没後10年を経て継承されるメディアアート 「知覚の大霊廟をめざして――三上晴子のインタラクティヴ・インスタレーション」レポート

浅野 靖菜

展覧会場入り口

コンセプトを引き継いでアップデート

三上晴子は人間が世界と接続し関係を結ぶきっかけとなる知覚行為をテーマに、鑑賞者が自身の知覚と向き合うインタラクティブな体験を複数の作品によって提示することで、「知覚の美術館(あるいは大霊廟)」の構築を目指していた。2015年の急逝を機に作家の評価は高まっているが、大規模で作品設置に複雑な工程を要するインタラクティブ作品は、機器の経年や、ソフトウェア等の動作環境の変化といった事情もあり、これまで展示の機会が少なかった。今回の展示では、平成28・29年度文化庁メディア芸術アーカイブ推進支援事業として実施した山口情報芸術センター[YCAM](以下、YCAM)と多摩美術大学の共同研究によるアーカイブ、作品制作の関係者への聞き取りを経て、作家のコンセプトを継承しながら現代のテクノロジーを用いた修復・再制作が行われた。

自己の存在を客観視する

展示作品は4点。ギャラリーAに設置されているのは、第16回文化庁メディア芸術祭アート部門優秀賞を受賞した《欲望のコード》(2010/2011年)だ。2010年にYCAMにより委託制作され、2016〜2018年にかけて同館で修復が行われた後、初の公開となる。

三上晴子《欲望のコード》2010/2011年
撮影:丸尾隆一

本作は、小型カメラとセンサーを搭載した90個の装置が取り付けられた「蠢く壁面」、カメラとプロジェクターを搭載した6基の「多視点を持った触覚的サーチアーム」、昆虫の複眼のような巨大な円形をした「巡視する複眼スクリーン」からなる。昆虫の触毛をイメージしたという壁面装置とサーチアームは近くの鑑賞者を捕捉し、その姿をプロジェクターで床面に映し出す。複眼スクリーンには、会場内のカメラ映像と過去および現在の世界各地の公共空間にある監視カメラの映像が投影されている。

これらの装置は昆虫を模した形態のためか、鑑賞者は生命と意思を持っている存在に窃視されているような感覚になる。

ギャラリーBの中央には、三上晴子+市川創太《gravicells—重力と抵抗》(2004/2010/2025年)が設置され、複数人が同時に体験することができた。

体験者が床面に敷き詰められたパネルを踏むと、床面に投影された線が歪み、上部のLEDが光る。床下のセンサーにより、身体の重さ、傾き、動きの速度が画像・光・音で可視化される仕組みだ。力の場の変化は、奥の壁と近くのモニターにも映し出される。

三上晴子+市川創太《gravicells—重力と抵抗》2004/2010/2025年

普段は意識しない重力の存在、それを前提に身体や知覚、世界観が成立していることに気づかせるのが本作の狙いだ。また、その場を共有している他の体験者によって床面の線や音が変化することで、本来なら視覚だけでは捉えられない他者の質量を感じられる。

自己を離れた知覚を体感する

残りの2点は事前予約制で、一人ずつ体験する作品となっている。

《Eye-Tracking Informatics》(2011/2019年)は、三上の死後にYCAMがアップデート・修復したバージョンが展示された1

三上晴子《Eye-Tracking Informatics》2011/2019年
撮影:木奥恵三

体験者は椅子に座り、首が動かないようにヘッドレストを調節、メガネ型のトラッカーを装着する。何もない仮想の3次元空間が目の前に投影され、体験者の視線の動きが赤い軌跡となってリアルタイムに生成される。過去の体験者の視線も青い軌跡で示され、他者の知覚と自身の知覚が仮想空間上で交差する。

筆者の視線の軌跡
左から、3次元空間仮想構造体と鑑賞者の視体積のリアルタイム表示(平川紀道)、機械学習を活用したインタラクションのマクロ=ミクロ分析(堂園翔矢)
《Proto-ETI》によるパラメトリック実験

本作の原型はキヤノン・アートラボで制作・発表された《モレキュラー インフォマティクス—視線のモルフォロジー》(1996年)で、2004年までアップデートを繰り返しながら世界各地で発表された。その後2011年に、YCAMの委嘱により《Eye-Tracking Informatics――視線のモルフォロジー》として再制作された。その際、視線の軌跡の描画速度が格段に向上したほか、音響システムが三次元音響に再構成された。

ICCの開館時に委嘱制作された《存在、皮膜、分断された身体》(1997年)は、音がほぼ反響しない無響室で体験する。室内には体験者の座る椅子を中心に、複数のスピーカーが配置されている。

無響室入り口
三上晴子《存在、皮膜、分断された身体》1997年、ICCコレクション作品
撮影:冨田了平

体験の開始直後、目の前の壁に格子状の平面が波打つ画像が映し出され、心臓や肺といった身体器官が発する音が増幅されて、スピーカーから流れる。その後、照明が完全に落とされ、体内音が複数のスピーカーから次々に発せられる。まるで自分の心臓や肺が身体から切り離され、体の周りを移動したかのように思えた。

調査・修復、アーカイブから見えること

会場には、作品の調査・修復の様子、これまでの展示履歴などがパネルや資料映像で紹介されている。例えば、《存在、皮膜、分断された身体》のケースを詳しくみてみよう。

《存在、皮膜、分断された身体》の修復資料の展示

本作は無響室という特殊な展示空間が必要なため、国内ではICCのみで展示されていたが、海外の美術館にも展示記録がある。DEAF(Dutch Electronic Art Festival)98では、作品に使用する機材はシステムラックにまとめられ、体験者は簡易な無響室内で指定の場所に立って作品を鑑賞したことがわかる。

2025年の調査・修復および再現展示

最後の展示は2000年で、本展の準備段階で機材の動作確認をしたところ、いくつかの機材の不具合が判明した。PCの復旧作業と部品の交換に加え、最終的には機器の代替も視野に入れ、なるべく体験の質を変えないように修復が行われた。

しかし、体験者自身の心拍音で体験できるバージョンの修復には至らず、今回は当時体験者が選択可能であった三上の心拍音と呼吸音によるバージョンでの展示となった。

参考資料の一つとなったICCの刊行物など

大掛かりな三上作品の巡回展示に対応するための工夫、日々進化するテクノロジーとの向き合う方法(機材の劣化やシステム・アップデートについて)は、メディアアート関係者にとって大いに参考になるだろう。

さらに、久保田晃弘、平川紀道、堂園翔矢による《Eye-Tracking Informatics》を対象とした鑑賞体験データの分析方法の提案も示されている。三上は最新技術を作品に反映してアップデートさせることに積極的な姿勢を見せていた。このような作品体験時のデータ分析は作品理解を深めるだけでなく、作家のコンセプトを継承しながらテクノロジーの進化に合わせた形に作品をアップデートする手助けにもなろう。

久保田晃弘、平川紀道、堂園翔矢「インタラクションのアーカイヴと計算論的分析」

脚注

1 [編集者注]《Eye-Tracking Informatics》および《Proto-ETI》については過去のカレントコンテンツでも取り上げている。多摩美術大学アートアーカイヴセンター三上晴子アーカイヴ(久保田晃弘・石山星亜良)「多摩美術大学における三上晴子アーカイヴの取り組み」2022年10月14日、https://mediag.bunka.go.jp/article/article-20431/

information
知覚の大霊廟をめざして――三上晴子のインタラクティヴ・インスタレーション
会期:2025年12月13日(土)〜2026年3月8日(日)11:00〜18:00
休館日:月曜日(月曜日が祝休日の場合は翌日)、12月29日〜1月5日、2月8日
会場:NTTインターコミュニケーション・センター[ICC] ギャラリーA、B
入場料:一般1,000円、大学生800円
https://www.ntticc.or.jp/ja/exhibitions/2025/toward-a-mausoleum-of-perception-mikami-seiko-s-Interactive-art-installations/

※URLは2026年3月18日にリンクを確認済み

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