マンガ+アニメーション特別座談会 青柳美帆子×岩下朋世×土居伸彰 推し文化の波及とプラットフォームの変化[前編]

竹見 洋一郎

写真:小野 博史

左から、青柳美帆子氏、岩下朋世氏、土居伸彰氏

ネタバレと興行

――マンガとアニメーション分野のこの数年の動向を語っていただくに際して、「国民的作家」の変遷を入口にするのはいかがでしょうか。ファンのセグメント化が進むなかで、誰もが知る作家・作品の現状はどうなっていると見ますか。

青柳 宮﨑駿の最新作『君たちはどう生きるか』(2023年)は『風立ちぬ』(2013年)以来10年ぶりの新作でした。私は「宣伝しない宣伝方法」にまず感銘を受けました。公開前の情報開示を抑えた『THE FIRST SLAM DUNK』(2022年)の手法にジブリの鈴木敏夫プロデューサーがどこまで影響を受けたかはわかりませんが(笑)。映画を前情報なしで見るという経験自体が『君たちはどう生きるか』から得た新しい発見でした。

岩下 7月の公開が近づいても試写会もなし、公開後もしばらくパンフレットが販売されませんでした。宣伝らしきものとしてジブリの当時の公式Twitter1で鳥の画像とともに鳴き声とおぼしき「カヘッカヘヘッ……」という投稿がなされましたが、謎が深まるばかり(笑)。

土居 映画の内容としては、引退作とされた前作『風立ちぬ』がアニメーション・ドキュメンタリーの隆盛も含めた全世界的動向とシンクロするなど同時代性があったことと比較すると、「古き良き宮崎駿の再演」という感じで、時代からは後退したというか、緩やかに離脱した印象も持ちました。

岩下 後ほどマンガに関連した話題でもお話することになる自伝的な要素が興味を惹きました。戦時経済のもとで事業を拡大させていた父のキャラクター造形や、裕福な家庭環境に眞人が感じる後ろめたさなど、これまで宮﨑が語ってきた自身の来歴をなぞるように見える。しかし自身の半生を振り返っているというより、手近な素材として扱っているような印象を受けました。

――『君たちはどう生きるか』は11月時点で国内興行82億円近く。『THE FIRST SLAM DUNK』は最終的に国内157億円と発表されています。

岩下 『THE FIRST SLAM DUNK』はロングランでしたね。12月から8月末まで272日間。こちらは予告編が2022年に公開されて、バスケットボールをしている二人や、海辺で木に腰掛ける人物など断片的な情報がわかりました。そして3DCGなのだと……。

青柳 1990年代のテレビアニメ版から声優がすべて交替することや、原作者・井上雄彦が監督を務めるという異分野からの初挑戦、しかも3DCGで表現できるのかの不安も含めて、正直、公開前にはネガティブな空気がありましたね。

土居 しかし、公開された瞬間に一変しましたね。僕は原作未読のまま観たのですが、3DCGとスポーツアニメの掛け合わせでこんな表現が生まれうるのか、と驚嘆してしまいました。アニメーションの歴史を振り返ると、業界外からやって来た人が業界の慣習に囚われない自由なアプローチでアニメーション映画のつくり方を発明してしまうケースがあります。大友克洋が『AKIRA』(1988年)でやったこともそうですし、最近だとウェス・アンダーソンやギレルモ・デル・トロが立体アニメーションでやったこともそうです。『THE FIRST SLAM DUNK』は、そういった系譜に並べて考えることもできそうです。

岩下 井上はマンガ作品として車いすバスケットボールを題材にした『リアル』を1999年から断続的に連載していますが、『THE FIRST SLAM DUNK』は、明らかに『リアル』やスラムダンク奨学金2といった活動を経たものになっていて、過去作品の再アニメーション化というより、井上雄彦の最新作なのだと感じました。

青柳 『君たちはどう生きるか』『SLAM DUNK』の2作については、ほぼまっさらな状態で作品に接して、作品の完成度云々ではない体験を個人的にできました。とはいえほかの作品で同じことをできるわけではありませんね。作家のブランド力、コンテンツIP3のブランド力に左右される、希有な成功例でしょう。この宣伝手法の背景には、ネタバレを嫌がる観客の態度が関係していると思います。ネタバレを忌避する気分が、早く見たい、見なければと人を駆り立てる。その心理がこういう宣伝が歓迎された土台になっているのかもしれません。

岩下 ネタバレに配慮する倫理的な要求が高まっていますね。いつからこうなっているんでしょう。かつてはほとんど誰も気にしなかったはずなのに。Wikipediaに粗筋を書いても怒る人がいる。百科事典なのに(笑)。

映画の制作過程をまとめた『THE FIRST SLAM DUNK re:SOURCE』(集英社、2022年)

青柳 興行的なヒットの面では『THE FIRST SLAM DUNK』もふくめた「ジャンプ&ジャンプ+」ブランドが年々強化されている気がします。2020年のコロナ禍の閑散とした劇場に『鬼滅の刃 無限列車編』が200億円を超える成績を残したあとも、強い原作の人気を武器に『SPY×FAMILY』(2022年)、『チェンソーマン』(2022年)などのアニメが話題になりました。『呪術廻戦0』(2021年)、『ONE PIECE FILM RED』(2022年)はどちらも国内興行収入が100億円を軽く超えています。一方でオリジナル企画への風当たりの強さも感じます。

岩下 強いIPのアニメーション群と作家において語られるオリジナルの二極化。ジャンプは前者の代表ですね。そしていま作家として語られる存在が、宮﨑駿や新海誠でしょう。

青柳氏

新海誠の世界的人気

土居 新海誠はデビュー以降一貫してオリジナル作品をつくりつづけながら、いまや国民的作家と呼ばれるにふさわしい充実期を迎えています。『すずめの戸締まり』(2022年)については、性的喚起を促すような描写やミュージックビデオ的演出など過去の代名詞的な表現を抑制するなど、より広い世代に向けるための過去の作風からの意識的な断絶をまず指摘したいですね。新海自身が主人公二人の関係性を「恋愛ではない」とほのめかすなど、男女間の関係性についても新たな物語のモードを示唆しつつ、自ら国民的作家としての意識をもって地に足のついた語り方をする、という意欲的なことをしていると感じます。本作は宮崎から神戸、東京、そして東北地方へと、日本各地の廃虚にある扉を閉めながら移動する物語ですが、東日本大震災をめぐる話と神話的ロジックをうまく重ねています。

岩下 はっきりと震災をテーマにしている点で、一見すると非常にドメスティックに思える作品ですが、実際にはアジア人気、とりわけ中国での人気が高い。

――報道によると11月時点で8億元(約157億円)を超え、日本のアニメ映画としてこれまで興行収入記録のトップだった『君の名は。』(2016年)の5億7,600万元(約112億円)を更新したそうです。震災の記憶をいくらか共有しているだろうとはいえ、日本固有の状況を正面に据えた作品が受け入れられるのは不思議な気もします。

土居 海外の反応を見ると、特定の災害の物語というよりも、戦災や自然災害、世界のいたるところで起こる個人ではどうにも立ち向かえぬ事象に対するお話しとして、普遍的に受け止められたようです。ベルリン国際映画祭でメインのコンペティションにも選ばれました。この年のアニメーションとしては、中国のリウ・ジェン監督の『Art College 1994』と並んで2本のみです。

青柳 作家性をもつ監督の作品かIPからヒット作が生まれるという話ですが、肌感覚としてはIPが優勢になってきた数年間だったと思います。そのきっかけになったのが、新海の2016年の『君の名は。』だったのではないかと。というのも『君の名は。』のあと、似たようなルックで青春を描く「オリジナル作品」が続きましたが、作品的、商業的な評価を得られたものは少なかった。観客の落胆の揺り戻しとしてIPへの熱が高まっていることはないでしょうか。

岩下 本当にごく一部の作家だけが、作家として認知され、結果としてオリジナル作品の制作が絞られている印象です(宮﨑にとっての「原作もの」は実質オリジナルとしてですが)。新海もそうだし、庵野秀明も監督のパーソナリティと結びつけた語られ方に終始しているのが気になるところです。他方でIPとして語られるものについては、まるで作家などいないかのようにキャラクターにのみフォーカスして語られているきらいがあります。

岩下氏

女性監督の台頭はあるのか

青柳 そんななか作家として固有名で認識される女性監督は増えていて、『アリスとテレスのまぼろし工場』(2023年)の岡田麿里はその代表です。脚本家としてキャリアを積み、『あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。』(2011年)などで知られる岡田ですが、監督デビューを果たした『さよならの朝に約束の花をかざろう』(2018年)に続く2作目が本作。製鉄所が産業の中心となっている架空の町で同じような毎日が繰り返されていて……そんな物語の要約がほとんど意味を成さない作品です。これまでになく、これ以上ないくらい作家性を前面に出した作品でした。減点しようとすればいくらでもマイナスできるかもしれないけれど、加点も無限にできるパワーがある!

土居 もう……とんでもない破壊力の作品でしたね。制作会社のMAPPAが岡田の作家性にほれ込んで、ぜひ岡田の200%を発揮したオリジナル作品をと実現した作品です。

――劇場用作品ということでは岡田の名前が浸透しつつありますが、テレビアニメではどうでしょうか。

青柳 山田尚子4など挙げるべき作家はいますが、特に注目したいのは出合小都美監督です。2023年の春アニメ『スキップとローファー』は高松美咲の原作をうまく12話のなかに構成し直しながら、キャラクターの心の機微を日常芝居を丁寧に描くことで表現した、見ていると幸せになれる作品。ただ原作のあるアニメの場合、どうしても原作のIPとしての側面が強くなって、作家性として語られる場面が少ないですね。

――テレビアニメではスタッフの名前が印象に残りにくいものもあります。テレビシリーズの脚本家の名前が制作会社名としてクレジットされるなど、誰がつくっているのか見えにくい。原作マンガの熱心なファンが「原作と違うじゃないか」と怒るケースを想定しているのかもしれませんが。

青柳 またジャンプ系の話になってしまいますが、IP系の作品として2023年最大の話題作は『【推しの子】』になるでしょうね。

岩下 『週刊ヤングジャンプ』連載ですが、配信サイト「少年ジャンプ+」でも配信されています。そちらで読んでいる人も多そう。

『【推しの子】』マンガ単行本は、2023年時点で累計発行部数1,200万部。アニメ化が人気を後押しした

青柳 原作が赤坂アカ、作画が横槍メンゴと豪華な組み合わせです。とはいえ本作で強調したいのはYOASOBIによる主題歌「アイドル」の需要のされ方です。

岩下 トラップの隆盛以降のラップミュージックで主流化した三連符が巧みに用いられていたり、一方ではドメスティックな文脈に根ざしているようでグローバルな音楽トレンドを意識している。作品人気のみならず、楽曲面でも人気を博す下地があった。

青柳 ビルボードが9月から新しく開始した音楽チャートに「グローバル・ジャパン・ソングス」5があります。日本を除く世界で、もっとも聞かれた日本の楽曲のランキングなのですが、サービス開始の最初の週の統計の1位が「アイドル」。アニメ作品の人気が楽曲のヒットを牽引していく傾向が見られるかもしれません。

土居氏

短編アニメーションの躍進

土居 作家性の話を引き取っていうと、個性が見えやすいのは集団でつくる長編よりも個人制作に近い短編アニメーションの分野です。1976年にスタートした北米最大のアニメーション映画祭「オタワ国際アニメーション映画祭」で、国内作家の躍進が続いています。短編部門のグランプリに、2021年に矢野ほなみ『骨噛み』、2022年に和田淳『半島の鳥』と受賞が続き、2023年のグランプリにも折笠良監督の『みじめな奇蹟(Miserable Miracle)』が輝きました。これは快挙です。『半島の鳥』と『みじめな奇蹟』は弊社が製作に関わっているので、自画自賛みたいになってしまい恐縮ですが(笑)。

青柳 そこで賞をとるような作家は、独自の表現をもちながらも一般には知られていかない難しさがあるかと思います。個人作家たちの商業的な意味でのステップはあるものでしょうか。

土居 近年のわかりやすい例では、『PUI PUI モルカー』(2021年)をヒットさせた見里朝希監督がいます。見里は羊毛フェルトでできたキャラクターを撮影して制作するストップモーションアニメにずっと取り組んでいて、大学院の修了制作として発表した短編『マイリトルゴート』(2018年)はダークなテイストの作品でしたが、陽性な方向に振り切ったモルカーが広く受け入れられました。実際には、『PUI PUI モルカー』にもかなりドロドロとしたものは感じられるのですが。

青柳 テレビのコマーシャルにアニメーションが使われる例も増えていますね。清涼飲料水から学習塾、建築会社まで幅広く目にします。

土居 たしかに増えましたね。ただコマーシャルの場合は、時代の雰囲気と一致する作風が求められることがほとんどなので、さきほど挙げたようないわゆる「作家」とはまた違った文脈のスタジオや制作者たちが活躍する領域になります。個人制作の作家とマスカルチャーの組み合わせの別の例としては、有名IPのアニメのオープニング、エンディングに採用されるケースがあります。もともとクレジットタイトルを示すシークエンスですが、それ自体映像表現として印象に残るものを制作する流れがここ数年継続的に起こっています。例えば、さきほどオタワの受賞者として名前を挙げた矢野ほなみも『TRIGUN STAMPEDE』(2023年)のEDを担当しています。

配信サービスの功と罪読まれる短編、縦読みマンガ

――市場での展開を考えるときには、流通の変化、主にオンラインの配信が重要になるかと思います。この分野での目立った動きはありますか。

岩下 マンガの配信に関して触れたいのは、新田たつお『静かなるドン』の電子書籍としての成功です。もともとは『週刊漫画サンデー』で1988年から2013年まで連載されていた作品。下着メーカーのサラリーマンとヤクザの総長の二つの顔をもつ近藤静也の活躍を描いて、単行本は108巻で完結しています。電子書籍の配信が始まったのは、まだ連載中の1999年からと古いのですが、コロナ禍で配信版の人気に火がついて2020年には6億円の売上を上げたことが話題になりました。

青柳 SNSの広告でタイトルを目にしていました。懐かしんで読む人たちだけなく、リアルタイムでは読んでいなかった新しい層にもリーチした。配信によって過去の作品が掘り起こされる好例ですね。

岩下 108巻の長大さが、読み出したら止らない、止めずにクリックして読みつづけられる配信のフォーマットと合ったのでしょう。その流れを受けて完結から10年を経て『静かなるドン-もうひとつの最終章-』が2023年から始まりました。似たような流れでは『Gメン』(小沢としお、2014〜2018年)も配信で再発見されてよく読まれ、2023年に実写映画化されています。

配信というフォーマットは短編作品の注目のされ方にも影響していると思います。商業的な成功はやはり長期連載作品によってはかられることが多く、優れた短編があっても評価されにくい。しかし、SNSで「バズる」ことと相性の良さによって短編が読まれ、発表されやすい状況が生じているようです。「ジャンプ+」などは話題性のある短編の配信に意識的ですし、ほかにも岡田索雲『アンチマン』(2023年)なども賛否両論を招いたインパクトのある作品です。一方で、一過性の話題となって終わりになる傾向も懸念されます。

青柳 単行本化されないままだと、作家として認知される範囲も限定されますね。短編が広く読まれるようになったのはよいとして、流通面ではまだ工夫が必要かもしれません。マンガの配信では縦読みマンガ、いわゆるウェブトゥーンの話題で、阿賀沢紅茶の『氷の城壁』が流通面でもおもしろい作品です。紙の単行本化もされていますが、もとは2020年にLINEマンガでオールカラーの縦読みマンガとして発表されました。

岩下 単行本化に際してページ単位のコマ割り形式に組み直しているんですね。東村アキコ6の『偽装不倫』(2017~2019年)のように、まずページ単位のコマ割りで描かれたマンガを縦読みに再構成する例はありますが、当初から縦読みとして描かれた作品をコマ割に再構成しても、ここまで違和感がないものかと驚きます。

コマ割り形式に再構成された『氷の城壁』

青柳 そうなんです。阿賀沢は「ジャンプ+」で『正反対な君と僕』(2022年~)を連載していて、コマ割り(横読み)でもヒットを飛ばしています。それで私は、売れている縦読みマンガは、縦読みだから売れているのではなく、絵がきれいでおもしろいから売れているのではないか、という結論に達しつつあります(笑)。とはいえ傾向はあるでしょうから、どちらにも対応できるマンガが一番強くて、特定のプラットフォームに特化するとつぶしが効かない。異なるプラットフォームに提供できる、変換可能な制作データを持っておけることがデジタルの利点でしょうか。誌面上でのページレイアウトに凝るより、シンプルなコマ割りを意識するマンガ家も出ているかもしれません。

岩下 デジタル制作が主流になったことで、マンガの翻訳をめぐる状況も変化しています。フキダシのレイヤーを別に作成しているため、フキダシを簡単に加工できる。言語によって同じ内容を伝えるのに文字数の長短がありますが、必要に応じてフキダシのサイズを伸縮できるようになった。また右から読むか左から読むかで、人物とフキダシの位置関係もコントロールできる。実際、翻訳出版されることを前提にどちらにフキダシが置かれてもよいように、左右に同じくらいのスペースを空けて作画しているマンガ家の話も聞きます。

脚注

1 スタジオジブリの公式X(旧Twitter)は2020年12月に開設。2023年11月3日に終了した。『君たちはどう生きるか』の主題歌を担当した米津玄師氏の公式スタッフアカウントと、「カヘッ」の文字を使った謎の投稿も話題になった。
2 『SLAM DUNK』の印税の一部と、アイティープランニング、集英社の拠出金で運営される奨学金。高校を卒業後、大学あるいはプロとして競技を続ける意志と能力を持ちながら、その夢を果たせない状況にある若い選手を支援する目的で2006年に設立された。
https://slamdunk-sc.shueisha.co.jp
3 IPは知的財産を意味するIntellectual Propertyの略語。競争力のあるコンテンツは、複数のメディアを介した多様な事業展開により多くの収益を上げる。
4 監督デビュー作である『けいおん!』(2009年)や『映画 聲の形』(2016年)など、京都アニメーションで作品を制作。2021年のテレビシリーズ『平家物語』以降、サイエンスSARUに制作の拠点を移し、フリーランスとして他のスタジオとも連携する。最新作は『きみの色』(2024年夏公開予定)。
5 ビルボードジャパンが2023年9月から開始した、世界でヒットしている日本の楽曲のランキング。世界200以上の国と地域でのストリーミング(オーディオ&ビデオ)とダウンロードにそれぞれ比重をつけた上で日本市場を除外して算出される。
6 代表作に『海月姫』(2008~2017年)、『東京タラレバ娘』(2014~2017年)など。東村が2017年から連載を開始した『偽装不倫』はウェブトゥーンとして発表された。インタビューで制作方法について「描く流れは今までと変わらなくて、紙のマンガと同じようにページごとに描き、コマをバラして縦に組み立てています」と語っている。(梅崎なつこ「マンガ家・東村アキコが語る「スマホで読む」ことでひっくり返った業界の常識」文春オンライン、2019年7月10日、https://bunshun.jp/articles/-/12625

[青柳美帆子氏のトピック解題]

1 『君たちはどう生きるか』:制作部門解体後の初長編作品
スタジオジブリの長編アニメ制作部門は『風立ちぬ』『かぐや姫の物語』(いずれも2013年)をもって解散。雇用していた社員は2014年に全員が退社している。そのあとのジブリアニメは、一般的なアニメーションスタジオ同様、作品の中核となるスタッフはスタジオジブリ所属という形をとり、さらにフリーランスのクリエイターが参加するようなチームで制作されている。『君たちはどう生きるか』は制作部門解体後の初めての、宮﨑駿が監督した長編作品だ。

2 『アリスとテレスのまぼろし工場』:脚本出身の監督作品
アニメーション監督は、絵コンテ・演出からキャリアアップしていく例が多く、監督自身が絵コンテを手掛け、作品をコントロールすることが多い。岡田麿里はシリーズ構成・脚本家として主なキャリアを歩んでいるため、『アリスとテレスのまぼろし工場』は現在のアニメの世界ではあまり例がない、脚本出身の監督作品である。本作では副監督として『ユーリ!!! on ICE』(2016年)、『呪術廻戦』(2020年)のキャラクターデザインで知られる平松禎史が参加。アニメーションの方向性に影響を与えている。

3『【推しの子】』(アニメ):TikTokで話題の広がり
TikTokなど若者向けプラットフォームでの取り組みもヒットの後押しになった作品。TikTokでは利用者が動画作成時に使えるオリジナル音楽という仕組みがあり、権利者が音楽を登録しておくことでユーザーへの接点になる。本作はOP「アイドル」や劇中歌「サインはB」の「踊ってみた」「歌ってみた」が大流行。現役で活動中のアイドルたちがそのムーブメントに参加したことも話題を呼んだ。

4 『氷の城壁』:縦読みマンガの日本での展開
ウェブトゥーンとは、主に縦読みかつフルカラーで描かれたマンガを指す。韓国を中心に制作されてきたウェブトゥーンが、韓国発の電子書籍ストア「ピッコマ」などを通じて日本でも展開され、市場が成長してきた。LINEマンガがオリジナルウェブトゥーン制作に力を入れる、集英社がアプリ「ジャンプTOON」の立ち上げを準備するなど、他プレイヤーも制作体制の確立を進めている。『氷の城壁』は完結してから人気が爆発した話題作。

5 『名探偵コナン 黒鉄の魚影』:念願の100億円突破
『名探偵コナン』の劇場作品は『名探偵コナン 時計じかけの摩天楼』(1997年)から始まり計26作にのぼる。長期シリーズの宿命か、興行収入が伸び悩んだ時期はあったが、20作目『純黒の悪夢』(2016年)が大人の層に支持され、劇場版への注目度が高まった。22作目『ゼロの執行人』(2018年)からは興行収入90億円超えが連発されていたが、新型コロナの影響もあり「大台」には届かず。2023年の『黒鉄の魚影』は満を持して人気キャラクター・灰原哀にスポットを当てた作品で、初めてにして念願の100億円を突破した。

青柳 美帆子(あおやぎ・みほこ)
ライター。1990年、東京都生まれ。女性向けエンタメとカルチャーを中心にインタビューや執筆活動を行う。共著に『アダルトメディア年鑑2024 AIと規制に揺れる性の大変動レポート』(イースト・プレス、2023年、女性向けマンガ、小説の項を担当)。

[岩下朋世氏のトピック解題]

1 配信アプリ:過去作品のリバイバル
サブスクリプションの普及によって若年層に発見された過去作品のリバイバルヒットは音楽シーンなどに顕著だが、マンガでも同じような傾向は見られる。『Gメン』が映画化された小沢ひとしは『ナンバMG5』(2005~2008年)も2022年にはテレビドラマ化。リバイバルの背景には『東京卍リベンジャーズ』(2017~2022年)のヒットによるヤンキーマンガへの需要の高まりもあるだろう。このジャンルの金字塔である佐木飛朗斗・所十三『疾風伝説 特攻の拓』(1991~1997年)の復刻版刊行および電子化も話題となった。

2 楳図かずお大美術展:マンガの美術館展示の新たな動向
楳図のキャリアのなかでもそのスケールの大きさでは群を抜く『わたしは真悟』(1982~1986年)の続編となる「ZOKU-SHINGO 小さなロボット シンゴ美術館」は人類衰退後の遠未来が舞台。六本木・東京シティビューでの展覧会では、『わたしは真悟』の象徴的な建造物である東京タワーが展望できるロケーションも鑑賞を構成する一部となっていた。「聖地巡礼」的な経験の提供という点ではトキワ荘マンガミュージアムで2022年に開催の「漫画少年 大展覧号 – 幻の雑誌 完全揃い101冊」展も興味深い事例。

3 『初×婚』:現行少女マンガのトレンド
『初×婚』でもマッチングアプリやSNSの「いいね!」といった今日的要素が目立つが、その他に注目されるのは「推し」カルチャーの影響。師走ゆき『多聞くん今どっち!?』(2021年~)のようにアイドルに限らず、YouTuberやVTuber、インフルエンサーなどさまざまな「推し」を描いたラブコメがある。なかには、過去にタイムトリップ&イケメンに転生して「推し」とともにデビューを目指すことになるひので淘汰『アイドル転生〜推し死にたまふことなかれ』(2022年~)のような作品も。

4 『少女マンガはどこからきたの? 「少女マンガを語る会」全記録』:少女マンガ史への関心の高まり
1950〜60年代、黎明期の少女マンガをめぐる貴重な証言の記録は2020年に科研費報告書として刊行。同記録の刊行と連動する形で明治大学米沢嘉博記念図書館でオンラインでの展示「少女マンガはどこからきたの?web展~ジャンルの成立期に関する証言より~」も実施。その好評を受けての商業出版は、少女マンガ史への関心の高まりを示しているだろう。『総特集 水野英子 自作を語る』(2022年)、『総特集 松苗あけみ 少女マンガをデザインする』(2023年)など、作家のキャリアを振り返る特集本も盛んだ。

5 『台湾の少年』:台湾マンガ紹介の活況
『台湾の少年』や『綺譚花物語』のほかにも、ルアン・グアンミン『用九商店』(2022年)の翻訳、高妍『緑の歌』(2022年)は『コミックビーム』で連載、単行本は日台同時刊行され、多様な影響源を持つ台湾マンガの作品、作家の紹介は活況を呈しつつある。2023年にはその歴史を紹介する「台湾漫画史不思議旅行 -貸本屋さんと漫画の100年- 展」が明治大学米沢嘉博記念図書館で開催された。

岩下 朋世(いわした・ほうせい)
マンガ研究者。1978年、鹿児島県生まれ。相模女子大学学芸学部メディア情報学科教授。主な関心領域は少女マンガの表現と歴史、キャラクター論。著書に『少女マンガの表現機構――ひらかれたマンガ表現史と「手塚治虫」』(NTT出版、2013年)、『キャラがリアルになるとき――2次元、2・5次元、そのさきのキャラクター論』(青土社、2020年)。

[土居伸彰氏のトピック解題]

1 『THE FIRST SLAM DUNK』:3DCGの革新
日本アニメの特異性は2Dにあるのだ、と言われていたことのまるで反動のように、日本アニメにおける3D表現がユニークな進歩を見せている。井上雄彦が監督も務めた『THE FIRST SLAM DUNK』そして鳥山明原作の『ドラゴンボール超 スーパーヒーロー』『SAND LAND』は、3Dの特質によって、両者のマンガ原作のなかに描かれていた空間性をしっかりと描けるようになっており、そのことが原作の説得力ある再解釈につながっているように思われる。

2 『すずめの戸締まり』:新たな「国民的作家の姿
『君の名は。』『天気の子』に続き、3作連続で大ヒット作となった新海誠のオリジナル作品は、「国民的作家」となった自身の立ち位置への意識と、「東日本大震災の記憶を語り継がねば」という使命感の融合が素晴らしい。アジアをメインに見据えた海外への展開も、過去の慣習に囚われることなく現実を見据えたもので、なおかつ結果を残している。監督自身がプロデューサー的な視点を持った作家として、次にどんな一歩を踏み出すのか楽しみにさせてくれる。

3 オタワ国際アニメーション映画祭:日本人作家の海外での躍進
北米最大のオタワ国際アニメーション映画祭の短編部門で3年連続で日本作品がグランプリを受賞した。ポイントとなるのは、その3名(矢野ほなみ、和田淳、折笠良)がいずれも東京藝術大学大学院映像研究科アニメーション専攻出身かつ山村浩二ゼミで学んでいるということであり、なおかつ受賞作品の製作にあたってプロデューサーがついているということだ。才能の育成は、卒業後の製作を支える体制の確立とつながることで大きな成果を挙げうるという証左になるだろう。

4 『オオカミの家』:アニメーションとホラーの融合が語る歴史
戦後チリに実在したカルト集団を取り上げる『オオカミの家』はミニシアターで上映される海外アニメーションとしては異例のヒットとなったが、その要因は、日本においては本作が「ホラー映画」として認識されたことが挙げられる。本作のつくり手には必ずしもそのような意識があったわけではないようだが、社会的・歴史的現実をジャンル映画としてのフォーマットにくるんで届けようとする傾向は世界的に目立っており、日本においても2023年後半に話題となった『鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎』がまさにそのような例であるといえる。

5 アニメーション映画祭:群雄割拠の時代に
2023年3月、コンペティションを長編のみに絞った新潟国際アニメーション映画祭がスタートした。アニメーション映画祭は歴史的に、マーケット以外の評価軸を必要としていた短編作品のつくり手たちのためにつくられてきたが、世界的に長編作品の制作本数が増えるなか、長編のつくり手も同じような評価軸を求めるようになったということである。一方、東京国際映画祭が海外作品も含めた「アニメーション部門」を立ち上げたことは、既存のアニメーション映画祭にとっての脅威になりうる。長編は基本的には「商品」であり、売り手(セラーおよび配給)は「売れる」可能性の高い有名映画祭に出すことを好むからである。

土居 伸彰(どい・のぶあき)
ニューディアー代表、ひろしまアニメーションシーズンプロデューサー。1981年東京生まれ。ロシアの作家ユーリー・ノルシュテインを中心とした非商業・インディペンデント作家の研究からスタートして、執筆やイベント開催を通じた世界のアニメーション作品を広く紹介する活動にも精力的に関わる。2015年にニューディアーを立ち上げ、『父を探して』(2013年)など海外作品の配給を本格的にスタート。国際アニメーション映画祭での日本アニメーション特集キュレーターや審査員としての経験も多い。プロデューサーとして国際共同製作によって日本のインディペンデント作家の作品製作も行っている。著書に『個人的なハーモニー ノルシュテインと現代アニメーション論』(フィルムアート社、2016年)、『21世紀のアニメーションがわかる本』(フィルムアート社、2019年)、『私たちにはわかってる。アニメーションが世界で最も重要だって』(青土社、2021年)、『新海誠 国民的アニメ作家の誕生』(集英社、2022年)。プロデュース作品に『マイエクササイズ』(監督:和田淳、インディーゲーム/短編アニメーション2020年)、『I’m Late』(監督:冠木佐和子、短編アニメーション、2020年)、『不安な体』(監督:水尻自子、短編アニメーション、2021年)、『半島の鳥』(監督:和田淳、短編アニメーション、2022年)など。

※インタビュー日:2023年11月2日
※URLは2024年2月29日にリンクを確認済み

マンガ+アニメーション特別座談会 青柳美帆子×岩下朋世×土居伸彰 推し文化の波及とプラットフォームの変化[後編]

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