国際シンポジウム「メディア芸術ナショナルセンター(仮称)への期待~海外ミュージアムの視点から」レポート

シンポジウムの様子

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国際シンポジウム「メディア芸術ナショナルセンター(仮称)への期待~海外ミュージアムの視点から」
日時:2025年2月21日(金)14:00〜17:00
場所:国立新美術館 講堂/ライブ配信
主催:文化庁、独立行政法人国立美術館
参加費:無料

出演者:
ニコル・クーリッジ・ルマニエール(セインズベリー日本藝術研究所 研究担当所長)
エステル・ボエール(ギメ国立東洋美術館 日本美術キュレーター)
ジョン・カーペンター(メトロポリタン美術館 日本美術キュレーター)
森川嘉一郎(明治大学 国際日本学部 准教授)
モデレーター:
真住貴子(国立新美術館 学芸課 第1企画室長)

第1部 事例発表:日本のマンガ展示の可能性と課題

大英博物館による取り組み「世界へ広がるマンガ展示――課題と可能性」
ニコル・クーリッジ・ルマニエール(セインズベリー日本藝術研究所 研究担当所長)

ニコル・クーリッジ・ルマニエール氏は、2019年、大英博物館で開催された日本国外開催としては過去最大級のマンガ展「The Citi exhibition Manga」1の主任キュレーターを務めた人物だ。「The Citi exhibition Manga」での取り組みや、デ・ヤング美術館(サンフランシスコ)で開催予定2のマンガ展「Art of Manga」について紹介しながら、海外のミュージアムでマンガの展覧会を行うことの課題や可能性を提示した。

大英博物館では2006年から常設展示の一部にマンガも取り入れ、マンガ家・星野之宣氏をはじめとする作品を紹介してきた。星野氏は実際に大英博物館に足を運び、大英博物館を舞台にした描き下ろしマンガなども制作。ルマニエール氏は「人々がマンガを通して大英博物館に親しみをもつきっかけになった。一つの成功事例」と話した。その後、2009年に星野氏の展覧会を開催し、2012年には本を出版するなど取り組みを継続。2015年にちばてつや氏、星野氏、中村光氏の3名のマンガ家を迎えた展覧会「Manga Now」に10万人の来場があったことで、大規模な展覧会開催への手応えを得た。

2019年の大規模展「The Citi exhibition Manga」には、50組のマンガ家による70作品を展示した。「来場者一人の滞在時間の平均は1時間33分。なかでも人気があったのは中央に設置した本棚」とルマニエール氏。図書館のように自由にマンガを手に取って読めるスペースを設けたことで、リピーターも増加したという。また、マンガ家の出身地などを交えた詳しい解説や、日本のマンガ独特の役割である「編集者」に焦点を当てたトークイベント、コミックマーケットに代表されるファン文化の紹介などが高く評価された。

2025年9月末からデ・ヤング美術館で開催予定3の「Art of Manga」展では、「博物館」と「美術館」の違いを意識しより美術館らしい展示を試みる。マンガ家を約10組に絞り、ちば氏と赤塚不二夫氏のほか、約同数の男女の作家を取り上げ、制作過程や紙面の構成、マンガを取り巻く状況やファン文化などについて深く掘り下げて紹介する予定のほか、集英社によるマンガをアートとして受け継いでいくことを目的とするプロジェクト「集英社マンガアートヘリテージ」の協力を得て、エディション付きの高精細複製画を展示予定という。

また、補足的に触れたのが翻訳の課題だ。「重要な作品であっても翻訳がされていないことは課題」としつつ、2024年12月、講談社が高森朝雄(梶原一騎)原作、ちばてつや作画によるマンガ『あしたのジョー』の翻訳版を刊行したことについて高く評価した。

ニコル・クーリッジ・ルマニエール氏

メトロポリタン美術館による取り組み
ジョン・カーペンター(メトロポリタン美術館 日本美術キュレーター)

ジョン・カーペンター氏は、メトロポリタン美術館の日本美術キュレーターとしての立場から、マンガ・アニメが持つ文化的意義と美術館における可能性について述べた。自身はマンガ・アニメの専門研究者ではないと前置きしつつも、マンガは日本文化を理解する重要な入門書であり、伝統的な日本美術と現代文化をつなぐ架け橋になっていると指摘。特に、「手書きの文章と絵を並べるという発想は、日本美術古来の基本的な在り方」とし、マンガはその系譜に連なる存在であると評価した。

メトロポリタン美術館でマンガを扱った展覧会として、2019年に開催された「The Tale of Genji: A Japanese Classic Illuminated」展を紹介。土佐派の掛軸や屏風、漆器など日本の古典美術と併せ、大和和紀氏による作品『あさきゆめみし』の原画を展示することで、古典とマンガを横断的に紹介した。美術館としてキービジュアルに掲げたのは土佐派の作品でしたが、地元で最も人気のあるフリーペーパー『metro』がその表紙に『あさきゆめみし』を掲載し、美術館関係者は非常に驚いたという。同展は高い関心を集め若年層をも引き込み、大和氏を招いたトークイベントは500人収容可能な会場が満席になるほどの大盛況となり、美術展におけるマンガの有効性が示された。

加えて、リトアニアの国立美術館で開催された「美人、妖怪、武士」をはじめとする海外におけるマンガ展の成功事例を挙げ、浮世絵など江戸時代の美術との連続性を理解する上でもマンガは有効であると述べた。一方で、メトロポリタン美術館がマンガをコレクションする可能性については「空間的な制約やデジタル作画による作品の評価方法など、課題があるが、手描きの原画を数点であればコレクションする可能性がある」と言及。慎重な姿勢を見せた。

今回の来日直前、ニューヨークのジャパン・ソサエティの映画部門部長であり、アニメの祭典「ANIME NYC」の創設者であるピーター・タタラ氏と会い、センターに望むことについて話し合ったというカーペンター氏。人気作品を通じた日本理解の促進、資料・アーカイブ保存の支援、次世代クリエイターの育成と国際展開の三つを挙げ、「日本がアニメやマンガを能や歌舞伎、工芸などと並べる日本独自の芸術として、国際的にプロモーションしていくためのセンターを設立し、投資することを強くお勧めしたい」と締めくくった。

ジョン・カーペンター氏

ギメ東洋美術館による取り組み
エステル・ボエール(ギメ東洋美術館 キュレーター)

ギメ東洋美術館日本コレクション担当学芸員であり、前近代日本の物語絵画や絵巻、源氏物語の絵画化に関する研究者でもあるエステル・ボエール氏は、2025年11月から開催予定4のマンガ展について紹介した。本展は館長の決定を受けて企画されたもので、ゲストキュレーターにはバンド・デシネに精通するディディエ・パサモニク氏を迎える。

本展開催の目的は、古美術を中心にコレクションが形成されるギメ美術館のアイデンティティを踏まえつつ、マンガと前近代日本美術とのつながりを重視しながら、芸術として提示することにある。マンガに馴染みのない来館者にはその魅力に触れる機会を、ファンには歴史的背景や文化的文脈への理解を深める場を提供する。

展示は①歴史的視点からマンガの発展を段階的に紹介する、②マンガを美術ととらえ原画を展示する、③マンガに登場するモチーフとギメ美術館所蔵品との対話、という三つの方針に基づいて構成される。明治期から現代までのマンガの歴史と発展をたどりつつその多様性を紹介し、フランス人をターゲットに、フランスで親しまれている作品や作家に焦点を当てながら、『ベルサイユのばら』など日本ほど知られていない作品も扱う予定だ。また、原画と出版物を並べることで創作過程やメディアによる違いを可視化し、さらには『ベルサイユのばら』とマリー・アントワネットの漆器、『ナルト』と九尾の狐の彫刻など、マンガのキャラクターと関連する古美術のコレクションを組み合わせたストーリー仕立ての展示も検討しているという。

一方で、日本からの作品借用にあたって「実務的な問題にも直面している」とボエール氏。海外の見知らぬ美術館への作品貸し出しに、所有者はさまざまな不安を抱えているという。展示許可の範囲やどちらの国が複製を印刷するかなど、不確定要素があることも問題として挙げ、「貸し手と美術館は、異なる世界観に属しているように思える。これは、異なる国の人が出会うときに生じる文化的な違いではない。博物館の世界と産業の世界との文化的な違いであるようだ」と述べ、センターが担うべき役割を示唆した。

エステル・ボエール氏

第2部 パネルディスカッション

「MANGA⇔TOKYO」展での試み
森川嘉一郎(明治大学国際日本学部 准教授)

パネルディスカッションは、明治大学国際日本学部准教授の森川嘉一郎氏によるプレゼンテーションでスタートした。もともと建築学を専門としていた森川氏は、2004年のヴェネチア・ビエンナーレ国際建築展日本館で「おたく」やその文化による秋葉原の街の変化をテーマとした展示を手掛けたことを契機に、マンガ・アニメ・ゲームを研究の中心に据え、その資料収集や展示に関わるようになった。2018年にパリのラ・ヴィレットで開催した展覧会「MANGA⇔TOKYO」を例に挙げ企画プロセスを紹介し、産業との連携や権利処理の重要性にも言及した。ディスカッションのモデレーターを務めるのは国立新美術館学芸課第1企画室長の真住貴子氏。国立美術館におけるマンガ・アニメ展示に多角的に関わってきた立場から議論を進行。1部の海外での事例紹介を踏まえ、センターをどのように位置付け、マンガをいかに文化として展示・保存していくか、さまざまな提案がなされた。

森川嘉一郎氏
真住貴子氏(左)

出版業界と美術館/海外をつなぐ橋渡しに

つづくパネルディスカッションにおいてルマニエール氏は、センターの役割として、出版業界と美術館をつなぐ「橋渡し役」の重要性を指摘した。出版社ごとに方針や文化、ルールが異なる日本の出版業界は、海外から見るとわかりにくい面が多い現状があり、関係各所が国際的な協力を進めやすくなるような、透明性のある仕組みづくりが求められているという。展覧会開催にあたって生じるやりとりは出版社や作家にとって大きな負担となるため、センターが統一的なガイドラインを提示することでプロセスの効率化が図れるのではと述べた。

また、原画の収集・保存、修復に関するノウハウなど、美術館に蓄積された専門知識や技術を出版社や作家と共有することや、マンガの芸術的価値を社会に伝えることの重要性にも言及。データベース化やオンライン公開を通じて、海外美術館への作品貸出しを支援し、マンガ文化を国際的に発信する拠点となることに期待を寄せた。ルマニエール氏は「マンガは日本人のアイデンティティと深く結びついた誇るべき文化。インバウンド向けにとどまらず、日本人自身が誇りを持てる存在になるよう、そのためのセンターになることが重要」と強調した。

ルマニエール氏(右)

価値を適切に伝えるガイドラインと政府による資金支援

カーペンター氏は、「まずは公正な資金調達と展示運営のルールづくりが重要」と指摘し、特にスポンサー企業に関わる作品が過度に優遇されるなど、展示内容に影響を与えないためのガイドラインの必要性を強調した。また、存命作家の作品を展示する際には「アーティストからの贈り物」として敬意をもって作品を扱うべきだとも述べる。加えて、近年の流行を追うのではなく、日本独自の初期のマンガ作家や作品を含めた歴史的文脈を保存・提示することへの期待をのぞかせた。「特に原画は鑑賞者に強い印象を与えるもの。国宝級の美術品と同等の価値を持つものとして、収集・保存・展示を強化すべき」とカーペンター氏。十分な資金力と常設展示を備えたセンターが国内でコレクションを管理し、海外の美術館への貸し出しを行うことで、国際的な普及が進むと示す。出版社主導に偏らない多様な作品発信を可能にするため、政府主導による資金支援と体制づくりが不可欠だとの提案もなされた。

カーペンター氏(左から3番目)

国際的な研究・制作を支援する仕組み

ボエール氏が指摘したのは、マンガを文化として深く理解し、次世代へ継承していくための学術研究とそれを下支えする仕組みの必要性だ。マンガ研究の国際的な発展のため、センター内に研究者や学生、アーティストのためのレジデンスプログラムを設け、海外の研究者も受け入れながら、書籍執筆や展覧会企画を支援することを提案した。また、出版社と美術館の役割の違いにも言及。出版社がマンガを商品として扱う一方で、美術館は文化遺産として多くの人に共有する役割を担っており、特に若者が気軽に鑑賞できるよう、無料もしくは低価格で展覧会を提供することの重要性を強調した。「原画展示は雑誌や単行本と併せて見せることで、物語やメディアの特性を視覚的に伝えられる」とも述べる。国際的な連携を通じて、各国の文化と結びついたマンガ表現が生まれることへの期待を示した。

ボエール氏(左)

体系的なコレクション整備

森川氏はマンガ等の収蔵方針に言及し、評価の定まった作品や著名作家のものに限らず、表現の多様性や商品としての側面を含めた幅広い観点の導入が必要と述べる。古い作品が現代の作品や産業とどのようにつながっているのかを体系的に見渡し得る収集と展示によって、現在のマンガ等が一朝一夕にできたものではなく、歴史的な積み重ねによって成立していることを可視化することが重要であり、その役割がセンターに期待されると強調した。また、マンガを美術館で展示する際には、本来の文脈から切り離されることを前提に、展示方法を工夫することでその魅力を最大限に引き出す必要があると指摘。先述のメトロポリタン美術館による『あさきゆめみし』の展示や、美術館のコレクションとマンガの関係性を示すギメ美術館の試みを挙げ、「展示の仕方そのものが深化している」と評価した。産業界と美術館の原理の違いを踏まえた運営体制の構築、収蔵・展示を手掛ける専門的人材の育成、そしてマンガを文化資源としてさまざまな機関で活用できるようにするためのハブとしての機能など、センターに望む役割を提示した。

森川氏

産業が持つ活力をそのままに、センターが役割を果たす

モデレーターの真住氏は各者の提案を取りまとめながら、「マンガが産業と文化の両面を持つ存在である点を踏まえ、編集者やマンガ家の営みを尊重しながら、産業の活力を損なうことなくセンターが役割を果たすことが重要」と指摘。限られた収蔵スペースのなかで明確な収集方針を持つことや、マンガ・アニメ・ゲームを楽しめる展示の工夫、海外のミュージアムと連携した国際的な発信拠点としてのセンターの役割を提示した。

議論を通じて見えたのは、センターが日本のマンガ文化を保存・発信する中核的な機関として、産業と文化という異なるルールをもつ領域をつなぐことへの期待だ。原画を含む収蔵・展示を通じて、マンガの芸術性と多様性、さらには歴史的体系性や日本古来の芸術との関係を示すことの重要性も共有されたほか、研究者やアーティストを支援する国際的な交流拠点としての機能も求められている。海外美術館との連携や公的機関としての公正な運営、政府による継続的な資金支援の必要性が共通認識として示された。

脚注

1 [編集者注]過去のカレントコンテンツに、「The Citi exhibition Manga」のレポートを掲載している。ユー・スギョン「大英博物館でのマンガ展「The Citi exhibition Manga」レポート」2019年11月29日、https://mediag.bunka.go.jp/article/article-15688/
2 シンポジウム開催時点。会期:2025年9月27日~2026年2月1日。
3 シンポジウム開催時点。
4 シンポジウム開催時点。

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