決定版個人全集『藤子・F・不二雄大全集』が生まれるまで[前編]

中野 晴行

2000年代に入り、マンガ家の個人全集が盛んに企画されるようになりました。火をつけたのは、2009年にスタートした小学館の『藤子・F・不二雄大全集』。文学全集ですら売れない時代に、第1期33巻の全巻予約を受け付けると、配本開始前に予約数5,000セットを超え、発売前に増刷が決まります。読者層は20代から40代と幅広く、最終的な第1期の全巻予約数は12,000セットにも達しました。本稿ではその成功の秘密を探ります。

『藤子・F・不二雄大全集』キービジュアル ©藤子プロ・小学館

全115巻+別巻4冊の大型全集

小学館が『藤子・F・不二雄大全集』の刊行をスタートさせたのは、2009年7月24日。第1回配本は『ドラえもん』(1969~1996年)1、『オバケのQ太郎』(1964~1967年)1、『パーマン』(1966~1968年、1983~1986年)1の3冊。第1期33巻、第2期33巻、第3期34巻は毎月2~3冊ペースで発行され、1年で各期が完結するスタイルだった。2012年9月25日には全100巻でいったん完結。2013年2月25日からスタートした第4期は毎月1冊ペースになり、2014年3月25日に全14巻で完結。同年4月25日に『名犬ラッシー』(1958~1961年)が追加刊行された。ほかに、別巻として第1期と第2期様にはさまれた2010年7月23日に別巻『Fの森の歩き方』、第2期と第3期のあいだになる2011年8月25日に別巻『Fの森の大冒険』、全集完結後の2014年5月30日に別巻『藤子・F・不二雄の異説クラブ』、同年7月25日に別巻『藤子・F・不二雄まんがゼミナール/恐竜ゼミナール』の4巻が刊行されている。全115巻プラス別巻4巻の文字どおりの大全集である。各巻には「月報」が挟み込まれ、巻末には解説や初出リストが収録されている。また、期ごとに全巻予約購読募集が行われ、予約者には藤子・F・不二雄のアイデアノートから抜粋した『F note』(第1期)、メッセージ入りCDとブックレットの『F voice』(第2期)、未収録画集『F・ART』(第3期)、未収録マンガ集『F PIECE』(第4期)が特典として用意された。この大プロジェクトの制作過程を、当時の担当編集者で現・小学館第二児童学習局ドラえもんルーム編集長の徳山雅記氏と編集スタッフとして参加した目黒広志氏にきいた。

『藤子・F・不二雄大全集』イメージ

川崎市 藤子・F・不二雄ミュージアムと全集

『藤子・F・不二雄大全集』の企画が持ち上がった背景には、川崎市多摩区の生田緑地に、川崎市 藤子・F・不二雄ミュージアム(以下、藤子ミュージアム)の開館が決定したことがある。

徳山 藤子ミュージアムのオープンに向けて小学館として何をすべきか、という議論から、全集を出すことになったのだと思います。藤子ミュージアムは藤子先生の全作品とその原稿を保管して展示することがコンセプトですから、この機会に全作品をまとめて刊行しよう、というのはわかります。わかるのだけど、全作品をまとめて刊行することの大変さも想像できたので、始めてしまって大丈夫かな、と。一口に全作品を全集にすると言っても、全作品を把握している人なんて私を含めて小学館の社内にはいなかったのです。一般の方たちは、過去に単行本に入っているものを全部集めたらいいじゃないか、と思うかもしれませんね。会社もそのレベルだったんじゃないでしょうか。だから、編集部としては「どういう全集がいいのか」というところからスタートしたわけです。

そこで声がかかったのが、フリー編集者として、これまでも藤子作品に携わってきた目黒だった。

目黒 初めは「すごい」と思いました。当時、藤子・F・不二雄先生の作品で、書店で新刊として手に入るものは『ドラえもん』とSF短編集くらいでしたから、ファンとしては素晴らしい企画だと思いました。全集の先行例としてはかつて中央公論社(現・中央公論新社)さんから『藤子不二雄ランド』(1984~1991年)が出ています。藤子・F・不二雄先生、藤子不二雄Ⓐ先生の作品を合わせて301巻と別巻26巻が刊行されました。同書に収録された古い作品は『海の王子』(1959~1961年)と『UTOPIA 最期の世界大戦』(1953年)がありますが、収録されなかった作品も多いのです。今回それらを入れさせていただくことについては、うれしい面もある一方でなおさらしっかりしたものにしなくては、という重圧が大きかったですね。

『藤子不二雄ランド』(中央公論社)。1984年の刊行開始当初は、毎週金曜日に1冊ずつ発売された(のちに月2回2冊ずつに変更)

藤子・F・不二雄作品の全体像を掴む

膨大な作品を整理して全集という形にまとめることは、通常の単行本を編集する何十倍ものエネルギーと根気を要する仕事だ。しかし、藤子ミュージアム開館との兼ね合いで、刊行開始までの時間は1年しかなかった。

徳山 まず手を付けたのは、藤子・F・不二雄作品の全体を把握するための年表づくりでした。エクセルで掲載誌名と掲載年月を表にして、タイトルを落とし込んでいくわけです。タイトルは色分けして、『ドラえもん』はもちろんブルーです。表にすることで『エスパー魔美』(1977~1983年)は『キテレツ大百科』(1974~1977年)の終わった年に始まっている、とかが可視化できるんです。プリントアウトした表を壁に貼って、新しいデータが見つかったら加えていく。全巻完結後は不要になったのですけど、この表は捨てられないですよ。作業には半年かかりましたが、それまで誰も知らなかった、藤子・F・不二雄先生が描いたマンガの総ページ数がようやくわかりました。これも目黒さんをはじめ藤子作品の研究を続けてこられたみなさんの協力のおかげです。

全集や復刻の場合、マンガファンやコレクターの存在は力強い味方になるのだ。

目黒 ファンやコレクターのなかには、未収録作品をどうしても読みたくて、古書店やインターネット、時には全国の図書館を駆使して初出誌を探すなど、埋もれた作品を独自に発掘しているような人がたくさんいるのです。表をつくっている話が伝わると、足りない作品の情報やコピーを提供してくださるなどずいぶん助けられました。でも、それだけではだめです。こちらでもう一度、ページ数をカウントし直さないといけないのです。そこで、小学館の倉庫に潜って調査しましたし、他社さんにもお願いして書庫を見せてもらいました。国会図書館や大阪の国際児童文学館にも行きました。それら初出誌からのデータを、藤子ミュージアムに保管されるために再整理されつつあった原稿とも照らし合わせていきました。

ドラえもんルーム編集長の徳山雅記氏。手にしているのが全作品を落とし込んだ年表。作品ごとの掲載時期、発表媒体がまとめられている。この年表の縮小版は全集の別巻『Fの森の歩き方』の巻頭に収録された

全集の設計図をつくる

資料の整備ができて全体のページ数が決まれば、巻建てを含めた全体設計に入る。各巻のページ数を決めて原価計算をして定価や初版部数を決め、販売計画も立てる。全集の場合は、後半になると失速するケースが多い。読者が息切れしてしまうのだ。失速を避けるためには、刊行の順番や定価設定が非常に重要になってくる。

徳山 買ってくださる読者のことも考えて、100巻を3期に分けて33巻ずつ。これだと全巻予約していただいても各期およそ5万円。結局は4期115巻になるのですけど、そこから全体の計画を組み立てていくのです。第1期は、『ドラえもん』、『キテレツ大百科』、『エスパー魔美』などの看板作品をメインに、長いあいだ絶版だったため、出版が待ち望まれていた『ジャングル黒べえ』(1973~1974年)や『オバケのQ太郎』を加えていく、第2期はアニメ化されたキャラクターをいっぱい入れて、目玉として初期の少女マンガなども入れる。第3期はもう少しレアな作品を入れる。そのうえで、『ドラえもん』は第2期にも第3期にも入れる。そうした設計図をつくるわけです。『ドラえもん』を3期に分けたのは、販売上の理由もありますけど、途中でやめることは絶対にできない、という我々の決意でもあったのです。第1期で終わってしまったら、悲惨なことですからね。絶対に出し続けるのだという覚悟ですね。もう一つ、背の下にFZで始まる数字があります。これが全巻に通し番号としてついています。配本のスケジュールはバラバラになるかもしれないけど、最終的には通し番号できれいに並ぶように決めておいたのです。途中で中止すると格好がつきませんから、最期まで出すぞという会社に対する意思表明であり、読者に対する約束でもありますね。

こうして、『藤子・F・不二雄大全集』のプロジェクトは本格的に動きはじめた。もう、後戻りはできない。

第3期にも「新オバケのQ太郎」「ポコニャン」「T・Pぼん」といった人気キャラクターがラインナップされ、第1期、第2期で受けた支持を維持していった ©藤子プロ・小学館

徳山 ここまでやっても、まだ漏れがあるんじゃないか、と毎日うなされていました。しかも、藤子・F・不二雄先生の名前を冠した全集を出す以上は成功させないといけないわけです。ちゃんと売れてもらわないといけない。全巻出す覚悟だ、と編集部がいくら言っても、赤字になったのでは話になりません。いろいろなプレッシャーがすごいのです。でも、単行本として長く流通していなかった作品たち、特に『オバケのQ太郎』をラインナップできることは、大きなモチベーションになりました。『オバケのQ太郎』は当時、新刊では読むことができませんでしたから、読者からも応援してもらえる自信が生まれました。

藤子不二雄Ⓐとの共著『オバケのQ太郎』。大全集では従来の単行本には未収録のエピソードも含めシリーズ全12巻として刊行された

後半では編集上のエピソードをお聞きする。

information
『藤子・F・不二雄大全集』
第1期:全33巻、第2期:全33巻、第3期:全34巻、第4期:全14巻、追加刊行:全1巻、別巻:既刊4巻
発行:小学館
刊行年:2009年~

『藤子・F・不二雄大全集』公式サイト
https://www.shogakukan.co.jp/pr/fzenshu/
「100年大長編ドラえもん」特設サイト
https://www.shogakukan.co.jp/pr/100dora/
ドラえもん公式サイト「ドラえもんチャンネル」
https://dora-world.com/
川崎市 藤子・F・不二雄ミュージアム
https://fujiko-museum.com/

©藤子プロ・小学館 ©藤子プロ・藤子スタジオ

※『オバケのQ太郎』『海の王子』『仙べえ』『チンタラ神ちゃん』『UTOPIA最後の世界大戦/天使の玉ちゃん』は藤子不二雄Ⓐ氏との共著
※インタビュー日:2022年10月25日(小学館にて)
※URLは2023年3月23日にリンクを確認済み

決定版個人全集『藤子・F・不二雄大全集』が生まれるまで[後編]

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