「クリエイター等育成・文化施設高付加価値化支援事業」採択団体による中間報告会 育成対象者によるラウンドテーブルレポート

坂本 のどか

写真:中川 周

会場の様子

ラウンドテーブルのモデレーターは伏谷博之氏(タイムアウト東京代表/ORIGINAL Inc.代表取締役/文化芸術活動基盤強化基金  クリエイター等育成・文化施設高付加価値化支援事業  クリエイター・アーティスト等育成事業審査委員)と山下宏洋氏(イメージフォーラム・フェスティバルディレクター/文化芸術活動基盤強化基金  クリエイター等育成・文化施設高付加価値化支援事業  クリエイター・アーティスト等育成事業  審査委員)が務めた。登壇した育成対象者は以下の7名。

かつしかけいた氏(マンガ家/「Manga International Network Team(MINT)」育成対象者)
井上樹林氏(編集者/「Manga International Network Team(MINT)」育成対象者)
ドッグウッド氏(ゲームクリエイター/ノンリニアプロジェクト『Near The Sun』リーダー/「トップゲームクリエイターズ・アカデミー(TGCA)」育成対象者)
宇佐美奈緒氏(アーティスト/「WAN: Art & Tech Creators Global Network」育成対象者)
田中みゆき氏(キュレーター/アクセシビリティ研究/社会福祉士/「WAN: Art & Tech Creators Global Network」育成対象者)
中西 舞氏(映画監督/「Film Frontier(フィルム・フロンティア)海外渡航プログラム」育成対象者)
伊藤裕史氏(映画『ホウセンカ』プロデューサー/「Film Frontier(フィルム・フロンティア)長編アニメクリエイター支援」育成対象者)

※各プログラムおよび育成対象者について、詳細は公式サイト「クリエイター等育成・文化施設高付加価値化支援事業」中間報告会実施レポートをご覧ください。

マンガ家と編集者をセットで採択  「MINT」プロジェクトの育成内容

かつしかけいた氏と井上樹林氏が「Manga International Network Team(MINT)」のプログラムを紹介。両者をはじめ、編集者とマンガ家がセットで育成対象となっていることが挙げられる。モデレーターの山下宏洋氏からはまず、その具体的な支援内容や効果について質問が投げかけられた。

MINTでは今夏に育成対象者が北米に渡航し、現地のコミックマーケットの視察やオハイオ州立大学での講演などを予定している。以前からアメリカのマンガが好きだったと言うかつしか氏。「事前の講義で、アメリカでは日本と違い図書館の影響がとても大きいことなど、現地のマーケットやマンガの需要のされ方、アメリカの出版事情について井上さんと一緒に学んだ。北米ですでに需要されている日本のマンガはあるが、やはり大手出版社の人気少年マンガが主。メジャーどころに限らず、多様なマンガがあることを売り込むことがこのプログラムの目的と聞いている。マンガの多様性を担う一作家として、北米でどのように読者を見つけられるか、引き続き専門家の知見を仰ぎながら考えていけたら」と話した。続いて井上氏は「講義やアドバイザーとのやりとりからさまざまな学びがあるが、海外展開をするからといって、作品を向こうに合わせて変えるといったことはしない。それはアドバイザーからも言われていること。マンガ分野の作家と編集者の関係は他分野とは少し異なる気もするが、作品の売り方を考えるという点は、どの分野にも共通する編集者の大事な仕事だと思っている。海外での売り方について、この事業を通じて相当勉強させてもらっている」と述べ、両者とも海外展開に向けての意気込みを見せた。

かつしかけいた氏
井上樹林氏

続いて、作品の海外への展開を見据えた各プログラムの内容やその効果、また海外における市場へのアプローチについて各登壇者から所感が述べられた。

初めての海外渡航に期待

本セッション最年少参加者であるドッグウッド氏は「ゲームによってはほとんど言語を必要としないものもあるが、私が制作している『Near The Sun』はノベルパートが多く含まれるため、海外進出に際しては翻訳の段階をしっかり踏む必要がある」と、幅の広いゲーム分野のなかでの自作の立ち位置について述べた。加えて、自らの作品も海外にあわせるために作品の内容を変えるという予定は特にないことや、講義ではマーケティング等を学んでいくことができているなど、先述したMINTと自身が育成対象者となっている「トップゲームクリエイターズ・アカデミー(TGCA)」のプログラムの共通項を紹介。「現地で力を持っているメディアや、よく使われているプラットフォームなど、個人で調べるには限界がある」とし、その点を講義で学ぶことができることを大きなメリットと語った。また、自身に海外渡航の経験がないこと、海外がどんな場所かを肌で感じられることは創作面でも大きなメリットになると考えていることに触れ、2026年1月、台北ゲームショウへの出展を機に初めての海外を経験することを楽しみにしていると話した。

ドッグウッド氏

学んだプレゼンテーションスキルを生かしコンペティション選出

プロデューサーを務めた映画『ホウセンカ』が2025年6月開催のアヌシー国際アニメーション映画祭(フランス)の長編コンペティション部門に選ばれた伊藤裕史氏は、現地でのプレゼンテーションのため次週に渡航を控えながらの登壇となった。今回の選出には「Film Frontier(フィルム・フロンティア)長編アニメクリエイター支援」プログラムの成果がさっそく現れているという。「ピッチプログラムという講習を通して、B to Bでプレゼンテーションをするときの資料のつくり方をはじめ、視線の使い方、話すテンポなどを学べたことが非常によかった。去年からそういったサポートを受けながら、外部の反応なども随時共有しながら伴走してもらえたことが今回の選出につながった」とし、また「マンガと同じように、アニメーションもやはり大手出版社が原作の作品が市場では大きく取り上げられ、『ホウセンカ』のようなオリジナル作品のプロモーションには膨大な労力と予算がかかるが、そのわりには資金がなかなか集まらない。今回のようなサポートを受け、それが成果につながれば、多様なアニメ作品を制作することで業界に勇気を与えられるのではないかと思う。現地でのプレゼンテーションにおいてもなにかしらの手応えを得たい」と、次週に向けての気合いを滲ませた。

伊藤裕史氏

アメリカでマイノリティについての議論を開く糸口を見つけたい

障害やアクセシビリティ、マイノリティとされる人々との協働をテーマに活動する田中みゆき氏は、「日本では、障害のある人は助けが必要な存在とされ、彼らが主体となって表現することの事例がまだまだ少ない。それを打破することを考えたとき、アメリカでは、例えばクィアと障害者のコミュニティが非常に近く、さまざまなマイノリティ集団が互いに学び合っている様子が見られるが、日本だとコミュニティが完全に分かれてしまっている。垣根を越えて議論を開いていくための糸口を、「WAN: Art & Tech Creators Global Network」のプログラムを通して見つけられたら」と、派遣先であるアメリカと日本のコミュニティのあり方の違いを述べ、渡航への期待を語った。

田中みゆき氏

アドバイザー制度の役割と効果

本事業の大きな特徴として、どのプログラムにも共通してアドバイザー制度を取り入れていることが挙げられる。各プログラムにおいてメンターがどのような存在か、またその効果について、モデレーターの伏谷博之氏から質問が投げかけられた。

Film Frontier(フィルム・フロンティア)海外渡航プログラム」の育成対象者、映画監督の中西舞氏は「すでに海外のプロデューサーとの共同制作は始まっているが、彼らは例えば資金調達など、ファイナンシングビジネスの部分を担う存在で、クリエイティブ面での企画開発を協働する存在がいない状態。脚本開発をして行く上では、やはりクリエイティブなキャッチボールができる存在がほしい」と、メンターとのやりとりが本格的に始まる前に、その役割への期待を述べた。

中西舞氏

メディアアーティストの宇佐美奈緒氏は田中氏と同じく「WAN: Art & Tech Creators Global Network」育成対象者だ。派遣先のニューヨークでは現地を拠点に活動するアーティスト・デュオ、エキソニモ(千房けん輔、赤岩やえ)をメンターに活動を展開する。宇佐美氏は「発表や展示の機会をどう得るか、またサポーターや資金の探し方、ネットワーク構築など、海外展開を考えたときに課題は山ほどある。現地での活動が長く実績があるメンターがつくのは非常に心強い。彼らはメディアアート作品の販売やその残し方などにとても注力している。さまざまなアドバイスをもらえたら」と、現地でのメンターとのやりとりに大きな期待を寄せた。

宇佐美奈緒氏

すでにメンターとのやりとりがはじまっているというドッグウッド氏は、「ゲーム性を増すための方法について、会議の中でメンターの方からとてもいい仕様変更の助言をいただき、現在その助言を踏まえて実装ステージを改修している。メンターがいなかったら、その仕様には絶対になっていなかったと思う」と述べ、早速、メンター制度からよい効果が得られている様子だ。

同志とのコミュニティとネットワークの重要性

山下氏は、「メンターの重要性はもちろんのこと、話を聞いていて、同じ目線を持つクリエイター同士でざっくばらんに話せる場が求められているように感じた」と述べ、この事業を通してネットワークが構築されることへの期待を語った。その上で登壇者らに、各分野での横のつながりのありようや、本事業を通して得られたつながりについて問いかけた。

これまで大学のサークルの中でしかゲームクリエイターとの交流がなかったというドッグウッド氏。「SNS上でのつながりを活用して、展示会等のリアルイベントでもゲームクリエイター同士での交流がないわけではないが、全体でネットワークがつくられているという様子は見られないように思う。TGCAの育成対象者は皆30歳以下で、大学生や社会人が集まっている。他大学の方などと、他の人があまり知らないゲームについて意見を交わしたりできるのはとても刺激的。ここで生まれた交流はプログラムが終わっても続くと思う」と話した。

中西氏は自身が属するジャンル映画の領域について、「日本では“ジャンル映画”というと、女性の活躍もあまり見られない状況がある。海外の映画祭やマーケットにはジャンル映画のコミュニティがしっかりとあり、そして男女平等。女性もたくさん活躍し、チャンスも与えられていて、その姿には本当に勇気をもらえる。コミュニティのなかで互いの経験をシェアしながら、そのときぶち当たっている壁をどう乗り越えていけるか、よく海外のフィルムメーカーたちと話す」と語り、そういったコミュニティが日本にも生まれてほしいと期待を示した。

中西氏の言葉を受け田中氏は、「アメリカは個人主義でありながらいざというときには連帯する。対して日本は同調圧力が強いわりには連帯しないのはなぜなのか」と、日本のコミュニティのありように疑問を呈し、「同じ方向を向いているはずの者同士でも、少しの違いで派閥ができ、派閥同士で話もしない。そういった状況は日本のどの業界でも見られるのでは」と、横のつながりを少なくしている原因について考察した。

モデレーターの山下宏洋氏(左)と伏谷博之氏

各プログラムにおけるネットワーク構築への期待

宇佐美氏は「これまで、作品を出展してそれで終わりという場面が多かった。特に映像作品はオンラインでデータを送って終わりということも多々あり、本当に展示されたのか、不安を覚えたりモヤッとしたりすることがある」と自身の経験を振り返り、その上で今回の事業について「派遣先に長期間滞在しネットワークをつくる。展示するだけではないと言ってもらえたのがとても印象的。アーティスト一人ひとりはとてもちっぽけな存在で、一人で海外にアプローチしても途中で連絡が途絶えてしまうこともたくさんある。国の支援事業として、ネットワークを積極的につくってくれるというのはとても心強い」と、ネットワーク構築に重点を置く本事業の姿勢を評価した。

「MINTでは北米での展開や戦略を学ぶための講座が3回あり、対面で他の育成対象者と同じ場で行った」とかつしか氏。北米にも他の育成対象者と一緒に渡航するため、「そこで横のつながりがつくれたら」と期待を示した。

井上氏はアニメ化、映画化されるマンガについて、「日本でメディア展開していく作品はやはり大手が手掛けたものが多く、それはビジネスの面を鑑みれば仕方のないことだが、そうでない作品にも展開のチャンスを与えることが多様性を担保することにつながると思う。そのためには異なるメディアのクリエイター同士の交流は重要」とし、本事業を意義あるものとして評価し謝辞を述べた。

ラウンドテーブルの様子

日本の多様なクリエイションを世界へ

会の締めくくりに各登壇者がコメント。かつしか氏は「このプロジェクトが継続することで、次の世代にも海外にアピールできる機会がつくれる。それが日本のマンガ表現の多様性を世界に知ってもらうことにつながる。自分の作品を売り込むことだけではなく、今後につながるようプロジェクトを進めていけたら」と述べた。

井上氏は「マンガ文化の裾野はとてつもなく深く広大。その中で今回、かつしか先生の作品を選出してもらえた、その視座にとても感動し光栄に思っている。日本のマンガの奥行きを、これからどんどん世界の人たちに見つけてもらえるんじゃないかと希望を抱くことができた」と改めて謝辞と期待を示した。

ドッグウッド氏は「官公庁が支援するプログラムに採択されたことで『もう少し時間を費やしてやってみたらいい』と保護者からの理解が新たに得られる側面もあった。本事業のような取り組みは、客観的な見られ方にも変化がある点で意義がある。また、応募がたくさんあればその分、世の中に求められている事業であるとわかってもらえると思うので、今後事業が継続していく際にはぜひ応募してほしい」と呼びかけた。

宇佐美氏はメディアアート分野そのものの認知度について触れ、「メディアアートって何? 現代アートって何?とよく聞かれるが、資金も十分でない、ネットワーキングもわからない、でもがむしゃらに作品をつくっている、そういう人たちは日本にたくさんいる。この事業での学びを糧に、下の世代に機会をつないで、メディアアートや現代アートについて、またその担い手についてより広く伝えていけたら」と意気込みを語った。

田中氏は今日の内容を振り返り、「メディアアートにはそれに特化したわかりやすいマーケットがないことが、他の分野との圧倒的な違い」と気づきを述べた上で、「そのなかでもさらにマイノリティというものを扱う私の活動がこの事業に採択されたことはありがたい。マーケットに還元できない価値を強く打ち出していく必要があると改めて感じた」と話し、芸術がもつ価値の多様性を示唆した。

会場の様子

中西氏は日本映画の海外進出について、「韓国や東南アジアの映画産業が盛り上がりを見せる中、日本映画は海外の映画祭では受け入れられても、実際のマーケットで勝負できるかというと、それはまた別の話」とその難しさを示し、その上で「この事業の中でたくさんの力を借りながら、本当の意味での共同制作を成功させ、次の人たちのために道を少しだけでも開けられたと思う」と語った。

伊藤氏は「こういった活動から一つ二つ、三つとグローバルヒットが生まれることによって、日本のエンターテイメントに厚みが生まれる。そうなったとき、日本は本当の意味でエンターテイメント立国になるのではないかと思う。スポットライトがなかなか当たらない個人のクリエイターにチャンスが与えられる、こういった機会が今後も増えていくことを期待したい。そのために僕自身も頑張っていきたい」とメディア芸術全体の底上げへの意気込みを述べた。

登壇者のコメントを受け、山下氏は「メディア芸術という大きな枠で、さまざまな分野のクリエイターや関係者が集まって話す機会というのはなかなかない。今日のような場は非常に重要。細分化されないこういった枠組みでこの事業があるということが、今後強みになっていく可能性を感じた」とし、クリエイターや関係者同士の横のつながりがこの事業を通して育っていくことへの期待を示した。

最後に、伏谷氏は「この事業の特徴は、クリエイターやアーティストに限らず、その周辺も含めてグローバル化していこう、グローバルにつながっていこうという姿勢にある。その趣旨が的を得ていたのだと、皆さんの話を聞いて腑に落ちた」と、事業の趣旨とニーズの合致を感じられたことを喜び、各プロジェクトが担う日本のコンテンツの未来への期待の高まりを示し、セッションを締め括った。

会場の様子

information
「クリエイター等育成・文化施設高付加価値化支援事業」中間報告会
会期:2025年6月5日(木)15:00〜18:25
会場:文部科学省3階講堂
クリエイター支援基金
https://creator.ntj.jac.go.jp/
実施レポート(プログラム詳細)
https://creator.ntj.jac.go.jp/news/1487

※URLは2025年9月1日にリンクを確認済み

関連人物

このテーマに関連した記事

Media Arts Current Contentsのロゴ