ゲームと遊びを軸としたクリエイター支援プロジェクト「ars●bit(アーソビット)」始動 「アート×ゲームの新時代」イベントレポート

山田 集佳

写真:小林 健太

会場の様子
写真:竹見洋一郎(言問)

[セッション1]ゲームアート/アートゲームのあゆみ:「イン・ア・ゲームスケープ」から「マシン・ラブ」へ

本セッションではゲームとアートの関係について、「ゲームアート(ゲームを利用したアート)」と「アートハウス・ゲーム(アートとしての方向性を高めたゲーム)」の双方向からの解説が行われた。

まず、メディアアーティスト・谷口暁彦氏が、ゲームを題材としたアート作品の系譜について、歴史的な観点からの整理を行った。谷口氏はゲームエンジンなどを用いた作品制作を自ら手がけるほか、「イン・ア・ゲームスケープ ヴィデオ・ゲームの風景,リアリティ,物語,自我」(2018年12月15日~2019年3月10日、NTTインターコミュニケーション・センター[ICC])、「マシン・ラブ:ビデオゲーム、AIと現代アート」(2025年2月13日~6月8日、森美術館)のキュレーション参画を通じて日本でのゲームアート/アートゲームシーンを先導してきた第一人者といえる。その経験から、ゲームとアートの関係がどのように変遷してきたかが語られた。

続いて、谷口氏とともにICC主任学芸員として上記のゲームアート展に携わってきた畠中実氏は、ゲームアートをメディアアートにおけるサブジャンル的なものに留まらず、ビデオゲームという現代の人々を取り巻く環境の一つとして捉える視点を提示。さらにゲームアートの発展の背景には、1960年代以降のインタラクティヴ・アートからの流れが存在することを指摘した。

最後に葛西祝氏は、ビデオゲーム側の視点から、アーティスティックな表現の可能性を高めた「アートハウス・ゲーム」について解説。ビデオゲームを中心にジャンルを横断して取材・批評を行ってきた経験を元に、商業的要請や既成概念にとらわれず、多種多様な作家性を追求してつくり出されたゲーム作品群の歴史と現状を語った。

左から⾕⼝暁彦氏、畠中実氏、葛⻄祝氏

[セッション2]現代アートのゲーム性とインディーゲームの芸術性:「art bit」のあゆみと現代美術史への介入

日本最大のインディーゲームの祭典「BitSummit」のスピンオフ展である「art bit – Contemporary Art & Indie Game Culture –」を毎夏開催するホテル アンテルーム 京都のマネージャーである豊川泰行氏が、同展の歴史を振り返りながら、毎年変わるテーマごとにどのような作品が展示されてきたかを紹介。多様な作品群やアーティストを通して、近年のゲームとアートの関係性を解説した。

豊川氏の発表を受けて、美術評論家でマルセル・デュシャンの研究を行う中尾拓哉氏は、モダンアートそのものが遊びやゲームを組み込みながら発展してきたという見解のもとで、マルセル・デュシャンの作品づくりにおけるゲーム的なアプローチについて言及した。

ワタリウム美術館館長・CEOの和多利浩一氏は、ナム・ジュン・パイクの作品のうち、カードやチェス盤をモチーフにした作品に絡めて現代アートのおもしろさを分析。ゲームに勝ちたい、あるいは謎を解きたいという欲求が現代アートにも内包されているのではと語った。

左から和多利浩⼀氏、中尾拓哉氏
豊川泰⾏氏

[セッション3]世界のアート×ゲームの多様性をさぐる:アジアとヨーロッパにおける「遊び」と「芸術」の結節点

豊川氏がセッション2に続いて登壇。現代アートの分野におけるビデオゲームに関する展示や実践の状況について語った。自身の立ち上げたプロジェクトが文化庁の助成を得て海外展開を行っていく形になるため、海外にどのような展示会が存在するかリサーチした。ニューヨーク近代美術館を筆頭に、ゲームに関する展示会は年々、その数を増しているが、その理由を豊川氏はこう分析する。

Unityなどゲームの開発ツールが多くの人の手にわたりやすくなってきたこと、またゲームそのものの流通網がSteamなどが発達してインディーゲームのコミュニティが活性化したことによって、ゲームとアートに関心を寄せるコミュニティが世界中に生まれてきています。結果として、個人の作家さんや他分野のアーティストがゲームの領域にどんどん入ってきている状況になっています。

モデレーターの中川大地氏はこれに加えて新型コロナウイルスによる世界的な行動様態の変化も、ゲームとアートの状況に変化をもたらしたと補足する。豊川氏は、メディウムとしてのデジタルゲームのポテンシャルについても言及した。

同時に、ゲームとアートの展示の実践が広がるなかで、インタラクティブな側面を持つゲームの展示については新たな問題意識も浮かび上がってきた。ゲームというメディアの特性上、一回のプレイ時間などの時間的制約や展示方法に関する空間的な制約など、作品ごとによって生まれてしまう。展示の実践を通して発見された新たな問題意識について、豊川氏は「研究者の方から、ゲームの展示キットのような、こんなことに注意したらうまくいきます、といったようなノウハウも、現在では共有されつつあります」と語った。近年では、ダイバーシティやインクルーシブ、あるいは持続可能性など、今日的な課題に対するゲームとアートの領域の関心が、ゲームの中にも現れつつあるという。

「あらゆる人が一緒に遊べる世界線のようなものを、アーティストもクリエイターも模索しているのではと感じています。そういった部分をart bitでも一緒につくり上げていければと考えています」と結んだ。

左から徳山由香氏、ジェレミー・コーティアル氏

続いて、美術の方面からゲームについての研究を行うキュレーターの徳山由香氏は、共同研究者でありアーティストのジェレミー・コーティアル氏と登壇。コーティアル氏が制作するペーパートロニクス《 Papertronics 》は、AI研究者のロマン・ミレティッチ氏とともに開発した、4色のペンを使って紙に描いた絵がそのままゲームとして遊べる作品だ。

出力されるゲームはゲーム&ウオッチのようにシンプルなスタイルだが、描いた絵によってゲームのルールや遊び方はさまざまに変化する。どのゲームも、汎用的な一つのメカニズムから拡張された遊びが展開される。コーティアル氏はこの作品を作った理由をこう語る。

スクロールもできない、さっと描けるような、A4の紙一枚でつくれるゲームを考えたかったんです。ゲームの論理とメカニズムが一枚の紙のデザイン上ですべて見えていることが重要でした。そのコンセプトを実現するには、ゲームデザインの点でもフィジカルの面でもやはりゲーム&ウオッチが一番適切でした。ゲーム&ウオッチがおもしろいと思った理由の一つに、複雑なアーケードゲームをシンプルな方法でつくったというものがあります。アーケードゲームのコントローラーを、十字キーのようなここまでシンプルな技術に落としこんだのがゲーム&ウオッチの発明の一つでした。

ライブドローイングの実演

コーティアル氏のパフォーマンスに先んじて、ニースのシャガール美術館で2024年10月から2025年1月にかけて展示されたジェレミー・グリフォー氏による《Sous le Ciel (Under the Sky)》という作品が紹介された。同作は、シャガールの絵画世界を参照して自身が描いた水彩画をデジタル化した映像空間の中に入り込むようなイマーシブな作品(Unityで作成)だが、徳山氏とコーティアル氏は、この作品とコーティアル氏自身のプロジェクトを関連付けるならば、絵画もゲームも「モノ」としての作品が大事なのではなく、その作品を楽しむプロセス、その経験こそが重要なのではないかと語った。

シャガールの絵はもちろん、ビデオ映像作品の《Sous le Ciel》にもコントローラーはありません。しかし、自分の目と想像力とで絵の中を動き回る。シャガールの絵をじっくり見ているうちに、だんだんとシャガールのルールが見えてくるような気がします。グリフォーは、シャガールの絵のルールを完全に理解して、自分ではビデオ映像でコントローラーなしで体験できる作品をつくったのだと思います。

コーティアル氏によると、ゲームもアートも、アーティストの世界のルールがあるからこそ体験できる。しかし本当にその作品を遊び抜くには、ルールを限界まで探って、時にはルールを破ったりつくり出すことが必要なのだという。

コーティアル氏の実践や《Sous le Ciel》のコンセプトを受けて、モデレーターの中川氏は、現代アートの在り方を決定づけたデュシャンがアートに見出したゲーム性との関連について語った。

お二人の実際の活動をご紹介いただいたことで、今回のシンポジウム全体の議論が非常に有機的につながった気がしています。絵を描く楽しさや、素朴に美しい造形物をつくるといった〈網膜的〉な快楽は、デュシャンが20世紀初頭の時点で、現代の芸術には不要だと否定したものだと思うんです。つまり、セッション2でも語られたように、デュシャン以降の現代アートの歴史というのは、既存の美やコンセプトを組み換えていく〈頭脳的〉なゲームとして、少なくともある時期までは展開してきました。そしてセッション1で学んだように、多くのメディアアートやゲームアートの流れもまた、あえてビデオゲームの〈身体的〉な遊びや快楽性を脱臼する、つまりゲームではない何かにすることによってアートとしてのコンセプチュアルな芸術性を感得させようというアプローチでつくられていますよね。けれどもジェレミーさんたちの場合は、むしろゲームや遊びの経験のなかにこそ、芸術を芸術たらしめる根源があるという発想で行われている。しかもそれが、1980年代のゲーム&ウオッチのような、日本の古くからの遊び/ゲーム文化によって触発されていて、デュシャンの母国フランスで実践されている。そのことにものすごく感動してしまいました。

[セッション4]デジタル・ヴァナキュラーアートの夜明け:「東洋美術」としてのピクセル/NFT/ジェネラティブ

実際にアートとゲームの領域にまたがった作品を発信するアーティスト3人が登壇。それぞれの活動内容や作品の意図を紹介していった。たかくらかずき氏は仏教や陰陽五行などをモチーフにした作品を手掛けながら、その発想の端々にゲーム的なインスピレーションや発想が重要になっていると語った。アーティストのNIINOMI氏はジェネラティブアートとNFTとの親和性に言及し、NFTによってさまざまな試みがなされている現状に言及した。衣装デザイナーとしてのバックグラウンドを持つ吉積英子氏は、《Les Hommes du Désert 荒野の人々》として上演した作品のスピンオフをFortniteのメタバースワールドで再構築し、大規模な制作環境や鑑賞の個別の再現性など、ゲームというメディアの可能性を語った。

たかくらかずき氏
左からたかくら氏、NIINOMI氏、吉積英⼦氏

[セッション5]まだみぬゲーム×アート×テクノロジーの可能性:「ars●bit」プロジェクトでのゲーム×アートの活動の展望

石川武志氏が発起人となった「ars●bit」プロジェクトについての現状の紹介が行われた。「ars●bit」は、鍛金家の塩見亮介氏、ゲームプロデューサー・ディレクターの末浪勝己氏、そしてアートの流通を手掛ける川上尚志氏という、アートとゲームの分野におけるプロフェッショナルたちがチームアップし、実際にものづくりを進めていくというもの。川上氏は、市場規模が限られたアート市場においていかにアートそのものの価値を高め、市場を活性化させるかを考えるなかで、アート作品自体を3Dでスキャンさせ、そのデジタルデータをNFTとして固有の作品として流通させる試みを紹介。ほかにも、塩見氏の手掛ける手仕事としての工芸の価値に基づいてビデオゲームを開発し、日本美術の評価軸を構築していくなど、多岐にわたった活動を展開しているとのこと。ゲームと工芸という普段は交わりにくい領域のクリエイターがプロジェクトを通じて交流していく過程において、ビデオゲームもまた芸術的価値、工芸的側面を今後見出され得るのではという議論にも至った。

左から末浪勝己氏、塩見亮介氏、川上尚志氏

さまざまな登壇者が自身の活動を紹介するなかで、現代アートの祖と言われるデュシャンの作品群が、チェスというゲームへの彼のかかわりのなかで生まれてきた経緯が一層重要なこととして明らかになった。現代アートはそもそもその始まりからゲーム的なアプローチによる方法論を有し、ビデオゲームの伸長によってテクノロジーとの関係性を深めていったというこれまでのあゆみと、ゲームとアートが出会った場所に生まれたゲームアートが、まだ見ぬ新たなアートの形を生み出しつつあるこれからの道のりが示されたシンポジウムとなった。

本シンポジウムを皮切りに、クリエイター・アーティスト等育成事業(文化芸術活動基盤強化基金)1の継続的な支援のもと、渋谷あそびば制作委員会では2025年4月末にはプロジェクト公式サイトをオープンし、6月には京都でのart bit展、8月にはシンガポールでの展覧会等を予定している。渋谷あそびば制作委員会の今後の活動によって、今回のシンポジウムで示されたビジョンがより一層発展していくことが期待される。

脚注

1 クリエイター・アーティスト等育成事業(文化芸術活動基盤強化基金)は、文化庁からの補助金により、次代を担うクリエイター・アーティスト等の育成と、その活躍・発信の場である文化施設の次世代型の機能強化に対して、弾力的かつ複数年度にわたって支援するという目的のもと、独立行政法人日本芸術文化振興会に新たに設置された。

information
アート×ゲームの新時代――〈遊び〉と〈芸術〉の根源をめぐって
日時:2025年3⽉16⽇(⽇)10:00~18:00
会場:404 Not Found(Shibuya Sakura Stage SHIBUYA SIDE 4階)
入場料:無料
主催:⼀般社団法⼈渋⾕あそびば制作委員会/404 Not Found
助成:クリエイター・アーティスト等育成事業(文化芸術活動基盤強化基金)|独⽴⾏政法⼈⽇本芸術⽂化振興会
https://www.404shibuya.tokyo/event/arsobit_vol_01/

ars●bitウェブサイト
https://www.arsobit.com/

※URLは2025年5月26日にリンクを確認済み

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