尾鼻 崇・小出 治都子
自社で過去のゲーム開発資料の保存・活用を進める、あるいはこれから取り組もうとしている企業やゲームのアーカイブに興味がある人々に向け、各社のリアルな現状や課題を掘り下げるインタビュー連載。第一弾となる今回は、1978年の『スペースインベーダー』をはじめ、数々の名作を生み出し、日本のゲーム産業の礎を築いてきた株式会社タイトーにフォーカスする。半世紀以上にも及ぶゲーム開発の歴史のなかで生み出された膨大な「開発資料」は、現在どのように保存・管理されているのでしょうか。そこには、古い物理メディアの劣化や、組織改編による「文脈の喪失」といった企業単独では抱えきれない課題に直面しながらも、過去の遺産を「会社の宝」として未来へ残そうとする試みがありました。同社法務知財部で実務に携わる熊島真理氏に、詳しくお話をうかがいます。

――本日はよろしくお願いいたします。御社では、過去のゲーム開発資料をプロジェクト完了後にどのように体系的に保存・管理されているのでしょうか。
熊島 弊社のゲーム開発の歴史は非常に長く、1960年代にまで遡ります。長年の間に事業再編成なども繰り返されてきた背景があるため、すべての資料において「全社で完全に統一されたルール」があるかというと、必ずしもそうではないのが実情です。基本的には、各時期、各プロジェクトのローカルルールに従って保存・管理されてきました。
――アーカイブを専門に行う部署や、専任のご担当者はいらっしゃるのでしょうか?
熊島 現在の組織体制においては、アーカイブだけをメインミッションとする専門チームや専任スタッフは置いていません。基本的には、ゲームを制作した開発部門が責任を持って管理するという形をとっています。そのなかでも、特に知見が深いスタッフが、実務として関わってくれている状態ですね。
――具体的には、どのような種類の資料が残されているのですか?
熊島 時代によって大きく異なります。デジタルメディアへの保存が一般的でなかった時代のものは、手書きの企画書や仕様書、ゲームのキャラクター設定、構成設定などの紙資料をファイルに綴じて大切に保管しています。その後、フロッピーディスクやCD-ROMなど、メディア保存が可能になった時代からは、当然デジタル形式での保存も進めています。

――御社の開発現場において、紙の資料(企画書、設定画、原画など)からデジタルデータ主体の管理へと移行したのは、おおよそいつ頃からでしょうか?
熊島 明確に「この日から」というはっきりした時期は不明なのですが、社内の資料を見る限り、おおよそ90年代後半、WindowsのPCが開発現場に広く普及し始めてから、デジタルデータ主体へ移行していったと認識しています。
――貴重な紙資料や、古いROMなどの物理メディアは、現在どのような環境で保管されているのでしょうか?
熊島 これらは複数の拠点に分けて、直射日光が当たらない安全なスペースで保管しています。ただ、美術館や博物館のような厳密な温湿度の管理まで行えているかというと、企業の一拠点の設備としてはなかなか難しいのが現状です。

――アーケードゲームの基板や筐体そのものの保存はいかがですか?
熊島 紙やデータだけでなく、アーケード基板や筐体、そして開発中の試作機といった「モノ」自体の保存も行っています。これらは非常にデリケートかつ貴重なものですので、アクセス権が付与されたスタッフのみが入室できる保管場所に置き、テクニカルスタッフが常駐して管理にあたっています。

――デジタルデータの保存プロセスについても教えてください。また、それらの目録は整備されているのでしょうか?
熊島 デジタルデータに関しては、基本的にはHDDに保存しつつ、バックアップとして光学メディアなどを作成して二重に保護しています。
目録については、膨大な量があるため「すべての資料」を網羅した完璧なものがあるわけではありません。しかし、社内で活用される頻度が高い重要なタイトルや資料については、しっかりと目録を作成して管理しています。
――デジタルデータの長期保存において、現場で最も懸念されている課題は何でしょうか。
熊島 デジタルデータの長期保存における懸念としては、物理メディアの劣化や破損はもちろんですが、それ以上に深刻なのは、そのデータを読み出すための専用装置です。当時の開発環境が動く旧型PCなどを、今後いかにして維持し続けるか。ハードウェアの寿命という課題に直面しています。
――システム面・ソフト面での課題はいかがですか?
熊島 ソフト面の課題としては、会社としての組織変更や事業再編成、それに伴う人事異動が起こるたびに、資料の文脈(何のためにつくられ、どこに保管されたか)を理解している人間がいなくなってしまうことが、管理を継続する上での大きなリスクだと捉えています。
――保存されている過去の資料は、実際に社内で活用されることはあるのでしょうか?
熊島 はい、実はビジネスの現場で活用される機会は非常に多いんです。
例えば、近年リリースした卓上ゲームセンター『EGRETII mini(イーグレットツー ミニ)』(2022年)のように、1970年代から90年代のクラシックタイトルを現代のハードウェアで復刻させるプロジェクトがあります。また、海外企業へ過去IPのライセンスアウトを行う機会も増えています。
そうした際、「当時のゲームがどういう仕様だったか」「キャラクターの正確な色や動きはどうだったか」という「正解」を知るための唯一の根拠となるのが、当時残された設定資料や仕様書なのです。
――それらの貴重な資料は、社員の方であれば誰でも閲覧できるのですか?
熊島 いえ、セキュリティと資料保護の観点から、誰でも自由に手に取れるオープンスペースには置いていません。必要な場合はその都度申請を行ってもらい、許可されたスタッフのみが閲覧できるという仕組みをとっています。
――社内で、こうしたアーカイブの「価値」について議論されることはありますか?
熊島 現場の開発スタッフも、保存されている資料の価値を重要視しています。個人的な主観の差はあれど、これら過去の開発資料を「会社の宝」としてしっかりと守り、今後のビジネスや文化のために活用していくべきだという点において、スタッフの間に異論はありません。
――今後、御社の開発資料をどのように保存し、活用していくのが理想だとお考えですか?
熊島 先ほどの「文脈の喪失」という課題にも通じますが、今後の大きな目標は、組織の形が変わったり、担当する人員が入れ替わったりしても、資料の持つ価値と保管場所が決して失われない「持続可能で堅牢なシステム」を構築することです。
――近年はオンライン機能を用いたゲームも増えました。もしサービスが終了した過去の作品を将来的に「体験可能」にすると仮定した場合、最低限何を残しておくべきだとお考えですか?
熊島 オンラインゲームはサーバーが止まると遊べなくなってしまう性質上、当時のユーザーが実際にどう遊んでいたかという「プレイ映像を動画として残しておくこと」も、体験の記録の一環として非常に重要になってくると考えています。
――最後に、企業内でのゲームアーカイブや中間生成物の保存に関して、国や行政、研究機関に対して期待することがあればお聞かせください。
熊島 これだけ長期間にわたり、膨大な物理スペースや保存コストを、一企業単体の努力だけで維持し続けるのには限界があります。
ゲームソフトの完成品だけでなく、そこに至るまでの試作品や開発ツールといった「中間生成物1」を後世に残すためには、物理的な保管場所の確保や、維持にかかるコストへの補助が必要です。
また、「何を歴史的価値として残すべきか」という基準づくりについても、行政や研究機関の方々と協力し、経済的・空間的な支援を受けられるような公的な仕組みができることを期待しています。
――日本のゲーム文化を未来へつなぐためにも、業界全体や社会を巻き込んだ枠組みが必要ということですね。本日は貴重なお話をありがとうございました。
連載第1回となる株式会社タイトーへのインタビューを通じて浮き彫りになったのは、日本のゲーム産業の黎明期から業界を牽引してきた老舗企業ならではの圧倒的な歴史の重みと、それに比例して立ちはだかる「資料保存の課題」であった。
多くのゲームファンにとって、過去の名作が現代に蘇ることは純粋な喜びである。しかし、その華やかな表舞台の裏側では、過去の開発資料を「会社の宝」として守り抜くための、企業の努力が隠されている。熊島氏の言葉からは、ゲームアーカイブが単なる「過去の資源の保管」ではなく、現在進行形のビジネスを強力に支え、未来の文化を創造するための極めて重要なミッションであることが伝わってきた。
また、今回のインタビューで特に印象的だったのは、デジタルデータの長期保存における「真の壁」がどこにあるかという点だ。我々はCD-ROMやハードディスクといった物理メディアそのものの劣化ばかりを懸念しがちである。しかし、現場が最も直面している危機は、そのデータを読み出すための「旧型PCや専用ドライブといったハードウェア環境の維持」、そして何より、組織改編や人事異動に伴って不可避的に発生する「文脈の喪失」であった。
どれほど貴重なデータや設計書が残されていても、「それが一体どのプロジェクトの、どの開発フェーズの、何のためにつくられた資料なのか」を知る人間がいなくなってしまえば、その資料の本当の価値を評価することが困難となってしまう。担当者の記憶への「属人化」からの脱却と、「誰が見てもその価値と背景がわかる持続可能なシステムの構築」は、同社のみならず、すべての企業が直面している共通の急務といえるのではないだろうか。
一方で、そうした困難を乗り越えて資料を保存することの「圧倒的な実益と価値」も明確に示された。『イーグレットツー ミニ』のような復刻プロジェクトや、海外企業へのライセンスアウトにおいて、過去の仕様書や設定画は「当時の正解」を証明するための唯一無二の根拠となる。アーカイブされた資料はIPの価値を高め、新たなビジネスを生み出しているのである。社内でこれらが「会社の宝」として深く認識され、保護の対象となっているという事実は、これらの資料が持つ実利的な価値を雄弁に物語っている。
ゲームは、日本が世界に誇る最大の文化的輸出産業の一つである。熊島氏が語った「物理的な保管場所の確保や、保存にかかるコストへの公的補助」「何を残すべきかの客観的な基準づくり」は喫緊の課題といえる。貴重な資料の歴史的価値と文化的資源を次世代へ継承していくためには、社会的インフラとしてゲームアーカイブを支援・保護するための枠組みの構築が急がれる。
今後も本連載では、さまざまな企業のゲームアーカイブの現場に迫り、各社の取り組みや直面する課題を共有していく。株式会社タイトーの事例が示した課題と展望は、今後の議論における重要な試金石となるはずである。
脚注
※インタビュー日:2026年1月16日