塚田 優
1999年に結成されたユニットAC部は、ミュージックビデオ、CM、テレビ番組、紙芝居、マンガ、展示といった領域を横断しながら、ユーモアを内包する独自の作風で日本の視覚文化に強いインパクトを残してきました。本稿では、四半世紀にわたる彼らの活動をたどりつつ、その創作の特質を読み解いていきます。

AC部の活動は、2000年代以降の日本の視覚文化において一貫した個性を発揮してきた。しかも映像制作をベースに、その仕事がテレビ、広告、ミュージックビデオ(以下MV)、アニメーション、美術といった各分野でそれぞれ提示されたことは驚異的と言っても過言ではない。本稿はそんなAC部の活動を網羅的に回顧するものではないが、四半世紀余りにわたる彼らの仕事をおおまかに辿りつつ、その特徴をノスタルジーとメディアという二つのキーワードから読み解くものである。
AC部は1990年代末に多摩美術大学の同級生で結成されたユニットだ。安達亨、板倉俊介、安藤真の3名で構成され、主に安達と板倉によって制作が行われてきた。2025年8月5日に板倉は独立し、すでに新体制での活動も始まってきているが、以下では安達と板倉が中心となって進められてきた仕事を中心に記述を行っていく。
AC部の作風は、異様なテンションと技術的な拙さをあえて演出するユーモアによって特徴づけられる。彼らが生み出す刺激の奔流と執拗な反復はやがて中毒性へと変容し、私たちを惹きつけてきた。そんなAC部が制作の指針として掲げているのが「違和感」である。大学での講評において、あえて下手に崩して提出しおもしろがられた経験が原体験となり、彼らは人体や顔の造形をデフォルメし、背景との空間的整合性をはじめとするさまざまなミスマッチを追求してきた。
その感性はすでに00年代初頭より評価されてきた。若手クリエイターを発掘、育成する目的でNHKで放送が開始された『デジタル・スタジアム』に、安達の名義で2000年に応募した『ユーロボーイズ』(1999年)は同年のグランプリを受賞した。これは「当時入手したパラパラダンスビデオを見て衝撃を受け、衝動的に制作した」1作品であるが、中盤以降ロボットが登場し、いわゆる日本的なロボット・アニメとパラパラが混じり合う熱狂を描いたアニメーションである。板倉も大学の卒業制作としてアニメーション『ストライガー』(2000年)を制作した。ここには福笑い的な顔のパーツ配置や、実写素材の挿入などその後のAC部の特徴となる要素が早くも見出せる。当時から彼らは互いに意見交換を行い、自由に分担するスタイルで制作を行っていた。

大学卒業後もAC部は活動を継続し、若くして大企業のクライアントワークを多数手がけていく。デイリーヤマザキのCMや、日本テレビのドラマ『フードファイト』(2000年)CMなど、00年代前半に広告業界から先鋭的な映像を手がける若手として重宝され、ブレイクを果たすことになる。
AC部が指針として掲げる「違和感」は、当時隆盛したフラッシュ・アニメーションをはじめとする初期インターネット・カルチャーのアマチュアリズムとも親和性があり、このようにテレビとウェブをつなぐことで、AC部に独特のポジションを与えることになったと考えられる。この他にも彼らは「ビット・ワールド」といった子ども向け番組や、ウェブ広告、MV、展示などによって、多種多様な活躍を現在に至るまで見せている。
その表現の固有性は先に触れた初期の作品から、比較的最近のまとまった仕事である月ノ美兎「ルナティックウォーズ」MV(2025年)までぶれることがない。なぜAC部は25年以上の長きにわたり、流行に左右されやすいクリエイティブ業界において、若者向けのサブカルチャーのみならず、子ども向け番組や企業や商品のプロモーション映像といった多種多様なターゲットに向けて仕事を積み重ねることができたのか。その理由は、映画『ALWAYS 三丁目の夕日』(2005年)のヒットもあり表面化した「ノスタルジー」を通じた作品受容や消費が社会全体に定着するようになったからだと考えられる。
ノスタルジーとは故郷を懐かしむ郷愁、あるいは懐古主義のことで、すでにさまざまな議論が存在するが、ここで想定しているのは20世紀のポップカルチャーにおいて見出すことができ、かつ現在も反復され続けている文化のリバイバルのことである。60年代のカウンターカルチャーが「三〇年代のボニー&クラウド的なギャング・ファッションからナポレオン風の軍服まで多種多様な古いスタイルを幅広く取り入れた」2ように、ポップカルチャーではかつての文化的慣習や流行が改めて注目される現象が繰り返されている。
だがここで珍しくもないであろうノスタルジーの感性について検討を加えたいのは、日本ではこの郷愁が、1970年代中盤からポップカルチャーのなかに登場し、00年代に入るころにはメインカルチャー、サブカルチャーの双方で、しかも世代も問わず定着したという歴史的な経緯の延長線上にAC部を位置づけたいからである。
高野光平は『昭和ノスタルジー解体 「懐かしさ」はどう作られたのか』(晶文社、2018年)において、第二次世界大戦後の日本社会におけるノスタルジーについて雑誌を中心にさまざまな角度から検討を行っている。同書によれば、70年代に40年代後半から50年代前半生まれの団塊世代とポスト団塊世代は、50年代後半から60年代前半の高度成長に対する批判とともに、失われつつあった生活圏における人間関係の豊かさを懐かしむようになったと指摘する。その例としてあげられるのが、西岸良平『三丁目の夕日』(1974年~)だ。
他方でこの世代は、60年代のテレビやロックをはじめとしたメディアからの文化体験を、アイデンティティ構築のために重要視することで、もう一つのノスタルジーを構築した。そしてさらに下の世代、50年代後半生まれの無共闘世代は、幼少期に見た特撮やマンガ、テレビアニメの情報をデータベース的に保存し、後におたくと呼ばれるクラスターを形成するようになった。
そしてこのように70年代の時点から見た過去を、当事者としての経験も踏まえノスタルジーに昇華する動向が複数生まれるなかで、60年代生まれの新人類たちは「キッチュ文化」を選択する。彼らは自らの感性、個性を確保するために、自分たちは直接経験していない古いものを愛好したのである。高野はこうした動向が70年代の後半に台頭したことを、雑誌『ビックリハウス』誌上で連載された糸井重里の「ヘンタイよいこ新聞」における、昭和初期の少年雑誌のような、右から左に横書きされた古い印刷物を模したデザインを例に根拠づけている。
このように80年代を迎えるころには、各世代がそれぞれのアプローチで、古い文化になにかしらのノスタルジーを抱くような社会状況が生まれていたのである。そして、その結果としてそれらは、大衆的に受け入れられるような共有物になっていった。こうした状況は、世代の異なる出演者が過去の映像を見ながらトークを繰り広げる『テレビ探偵団』(1986~1992年)や、1994年にオープンした「新横浜ラーメン博物館」といった昭和時代の風景を人工的に再現した復元施設のブームに象徴されるだろう。

平成という時代が進むにつれ、遠のいていく昭和の記憶が再構築された00年代の状況と、その背景にある要因を、高野は次のようにまとめている。
こうして、時代と世代を超えた「懐かしの昭和」という大きな集合的記憶が形成された。その背景には、昭和ノスタルジー施設が複数の世代に向けた幅広い戦略をとっていたこと、家庭において親と子の文化的交流があったこと、どの年代にも通用する[三輪自動車などの]汎用的なアイコンがたくさんあったこと、そして[おたくを中心とした]昭和文化愛好の長い積み重ねがあったという、四つの要因が深くかかわっている。3([ ]内引用者補足)
このように00年代の日本には、どの世代にも集合的記憶としての「昭和」が形成されており、そうした世相のなかで登場したのがAC部だった。彼らにとっても昭和的なノスタルジーは重要な要素の一つである。安達は大学時代、AC部のメンバーで「古本屋をめぐっていて、名前も知らない昭和の劇画時代の漫画をジャケ買いしていたんです。それらを読んだり模写したりして、昔の作品だからこその違和感みたいなものを抽出していた」4と語っており、これらをある種の「キッチュ文化」として取り入れようとしている。「名前も知らない」という証言は、過去の文化を来歴とは無関係に取り入れる傾向を示しており、AC部がノスタルジーを表層的なものとして活用していることが分かるだろう。
劇画以外にも彼らは昭和の住空間や、『海女ゾネス』(2009年)の題字は往年の映画を思わせるなど、ノスタルジックな要素を取り入れている。また、冒頭に触れた板倉の『ストライガー』は少年誌のサッカーマンガを想起させる作品だった。
もちろんAC部の表現は、昭和ノスタルジーばかりではない。音楽を自作し、音声もメンバーが吹き込むそのDIY精神は大きな特徴だし、3DCGもザマギ「マジカルDEATH」MV(2005年)では取り入れている。しかし活動初期のAC部のブレイクは、同時代的背景としてノスタルジーの流行があり、そういった受容の余地のなかで、それらをあえて稚拙なイメージとして提示することで他との差別化が生まれ、結果的に先鋭的なものとして注目を集めたのではないだろうか。ノスタルジーが集合的記憶となり、一大消費ジャンルに成長していたからこそ、彼らはサブカルチャーだけではなく、大企業の案件も手がけることができたのだ5。
AC部は自らが模倣する過去のイメージに思い入れを持っているわけではないが、そのような思い入れを持っている人物になりきって制作するというねじれたスタイルのため6、趣味的なクリエイターとして見られることもあったのではないだろうか。高畑勲は2003年にAC部の「鳥獣戯画」をテーマにしたアニメーションを観た際、「これ作って君たちこの先どうすんの?」と発言したという7。

この発言は安達、板倉のAC部二人と、長江努との鼎談で回想として語られたエピソードである。その発言の真意について長江は「表現としてとことんやり切っているのは共感できるけど、これを続けていって食ってけるのか?みたいなことだよね」と応答し、クリエイターとしての持続可能性に懸念が示されていたことを解釈している。実際、その後AC部は数々の仕事をこなすなかで、自分たちらしさを短い納期で大量生産し、その個性が薄まっていくように感じていたと語っている8。
そうした状況に転機をもたらしたのが、2010年に発表されたgroup_inou「THERAPY」MVである。これは納期が明確に決まっていなかったこともあり「1回リセットしてつくれたのが大きかった」9と板倉も語っている。同作は「物語性がかなり明確で、しかもなかなか哀感の漂う内容と、軽快で語感を重視したgroup_inouのラップ」10が上手くかみ合った一本であるが、それ以上に当時までにAC部が用いてきたさまざまな視覚的スタイルを構造的に操作し、まとめあげている点こそが強調されるべきだろう。
ここで歌詞と呼応しながら繰り広げられるのは、――具体的な施術や商品については一切言及されない――極めて怪しげな「イルカセラピー」という心理療法の宣伝である。MV内ではワイプや司会者、通販など、テレビ番組を模したかのような断片が矢継ぎ早につながれていく。また、ノスタルジーの要素が曲の主題と共鳴しているのも重要なポイントだ。MVがちょうど1分を過ぎたところの場面、ブラウン管テレビに映る人物はスプーンを持っている。そしてその画面外には3本のスプーンが散乱し、少年が画面を見つめているというショットが挿入される。この昭和的な舞台設定から想起されるのは、70年代のオカルトブームである。ツチノコ、ネッシー、UFOをはじめ、70年代は次々とオカルト的な事象が注目を集めた時代だった。1974年に来日した「超能力者」ユリゲラーはスプーン曲げで一世を風靡したが、今言及した「THERAPY」MVの場面は、それを連想させるカットになっている。しかし画面をよく見てみると、スプーンはどれも曲がっておらず、AC部はオカルトに言及しつつも、それに対して懐疑的な視点を導入するのだ。

他にもオカルト的な要素としては、UFOやピラミッドを連想させる形態や、浮遊する目が登場するし、霊能力者的なキャラクターや信憑性の持てない心理テスト、「幸せを呼ぶ絵」の通販などが描かれ、MVの主要なテーマとして取り扱われている。そしてMVは後半、テレビ番組のエンドロール風の演出のあと、画面はそれを見ていたであろう副調整室(いわゆるコントロールルーム)に変わり、昭和末期から平成初期にかけて流行したトレンディドラマ的な急展開が訪れる。この多重構造の導入と、偶然や再会へのタイムリミットという情動装置によって、同作は映像として物語性のある一本に仕上がっている11。
「THERAPY」MVは薬の効能を図解するCG的表現や、後にヴェイパーウェイブが多用する古典建築の図像を先取りするかのようにドーリア式建築の柱が唐突に登場するなど、自由な連想でイメージを組み合わせているが、ここで重要なのは、これらが単に様式を焼き直しているのではないという点だ。AC部は過去として喚起されたオカルトブームやトレンディドラマを単なるノスタルジーではなく、オリジナルとのズレや異質なイメージの衝突によってパロディ化し、表象について再帰的に問い返しているのである。

このように、「THERAPY」MVはAC部にとって表現のレベルでブレイクスルーを果たした仕事として位置づけられるのであるが、10年代以降のAC部は単に刺激的な映像をつくるクリエイターではなく、より作家的な認識をされるようになっていく。それは2018年にアニメソングのフェスティバル「Animelo Summer Live 2018 “OK!”」において、テレビアニメ『ポプテピピック』第1シリーズ(2018~2019年)で発表された「高速紙芝居」の再演を2万7,000人という大観衆の前で行ったことや、2019年にEX THEATER ROPPONGIで「AC部20周年記念公演 AC EXPO’85」を多数のゲストの客演も交え開催したことが傍証としてあげられるだろう。2016年には参議院議員選挙を前に18歳選挙権のPR映像を制作するなど、その作家性を前提としながら公的な仕事も手がけている。
しかしこうした認知の広がりは、単純な仕事の積み重ねだけで成し遂げられたわけではない。先に要点を述べるならば、10年代に入ってからのAC部は、「THERAPY」のMVで得た手ごたえをメディアに対する批評性として発展させたことが、その作家性をより強く押し出す際のポイントだったと思われる。そのために取り上げたいのは、GIFマンガ「ENJOY YOUR TRIP」(発表年不詳、2012~2013年と推測)と『ポプテピピック』第2シリーズ(2022年)第7話で発表された高速紙芝居だ。

まずはGIFマンガ「ENJOY YOUR TRIP」について取り上げよう。同作はラッパーの79の音源リリースとULTIMATE MC BATTLE出場に際して制作されたウェブマンガである。物語はラッパーの79本人をモデルとした半フィクションだ。GIFとは256色までの画像を扱える画像ファイルの形式であり、短くループするアニメーションも付けることができる。同作はこうした映像的側面とウェブマンガならではの表現が随所に見られるものとなっている。例えばそれは冒頭、縦スクロールを活用したコマ運用からも明らかだ。ここでは緊迫した導入が、「つづく」という地の文によって突然中断される。しかしこの文字はスクロールしていくと四角に囲われ、マンガのコマ(フレーム)となり、徐々にそれが小さくなっていくとテレビ画面だったことが明らかになる。ここから本編が始まるという仕掛けになっているのだが、このトリックは紙面の一望性とともに受容される紙媒体とは違い、次のコマが見通せない縦スクロールのマンガのメディアならではの手法と言えるだろう12。

他にも身体の巨大さを縦に長いコマを使って強調したり、顔面にアニメーションを施すことによって、静止した絵では二コマを要するであろう場面を一コマにまとめたりと、紙の表現から発展したマンガにはない発想が随所に織り込まれている。三輪健太朗が鈴木雅雄の議論を引き受けながら整理するように、マンガを読む主体にはそもそもストーリーに没入する「当事者の時間」と、連続するイメージを見ながら読む順番を瞬時に判断する「観察者の時間」が不可分に共存しながら流れている。マンガとしてのストーリーを展開すると同時に、騒々しいアニメーションやメタ的な表現を共存させる同作は、このような「当事者の時間」と「観察者の時間」双方が入り混じる、マンガというメディアが引き起こす「醒めた熱狂」をありありと浮かび上がらせる作品だと言えるだろう13。
次にAC部のメディアへの批評として触れたいのは、テレビアニメーション『ポプテピピック』第2シリーズ第7話で発表された高速紙芝居「ライジング・ヘル ヘルシェイクの矢」(以下「ライジング・ヘル」)である。高速紙芝居とは、スケッチブックに描かれた手描きのイラストを次々とめくりながら物語を進行させるライブパフォーマンスだ。過去にもAC部は「安全運転のしおり」(2014年)など複数の高速紙芝居を発表しているが、「ライジング・ヘル」は『ポプテピピック』第2シリーズ第7話において、オープニングからエンディングまで全編を高速紙芝居で構成し、一連のパフォーマンスの到達点となっている。

「ライジング・ヘル」はアニメ『ポプテピピック』の劇中作であり、ミュージシャンのヘルシェイク矢野が主人公の物語だ。「ライジング・ヘル」はそんな矢野がミュージシャンを辞めた時点から始まり、オーディション番組で再起を賭けるストーリーになっている。同作はドキュメンタリー風に演出されているが、途中新潟で営業をしている実在の楽器店あぽろんのCMが流れ、AC部がMVでも繰り返し行っているテレビのパロディが挿入されている。
だがそれ以外にも、紙芝居だからこそできる演出に溢れているのが「ライジング・ヘル」の特徴だ。カメラが徐々に被写体に近づいているように見せる紙芝居の操演は、絵が動くことでカメラの効果を擬態するアニメーションの根本的条件に言及してるようで興味深い。高速紙芝居は一枚ごとに場面が移り変わる通常の紙芝居ではなく、画面の一部が入れ替わる演出が多用されるため、その分割された場面はまるでマンガのコマ割りのようである。また、複数のスケッチブックを用いて繰り広げられる高速紙芝居は、その物理的な条件も上手く演出に取り入れている。「ライジング・ヘル」でギターのピックが割れる場面は、2冊のスケッチブックを用いてその変化を表現した。このようにして同作は、昭和初期の子どもたちに大きな人気を博していた紙芝居というメディアに、アニメーションやマンガを悪魔合体させ、絶え間ない入れ替わりのなかでエモーションを昂進させていくのである。

アニメ『ポプテピピック』はシリーズを通じて、一つの話30分のうち、同一内容の15分の映像をキャスティングのみ別々の声優コンビに変えて2回繰り返すという異例の形式を採用した。「ライジング・ヘル」では前半に安達と板倉が声の出演を行ったが、後半は山寺宏一が一人ですべての登場人物の声を担当することになった。『ポプテピピック』の特異な構成とAC部のクリエイションが達成した、この通常の商業的な制作体制ではあり得ない実験的試みが、実力派声優として知られる山寺のポテンシャルを引き出すような結果をもたらしたことは、日本のテレビアニメーション史上においても特筆すべき出来事である。
このように10年代以降のAC部は、メディアへの批評的アプローチによって作家的な認知を広げてきた。20年代に入ってからは個展をコンスタントに開催し、クライアントワークと連動させたアーティスト活動に力を入れるようになる。
「九越 -Transmorph-」(2020年12月23日~2021年1月4日、日本橋三越本店)ではAC部が手がけたBattles「Sugarfoot ft. Jon Anderson&Prairie WWWW」MV(2020年)に登場するロボットや、発光する立体造形としてのねぶたが配置されていた。そもそも「Sugarfoot ft. Jon Anderson&Prairie WWWW」MVは、戦う機械として描かれてきたアニメに登場するロボットが宇宙で踊り、祭りを行っている様子を描いたMVだ。そのアニメという参照項を意識させるため、会場にはマンガ単行本の背表紙を一枚の絵画のように見せた作品や、アニメのセル画のようなレイヤー構造を持たせた作品が並べられていた。テレビ画面の発光を意識させるように、絵画作品の輪郭線が点描によって描かれていたり、AC部らしいキッチュな感性と丁寧な仕事ぶりの共存が印象的に提示されていた。
「MoBA -現代美術館展- Museum of BOB ART EXHIBITION」(2022年12月21日~2023年1月9日、日本橋三越本店)ではアプロプリエーションの手法で、ロイ・リキテンスタインなど現代美術のマスターピースを主な対象に『ポプテピピック』のキャラクターであるポプ子とピピ美を闖入させた作品を制作した。かつてポップ・アーティストたちが、ハイ・アートに大衆美術であるロウ・アートを導入したが、AC部はより自由な立場からポップ・アートにアプローチする。こうした方法論は国内の先行例で言えばスージー甘金が代表的な存在としてあげられるが、AC部にとっては改めてキャラクター表象の流用性・汎用性・耐久性を検証する機会となったと言えるだろう。

group_inou「HAPPENING」MV(2023年)と連動させた「GIFTOOOON」(2024~2025年、日本橋三越本店ほか)はGIFマンガの実践を展示として拡張的に提示した個展だった。そもそも「HAPPENING」MVもGIFマンガの形式に則った縦型のMVであり、その意味では先に言及した「ENJOY YOUR TRIP」の発展形でもある。マンガとMVを両立させるために、橋本麦がデザインと実装を行った専用ウェブアプリでは、楽曲のボリューム調整や読む人のペースに合わせたスクロールが可能となっている。いわゆる「インタラクティブMV」的な位置づけを与え得る同作であるが、音をミュートにしてスクロールすればマンガと同じ感覚で「読む」ことができるようになっているのがユニークだ。
同展でAC部はGIFの画像圧縮の手法である「ディザリング」のノイズのような粒子感が、白と黒の2色に減らすと「マンガのスクリーントーンのような質感になる」14ことから発想し、展覧会を組み立てた。そこにはMVの場面が一粒一粒手作業で描画された、デジタルとアナログの境界線をナンセンス化する絵画群が展示されることになった。そしてさらに会場ではその徒労感を体現するかのように、アルゴリズムに則って手を動かし続ける「自動漫画家」がマンガを出力し続けていた。

このようにAC部は近年の展示において、それまでの興味をより物質的かつコンセプチュアルにプレゼンテーションしており、一見ファン向けの展示のように見えるgroup_inou「THERAPY」MVに登場したキャラクター「イルカのイルカくん」をフィーチャーした個展「イルカのイルカはかるいのかるい」(2021年9月6日~19日、伊勢丹新宿店)も、その過剰な冗長性や回文構造をコンセプトとしている。
ゆえにAC部の興味の根本は本稿の前半で論じてきたノスタルジーではなく、過去の歴史やデジタル、アナログといったメディアの形式を問いながら、いかに創造性を発揮するのかという命題であり、それに応じて社会的に構築されてきたジャンルと都度折り合いを付けてきたのが、彼らの軌跡だったと言えるだろう15。
駆け足でAC部の活動を振り返ってきたが、改めてその出自が00年に始まった若手クリエイター発掘のテレビ番組『デジタル・スタジアム』だったことの意味は大きい。板倉は当時のことを次のように回想している。
僕らの大学時代って、学生でも頑張ればMacが一人1台買えるくらいになった頃なんです(1990年代中盤)。それでMacをさわり始めてビックリしたんですよね。Photoshopで加工した素材をAfter Effectsに入れたら絵を動かせるし、音も入れられる。「全部自分でつくれるじゃん!」って思いました。こういうツールを使えばなんか面白いことができそうだと思って色々さわっているうちに、ハマっていったというか。16
デジタルツールを駆使し、少人数で何かをつくること。パソコンの一般への普及は、それまでの創作のあり方に変化をもたらしており、そんな時代の流れを反映したのが『デジタル・スタジアム』だった。そこにおいてAC部はいち早く存在感を示し、クリエイションが再編成されるなか、ユニークな仕事を継続してきた。そのテイストはオタミラムズの一部クライアントワークに参照されている可能性があるし、AC部のいい意味でのサークル的なノリは、アニメーションユニットの賢者にも通じる。ノスタルジーにおいてはかねひさ和哉など17多くの後続世代にも影響を与えていると考えられる。
小田切博はアメリカのヒーロー・コミックスについての連載において、コミックとアート双方の分野で活躍し「現代美術の文脈でプラダやディズニーといった大企業とコラボレーションしながらペイント作品が美術館に収蔵されるようになってきている」18アーティストとして、ジェームス・ジーンの名前をあげている。1990年にニューヨーク近代美術館(MoMA)では、西欧近現代美術とデザインやコミックス、グラフィティを並列に展示し、その関係をテーマとした「ハイ・アンド・ロウ――近代美術と大衆文化」が開催されたが、賛否両論を巻き起こし、当時まだ根強くあった美術と大衆文化の分断を可視化したが、すでに30年以上が経過した現在では、そのようなカテゴライズは流動化しつつあり、そうした流れはある程度日本も同様だろう。
こうした意味では、そんなグローバルな流れも睨みながら、イラストレーターからアーティスト活動に重心を移した空山基の存在は、AC部にとってひとつのロールモデルになるだろう。しかしその一方で、近年もgroup_inou「HAPPENING」や月ノ美兎「ルナティックウォーズ」のMVにおいて、狙ったコンセプトを徹底しており、クライアントワークに向き合う姿勢は堅持されている。板倉の独立はAC部の歴史にとって大きな出来事であるが、今年4月に坂本九「明日があるさ」のアニメカバーが発表され、本格的な次なる一歩を歩み始めた19。9月からは個展の開催も控えている。これからもユニークな「部活動」を、ジャンル/メディア問わず展開してくれればと思う。
脚注
参考資料
片上平二郎『「ポピュラー・カルチャー論」講義 時代意識の社会学』晃洋書房、2017年
中谷日出ナビゲーター、広田順子構成・取材・文『新しい美術はじめましょ。 デジタルアートビギナーズ』ソフトバンクパブリッシング、2005年
山本武利『紙芝居 街角のメディア』吉川弘文館、2000年
橋本麦「Making of “Kindolphin”」https://baku89.com/making-of/kindolphin
「AC部コミュニサイト」https://www.ac-bu.info/index.html
「AC部【公式】」https://x.com/ACbu_official
「AC-bu (AC部)」https://www.instagram.com/acbu_official/
※URLは2026年8月17日にリンクを確認済み