坂本 のどか
写真:中川 周
平成23年度から続く、次世代のメディア芸術分野を担う若手クリエイターの創作活動を支援する「文化庁メディア芸術クリエイター育成支援事業」。令和6年度の成果発表イベント「ENCOUNTERS」が2025年2月15日(土)から24日(月・祝)にかけて開催されました。採択クリエイター40組による成果プレゼンテーション展をはじめ、過年度の採択クリエイターによる招待展示・映像上映を実施。本稿では14日(金)に行われた内覧会をレポートします。
令和6年度は創作支援プログラムが16組、発表支援プログラムは24組の計40組のクリエイターが採択され、成果プレゼンテーション展には加えて過年度採択クリエイター6組と、会場であるTODA BUILDINGとの連携プログラム1組が参加。あわせて47組の作品が、2024年11月東京・京橋にオープンしたTODA HALL & CONFERENCE TOKYOに一堂に会した。展示会場はホールA/B、ホワイエの3室と、加えて映像作品の上映室が設けられ、プログラムの区分や採択年度をまたいでランダムに配置された。
まずは令和6年度の採択クリエイターの展示から見ていきたい。ホールBで展示したクリエイターは10組。まず目に入るのは、プロジェクションされたアニメーションとその手前に置かれた電子ピアノ。創作支援・阿部和樹によるオーディオビジュアライゼーションプロジェクト『手描きの計算』だ。来場者が弾くピアノの音に反応し、アニメーションが生成される。
その隣、中空に浮かぶ重厚な額縁は創作支援・Media of Langue(代表:村本剛毅)による、世界の翻訳履歴を可視化したメディア『Media of Langue』。インターネット上にすでに存在していた本作を、本プログラムを通して彫刻化し空間へ展開した。
手前に設けられた暗室には、発表支援・片桐正義による『Trace 2022-2024』が。暗がりの中に配置された家具や日用品に、人の痕跡としての指紋が浮かび上がり、また壁面にはその情景を撮影した写真が展示された。
水槽と植物、配線などで構成された実験装置のような『Efficiency of Mutualism, Energeia Cycle 分解と循環のエネルゲイア』は、発表支援・滝戸ドリタによる自然と電気の関わりを再考するプロジェクト。植物や水による発電方法によって電力を蓄え、またそれらを植物へ還元し成長促進を試みる。
大小さまざまな植物のハリボテのような立体や映像などを空間に展開したインスタレーション『みんなとてもあいまい』は、発表支援・松枝熙による曖昧さをテーマにしたプロジェクト。雑草を人口草に置き換え、都市の管理された美観と自然の乱雑さの間に存在する緊張関係を示唆することで、私的領域と公的領域の曖昧さを示した。
その隣では創作支援・木原共による文章生成AIとともにその場で物語をつくり出すマンガ、『演画』を楽しむことができた。体験者がマンガ内の登場人物としてセリフを入力すると、それをもとに文章生成AIがさらに別の登場人物のセリフを生成しストーリーが展開していく。
その向かいでは、浅い水槽に浸された黒い液体、磁性流体が、水槽の下に仕込まれた電磁石によって滑らかに形状を変え続ける。創作支援・森田崇文による実体ディスプレイを制作する試み『MorphFlux』1だ。
発表支援・水落大による『Green Diffusion』は、画像生成AIのモデルの一つである拡散モデルと有機物が分解して土に還るさまを重ね合わせる。表題作のほか、関連する過去作も合わせて展示。
『野生のオーケストラが聴こえる』は、創作支援・丸山翔哉による、ゲーム世界の中でフィールドレコーディングした音同士を展示空間で共鳴させる試み。来場者はヘッドホンをつけ、ゲーム内でのフィールドレコーディングを体験した。
ホールBの最後は、創作支援・実験東京(安野貴博+山根有紀也)による『自己同一性柔軟体操』2。五つ並んだディスプレイには体験者の姿が映し出されるが、中央のディスプレイにはそのままの姿が、左右のディスプレイには年齢や性別、人種の異なる「他者」の顔が合成される。
続くホールAには23組が展示。入り口近くには、発表支援・ヌマタ/沼田友による実在しないVTuberたちの切り抜き動画を投稿するYouTubeチャンネルの新作『(実在しない)切り抜きチャンネル「20分でわかるエマ・リーランド」』と、同じく発表支援・對中優による、オンラインゲームやSNSなどにおけるコミュニケーションをもとにした仮想空間における関係性を探るゲーム性をともなったパフォーマンスアート『paper planes sphere』が並んだ。
向かいには、創作支援プログラムの2組によるゲーム作品がいずれも実際にプレイできるかたちで展示された。渡部恭己による『CultureHouse』は、謎めいた生物を培養・育成しながらその背後に隠された謎をひもとくアドベンチャーゲーム。静謐な白い空間に、ゲーム内にも登場するミース・ファン・デル・ローエのバルセロナチェアを設置し、座ってプレイできるよう設えた。また榊原寛/畳部屋による架空の中世の世界がシミュレートされたRPGゲーム『歴史の終わり』は、中世を思わせる重厚かつ装飾的な空間に設けられ、それぞれの世界観を表す展示となった。
発表支援・原田裕規は昨年度創作支援プログラムに採択され深めた作品『ドリームスケープ』を、今年度は発表支援プログラムで各地の美術館などで展開。本展には平面作品と各地での展示に関する記録映像を出品した。
子育ての記録をもとにしたアニメーション『「記す」アニメーション』の制作に挑んだ創作支援・大髙那由子は、自作の絵本をかざすとアニメーションが再生される装置を展示。また子育てを記録した日記を展示台に並べ、エピソードを描いたカードを壁一面に掲示した。
発表支援・渡辺真也+宇多村英恵はナム・ジュン・パイクによる作品《グッドモウニング、ミスター・オーウェル》(1984年)への応答として、メキシコと出雲でプロジェクション・パフォーマンス『グッドモウニング、ミクス・オアハカ/出雲 2024』を実施。その記録を展示した。
その隣、『All is Love』は発表支援・辻梨絵子による、ジェンダー平等とクィアな人間関係について、参加者が希望したぬいぐるみをアバターとして用いディスカッションする様子を収めた映像作品を軸としたインスタレーション。インスタレーション展示の記録と映像作品とを並べた。
水滴に動きを与えることで物質のリアリティを問う、発表支援・芹澤碧による『Is there そこにいる』は、映像記録を展示した。
創作支援・深谷莉沙による『Flowers』は、植物になってしまう少女ライラとその友人ハナ、二人の関係とその変化を描くアニメーション作品。トレーラー映像と告知ポスターを展示。
『〈Fire in Water〉の制作・展示』は発表支援・永田康祐による、稲の遺伝情報や菌といった不可視な存在を通して、日本がその統治下の朝鮮半島に与えた影響についてリサーチしたプロジェクト。記録映像を展示した。
発表支援・持田敦子による『「解体」映像記録上映』は、家一軒を解体するその行為と記録を作品化したプロジェクト「解体」の記録映像に字幕を付加し、また上映機会を創出することを試みた。トレーラー映像とドローイングを展示。
『スペクトラム』は創作支援・池添俊による、精神疾患を持つ人の家族や近しい人に焦点を当てた映像作品制作のプロジェクト。本展ではワーク・イン・プログレスを映像として展示。
発表支援・花形槙による『技術的嵌合地帯–CHIMERIA』は、メディアテクノロジーによって資本主義システムや人間性規範に基づく世界から逃走するための「シェルター」の形成を試みる。本展では、プロジェクト記録映像を展示。
ホットサンドを通じて異なる文化や背景を持つ人々のネットワークを築く、発表支援・山口塁によるプロジェクト『ホットサンドメーカーズクラブ』は、映像やテキスト、そしてプロジェクトに使用しているホットサンドメーカーなどを展示した。
ししおどしをモチーフにした、発表支援・松井美緒によるインスタレーション作品『残波』は、インスタレーション展示の記録写真などを展示。
発表支援・韓成南による海中にシュノーケリングやダイビングでのみ鑑賞ができる彫刻や写真作品を設置するプロジェクト『AICOT 2024 in 海の中の美術館(新作展示)—水中と陸上における鑑賞体験の拡張—』は、鑑賞者を取り囲むように設置した4台のモニターによって、海中での作品鑑賞を疑似体験させた。
『Self-reference microscope』は創作支援・石橋友也による、川で採取した廃棄物を組み合わせ制作した顕微鏡で川の水を観察するというプロジェクト。制作した顕微鏡や、顕微鏡で見たものの写真、ドキュメント映像などを展示した。
創作支援・スタジオ石(代表:Mr. 麿)による『プロジェクト「ZOKU」第一弾作品“stillhualian”』は、台湾原住民の文化を引き継ぐヒップホップアーティストたちの思いや生き方を記録したドキュメンタリー映像制作プロジェクト。映像やパネル、資料などでプロジェクトを紹介した。
発表支援・諸星智也による、記憶と情景で聴く音楽の情報保証のためのオーディオビジュアルシステム『Resonant Inscapes』は映像を展示。誰もが一緒に音楽を楽しむことのできるオーディオビジュアルライブを提案した。
『再来さんやー小さい芸術祭2024映像セクション』は発表支援・さんや駄々による山谷地域(台東区、荒川区にまたがる一部地域)を舞台にした芸術祭における映像上映やトークイベントを実施するプロジェクト。記録映像などを展示。
従来のアーカイブを拡張したアーカイブ作品の制作を試みる発表支援・長島勇太による『Archival Practice for Site-Specific Works 3.0』は、2024年1月に長島が木下恵介記念館(静岡)で発表したサイトスペシフィックインスタレーション『グレー、色彩が失われた世界で』の記録をアーカイブ化し、展開する試みを紹介。
ホールAの最後、『重力と素材のための図鑑』は発表支援・岩竹理恵+片岡純也によるプロジェクト。神奈川県立近代美術館鎌倉別館で開催中の展覧会「岩竹理恵+片岡純也×コレクション 重力と素材のための図鑑」の会場模型や関連する作品を展示した。
ホールAを抜けた先、外が見渡せるホワイエの空間にも作品が並んだ。通路のような長い空間の上部には、本展の会場TODA BUILDINGを運営する戸田建設が展開するアート事業「ART POWER KYOBASHI」との連携プログラムとして、高尾俊介のキュレーションによる永松歩のジェネラティブアート作品『GENERATIVE ART PROJECT』を展示した。
『Wanderers 展』は発表支援・油井俊哉による、動きのある自作を「Wanderer –さまようモノ–」として表現し個展を開催するプロジェクト。映像記録や作品を展示。
窓辺に並んだのは、創作支援・安西剛による「でっかいマイクロプラスチックをつくる」プロジェクト、『Giant Micro Plastic』。高さ2mほどに拡大されたマイクロプラスチックが並んだ。
降雨という自然法則を制御しながら、自然の演算を用いた形状の彫刻を制作する『未自然彫刻』は発表支援・紀平陸によるプロジェクト。記録映像とともに、砂を素材に彫刻する装置が設置された。
発表支援・Mizuki Ishikawa + Shun Momoseによる、アンビソニック録音(立体音響の収録技術)を用いて、空間や時間に縛られていた音楽体験をインスタレーションとして展示するプロジェクト『Echtzeitmusik Mizuki Ishikawa + Shun Momose サウンドインスタレーション』は記録映像や模型を展示。
創作支援・吉田山による『風の目たち』は5cm立方におさまる小さな作品を旅先の窓辺に恒久設置し、そのプロセスをXR機能付きの書籍にまとめ出版するプロジェクト。関連資料や写真記録などを展示した。
『Water City – 海面上昇想像図』は、発表支援・吉田裕紀による、海面上昇シミュレーションデータをもとに生成AIが描く、セミフィクショナルな未来の衛星画像。科学コミュニケーターとともに実施した対話型展示の記録などを展示。ウェブサイトでも体験が可能。
ホワイエの最後は、創作支援・藤堂高行による『鎖に繋がれた犬のダイナミクス』。鎖で柱につながれながらも、鑑賞者に襲いかかるかのように動く4足歩行ロボットが、対峙する人間にどのような感情をもたらすかを実際に体験させた。
ホールA、Bでは過年度の採択クリエイター3によるプレゼンテーションも併せて行われたほか、本イベントのメインビジュアルは令和3年度の採択クリエイター・橋本麦が手掛けるなど、連綿と続く本支援事業の厚みを感じさせた。
橋本による令和3年度採択企画『Niu』は、クリエイターが自由に機能を拡張することのできるオープンなソールの実現を目指すプロジェクト。支援期間終了後も作家自身が使いながら拡張させ続けており、メインビジュアルは『Niu』を用いて制作された。
ホールAに展示された『BOX SEAT』は、令和4年度採択クリエイター・早川翔人による作品。グリーンバックを背に、その場でゲーム世界に合成された鑑賞者が、みずからの表情をコマンドにゲームを楽しんだ。
ホールBでは2組の過年度採択クリエイターが展示。令和4年度採択クリエイター・藤倉麻子+大村高広は、支援終了後も継続し、現在書籍を制作中のプロジェクト『記録の庭』について、モニター2台を用いてプレゼンテーション。平成30年度採択クリエイター・最後の手段(有坂亜由夢+おいたま+コハタレン)による『えんちゃんち』は、本事業での支援を経て2024年春に出版されたマンガ作品。原画や資料、マンガをもとに作成されたアニメーションなどを展示した。
なお、早川、藤倉+大村、有坂の3組4名による座談会の記事の公開が、公式サイトで予定されている。
別室の上映会場では、令和6年度採択クリエイターの映像作品や記録映像の上映に加え、平成27年度採択クリエイター・鋤柄真希子+松村康平、平成28年度採択クリエイター・久保雄太郎、平成29年度採択クリエイター・和田淳による特別上映プログラムが設けられたほか、会期中にはクリエイターによるトークやワークショップ、セミナー等の関連イベントを多数企画。
採択クリエイターのさまざまな表現とその背景にあるコンセプトメイキング、制作プロセス等が紹介された本展。来場者が多様な想像力に触れ、採択クリエイターが互いに刺激し合う場となることを期待させた。
脚注
information
令和6年度 文化庁メディア芸術クリエイター育成支援事業
成果発表イベント「ENCOUNTERS」
会期:2025年2月15日(土)~24日(月・祝)11:00~18:00(最終入場17:30)
※2月15日(土)、22日(土)、23日(日)のみ11:00~19:00(最終入場18:30)
会場:TODA HALL & CONFERENCE TOKYO
入場料:無料
主催:文化庁
https://creators.j-mediaarts.bunka.go.jp/encounters-2025
※URLは2025年3月6日にリンクを確認済み