森川 もなみ
2025年5月から2026年1月にかけて、台湾の二つの美術館でそれぞれ開催のメディアアートに関する展覧会を取り上げます。美術館設立の背景から、展覧会のテーマ、作家・作品の紹介を通して、日々確実に発展していくテクノロジーとの共生の仕方を、二つの展覧会がどのように示しているかを見ていきます。

本レポートでは台湾の南北の美術館で開催されている二つの展覧会について紹介する。一つ目は、台湾南部の古都として知られる台南市に所在する台南市美術館で2025年10月12日まで開催された「The Era of Prompts—A Challenge Letter from AI to Humanity(詠唱世――人工智慧給人的一封挑戰信)」である。そして二つ目は、台北市にある台北当代芸術館で2026年1月11日まで開催している「Cosmic Sketches—The LuxuryLogico Exhibition(宇宙寫生――豪華朗機工個展)」である。
2019年に正式に開館した台南市美術館は、日本統治時代(1895〜1945年)の1931年に台南警察署として建設され、現在台南市の文化遺産として市定古蹟に指定されている「1館」と、日本人建築家の板茂が台南の象徴的な花であるホウオウボクをモチーフとして設計した現代建築の「2館」で構成されている1。

「The Era of Prompts—A Challenge Letter from AI to Humanity(詠唱世――人工智慧給人的一封挑戰信)」は2館で開催されたAI(人工知能)をテーマにした展覧会で、13の作家あるいはチームによる作品が紹介された。本展キュレーターの羅禾淋氏によれば、AIは今や言語、画像、音声、映像をすばやく大量に生成するクリエイターのような存在になったという。羅氏はこのような現代の状況を「詠唱世」という造語によって表現し、展覧会タイトルとした。「詠唱世」は直訳すれば「詠唱の時代」となるが、本展においてはAIに対して与えるプロンプト(指示や質問)がまるで魔法の呪文のようでもあるという解釈から、呪文(プロンプト)を唱えることが創作活動の鍵になる時代という意味で、比喩的に「詠唱世(The Era of Prompts)」と名づけられた2。
本展は、こうした「詠唱世」の時代において、AIが制作の手法やクリエイターの役割をどのように変えていくのかを問いかけ、またアートの領域における専門性や創造性についても再定義を促そうとする。展示は「AI協作・AI共存・AI融合」の三つのゾーンで構成されている。
「AI協作」ゾーンでは、マンガやイラストなどの領域で活躍するアーティストたちが本展のためにAIを用いて制作した作品や創作の過程を紹介している。近年台湾で注目されているマンガ家の狼七が展示室とパブリックスペースをつなぐ壁面に展示した《火山下的趕稿桌(火山の下の原稿机)》では、漫画家とAIが双方向的に物語やイメージを構築する試みを、「GROK3」や「CHATGPT」といった対話型AIの名前がついたキャラクターによって視覚的にディスプレイしてみせた。

次の「AI共存」ゾーンでは、AIを共同制作のパートナーとして捉えようと試みている。台湾の音楽バンドであるicyball冰球樂團による《〈Let Me In〉Music Video》は、ミュージックビデオの映像制作にAIを用いた実験的な作品である。彼らにとって音楽そのものとともに重要な役割を担っているミュージックビデオの制作を、監督など他人に任せず、AIを用いて自分たちの楽曲に逐一呼応するような映像をつくり出そうとした。

最後の「AI融合」ゾーンでは、AIとアーティストとが相互に意思疎通し共感し合うような状況をつくり出すことで、創造における意思決定にAIがさらに深く関わるような作品を紹介した。黃姿婷&林亭羽&陳羽姍による《雲遊・情識》は演劇とAIが融合した映像作品で、荘子の『逍遥遊』を下敷きにしており、人と同じような心の動きをAIが持ち得るのかを探っている。

次に、台北で開催されている展覧会について紹介したい。台北当代芸術館は2001年に開館した現代美術を専門に扱う美術館である。赤いレンガが特徴的な建物は、日本統治時代の1921年に小学校として建てられたもので、1945年以降は台北市政府の庁舎として利用され、1996年に市定古蹟に指定された後、台北当代芸術館として整備された。さらに特徴的なこととして、中庭を囲むように口の字形になっている建築の正面部分は美術館として使用されているが、その他の部分は中学校の校舎となっており、美術館と学校が同じ建物を共用する珍しい事例となっている3。

台北当代芸術館で開催中の「Cosmic Sketches—The LuxuryLogico Exhibition(宇宙寫生――豪華朗機工個展)」は、1980年前後に生まれた台湾出身の4人のアーティスト張耿豪、張耿華、陳乂(陳志建)、林昆穎によるアート・コレクティブ「豪華朗機工(LuxuryLogico)」の結成15周年の個展で、台北当代芸術館としては開館25周年を記念する企画展でもある。
豪華朗機工は、「混種跨界 hybrid crossover(異種混淆し、横断する)」をコンセプトとし、現代社会における人々の思考を、「音楽・視覚・インスタレーション・テキスト」によって表現してきた。また自然環境との関わりも彼らの作品にとっての重要なテーマであり、日本では2022年に「越後妻有 大地の芸術祭」、2023年に「奥能登国際芸術祭」で作品を発表している。
結成15周年を記念する本展では、新たな技術や素材を用いて再解釈を施した旧作14作品と、本展のために新作した1点のあわせて15点で、絵画や彫刻の概念を起点とした静的な作品から、音や映像をダイナミックに組み合わせた動的なインスタレーションや没入型展示まで、多様な作品が紹介されている。本展のテーマは「萬物皆連結 It’s all connected(万物は皆つながっている)」で、人類が宇宙のなかで自然やテクノロジーと詩的につながる体験を提示し、未来への想像力を呼び起こそうとする4。
《15年工作室》はキャンバスにアクリル絵具で描かれた絵画の表面に映像が投影された作品で、彼らが過ごしてきた三つのアトリエを題材にしている。作品をしばらく眺めていると、静謐で親密な雰囲気の絵画に、時折、窓から差し込むやさしい木漏れ日や蛍のようにうつろう小さな光が映し出される。絵画は、実体であると同時に絵画空間という仮想的なスペースでもあるという二重性を持つ。その上に光のイメージが投影され、さらに展示室の窓から差し込む光も重なる。リアルとバーチャルの往還、テクノロジーと自然現象の柔らかな融合を視覚的に表現しており、世界に対する彼らの繊細な眼差しを体現する作品である。

《宇宙201》は対照的な印象の作品である。展示空間に、人工の森を表現した《物林》、音と光で宇宙を表現する《生光》、そして巨大な手がさまざまなジェスチャーによって「意識」を表現する《手識》の三つの作品が配置され、全体が《宇宙201》という一つのまとまりになっている。鑑賞者は音と光によって表現されるスペクタクルな空間に包まれながら、暗闇の中で照らし出される巨大な手の動きを眺め、展示室内で座ったり木々の間を歩いたりと思い思いに過ごす。ストーリー性があるように感じられるが、その解釈は各々に任せられているようでもあり、何より鑑賞者と作品世界との一体感やつながりが追求された作品である。

本稿では台湾の南北で開催された二つの展覧会を紹介した。台湾のアートシーンにおけるテクノロジー領域との融合はすでに成熟の域に達していると考えられるが、今後もさらなる進展を遂げることが予感される。
脚注
information
The Era of Prompts—A Challenge Letter from AI to Humanity(詠唱世――人工智慧給人的一封挑戰信)
会期:2025年5月6日(火)~10月12日(日)10:00~18:00
会場:台南市美術館
https://www.tnam.museum/exhibition/detail/605
Cosmic Sketches—The LuxuryLogico Exhibition(宇宙寫生――豪華朗機工個展)
会期:2025年10月4日(土)~2026年1月11日(日)10:00~18:00
会場:台北当代芸術館
https://www.moca.taipei/tw/ExhibitionAndEvent/Info/宇宙寫生—豪華朗機工個展
※URLは2025年11月10日にリンクを確認済み