがこの「SUSHI BEAT」です。四つセットで明和電機のニューアルバムとして発売しました。売れ続けてその後金型での製造に切り替えましたが、「並」「上」「特上」のうち「特上」は今も3Dプリンタとレーザーカッターでつくっています。

ファンタジーコンソールのように、「SUSHI BEAT」そのものが一つのプラットフォームになっています。明和電機のアルバムに続いて、ZUTOMAYOさんや岡崎体育さんに声をかけてアルバムを出しました。今はORANGE RANGEさんと制作中で、デザインをAC部が担当しています。

谷口 これは楽しいですね(笑)。

土佐 BPMと音程を合わせるという条件ですべて制作しているので、どれでも重ねられるんです。沖縄の展覧会に合わせて三線バージョンもつくりました。

ただ、3Dプリンタは今本当に安くなっていて、僕がコロナ禍で使っていた頃とは比べものになりません。金型で量産する感覚と3Dプリンタで量産する感覚がだいぶ近くなってきていると思います。3Dプリンタのメリットはカスタマイズが簡単にできることです。金型だと一気に1,000個、2,000個つくる必要があって、カスタマイズするには金型をつくりかえる必要がある。3Dプリンタなら少量つくってみて、ちょっと直してまたつくるということが容易にできます。そういうことが本当に誰でもできるようになって、あとは必要なのはセンスだけですね。

土佐氏による「SUSHI BEAT」実演。音階とテンポをあわせているため、複数を同時に組み合わせてビートが刻める

プラットフォームの終了で消えていくものたち

谷口 印象的だったウェブ記事を一つ紹介したいのですが、2023年の年末、活動休止中のgroup_inouというミュージシャンが突然新曲をリリースして、そのミュージックビデオを先ほども名前が出たAC部が手がけたんです。縦に流れるマンガ風のアニメーションなのですが、単純なミュージックビデオというだけではなく、ブラウザでインタラクティブに体験できる特設サイトになっていて、サイト上では縦スクロールの操作で音とアニメーションをスクラッチするような楽しみ方ができる。とてもおもしろいサイトです。ただ、僕が注目したのはそこではなく、サイトを制作した映像作家の橋本麦さんが書いていた記事です。

橋本さんはかなりハッカー気質のある映像作家で、制作の際にはなにかしら自分でソフトウェアをつくるところからやっているような人です。ハッカー気質な人というのはオープンソースの文化や考え方にも深くつながっています。どういうプロセスでつくったかをどんどんオープンに共有していく姿勢を持っていて、先ほどの特設サイトについてもメイキングのような記事を書いています。前半は技術解説なのですが、途中で記事の趣旨がガラッと変わって、橋本さん自身がこの10年、どういう作品や文化に影響を受けて作品をつくってきたのかということを語り出すんです。具体的には、過去のインタラクティブ広告など、映像を使った広告表現の歴史を振り返るような内容になっています。僕が注目したのはこの後半です。

特にAdobeのFlashがよく使われた頃には、企業の案件でインタラクティブなウェブサイトがいっぱいつくられて、広告賞を獲ったりもしていました。今そういった風潮はなくなりかけています。さらに、かつてつくられたものも見られなくなっている。要因として大きいのはやはり、Flash Playerがサービスを終了したことです。中村勇吾さんの昔のサイトyugop.comもすべてFlashで動いていたためもう見られなくなっています。先ほどのプラットフォームの話ともつながりますが、貴重なアーカイブが、サービスが終了しました、ブラウザが対応しなくなっちゃいましたということで見られなくなっている。橋本さんの記事はそれらをある種のアーカイブとして残す記事にもなっていました。橋本さんが紹介していた事例には僕が若い頃に見て影響を受けたものも多く含まれていて、「これが消えていくのが今の時代のリアリティなのだな」と、いろんなことを考えさせてくれた記事でした。

土佐 先ほどのファンタジーコンソールなどは、その点はどうなのでしょう?

近藤 ファンタジーコンソールも結局はソフトウェアで、だいたいがitci.ioというウェブサイトを経由して配信されています。そこはゲームの販売や無料配信もできるサイトです。itci.ioがなくなってしまうと、そこで配信されているゲームエンジンやゲームも丸ごとなくなってしまうのかもしれません。

谷口 さきほどのHTMLエナジーや修理する権利といった考え方がやはり大事になってくると思います。凝った技術を使ったものほどすぐに使えなくなる、見られなくなってしまうというジレンマがある。小さくてシンプルなものをコツコツ直しながら維持するというのが、積極的な解決策ではないにしても一つの道としてはあるのだと思います。

土佐 そう考えるとMIDIなんかは強いですよね。僕の楽器はすべてMIDIで動いていて、MIDIシーケンサーは1998年のソフトをいまだに使っているんです。ボタンが小さいわ曲選びも面倒だわでどうしようかと思っていたのですが、いろいろ試行錯誤して、最終的にMicrosoftのPowerPointをかませることで解決しました。PowerPointのVBA(Visual Basic for Applications)でスイッチをつくり、それを押すとシーケンサーの操作ボタンの座標を押してくれるというのが簡単にできるのです。コードはChatGPTが教えてくれました。

谷口 PowerPoint!? PowerPointってそんなことができるんですね?

土佐 僕はハイパーカード2世代なので、一番近いのはPowerPointなんです。

土佐氏

OS(コンテナ)ごと展覧会を持っていく

土佐 それらをひっくるめて、明和電機の全製品を展示するというのが沖縄で開催した展覧会「明和電機ナンセンスマシーン展 in 沖縄」(2024年7月13日~9月16日、沖縄県立博物館・美術館〔おきみゅー〕)でした。明和電機は自分の作品は売らず、おもちゃなどで収入を得ているので、過去につくった作品は全部持っているんですね。全部持っているから毎年大回顧展ができる。ただ、どんどん増える作品をどうするかという問題はありました。コロナ禍で時間もあるのでその問題に向き合って、全部の作品を同じ大きさのコンテナに入れるというアーカイブ作業をやりました。そのとき、コンテナという考え方にドハマリしたのです。沖縄での展覧会では、その集大成を見せることができました。

「明和電機ナンセンスマシーン展 in 沖縄」(沖縄県立博物館・美術館〔おきみゅー〕)会場風景
「明和電機ナンセンスマシーン展 in 沖縄」の際のコンテナ

谷口 コンテナという考え方は、「SUSHI BEAT」とも共通していますね。

土佐 そうですね。同じ大きさのコンテナに入れると何がいいかっていうと、スタックできて、ファイルと同じように引き出せるんです。それまで作品はバラバラな大きさの木箱を積み重ねて収納していて、どこに何があるのかわからない状態だったのが、まず整理されました。かつ、コンテナはディスプレイ式コンテナといって、展覧会会場にディスプレイできるんです。ブロックのように組み合わせてステージをつくったり、展示台にしたり、更衣室にもできる。そうすると什器も減らせて施工予算も削減できます。そんなことをひたすらやっていたのですが、この行為は一体何なんだろうと不思議に思っていたときにとてもしっくりきたのが、コンピュータのコンテナ技術の話です。明和電機の製品にはEDELWEISS     やツクバなどいろんなシリーズがあって、それらすべてを美術館にインストールしなきゃいけないわけですが、美術館の実行環境ってバラバラです。展示空間もバックヤードも、運営体制も違う。さまざまな環境に毎回同じ明和電機をセッティングしなきゃいけない。コンピュータも同じように、違う実行環境のなかでそこにあるコンピュータのリソースを使って、同じソフトウェアを走らせなければいけないわけです。同じや!と思いました。展覧会を実行するためにもOS的なものを間にかませなきゃいけないんです。そのためのコンテナ整備をひたすらやっているのだなと腑に落ちました。

谷口 今日の内容がいろいろ回収されるようなお話ですね。

近藤 アーカイブして整理すること自体が制作活動なんですね。

途中でやめてもいいし、プレイし続けてもいい

土佐 今日ゲームの話を聞いて、時間感覚、空間感覚がまず違うのだなと思いました。ものをつくる作業というのはやっぱりどうしても時系列になってしまう。開発は時間やステップを飛ばすことはできないし、多次元にはできない。ゲームはそこをいとも簡単に飛ばせたり、過去に行けたり、その隙間に見えてきたものから自分を感じるとかできる。すごくおもしろかったです。そういう意味では、僕が同じような感覚になるのは展覧会を組み上げて一人でいるときだと思います。組み上げると、自分の人生がアイテムとしてドワーッと並んで、超贅沢な空間です。自分は貴族か何かか?と思いながら眺めています。

谷口 ゲームはすべてが人の手でつくられていますからね。現実世界はいろんな人のいろんな考えや偶然に満ち溢れているけれど、ゲームはそうではなく、ある意味ではすべてに意志や意図がある。それが全部プレイヤーに向かってくるような怖さを感じるところはあります。

近藤 そうですね。ゲームがすべてつくられた世界であることはすごく諸刃の剣だと思っています。個人の苦しみや痛みを体験させるなど、本来共有し難いことを共有できるのはすごいことです。でも同時に、例えばゲームにおける加害の体験が、加害への抵抗感を薄れさせる危険もある。自分に本来はなかった欲望がゲームのシステムによって喚起されたとき、どうすればいいんだろうという不安はあります。ただそこでやはり、ゲームをしないというのが一つの選択肢だと思うのです。プレイを中断してやめる、それはポジティブな失敗です。90年代調のゲームで名前を上げた『Mouthwashing』は性暴力を描いた作品ですが、途中、主人公がある人に襲われて戦わなければいけない場面があります。でもそこで殺され続けると、ハッピーエンドというトロフィーがもらえるのです。すごく皮肉だけど、示唆的でおもしろい。ゲームをクリアできずに失敗することがグッドエンドとされているのです。

谷口 ゲームをあえてプレイしないということについては、僕も以前テキストを書いたり3展覧会「イン・ア・ゲームスケープ ヴィデオ・ゲームの風景、リアリティ、物語、自我」(2018~2019年、NTTインターコミュニケーション・センター[ICC])のキュレーションのなかでテーマの一つにしたりしたことがあります。ゲームを使ったアート表現がどう始まったか、その歴史をたどると、ゲームをプレイしないことによって始まった側面があるのです。ミルトス・マネタスという作家が、意図的にゲームを放置して、放置したものを映像として作品に残した。そうすると、現実の世界が存在するのと同じように、ゲームの方にも別の世界がちゃんとあるんだと感じられる。プレイしないことや失敗することの可能性については、僕も共感できるところがあります。

土佐 僕はプレイし続けちゃっているんですね、明和電機を。

近藤 (笑)。そう思いました。ゲームはしないとおっしゃっていましたけど、これだけ明和電機をプレイしていたら、わざわざ別のゲームをやる必要がないのでしょうね。

土佐 実は僕が来年やろうとしていることについて、ゲームの視点から皆さんにご意見をうかがいたいと思っていたんです。《UME BOX》と名付けたコンテナ収納型楽器をもって、一人で全国を行脚して各地でライブをしようと思っているんですが……。

谷口 突然の企画会議が。プレイし続けていますね(笑)。

明和電機《UME BOX》2024年

脚注

1 日本のインディーゲーム開発Throw the warped code outが手掛けたアドベンチャーゲーム。2016年4月発売。プレイヤーは「過去を精算しなければ」と呟く主人公を操り、謎のタワーを目指し化け物がはびこる街を進んでいくこととなる。多くが謎に包まれたストーリーに加えて、初代PlayStationで発売されていた3Dゲームを意識したローポリゴンや固定カメラ・ラジコン操作が特徴となっている。あえて古いゲームにあった当時の技術上の制約とそれに合わせたつくりを手法として取り入れるゲームが増え始めたなかで、本作は国内インディーゲーム開発から登場したことで注目を集め、後に家庭用機にも多数移植されることとなった。
2 1987年にApple Computer(現Apple)のビル・アトキンソンが開発したMacintosh用の商用ソフトウェア。テキスト間をハイパーリンクし(結びつけ)、複数のカードを相互リンクさせることができる仕組みを持つ。最終版の提供は1998年。
3 谷口暁彦「ゲームアートにおけるゲーム世界の自律性 ミルトス・マネタスとビデオゲーム以後の芸術」ÉKRITS、2018年5月17日、https://ekrits.jp/2018/05/2620/

[近藤銀河氏のトピック解題]

1 『8番出口』:小規模ゲームの拡散
本作は定価わずか500円前後でプレイ時間は1時間程度という極小規模なゲームながら、DL数100万本を突破する売上を叩き出した。狭隘な地下鉄通路を延々と歩き続ける見た目は、空虚な都市空間を舞台にするホラーインターネットロアのBackroomを思わせるところがある。本作自体もミーム的な広がり方をしていたかもしれない。プレイ動画の切り抜きよる拡散はもちろん、多量の模倣作が短期間で現れたのもそうだ。

2 『ELDEN RING SHADOW OF THE ERDTREE』:躍進を続けるフロムソフトウェア
2024年の各種ゲームアワードでは『アストロボット』『メタファー:リファンタジオ』『FINAL FANTASY VII REBIRTH』など数多くの日本産ゲームが入賞を果たした。本作もそうした作品の一つだが、賞レースに乗りにくいダウンロードコンテンツであったことは特異だった。それだけ支持の強い作品だったのだ。開発会社のフロムソフトウェアはアワードの常連となっている。これからの展開も楽しみだ。

3 セマーン・ペトラ《About their distance》「都市にひそむミエナイモノ展」2023年12月15日(金)~2024年3月10日(日)、SusHi Tech Square:都市の間隙とサブカルチャー
ハンガリー出身のアーティストであるセマーン・ペトラは映像やインスタレーション、ゲームといった媒体を用いて、自身と架空の世界そして都市空間の関わり方を時にクィアな観点から描いてきた。本作が展示されたSusHi Tech Squareは欧米圏からのサイバーな日本というイメージを引き受けつつ発信するような施設だ。展示をみるとゲームとアートの接点を探るような作品も少なくない。今後の展開に注目したい。

4 藤嶋咲子個展「WRONG HERO」2024年10月19日(土)~27日(日)、9s Gallery by TRiCERA:アートとゲームとジェンダー
藤嶋咲子はバーチャルな空間を絵画として描くと同時に、メタバース上の空間でデモを行うパフォーマンスを行ってきていた。そんな藤嶋による「WRONG HERO」はジェンダーをめぐる2Dゲーム、それをベースにした3Dゲーム、そしてキャラクターの絵画作品とジェンダー差別の体験にまつわる映像作品からなるインスタレーションであった。ゲームとアートの境界でジェンダーが扱われることはとても興味深い。

5 90年代~00年代調の3Dグラフィック:様式になりゆく記憶
PS1やPS2の時代を想起させる、粗いポリゴンに低解像度テクスチャというスタイルのゲームが盛んになっている。PS2のグラフィックに写真を変換するアプリがSNS上で話題にもなったこともあった。それはもはや古いものではなく一つの様式になったのだ。またこの様式は特定のゲームと結びつくこともある。特にホラー分野では『サイレントヒル2』(2001年)がオマージュされてきたが、そのリメイク版が発売されたのも2024年だった。

近藤 銀河(こんどう・ぎんが)
アーティスト、美術史家、パンセクシュアル。1992年生まれ。中学の頃にME/CFSという病気を発症、以降車いすで生活。主に現代から見てレズビアン的と見える西洋美術の研究するかたわら、ゲームエンジンやCGを用いセクシュアリティをテーマにした作品を発表する。ライターとして雑誌『現代思想』『SFマガジン』『文藝』、書籍『『シン・エヴァンゲリオン』を読み解く』(河出書房新社、2021年)、『われらはすでに共にある──反トランス差別ブックレット』(現代書館、2023年)、『SF作家はこう考える──反創作世界の最前線をたずねて』(Kaguya Books、2024年)など寄稿多数。単著に『フェミニスト、ゲームやってる』(晶文社、2024年)。

[谷口暁彦氏のトピック解題]

1 ウェブサイト「THE PHOTOGRAPHER’S GUIDE TO LOS SANTOS」:ゲーム内写真の実践と批評
『グランド・セフト・オートV』(2013年)というオープンワールドゲームを舞台にした、ゲーム内写真(in-game photography)の実践と批評のプロジェクト。写真撮影のノウハウや、スクリプトなどを介した改造方法、どのような視点でゲーム内を撮影するかといったツアーガイドなどがまとめられている。キュレターのマルコ・デ・ムティスとIULM大学准教授のマテオ・ビタンティが企画。
https://gta5.photography/artworks

2 ファンタジーコンソール:小さなゲームエンジン
PICO-8という、ドット絵によるレトロなゲームエンジンを開発したジョセフ・ホワイトが提唱した概念。ファンタジーのように、過去に実在していない古いコンピュータやゲーム機を想像し、それをエミュレーションしたゲームエンジンだ。解像度や色数が制限されるからこそ独特な魅力を生み出している。最近登場した「Bitsy」「Decker」などのゲームエンジンもファンタジーコンソールの一種といえる。

3 3Dプリンタ「A1 mini」:安価かつ高性能で人気
2023年秋にBambu Labから発売された小型で安価な3Dプリンタ。Bambu Labは、民生用3Dプリンタとして初めて実用的な多色印刷システム「AMS」や、高度なキャリブレーションによる高速で高精度な印刷を可能にし、これまでの民生用3Dプリンタとは一線を画す性能を実現している。特にこの「A1 mini」は、3万円ほどの価格、コンパクトで動作も静かで、家電製品のように家庭に置ける入門機として高い人気を博している。

4 プリント基板の普及:キーボード自作の影響
近年、パソコンのキーボードを自作することが流行し、個人でプリント基板を制作するノウハウがインターネット上で広く共有されるようになった。キースイッチは基板上に直接実装されるため、オリジナルのレイアウトのキーボードをつくるということはオリジナルの基板をつくることなのだ。中国深圳の基板製造メーカー、JLCPCBなど、小ロットで低価格の基板製造サービスの普及もプリント基板の自作を後押ししている。

5 橋本麦による記事「Making of “Kindolphin”」2024年5月6日:消えゆく表現
group_inouとAC部のミュージックビデオ作品『HAPPENING』のウェブアプリ「Kindolphin」の制作を行った橋本麦によるメイキング記事。前半ではKindolphinの制作について紹介しているが、後半は一転してモーショングラフィック、インタラクティブ広告などについての自分史の語りになっていく。ある時代の表現が失われたり忘れられつつある現在のリアリティを感じる。
https://baku89.com/making-of/kindolphin

谷口 暁彦(たにぐち・あきひこ)
メディアアーティスト、多摩美術大学准教授。メディアアート、ネットアート、映像、彫刻など、さまざまな形態で作品を発表している。主な展覧会に「[インターネット アート これから]──ポスト・インターネットのリアリティ」(NTTインターコミュニケーション・センター[ICC]、2012年)、「SeMA Biennale Mediacity Seoul 2016」(ソウル市立美術館、2016年)、個展に「滲み出る板」(GALLERY MIDORI.SO、東京、2015年)、「超・いま・ここ」(CALM & PUNK GALLERY、東京、2017年)など。企画展「イン・ア・ゲームスケープ:ヴィデオ・ゲームの風景、リアリティ、物語、自我」(ICC、2018~2019年)にて共同キュレ―ターを務める。

[土佐信道氏のトピック解題]

1 「しんばし×アキバ カコ↓イマ↑ミライ展関連企画 シャッターゴルフの世界展」2024年1月19日(金)~31日(日)、ニュー新橋ビル3階、ラジオセンター1階:ChatGPTを活用した展覧会
明和電機考案による新型スポーツ。日本に増えつつあるシャッター街を巨大な鉄板でできたゴルフのコースと見立て、磁石の円盤を投げてコースを回る。途中、「ブロッカー」とよぶ電動の邪魔をする装着をよけつつゴールを目指す。展覧会ではニュー新橋ビル3階および秋葉原のラジオセンターのシャッター街にシャッターゴルフ場をつくった。このシャッターゴルフの創始者の物語やロゴマークなどの創作は、ChatGPTを活用して行われた。

2 ChatGPT:人間らしい対話ができる生成AI
ChatGPTは、人工知能(AI)を活用した会話型プログラム。自然な文章で質問に答え、アイデアを提案し、学習や仕事をサポート。文章作成、情報提供、問題解決など多彩な用途に対応。教育やビジネス、趣味の領域で利用可能。自然言語処理技術により、複雑な話題にも対応し、人間らしい対話を実現。簡単に利用でき、幅広いニーズに応えるツールとして注目される。最新情報や専門性を要する場合はインターネット検索が必要。多くの場面で役立つ、便利で革新的な存在。

3 「SUSHI BEAT」:楽器のようなおもしろさをもつ、音楽の再生メディア
寿司型電子楽器。本体は上部グラフィカルな「ネタ」、音の出る回路の「オト」、回路を収める「シャリ」からできている。ネタを押すと録音された音声がループし、異なるネタを押すことでDJプレイができる。ミュージシャンとのコラボモデルも多数。

4 「明和電機ナンセンスマシーン展 in 沖縄」2024年7月13日(土)~9月16日(月・祝)、沖縄県立博物館・美術館(おきみゅー):これまでの活動を展観した展覧会
2024年の夏、沖縄県立博物館美術館で開催された明和電機の大規模展覧会。展示では社長・土佐信道の中学時代の絵画から始まり、「魚器シリーズ」「ツクバシーズ」「EDELWEISSシリーズ」「ボイスメカニクスシリーズ」などのナンセンスマシーンを年代ごとに展示、また近年取り組んでいる「トイ」「コンテナ」という新しいプロジェクトも展示。まさに過去、現在、未来にわたる「生きながらにしての大回顧展」といえる展覧会。

5 《UME BOX》:スーツケースサイズのコンテナ二つに収めたライブセット
明和電機社長の一人全国ツアーのために開発されたコンテナ収納型ライブセット。ドラム、ベース、ギター、ピアニカというバンドのような自動楽器、ダンスロボット、指パッチンモクギョ、そしてキャラクター「サバオ」などをスーツケースほどのサイズのコンテナ二つにコンパクトに収納。このUME BOXがあればどこでも明和電機のパフォーマンスを披露できる。ツアーではこのUME BOXを軽自動車に詰め込み、社長一人で運搬から楽器設営、PA、照明、撤収などを行い、47都道府県をまわる。

土佐 信道(とさ・のぶみち)
明和電機代表取締役社長。1967年、兵庫県生まれ。1992年、筑波大学大学院芸術研究科修士課程修了。1993年に兄・正道とともに芸術ユニット「明和電機」を結成し、代表取締役副社長に就任。さまざまなナンセンスマシーンを開発しライブや展覧会など、国内外で広く発表する。2001年、前社長・正道の定年退職に伴い代表取締役社長に就任。2009年、音符の形の電子楽器「オタマトーン」の商品開発。2022年、「明和電機ミュージックマシーン店」を秋葉原にオープン。2023年には明和電機としてデビュー30周年を迎えた。

※インタビュー日:2024年12月4日
※URLは2025年2月27日にリンクを確認済み

メディアアート+ゲーム特別座談会 近藤銀河×谷口暁彦×土佐信道(明和電機) ゲームから考えるジェンダーと広がりつつある「自作」の幅[前編]

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