大久保紀一朗×山内康裕 マンガを読むことと学習のつながりを解き明かす

並木 智子

写真:畠中 彩

左から、山内康裕氏、大久保紀一朗氏

マンガと学びと子どもと

――お二人は、「マンガと学習」というテーマにそれぞれのアプローチで取り組まれています。

山内 15年ほど前、マンガ業界の低迷を憂慮し、マンガの活用法を増やして、よりマンガが広く愛される状況をつくれないか、と考えました。マンガは、テキストのほかに絵、漫符、コマの展開など複数の要素があり、いろいろな情報を詰め込むことができる、おもしろいメディアです。日本では、子どもの頃からマンガに触れる機会が多く、多くの方がそういった表現方法を読み解くマンガ文法を自然と身につけています。それがなくなってしまうのはもったいない、とも感じました。

「学び」という場面でマンガをうまく使えるのではないか、と考えたことが、「これも学習マンガだ!」プロジェクトをスタートしたきっかけです。同プロジェクトは、新しい世界を発見できるマンガや学びにつながるマンガを選出・発表するもので、選書は、選書委員による選書委員会で合議制により決定しています。日本財団主催で2015年にスタートし、僕と日本財団の担当者がファウンダーという形で進めてきました。

マンガと学びについて、僕個人としては子ども時代の思い出が原体験になっています。僕の出身地は研究学園都市の茨城県つくば市で、JAXAも近くにありましたが、子どもにとって研究が身近ではなかったんです。もし、学校図書館に『宇宙兄弟』(2008年~、小山宙哉)のようなマンガが置いてあれば、研究に興味を持つ子どもが増えたのではないかと思います。エンターテインメントのストーリーマンガとして楽しみながら、専門的な職業やその価値観を知ることにつながりますよね。

「これも学習マンガだ!」プロジェクトでは、年齢を区切らずに、社会を意識したタイミングで選択肢が広がる作品を重視して選んでいます。そのタイミングは、小学生、あるいは大学生や社会人かもしれません。全国の高校図書館や学校図書館など650館程度の図書館で採用してもらっていますが、約半数は高校図書館です。進学する学生も就職する学生も混在する高校が多く、お話を聞くと、社会や職業、価値観の多様性を知る参考として活用してもらえているようです。

山内氏

――大久保さんは研究者としての視点から、マンガのメディアとしての特徴をどのように考えていらっしゃいますか?

大久保 私の研究分野は教育工学です。工学的発想からシステムとしての教育を研究する学問です。なかでもマンガを軸にしたメディア教育を専門としています。

僕も子どもの頃の原体験があります。小学校高学年で読んだ『ブラック・ジャック』(1973~1983年、手塚治虫)を、中学校3年生頃もう一度読み返したとき、小学生時には気づかなかった作品のメッセージ性を発見したんです。「マンガって深いな」と思いました。また、高校時代、学校にはマンガ持込み禁止でしたが、没収された『北斗の拳』(1983~1988年、原作:武論尊、作画:原哲夫)は担任の先生自身も気に入っていた作品でした。マンガというだけで学校教育現場では忌避して遠ざける風潮に疑問を感じました。その後、『おやすみプンプン』(2007~2018年、浅野いにお)に出会います。僕はマンガを読めると自負していましたが、自分の認識とずれを感じ読み返してみたところ、筋を読み違えていたことに気づきました。そこで、マンガを読む力と文章を読む力は似て非なるものなのではないか、と思ったんです。

博士課程で、認知科学的視点からマンガと文章の読解力について、二つほど研究を行いました。文章については理解のモデルが以前からの研究で明らかにされています。表面的に言葉の意味を理解するレベル、それをつなげて文脈を理解するレベル、さらにその上に、その文脈を踏まえ自分の既有知識と結びつけて、直接書かれていないことを推論する段階があります。マンガにもそのように読解の段階があると考え、文章とマンガの読解力テストをつくり子どもたちにやってもらいました。結果、マンガも文章と同じく読解力に三段階あること、要するにマンガにも深い読みがあることがデータとして分析できました。ただし、文脈を捉える力と推論する力については文章読解に近い力を使っていると推察できますが、表面的な言葉そのものの理解、マンガで言えば記号などを理解する力については相関関係が出ませんでした。

この結果から、認知の仕方が異なるのではないか、という仮定に立ち、次の研究につなげました。文字を読む際、脳内のワーキングメモリというものが影響することが昔から知られています。何かを覚えたうえで次のものを理解してつなげていくという作業を行います。言語性ワーキングメモリと空間性ワーキングメモリがあり、文章の理解には言語性ワーキングメモリが強く影響していることが知られていますが、マンガには空間性ワーキングメモリも影響しているのではないかと推測し、その認知機能について研究しました。小学校高学年を対象に50~60人にテストをしてもらった結果、マンガの場合、文章だけではなく、漫符などの記号もきちんと理解していないとストーリーを正しく理解できないという結果が出ました。働かせる脳の部分が文章読解時とは違うこともわかりました。

日本では、教育において文字を読むことに非常に重きが置かれます。しかし文字が苦手という子どももいます。教育での評価はその時点で低くなってしまう。だとしたら、アプローチとしてマンガから入ってもいいと、選択肢を広げてみてはどうかと考えるわけです。

大久保氏

山内 「これも学習マンガだ!」の一環で行った実証実験でも良い結果が得られました。小学校6年生を対象に、マンガを使った道徳の授業を行いました。普段の道徳の授業で意見を出す子どもは国語の成績が良い生徒がほとんどとのことでしたが、マンガを教材として使うと、国語が苦手な生徒でも発言できるようになったんです。マンガによって情報をインプットできたためです。

――なるほど、今の教育はテキスト偏重と言えますからね。マンガを読む力を養うことはどのような意義がありますか。

大久保 現在の世の中の情報は、文字以外のものが組み合わさって表現されているものが多いと思います。絵、文字、漫符、効果線などを組み合わせたマンガの複雑な表現をより深く読み解くことができれば、世の中にあふれている他のメディアの情報もより豊かに読めるだろうと考えます。マンガの有用性につながりますし、山内さんが話されたように、マンガ文化の復興にも結び付くと思います。

――一若年層にマンガ離れも指摘されています。

大久保 動画の視聴に流れている人が多いので、小学生では80年代後半~90年代よりもマンガを読む頻度が落ちているというデータが出ています。大学生でも、「読んだことがない」と言う人すらいます。友達にすすめられても、「読み方がわからない」と言うんです。小学生に調査した際には、「コマの順番がわからないから番号をつけてほしい」と言う生徒もいました。また、文章は、天気からその人の気持ち、なぜそうなったかまで全部書いてあるけれど、マンガは何も書いてない、と言う子どもたちもいました。文章でマンガの一コマを表現しようと思うと、かなりの文字量が必要になりますよね。

山内 マンガにあまり触れずに児童文学だけを読んできた子どもにとっては、日本の歴史のような学習参考書としての学習マンガがちょうどいいクッションになると思います。学習マンガの場合、テキストだけ読んでも意味が伝わるようにつくられているので、おもに言語性ワーキングメモリを使っている人にとっては読みやすいと思います。

また、携帯コミックや縦スクロールマンガは、今時点の画面だけがあり、それだけですべてがわかるようにつくられています。専門的な話をすると、マンガの見開きを見るとき、視点はある一コマに据えられていても、周辺視野で前後を見ています。それを意識しながら作品はつくられています。しかし、縦スクロールマンガは情報量が限られているため、サブキャラはステレオタイプにしてわかりやすく主人公のラインを強調し、構図に関しても簡単なものが主流です。普段からマンガを読まない人にも気軽にストーリーが楽しめます。

大久保 関連づけて情報を深く解釈する力を養うのであれば、やはりオールドスタイルなマンガのほうが適していると思いますが、慣れてない人は読みやすいマンガから読み始めるといいのではないかと思います。

「学び」を得られるマンガ7選

――「学び」という視点からおすすめの作品をご紹介ください。

大久保 『タッチ』(1981~1986年、あだち充)は、アニメで見ると非常にわかりやすいのですが、原作のマンガは、人によっては「何も書いていない」という反応が出てくることもあります。小学生向けにこの作品でテストをつくろうと改めて読み返してみたところ、周辺情報の知識や細かな描写からいろいろなことが読み取れないと難しい、と思いました。ほとんどセリフがない見開きもあり、ちゃんと読まないと空気感などが読み取れないマンガです。

山内 僕も好きな作品です。文字をあまり使わずにあの空気感を読ませるのは、かなり高度です。でも、多くの人が理解して共感しています。「日本人すげえ」と思いました(笑)。

大久保 『タッチ』がさわやかだとしたら、『ピンポン』(1996~1997年、松本大洋)は結構生々しいストーリーと言えます。努力すれば報われるというものでもありませんし、才能があるから幸せというわけでもない。葛藤や苦しみ、悩みなど、いろいろな機微が、独特なタッチによって表現されています。ポエティックなセリフもありますし、作者の伝えたいことがにじみ出ている作品です。

山内 僕も大学生当時にハマった作品です。絵はリアルなわけではないのですが、カットごとの情報量が豊かで、伝達手段としての絵面の構図などが本当に秀逸です。ライバルのキャラクター「ドラゴン」が「ペコ」と対戦して自分の才能の限界を知ったときに、「あ、これで自由になった」と豹変するシーンがあります。そこで描かれている黒い影は、彼が見ている脳内のイメージなのか誇張表現なのか。スポーツマンガとしても秀逸ですが、内面描写のビジュアル化という視点からも素晴らしい作品だと思います。

大久保 『岳』(2003~2012年、石塚真一)は、山岳で遭難者を救助する人たちのお話です。一つの遭難ドラマがエピソードごとに展開されます。山で危険な状況に陥った人々の人間ドラマが非常にリアルに描かれます。生死がかかった場面で、緊迫感を持ってその人の人生が走馬灯のように駆け抜けていきます。シーンによっては言葉なしで絵だけで見せるという臨場感も迫力がありますね。

山内 音楽マンガでは、音がどう鳴っているのかを表現するのにもっとも苦労しています。そのようなとき、アングル、いわゆるカメラワークで見せるというテクニックで表現することがあります。『岳』も、人間の尺度からしたら仰ぎ見るしかない山の情景の広大さを、アングルをうまく使いながら表現していますね。

大久保 『ボールアンドチェイン』(2023年~、南Q太)は、「これも学習マンガだ!」で山内さんに紹介してもらいました。性自認に悩む方々のお話が、現実的な苦労も交え複合的に描かれています。今、社会的にも関心が高いテーマですよね。実際に自分がその当事者にならずとも、こういった作品を通していろいろな立場の人のことを知ることができる。そこがマンガや小説の良さです。安易にわかった気になってはいけないと思いますが、少しでも触れる機会がないと理解に近づいていけません。多様な悩みを抱えている人の思考を垣間見るという意味で非常にいい作品だと思います。

山内 性自認のグラデーションは、状況だったり、人によって、非情に細かく、かつ揺らぎがあることが当事者目線から繊細に描かれていますね。

大久保氏のおすすめ4選。左から、『ボールアンドチェイン』『岳』『ピンポン』『タッチ』

――山内さんのおすすめも紹介してください。

山内 今読むといい、という基準で選定しました。まずは『言葉の獣』(2021~2025年、鯨庭)という作品です。今、SNSも含めていろいろな言葉があふれており、しかも一度失言したら炎上してしまったりする状況がありますよね。この作品は言葉のイメージを獣で表現しています。言葉を視覚的に表現しているわけです。

――本日のテーマをそのままマンガにしたという感じですね。

山内 抽象的な言葉が絵として見えるので、直感的に理解しやすいです。例えば「誹謗中傷」というキャラクター(獣)もいますし、谷川俊太郎の詩「生きる」を具現化したキャラクターもいます。

――なんと!

山内 今、誰でも言葉を発信できるがゆえに、言葉が持つ力について無自覚な人が多いと思います。この作品は、言葉の大切さを改めて考えるきっかけになると思います。

大久保 学校の先生っぽいコメントになってしまいますが、言葉の重さや鋭さというものは、子どもたちにとっては、イメージすることが難しいものです。「言われた相手がどう思うか」と、僕ら教師は一生懸命伝えますが、自らの経験も浅い子どもたちに伝えるのはすごく難しいです。そういう言葉はなければいいというわけではなくて、強くて悪い言葉があるから、良い言葉がある。目に触れさせなければいいということではないですよね。この作品のように絵で表現されたうえにストーリーがあれば、経験値がなくてもイメージが具体的に湧いてくるだろうと思いました。このマンガは小学校の教室にたくさん置いてあったらいいなと思います。

山内 「誹謗中傷」のキャラクターだって、醜いけれど、当人は本当は苦しんでいることがわかるよう描かれています。

大久保 なんでそういうことを言ってしまう人がいるのか、ということも考えられるといいですね。

山内 次に古い作品ですが『サバイバル』(1976~1980年、さいとう・たかを)を挙げます。阪神淡路大震災も起こっておらず、ソ連とアメリカの冷戦などに気が向かっていて、地震の恐怖についてはまだ広く共有されていなかった50年前に、日本列島の巨大地震を描いています。震災をいくつも経た今の私たちが見ても古びていることのない作品です。巨大地震に際してのいろいろな技術も描かれていますが、一番重要なのは,どんな状況になっても、主人公の「生き抜いてやる」という意思です。他にも災害をリアルに描いた作品がたくさんありますが、生き抜く力ということに関しては、この作品は時を越えた強さを持っています。巨大地震が迫っている今、災害を生き抜くことは我々にとってリアルなことです。そういう視点で読んでほしいと思います。

大久保 巨匠と呼ばれる人はみんなそうだと思いますが、時が経って表現が多少古くなったとしても、根幹にかかわることを訴えていますよね。やはり残っていく作品は残るべくして残っているのだな、と改めて感じました。

山内 『イムリ』(2006~2020年、三宅乱丈)は、架空の星同士の民族対立のお話です。描かれているテーマは「分断」と「アイデンティティ」です。設定も用語集を見ながらでないと把握できないほど難しい作品なのですが、今まさに起こっている国際状況を鑑み、読むべき作品だと思います。政治の担う役割だったり、現代的な課題が詰め込まれています。

大久保 お話を聞いていて、『風の谷のナウシカ』(1984年)の原作(1982~1994年、宮崎駿)に似ているな、と思いました。

山内 たしかに『ナウシカ』の原作ファンは興味深く読めると思います。藤子・F・不二雄先生の短編集が好きな人も楽しめると思います。

山内氏のおすすめ3選。左から、『サバイバル』『言葉の獣』『イムリ』

大久保 紀一朗(おおくぼ・きいちろう)
京都教育大学教育創生リージョナルセンター機構教職キャリア高度化センター講師。1982年生まれ。東京学芸大学大学院教育学研究科、東北大学情報科学研究科博士課程修了(博士 情報科学)。2021年まで東京都および島根県で小学校教員を15年間勤め,2022年島根大学、2023年より京都教育大学。専門は教育工学、メディア・リテラシー、メディア教育。メディアとしてのマンガがもつ特性やその読解や、指導方法について研究。「小学校高学年児童のマンガの読書実態と読解プロセスに関する研究」(博士学位論文)、「マンガの理解度に与えるワーキングメモリ容量の影響 -小学校第6学年を対象とした調査-」(『読書科学』61巻、3-4号、2020年、128~142ページ、読書科学研究奨励賞受賞)等。

山内 康裕(やまうち・やすひろ)
一般社団法人マンガナイト代表理事。1979年生まれ。法政大学イノベーションマネジメント研究科修了(MBA in accounting)。2009年、マンガを介したコミュニケーションを生み出すユニット「マンガナイト」を結成し、2020年に法人化し「マンガと学び」の普及推進事業や拠点営業、展示事業等を展開。マンガを領域とした企画会社 レインボーバード合同会社代表社員、さいとう・たかを劇画文化財団理事長、MANGA総合研究所副所長理事、これも学習マンガだ!事務局長、東京工芸大学芸術学部マンガ学科非常勤講師他を務める。共著に『『ONE PIECE』に学ぶ最強ビジネスチームの作り方』(集英社)など。

※インタビュー日:2025年10月26日
※URLは2026年1月22日にリンクを確認済み

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