未完成な場所で揺らぎ続ける視線 三上晴子《Eye-Tracking Informatics》特別展示レポート

坂本 のどか

1980年代以降、情報社会や体をテーマとして扱った大規模なインスタレーションや、知覚によるインターフェイスを中心としたインタラクティブ作品を発表してきた三上晴子氏。2020年にオープンした現代アートを紹介するギャラリー√K Contemporaryにて、2023年5月から8月にかけて同氏の作品《Eye-Tracking Informatics》が展示されました。インタラクティブな本作の体験の様子をレポートします。

《Eye-Tracking Informatics》体験の様子

神楽坂のギャラリー√K Contemporaryにて、2023年5月23日から8月26日まで、メディアアーティスト三上晴子による作品《Eye-Tracking Informatics》の体験が可能となった。本企画は同ギャラリーが4月からスタートさせた企画展シリーズ「Being」の第一弾、女性アーティストにフォーカスしたグループ展「Being – Mom is a Woman –」に紐づくものだが、グループ展とは会期を異にする特別展示として実施された。

√K Contemporaryは地下1階、地上3階建てのギャラリー。展示会場の3階(中央)に上がると、下層(左)とのギャップに驚くが、それには理由があった。案内を受け、暗幕で暗室化された作品空間へ(右)

「視ることそのものを視る」という体験

作品《Eye-Tracking Informatics》は、体験者の目の動きをトラッキングし、その結果をリアルタイムに可視化し体験者の目前に映し出す、インタラクティブなメディアアート作品だ。「視ることそのものを視る」というコンセプトの通り、体験者は自身の視線の推移を、自身の目で追うことになる。

今回の展示においては、体験者は30分毎に設けられた枠を事前予約のうえ、スタッフの案内のもと作品を体験する。暗幕で囲われた空間の中央で金属製の椅子に座り、ヘッドセットを装着。目前の大きなスクリーンに写し出される目印を目で追いキャリブレーションを済ませたのち、6分間の作品体験となる。

体験者が座る、空間中央に据えられた金属製の椅子
椅子のヘッド部分には複数のスピーカー(左)。体験者が装着するヘッドセットには、視線検知のための三つの赤外線カメラがついている(右)
キャリブレーションの様子
ヘッドセットの両脇についたカメラで体験者の瞳の位置を、中央についたカメラでスクリーンの位置を検出しているという

体験が始まると、スクリーンに映し出された何もない漆黒の仮想空間上に、体験者自身の視線の推移が赤く発光するラインで描かれていく。枝分かれする細かな線が絡み合う、動脈のようなラインだ。まっすぐスクリーンの中央を見ていると、線の先端は仮想空間を奥に進むが、視線を少しでも上下左右に動かすと、視線を向けた方向に線の先端が動いていき、また仮想空間を捉えるカメラ(実際にはカメラはないが)も追従して同じ方向を向く。視線の方向以外にも、視線をひとところに留めた続けた時間や移動速度なども線の描かれ方に反映されているのだろう、線の動きは画一的ではない。障害物のない無重力空間に、縦横無尽に視線の軌跡が描かれていく。耳元で鳴る風を切るような音は線の挙動に合わせて変化し、スピーカーの振動が伝わるのか、椅子も音に合わせて振動しているように感じる。スピーカーは耳元のほか周囲にも8台設置され、空間全体にも音が鳴っている。

視線による他者とのコミュニケーション

体験するうちに、自身の視線を表す赤い線のほかにもう一つ、青い線が走っていることに気づく。その先端も徐々に動いており、まるで別の体験者が同時に体験しているようだ。体験後スタッフに聞けば、あれは自分の一つ前の体験者の視線を再生しているのだという。

体験後には、3D空間上に記録された視線の軌跡を、第三者視点で鑑賞する時間がしばし与えられる。夏だったこともあるだろう、発光するラインの塊は花火のようにも感じられた。

体験後、鑑賞の際にスクリーンを撮影。鑑賞の際に表示されるのは自分自身の視線の軌跡のみ。最終的にできあがった形をさまざまな角度から捉えた映像が、ランダムに再生される

作家自身の手で更新され、他者の手で引き継がれる作品

作者の三上晴子は1980年代以降、先駆的なメディアアート作品を生み出したアーティストだが、2015年、53歳で逝去。2011年に山口情報芸術センター[YCAM]にて委嘱作品として制作された本作《Eye-Tracking Informatics》は、新作でありながらも、1996年に発表されて以後さまざまなバージョンで展示された作品《Molecular Informatics》を、多くの専門家の協力のもと作家自身が大幅にアップデートしたものだ。かつ、作家不在となって以後も、2019年には多摩美術大学の学内共同研究及び同大学アートアーカイヴセンター、YCAMとの協働により、多摩美術大学にてアップデート版の展示が行われるなど、アーカイブや作家性といったメディアアート分野における諸問題を扱ううえで、非常に示唆に富む作品である。本作のアルゴリズムについては、多摩美術大学アートアーカイヴセンター三上晴子アーカイヴ(久保田晃弘・石山星亜良)による記事「多摩美術大学における三上晴子アーカイヴの取り組み」にその研究の片鱗が紹介されている。

なお、本作は2011年にYCAMとNTTインターコミュニケーション・センター[ICC]にて展示されており、前者は二人同時に、後者は今回の展示と同様一人で体験するかたちだったという。同名作品におけるこういったアレンジは、《Molecular Informatics》の展示においても見られたものだ1

さまざまなハードルを乗り越え展示を実現

他者による研究が進む本作は、その一面においては古典的存在になりつつあるのかもしれない。しかしながら今回は、その展示環境も手伝って異なる新鮮な印象を受けた。

というのも、√K Contemporaryはメディアアートに特化したギャラリーではなく、スタッフに聞くところによれば、「グループ展で多様な女性作家を取り上げるためリサーチするなかで、三上晴子という作家に出会った」のだという。しかし展示に向けて蓋を開けてみれば、展示環境や機材の問題など、たくさんのハードルが立ちはだかった。「まさかこんなに大変だとは思っていなかった」と、非常に正直な感想が聞けたのはかえって嬉しく感じた。それでも彼ら彼女らは展示を実現してくれたのだから。

展示に広い空間が必要とわかり、普段は倉庫としている3階フロアを使うことを決めたという。この展示がそうしたイレギュラーな選択を重ねて実現されたものであることは、3階でエレベーターを降りた瞬間に気づく。鉄骨が剥き出しのコンクリート壁に、空調の整った他の階では味わえない、ムワッとした熱気が立ち込め、サーキュレーターの駆動音がする。暗闇で汗を滲ませながら体験するメディアアート作品は、アトリエで開発されている只中のような、瑞々しくあやしげな魅力を放っていた。

なお、本展会期中の7月25日から8月5日には、同ギャラリー地下にて国内外約30名のメディアアーティストによるグループ展「0 // 2023 Public Visuals Exhibition」も開催。今後も√K Contemporaryによるメディアアートへの挑戦に期待したい。

脚注

1 阿部一直「InterLabの機能と存在から見たYCAM」artscape、2012年2月1日
https://artscape.jp/report/curator/10020798_1634.html

information
三上晴子「Eye-Tracking Informatics」特別展示
会期:2023年5月23日(火)~31日(水)、6月13日(火)~7月15日(土)、7月25日(火)~29日(土)、8月1日(火)〜26日(土)14:00~18:30(最終入場18:00) ※日曜・月曜定休
会場:√K Contemporary 3階
入場料:800円 要予約(空状況により、予約なしでの入場も可能)
主催:√K Contemporary
協力:山口情報芸術センター[YCAM]、平川紀道、STUDIO OLGA 田中啓介
https://root-k.jp/exhibitions/seiko-mikami_eye-tracking-informatics/

※URLは2023年9月4日にリンクを確認済み

関連人物

Media Arts Current Contentsのロゴ