竹見 洋一郎
写真:小野 博史
2022年から2023年秋にかけての、マンガとアニメーションの2分野にまたがる動向を探る座談会。批評、レビュー、研究などの立場でこの分野に関わる有識者3名が挙げたトピックスについて議論していきます。後編では時代の風俗を記録し、振り返る装置としてのマンガとアニメーションについて議論が掘り下げられます。
土居 ここ1、2年で気になった制作会社として、MAPPAを取り上げたいです。2011年に設立され、片渕須直監督の『この世界の片隅に』(2016年)やテレビアニメ『ユーリ!!! on ICE』(2016年)で大きく注目され、日本を代表するスタジオになったわけですが、制作以外の動きでも衆目を集めています。
青柳 MAPPAというと『チェンソーマン』(2022年)を製作委員会方式ではなく自社の一社提供としてつくったことも話題でしたね。PVの作画の美しさや米津玄師によるOP、毎週アーティストの変わるEDといった仕掛けで期待値はとても高かった。挑戦的な動き方をして業界を刺激している印象です。
土居 MAPPAが一社制作に踏み切った背景には、「配信以後」とでもいえるよう流れがありそうです。強いブランド力を持った制作会社が配信によって全世界的な人気を獲得するようになるなか、単に仕事を請けて「制作」するだけではなく「製作」や「配給」まで踏み込んでいく。
岩下 Netflix独占配信として10月から配信がはじまった『PLUTO』も話題です。Netflixがアニメをコンテンツにすることに積極的との報道もあり、アニメーション制作会社が配信へと参入する流れも以前は見られましたが、MAPPAのようによほど戦略的に動かないかぎり、少し高めの制作費を受け取れても二次展開できずじまいになることも。Netflix側も加入者の増減といったデータの分析によって細かく方針を変えていくので、オリジナルアニメに予算を注力すると聞いていた話もいつまで続くのか……。どういう距離感で配信プラットフォームと向き合うかは難しいですね。
土居 世界的な潮流としては、今年続編も公開された2018年の『スパイダーマン:スパイダーバース』以降、デジタルアニメーションの景色は一変しました。3DCG一辺倒だったハリウッドのアニメーションに、手描きにしかできないと思われていたディテールが入り込んでいった。そのようななか『THE FIRST SLAM DUNK』(2023年)とともに国内における3DCGの新たな傾向が見えたのが、鳥山明の原作ものです。
青柳 「プリキュア」シリーズをはじめとした3DCGのキャラクターアニメーションの活用で実績を積んできた東映は、劇場版の「ドラゴンボール」シリーズで段階的に3DCGを取り入れてきて、2022年の『ドラゴンボール超 スーパーヒーロー』でフル3DCGになりましたね。鳥山原作では東宝の『SAND LAND』(2023年)も評価が高い。
――制作の背景を補足すると、『SAND LAND』の3Dの系譜はゲームにあって、制作の神風動画は「ドラゴンクエスト」シリーズでオープニングアニメーションを3DCDで制作していたことで鳥山作品との関わりがありました。監督の横嶋俊久はオリジナル中編アニメ『COCOLORS』(2017年)で3Dを2D的に見せるセルシェーディングの実績もあります。
青柳 『THE FIRST SLAM DUNK』も『SAND LAND』も、まるで原作の絵がそのまま動くようなルックですね。
土居 マンガのペンのタッチまで感じさせるような輪郭線をつくれる技術的な進化がありますね。もう一つ、国内のフル3DCGの特徴、というか条件になるのが限定的な背景美術です。たとえばスポーツのフィールドとか、鳥山作品に定番の荒涼とした岩山が続く風景とか、固定された背景のなかで一定の数のキャラクターが動き回るという作劇とフル3DCGは相性がいい。
青柳 アイドルグループが動き回るステージとかも3DCG向きですね。歌って踊る文化や感覚が親しまれるようになった視聴者層の広がりも大きい。また、今の条件と作品の設定がうまく合った作品としてはアニメの『ブルーロック』(2022年)も。観客のいないシンプルで限定的な競技空間をキャラクターが入り乱れている。フル3DCGではないですが、CGをうまく活用することで作画コストを抑えています。
岩下 ブルーロック(青い監獄)に集められた300人の高校生フォワードがバトルロイヤル的な闘いを繰り広げる変則的サッカー。原作は2018年から開始して累計発行部数2,800万部を超えるヒット作ですが、2023年にアニメ化されることでさらに人気に火がついた。2024年には『劇場版ブルーロック -EPISODE 凪-』も予定されていますね。
青柳 『ブルーロック』のアニメ化では10代女性を中心にキャラクター人気が盛り上がりました。キャラクターそのものや、キャラクター同士の関係性が注目されていた印象です。劇場版もキャラクター人気を背景に、主人公の潔(いさぎ)ではなく凪(なぎ)と玲王(れお)の人気キャラにフィーチャーしたスピンオフ的な物語になるようです。
岩下 本編を別の視点で捉えるとどう見えるのか。企画が通りやすいIPの強さもあるのでしょうが、リメイクや世界観を共有したスピンオフが増える傾向も近年見られますね。異世界転生の汎用性の高いフォーマットはこの種の派生作品に展開しやすい事情もあるようで、スピンオフ企画の定番化しつつあります。「島耕作」シリーズを聖典とあがめるZ世代就活生が島のいる世界に転生する諏訪符馬『逢いたくて、島耕作』(協力:弘兼憲史、2023年)のように、メタな方向性に独自進化したものも増えていますね。
土居 ジャンルの隆盛でいえば、アニメーションも含む映画業界でホラーの新しい才能が目立っています。
青柳 『ゲット・アウト』(2017年)のジョーダン・ピールや『ヘレディタリー/継承』(2018年)のアリ・アスターなど、新興の映画スタジオのブラムハウスやA241から新しい感覚のホラー映画がつづきましたね。
土居 そのアリ・アスター経由で今ヒット……といってもミニシアターでの上映ですが、『オオカミの家』(2023年)が大きな注目を集めています。チリの作家クリストバル・レオンとホアキン・コシーニャの作品で、画面に映るものすべてを造形できるアニメーションの特性を生かして、未体験の恐怖を演出します。不気味な等身大の人形が膨れては燃えつきたり、壁からは巨大な顔と瞳が現れたり、部屋を丸ごと動かす大規模なコマ撮りアニメーションによって、崩壊寸前になってしまった少女の内面世界を表現します。これが初長編監督作です。
青柳 アリ・アスターもほれ込む才能ということですね。同監督デュオの短編『骨』(2021年)ではアスターは製作総指揮を務めていてサポートしています。アニメーションとホラーの相性はあまり意識していなかったけれど、考えてみればナガノ原作の『ちいかわ』(2023年~)もホラーアニメかもしれない(笑)。
土居 先に話題に上った『マイリトルゴート』(2018年)もかわいさとホラーのミックスですね。かわいいと怖いは相性がよいのかも。
岩下 マンガ版もSNSで少しずつ読まれるフォーマットに適応していたと思います。今日はいくつかの台湾のマンガを話題にしたいと思ってきたのですが、その一つが『綺譚花物語』(作画:星期一回収日、原作:楊双子、翻訳:黒木夏兒、2022年)です。台湾で初めての「百合マンガ」と銘打たれて翻訳されているのですが、ゴーストストーリーでもあり、幽霊、妖怪など台湾の民間説話に語られる怪異譚がちりばめられています。本作は日本統治時代の「昭和11年」を主な舞台にしています。幽霊と人間の成就しえないロマンスが、当時における女性同士の恋愛関係に重ね合わされているところが巧みです。台湾のエンターテインメントの特徴として、歴史をいま語り直す動きがあるのを感じます。そしてジャンルとしてのホラーと、しばしば負の遺産や辛い記憶を伴う歴史語りが馴染みやすい。ゲームですが、白色テロ時代を舞台にした『返校』(2017年)もそうですね。民族や人種の歴史的トラウマをホラーを通して語るというのは世界的な傾向で、さきほど名前が挙がったジョーダン・ピールはその代表だと思います。『すずめの戸締り』(2022年)も、伝奇ホラーとして捉えれば実はこうした流れでシンクロしていると言えそうです。
土居 たしかに『オオカミの家』も1961年にチリ南部で設立されたコロニア・ディグニダという実在のコミューンをモチーフにしています。創設者であるパウル・シェーファーはヒトラーを崇拝していた小児性愛者で、西ドイツを追われてチリへ渡りました。施設内では2005年まで強制労働や身体的暴力、性的虐待、殺人までもが行われていた。『オオカミの家』はそのコミューンの架空の宣伝物とのコンセプトでつくられています。どのように過去を刻むかの試みの一種なのかもしれません。
岩下 ホラージャンルの流れで触れたいのが楳図かずおです。といっても作品ではなく、2022年から東京、大阪などを巡回した「楳図かずお大美術展」についてです。マンガに関する展覧会というと、一方にはファンに向けたアトラクション性を志向するもの、他方では掲載誌などを積極的に展示して資料性の高さを志向するもの、大まかに二つの方向性がある。おおざっぱに言うと遊びにいく展示と勉強になる展示があるわけです。もちろん、どちらかにきっぱり分かれるわけではなくて両方の性格を兼ねそなえているものも見られます。マンガに限らずフォトスポットがあって立体化されたキャラクターと一緒に「映える」写真を撮れたりするのはいまや定番ですね。
青柳 それとグッズ販売に力を入れていて、展示スペースよりグッズ売り場のほうが広い印象を受ける展示もあります(笑)。
岩下 マンガの場合、作品を見せる以外の要素が重視される背景には、展示の中心となる原画は完成された作品ではなく、あくまで中間生成物であるという点があると思います。マンガ原画の場合、それ自体を美術品として楽しむというより、出版されたものと比較して修正の痕跡をみたり、印刷にはでないこまやかな線描を鑑賞したりする。比較の対象として掲載誌などの資料が重要になる所以です。一方で「楳図かずお大美術展」でも過去の代表作の原画は見られるものの、中心となるのは展示のための新作でした。しかも101枚の連作絵画です。楳図の28年ぶりの新作を読む体験が、同時に絵画を鑑賞する体験でもある。同種の試みとしては2008年の「井上雄彦 最後のマンガ展」がありましたが、展示のための新作を多数制作するのは誰でもできることではないですし、いまだにマンガの展覧会としては新鮮なアプローチだと思います。
青柳 最近の展覧会で印象にあるのが2023年2月から巡回のはじまった「全プリキュア展」です。同シリーズ20周年を記念して過去の全作品を振り返る大規模な展示で、会場に総勢78人のプリキュアの等身大フィギュアが勢揃いしていて圧巻。ファンも満足の内容だったのでは。
岩下 ファンの世代が幅広くなるなか、満足度をどうつくるかがテーマになりますね。2023年夏から巡回した「ときめきトゥナイト展」はファン層がやや年齢層高めの設定でしょうか。『りぼん』での連載開始から2022年で40年経ち、今も続編が連載されている作品ですが、この展覧会も約300点の原画展示を中心にしながら、会場の設えが作品の世界観を捉えていて好印象でした。展示の最初と最後に、作品のこれまでを振りかえるという展示構成自体を、メインキャラクターたちの過去へのタイムトリップとして枠づける、描きおろしのマンガ原画が展示されていました。先ほども述べたようにマンガ原画はそれ自体は完成された作品とは言い難いものなので、鑑賞する行為そのものをアトラクションとして巻き込んでいく工夫というのは重要ですね。
土居 アニメーションの展示としては「アニメージュとジブリ展」が印象的でした。ジブリのプロデューサーとして知られる鈴木敏夫の出自は雑誌の編集者なわけですが、フランスの映画雑誌『カイエ・デュ・シネマ』に感化され、日本のアニメに作家性という概念を意識的に持ち込んだ存在でした。それによって、「一スタッフ」にすぎなかった宮﨑駿や高畑勲が「作家」になっていく。
――今日の最後のテーマとして、先ほど『綺譚花物語』や『オオカミの家』でも触れられた、歴史の記憶を作品が取り込む点をお話しいただきたいです。マンガやアニメーションが、自然と作品の制作された時代の空気をパッケージすることはありますよね。特にマンガの長寿連載では時代の記録の側面が強くなりますか。
青柳 例えば『静かなるドン』(1988~2013年)は電子配信で再ブレイクしていますが、作品に昭和の空気が取り込まれているということですよね。私が追いかけているなかでは「名探偵コナン」シリーズが息の長い作品です。マンガの連載は1994年、テレビアニメは1996年から始まっています。
岩下 平成とともに並走してきたともいえそう。
青柳 たしかに第1話で新一の「なりたいんだ‼ 平成のシャーロック・ホームズにな‼」という台詞で始まったシリーズです。阿笠博士の発明にも、初期には弁当箱型FAXが登場しますし、通信手段としてはイヤリング型携帯電話もありましたが、今はどちらも使われなくなりました。
岩下 現実のスマートフォンの登場が博士の発明のいくつかを無効にしてしまった。
青柳 そうなんです。スマートフォンが一番役に立つ(笑)。『名探偵コナン』でいえば、長寿シリーズとして成功した秘密は、そうした時代の忠実な記録からある程度自由にしたところにあったのではと思うんです。物語内の時間経過は1年くらいでもシリーズとしては四半世紀を越えて続いていて、スマートフォンも2000年代半ばからシレッと作中に登場するようになるし、「平成のシャーロック」とも言わなくなる。ファンの多くは懐古として作品に接しているわけではないんです。劇場版の『名探偵コナン 黒鉄の魚影』(2023年)が興行収入100億円を超えましたが、今の作品として受けられているからこそだと。
岩下 単行本の巻頭にある時代設定がシレッと変更されるマンガもあったりしますしね(笑)。時代の世情風俗をたっぷり取り込んだ最近の作品では、少女マンガから黒崎みのりの『初×婚』(2019年~)をピックアップしたいです。
青柳 『ハニーレモンソーダ』(村田真優、2016年〜)と並んで少女マンガの大ヒット作ですね。2023年の小学館漫画賞で児童向け部門を受賞しました。少女マンガはコミュニケーションツールとしてもメディアの取り込み方が早い。チャットツールの使い方のうまさも際立っています。
岩下 この作品の世界観は強烈で、マッチングシステムのアルゴリズムに選ばれた主人公とパートナーの高校生が、学内で共同生活をするなかで恋を育てます。
土居 単行本のカバーに描かれるペアですね。この二人が最終的に結ばれるということは……。
岩下 アルゴリズムが勝利ということになってしまいますよね(笑)。もちろんそう単純ではないというか、ある意味ではより強烈でもあります。アルゴリズムによって選ばれたカップルたちは、最高のカップルの座を競いあう。トップをとったカップルは結婚し、巨大IT企業の後継者の権利を勝ち取れるという設定です。舞台の高校は通称「一攫千金婚校」と呼ばれています。もし自分が親なら子どもをそんな高校に入れたくない(笑)。こうした設定の背景には恋愛リアリティショーの人気があるのは明らかです。競争の評価軸の一つとなるのが、学校を運営する企業の内部限定SNSでの社員たちによる「いいね!」の数というのも現代的ですね。SNSによる評価をとりこんだ少女マンガは多く、安斎かりん『顔だけじゃ好きになりません』(2020年~)などインフルエンサーが登場する作品などもしばしば見られます。とはいえ、一方では「いいね!」の数が重視されつつも、それだけではその人の価値ははかれないということも大事にされる。その二重性におもしろさを感じます。
青柳 少女マンガや女性マンガ全体を見渡して感じるのは、カップル成立までが早くなったなということです。二人が付き合ってからの話があるのは大ヒットマンガの特権だったのは過去の話。
岩下 第一印象が悪くても「実は案外いいやつかも」とわかるまでが早いし、そもそも横暴さや強引さも控えめになっている気がします。『花より男子』(1992~2004年)の道明寺2のようなアプローチはとても通用しない(笑)。
青柳 令和のマンガにはないですね(笑)。こうした恋愛の語られ方の変化にあるのは、作品へのアクセスの経路があるのかもしれません。アプリの広告などを入口としたり、サイトでキャラクターの関係性を把握した上で読み始めたりするパターンが増えています。そうすると関係性の行く末が見えないままの変化の過程に読者がつきあってくれない。そのストレスに耐えづらくなっている。そしてアニメーションでは尺的な制約から恋愛をちゃんと描けないことも。
岩下 現実の男女間の関係の変化もあるでしょうね。全体として関係はマイルドに、性的な部分は後景化してきている。ハラスメントや性的同意の重要性に関する意識も大きく変化していますし、当たり前ですが、男性による強引なアプローチが評価されなくなったのはフィクションだけの話ではない。もちろん、現実では通用しないものだからこそフィクションでは好んで描かれるという場合もあるわけですが。
土居 そんななかにあって『アリスとテレスのまぼろし工場』(2023年)がどれだけ特異だったか(笑)。
岩下 性の多様さが可視化されることや、「推し」文化の広がりによって愛のベクトルや種類が広がったりと時代の恋愛観が変化するなかで、ジャンルとしての少女マンガも揺れています。かつては「少女マンガ」こそが女性マンガを代表するものだったわけですが、「女子マンガ」という言葉がよく使われるようになったことからもわかるように、いまや女性向けマンガが多様化の結果として、「少女マンガ」は女性マンガのなかの恋愛に特化したサブジャンル化を指すことばへと変わりつつある。最近の女性向けマンガの話をしていても、先に挙げたように「ザ・少女マンガ」な作品はなかなか話題になりにくい。そのような状況だからこそ、少女マンガというジャンルの捉え直しは重要なものとなり始めていると思います。そのようななかで重要なものとして、マンガ自体ではなく、マンガについての著作ということになりますが、『少女マンガはどこからきたの? 「少女マンガを語る会」全記録』(2023年)を紹介します。これは当事者たちが少女マンガというジャンルの黎明期について語った本です。
青柳 少女マンガは1970年代に花開いたとよくいわれますが、その前の時代を扱っているんですね。
岩下 1950年代から60年代に活躍した上田トシコ、むれあきこ、わたなべまさこ、巴里夫、高橋真琴、今村洋子、水野英子、ちばてつや、牧美也子、望月あきら、花村えい子、北島洋子ら少女マンガの先駆者たちに、編集者や貸本マンガの関係者も加えて4回実施された座談会の記録となっています。さらに説明が必要なのは、座談会が実施されたのは1999年から2000年にかけてということ。
青柳 20年以上を経ての書籍化……。座談会の参加者にはすでにお話を聞くことが叶わない人もいらっしゃるでしょうから、なおのこと貴重な記録ですね。
岩下 少女マンガ史再検討の機運が盛り上がってきたからこその刊行と言えますが、この座談会の水面下での影響こそがそうした再検討の出発点とも言えます。少女マンガ史の再検討という点では、少女マンガ家による自伝マンガの出版も、近年の注目すべき動きです。代表的なものとしては笹生那実『薔薇はシュラバで生まれる―70年代少女漫画アシスタント奮闘記―』(2020年)です。マンガ家マンガはすでに一大ジャンルですが、女性作家の作品の場合、多くの作品で「マンガ」ではなく「少女マンガ」というジャンル名が採用されていることを興味深く感じます。『松苗あけみの少女まんが道』(2020年)などもそうですね。自伝的マンガは海外でも重要なジャンルですが、日本の作品では自分自身のことを描くというより、ほかの作家との交流やアシスタント経験が語られることも多く、マンガ業界やマンガ史への関心へと接続されていく傾向があるようです。そうしたなかで異彩をはなっているが高階良子の『70年目の告白~毒とペン~』(2021〜2023年)。強烈な「毒親」との苦闘の半生は衝撃的です。
岩下 海外マンガ、グラフィックノベルでは1990年代以降に自伝や歴史的事象をモチーフにした作品が大きな潮流となってきました。邦訳版の装幀も凝っていたエイドリアン・トミネ『長距離漫画家の孤独』(翻訳:長澤あかね、2022年)などですね。マンガによるジャーナリズムの金字塔と言えるジョー・サッコ『パレスチナ』も特別増補版(2023年)として再刊されました。悲しむべきことかもしれませんが、今また読まれるべき作品と言えるでしょう。この数年翻訳出版が賑わっている台湾マンガも同様で、その決定打ともいえる作品が『台湾の少年』(作:游珮芸・周見信、翻訳:倉本知明、2022年、全4巻)です。読書好きの少年だった蔡焜霖(サイ・コンリン)が、白色テロ3の時代に政治犯として逮捕され収容所島で10年を過ごし、釈放後に編集者として児童雑誌を創刊するなど文化人として生きる様子を描く伝記です。個人史のなかに台湾現代史のレイヤーが見事に重ねられています。
――単行本のページを開くと、先ほどの『綺譚花物語』はフキダシのなかも縦組みで、日本マンガの延長にあるスタイルでしたが、『台湾の少年』は台詞も横組みの左開き。まるでグラフィックノベルのようです。登場する言語も、日本語、台湾語、中国語と使い分けられていて、翻訳も大変そう。
岩下 台湾は日本マンガだけでなく、さまざまな国のマンガ文化の影響が合流する場所なんです。作者の一人、周見信(シュウ・ケンシン)は絵本や児童文学の挿絵やイラストレーターとしても活躍する人です。逆にいうと職業的なマンガ家ではない。おもしろいのは全4巻の巻ごとに水彩画風だったり版画風だったりとタッチを内容に合わせて変えていて、その表現の幅も見どころです。
第二次世界大戦下の日本統治時代から戒厳令下、そして民主化を経て現代までをたどるなかで、焜霖が使い習得する言語がさまざまに変わっていくんですね。その翻訳の困難さが、台湾の歴史も物語っているともいえるのかも。
土居 台湾には私も先日台中国際アニメーション映画祭に審査員として呼ばれて行ってきたのですが、グランプリを獲った台湾のフィッシュ・ワン監督の『Ghost of the Dark Path』(2023年)という短編アニメーションは、白色テロの時代をかなりグロテスクな風味の寓話性で味付けして語っていて、興味深かったです。先程話題に出たホラーの人気という系譜に載せて考えることができる。少し前にインディ・ゲーム発のホラー映画として話題になった『返校』の流れでもあります。この作品も、白色テロの時代が背景にある。
岩下 海外作品の流れになったので最後にもう一作だけ。『are you listening? アー・ユー・リスニング』(ティリー・ウォルデン、訳:三辺律子、2023年)です。自伝マンガのジャンルで同性への恋とカミングアウトを描いた『スピン』(2018年)で知られるウォルデンの邦訳2作目。家出をした少女ビーが自動車修理工のルーと出会い、旅をしていく幻想的なロードトリップの物語です。きょうはたくさんのタイトルを挙げましたが、今年最もおもしろく読んだのはこれです!
青柳 読みます! アンテナを広げていてもなかなか引っかからない作品をいくつか知ることができて、今日は収穫の多い座談会でした。
岩下 自伝やドキュメンタリージャンルの国内海外での潮流の断絶にも感じるのですが、日本の作家は国内マーケットに寄り添うだけでビジネスとして成立するだけに、海外作品との接点が弱い。読者も同様に国内作品だけで潤沢な作品数があり、海外作品まで手を広げている余裕がないわけです。先ほど恋愛ものでカップル成立が早くなる話題が出ましたが、これもタイパ重視の態度と否定的に捉えるのは早計のように思います。背景にはコンテンツの過剰供給があるわけです。可処分時間の奪い合いのなかで、じっくりとした展開に付き合う余裕を確保するのは読者にも制作サイドにも難しい。
青柳 今日話された、数少ない作家のオリジナルとIPの二極に分かれて消費されるというのも同じ根になりますね。何を選べばいいのかわからない。最初にお話しした宣伝手法のこともそう。ネタバレを避けたい心理と、先にキャラクターの関係性を知りたい心理。多すぎるコンテンツに対する表裏の感情といえるかもしれません。
岩下 可処分時間の奪い合いが激しくなるなかでは「時間を割いて鑑賞する意味があるか」が大事になってくる。ネタバレを「鑑賞する意味」をスポイルするものと捉えるか、「鑑賞する意味」を判断するための材料と捉えるかの違いはありますが、どちらも同じ状況に育まれた感覚といえそうです。そうなったとき見えないジャンルとなりがちなのが海外作品です。台湾マンガがこれだけ盛り上がっていても、マンガとは別の文脈、海外文学の流れでしか読まれない。
土居 アニメーションも同様で、世界のアニメーションを見渡せる機会がまず少ない。そんななか映画祭の役割は重要です。今年は、コンペティションを長編のみに絞った「新潟国際アニメーション映画祭」が設立され、さらに「東京国際映画祭(TIFF)」が、海外作品を含めた「アニメーション部門」を立ち上げました。
青柳 メディアの環境変化もあってあまりにも目移りしてしまう時代に、キュレーションの役割はますます大事になりますね。きょうは近年の動向を振り返るという大きなテーマを3人でお話をしてきましたが、これではまだまだ足りない!
土居 ジャンルや国境を横断した立体的なキュレーションがあってこそ、文化的なフォローアップや真におもしろい作品に出会えるわけで、これは個人の力で到底補えるものではありません。マンガとアニメーション分野にかぎらず切実な課題と思います。
脚注
[青柳美帆子氏のトピック解題]
1 『君たちはどう生きるか』:制作部門解体後の初長編作品
スタジオジブリの長編アニメ制作部門は『風立ちぬ』『かぐや姫の物語』(いずれも2013年)をもって解散。雇用していた社員は2014年に全員が退社している。そのあとのジブリアニメは、一般的なアニメーションスタジオ同様、作品の中核となるスタッフはスタジオジブリ所属という形をとり、さらにフリーランスのクリエイターが参加するようなチームで制作されている。『君たちはどう生きるか』は制作部門解体後の初めての、宮﨑駿が監督した長編作品だ。
2 『アリスとテレスのまぼろし工場』:脚本出身の監督作品
アニメーション監督は、絵コンテ・演出からキャリアアップしていく例が多く、監督自身が絵コンテを手掛け、作品をコントロールすることが多い。岡田麿里はシリーズ構成・脚本家として主なキャリアを歩んでいるため、『アリスとテレスのまぼろし工場』は現在のアニメの世界ではあまり例がない、脚本出身の監督作品である。本作では副監督として『ユーリ!!! on ICE』(2016年)、『呪術廻戦』(2020年)のキャラクターデザインで知られる平松禎史が参加。アニメーションの方向性に影響を与えている。
3『【推しの子】』(アニメ):TikTokで話題の広がり
TikTokなど若者向けプラットフォームでの取り組みもヒットの後押しになった作品。TikTokでは利用者が動画作成時に使えるオリジナル音楽という仕組みがあり、権利者が音楽を登録しておくことでユーザーへの接点になる。本作はOP「アイドル」や劇中歌「サインはB」の「踊ってみた」「歌ってみた」が大流行。現役で活動中のアイドルたちがそのムーブメントに参加したことも話題を呼んだ。
4 『氷の城壁』:縦読みマンガの日本での展開
ウェブトゥーンとは、主に縦読みかつフルカラーで描かれたマンガを指す。韓国を中心に制作されてきたウェブトゥーンが、韓国発の電子書籍ストア「ピッコマ」などを通じて日本でも展開され、市場が成長してきた。LINEマンガがオリジナルウェブトゥーン制作に力を入れる、集英社がアプリ「ジャンプTOON」の立ち上げを準備するなど、他プレイヤーも制作体制の確立を進めている。『氷の城壁』は完結してから人気が爆発した話題作。
5 『名探偵コナン 黒鉄の魚影』:念願の100億円突破
『名探偵コナン』の劇場作品は『名探偵コナン 時計じかけの摩天楼』(1997年)から始まり計26作にのぼる。長期シリーズの宿命か、興行収入が伸び悩んだ時期はあったが、20作目『純黒の悪夢』(2016年)が大人の層に支持され、劇場版への注目度が高まった。22作目『ゼロの執行人』(2018年)からは興行収入90億円超えが連発されていたが、新型コロナの影響もあり「大台」には届かず。2023年の『黒鉄の魚影』は満を持して人気キャラクター・灰原哀にスポットを当てた作品で、初めてにして念願の100億円を突破した。
青柳 美帆子(あおやぎ・みほこ)
ライター。1990年、東京都生まれ。女性向けエンタメとカルチャーを中心にインタビューや執筆活動を行う。共著に『アダルトメディア年鑑2024 AIと規制に揺れる性の大変動レポート』(イースト・プレス、2023年、女性向けマンガ、小説の項を担当)。
[岩下朋世氏のトピック解題]
1 配信アプリ:過去作品のリバイバル
サブスクリプションの普及によって若年層に発見された過去作品のリバイバルヒットは音楽シーンなどに顕著だが、マンガでも同じような傾向は見られる。『Gメン』が映画化された小沢ひとしは『ナンバMG5』(2005~2008年)も2022年にはテレビドラマ化。リバイバルの背景には『東京卍リベンジャーズ』(2017~2022年)のヒットによるヤンキーマンガへの需要の高まりもあるだろう。このジャンルの金字塔である佐木飛朗斗・所十三『疾風伝説 特攻の拓』(1991~1997年)の復刻版刊行および電子化も話題となった。
2 楳図かずお大美術展:マンガの美術館展示の新たな動向
楳図のキャリアのなかでもそのスケールの大きさでは群を抜く『わたしは真悟』(1982~1986年)の続編となる「ZOKU-SHINGO 小さなロボット シンゴ美術館」は人類衰退後の遠未来が舞台。六本木・東京シティビューでの展覧会では、『わたしは真悟』の象徴的な建造物である東京タワーが展望できるロケーションも鑑賞を構成する一部となっていた。「聖地巡礼」的な経験の提供という点ではトキワ荘マンガミュージアムで2022年に開催の「漫画少年 大展覧号 – 幻の雑誌 完全揃い101冊」展も興味深い事例。
3 『初×婚』:現行少女マンガのトレンド
『初×婚』でもマッチングアプリやSNSの「いいね!」といった今日的要素が目立つが、その他に注目されるのは「推し」カルチャーの影響。師走ゆき『多聞くん今どっち!?』(2021年~)のようにアイドルに限らず、YouTuberやVTuber、インフルエンサーなどさまざまな「推し」を描いたラブコメがある。なかには、過去にタイムトリップ&イケメンに転生して「推し」とともにデビューを目指すことになるひので淘汰『アイドル転生〜推し死にたまふことなかれ』(2022年~)のような作品も。
4 『少女マンガはどこからきたの? 「少女マンガを語る会」全記録』:少女マンガ史への関心の高まり
1950〜60年代、黎明期の少女マンガをめぐる貴重な証言の記録は2020年に科研費報告書として刊行。同記録の刊行と連動する形で明治大学米沢嘉博記念図書館でオンラインでの展示「少女マンガはどこからきたの?web展~ジャンルの成立期に関する証言より~」も実施。その好評を受けての商業出版は、少女マンガ史への関心の高まりを示しているだろう。『総特集 水野英子 自作を語る』(2022年)、『総特集 松苗あけみ 少女マンガをデザインする』(2023年)など、作家のキャリアを振り返る特集本も盛んだ。
5 『台湾の少年』:台湾マンガ紹介の活況
『台湾の少年』や『綺譚花物語』のほかにも、ルアン・グアンミン『用九商店』(2022年)の翻訳、高妍『緑の歌』(2022年)は『コミックビーム』で連載、単行本は日台同時刊行され、多様な影響源を持つ台湾マンガの作品、作家の紹介は活況を呈しつつある。2023年にはその歴史を紹介する「台湾漫画史不思議旅行 -貸本屋さんと漫画の100年- 展」が明治大学米沢嘉博記念図書館で開催された。
岩下 朋世(いわした・ほうせい)
マンガ研究者。1978年、鹿児島県生まれ。相模女子大学学芸学部メディア情報学科教授。主な関心領域は少女マンガの表現と歴史、キャラクター論。著書に『少女マンガの表現機構――ひらかれたマンガ表現史と「手塚治虫」』(NTT出版、2013年)、『キャラがリアルになるとき――2次元、2・5次元、そのさきのキャラクター論』(青土社、2020年)。
[土居伸彰氏のトピック解題]
1 『THE FIRST SLAM DUNK』:3DCGの革新
日本アニメの特異性は2Dにあるのだ、と言われていたことのまるで反動のように、日本アニメにおける3D表現がユニークな進歩を見せている。井上雄彦が監督も務めた『THE FIRST SLAM DUNK』そして鳥山明原作の『ドラゴンボール超 スーパーヒーロー』『SAND LAND』は、3Dの特質によって、両者のマンガ原作のなかに描かれていた空間性をしっかりと描けるようになっており、そのことが原作の説得力ある再解釈につながっているように思われる。
2 『すずめの戸締まり』:新たな「国民的作家」の姿
『君の名は。』『天気の子』に続き、3作連続で大ヒット作となった新海誠のオリジナル作品は、「国民的作家」となった自身の立ち位置への意識と、「東日本大震災の記憶を語り継がねば」という使命感の融合が素晴らしい。アジアをメインに見据えた海外への展開も、過去の慣習に囚われることなく現実を見据えたもので、なおかつ結果を残している。監督自身がプロデューサー的な視点を持った作家として、次にどんな一歩を踏み出すのか楽しみにさせてくれる。
3 オタワ国際アニメーション映画祭:日本人作家の海外での躍進
北米最大のオタワ国際アニメーション映画祭の短編部門で3年連続で日本作品がグランプリを受賞した。ポイントとなるのは、その3名(矢野ほなみ、和田淳、折笠良)がいずれも東京藝術大学大学院映像研究科アニメーション専攻出身かつ山村浩二ゼミで学んでいるということであり、なおかつ受賞作品の製作にあたってプロデューサーがついているということだ。才能の育成は、卒業後の製作を支える体制の確立とつながることで大きな成果を挙げうるという証左になるだろう。
4 『オオカミの家』:アニメーションとホラーの融合が語る歴史
戦後チリに実在したカルト集団を取り上げる『オオカミの家』はミニシアターで上映される海外アニメーションとしては異例のヒットとなったが、その要因は、日本においては本作が「ホラー映画」として認識されたことが挙げられる。本作のつくり手には必ずしもそのような意識があったわけではないようだが、社会的・歴史的現実をジャンル映画としてのフォーマットにくるんで届けようとする傾向は世界的に目立っており、日本においても2023年後半に話題となった『鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎』がまさにそのような例であるといえる。
5 アニメーション映画祭:群雄割拠の時代に
2023年3月、コンペティションを長編のみに絞った新潟国際アニメーション映画祭がスタートした。アニメーション映画祭は歴史的に、マーケット以外の評価軸を必要としていた短編作品のつくり手たちのためにつくられてきたが、世界的に長編作品の制作本数が増えるなか、長編のつくり手も同じような評価軸を求めるようになったということである。一方、東京国際映画祭が海外作品も含めた「アニメーション部門」を立ち上げたことは、既存のアニメーション映画祭にとっての脅威になりうる。長編は基本的には「商品」であり、売り手(セラーおよび配給)は「売れる」可能性の高い有名映画祭に出すことを好むからである。
土居 伸彰(どい・のぶあき)
ニューディアー代表、ひろしまアニメーションシーズンプロデューサー。1981年東京生まれ。ロシアの作家ユーリー・ノルシュテインを中心とした非商業・インディペンデント作家の研究からスタートして、執筆やイベント開催を通じた世界のアニメーション作品を広く紹介する活動にも精力的に関わる。2015年にニューディアーを立ち上げ、『父を探して』(2013年)など海外作品の配給を本格的にスタート。国際アニメーション映画祭での日本アニメーション特集キュレーターや審査員としての経験も多い。プロデューサーとして国際共同製作によって日本のインディペンデント作家の作品製作も行っている。著書に『個人的なハーモニー ノルシュテインと現代アニメーション論』(フィルムアート社、2016年)、『21世紀のアニメーションがわかる本』(フィルムアート社、2019年)、『私たちにはわかってる。アニメーションが世界で最も重要だって』(青土社、2021年)、『新海誠 国民的アニメ作家の誕生』(集英社、2022年)。プロデュース作品に『マイエクササイズ』(監督:和田淳、インディーゲーム/短編アニメーション2020年)、『I’m Late』(監督:冠木佐和子、短編アニメーション、2020年)、『不安な体』(監督:水尻自子、短編アニメーション、2021年)、『半島の鳥』(監督:和田淳、短編アニメーション、2022年)など。
※インタビュー日:2023年11月2日
※URLは2024年2月29日にリンクを確認済み