竹内 美帆
少女マンガ界の巨匠、大和和紀と山岸凉子の展覧会「『あさきゆめみし』×『日出処の天子』展 ―大和和紀・山岸凉子 札幌同期二人展―」が、2024年3月9日(土)から24日(日)にかけて開催されました。会場は、二人とゆかりの深い札幌市にある東一丁目劇場。両作家の代表作の貴重な原画が展示され、全国各地から多くの人々が集いました。
まず注目されるのが、本展は通常のマンガ展とは異なり、マンガミュージアムや製作委員会ではなく札幌市という自治体が主催者となっている点である。札幌市は現在、「マンガ等のポップカルチャーを活用したまちづくりの推進事業」を進めており、すでに「図書(マンガ)を核としたライブラリー、ミュージアム及びビジネスの展開に関する可能性調査」を実施している1。当該調査において、展覧会の開催やミニライブラリーなど、プロトタイピングにより市民や観光客の期待度を調査し、機運の醸成を図っていくことが必要とされたことを受け、2023年度は本展のほか、「白い妖怪ぱーく展」を開催し2、さらに庁内での連携事業として、札幌市中央図書館が主催となり、「北海道とマンガのミライ」展などを開催している3。そうした札幌市のポップカルチャーを活用したまちづくり政策の流れに本展は位置づいている。
それでは、なぜこの二人なのか。一般的に、出版社が異なるマンガ家の二人展は困難であるといわれている。背景にあるのは、大和和紀を発起人代表、山岸凉子を副代表とする「北海道マンガミュージアム構想」である。マンガの文化的価値の発信や観光資源としての活用可能性を訴え、北海道にゆかりのある多数のマンガ家たちが賛同する同団体により、札幌市に対しても2021年頃より働きかけが行われてきた。札幌市が事業を進めるなかで、こうした活動がきっかけの一つとなり、マンガに対する市民の関心や経済的な効果を調査することを目的とした展覧会の一つとして、札幌という地で異色の二人展が実現した。
本展に出展された原画(モノクロ原画83点、カラー原画45点)の選定を作家本人が行っていることからもわかるように、通常のマンガ展よりも作家自身のコミットメントの割合が比較的多いという点で、意義深い展示となっている。
本展は、「札幌の二人」「モノクロ原画」「カラー原画」というシンプルな三つの構成になっている。このシンプルな構成と展示レイアウトが鑑賞者の意識を原画に集中させ、両作品の良さを引き立たせている。また、原画を中心としながら、二人と札幌という地のつながりも意識させる構成となっている。
こうした展示構成について、アートディレクションを行ったカジタシノブ氏によれば、「札幌という場所でやる意義を感じてもらうとともに、マンガというメディアが持つ力を、原画を通してダイレクトに感じてもらいたかった」という。
このコーナーでは、二人のプロフィールとともに、二人が出会った札幌の地を舞台にした二作品が展示された。山岸による「手塚先生との思い出」(『手塚治虫文化賞20周年記念MOOK マンガのDNA ―マンガの神様の意思を継ぐ者たち―』所収、朝日新聞出版、2016年)では、二人が高校生だった1965年2月、マンガ家を志す者たちの憧れであった手塚治虫氏が札幌雪まつりへ来場した際のエピソードが語られている。二人が手塚氏に直接声をかけ、原稿を読んでもらうという心あたたまるエピソードが描かれ、当時から続く二人の関係性を読みとることができる。
続く、大和和紀「大通公園で子どもしてた頃」(『天使の果実 1』所収、講談社、1993年)では、大和が小学生の頃、自宅近くの札幌・大通公園で遊んでいた思い出がつづられている。まだ整備されていない大通公園で、北海道ならではの遊びを楽しむ幼少期の様子が描かれる。
モノクロ原画のコーナーへと続く通路には、「札幌・北海道の記憶」として、二人の思い出深い場所がそれぞれのエピソードとともにマッピングされた。大和の両親が営んでいた喫茶店や、山岸が通っていたバレエ教室など、ファンにとって貴重な証言が、当時の札幌の風景写真とあわせて示された。
モノクロ原画のコーナーでは、二人の代表作である『あさきゆめみし』と『日出処の天子』が、同じ広さの二つのコーナーに分かれ、特設の原画台に展示された。この原画台はアクリル板で原画を挟んでいるもので、鑑賞者は原画を間近で観ることができ、その細密な世界に没入することができた。
展示した原画の選定やコメントの仕方には、両者の興味深い違いが表れている。『あさきゆめみし』は、『源氏物語』の「若菜 上」にあたる一続きの場面が展示され、作者コメントは展示コーナーの冒頭で作品の選定理由と見どころが提示されていた。
一方、『日出処の天子』は、山岸自身が名場面の原画を選定し、すべての原画の下にコメントが付されていた。
これらのコメントの多くは本展のために書き下ろされたものであり、制作時の思い出などにも言及され、当時の制作状況をうかがい知ることができる。
モノクロ原画とカラー原画の展示会場をつなぐ通路には、「代表作品解説」として、大和・山岸それぞれの代表作四作品が取り上げられた。札幌・北海道を舞台とした一作品のほか、代表作として著名な三作品が選ばれた。
カラー原画のコーナーは、中心にキューブ状の壁があり、空間を対角に区切り両作品のカラー原画が展示された。一つひとつ額装されたカラー原画は、印刷では表現されない、着物の細かな柄や陰影の濃淡、線の細かさなど、手描きの技がありありと伝わってくる。
原画が展示される有料ゾーンを出た先は、チケットを購入していなくても入場できる無料ゾーンとなっていた。そこでは、「ライブラリーコーナー」として、『あさきゆめみし』や『日出処の天子』だけではなく、両作家のその他の作品も閲覧できた。また、「北海道ゆかりのマンガ家マップ」や、「北海道マンガミュージアム構想」への意見、本展の感想などを書くコーナーも設置された。大和・山岸による直筆のポスターも掲示され、熱い思いをつづる来場者の姿が見られた。
また、本展の開催に合わせ、多数のオリジナルグッズが会場限定で販売された。会期終了間際には、関係書籍も含めほとんどすべて売り切れの状態となっており、今もなお続く両作品への人気の高さを表していた。
開幕日の3月9日(土)には、ヤマダトモコ氏(明治大学 米沢嘉博記念図書館)をコーディネーターとして、大和・山岸によるトークイベントが開催された。約900席のホールが満員となり、お互いの作品に対するコメントや、高校時代の思い出、二人の視点の違いなどが笑いあるエピソードとともに語られ、会場を湧かせていた。
本展は、札幌市が主催となり開催された特別展であるため、巡回の予定はないという。開催後はネットニュースやSNSなどでも話題となり、道外からも多くの来場者がつめかけ、約2週間という短い期間ながらも、8,000人以上の来場者を記録した。本展への注目度の高さ、来場者の満足度は、リピーターの多さや訪れた人たちが残したメッセージボードにも表れている。また、両者が設立を目指す「北海道マンガミュージアム」への期待も高い。
補足として、本展の開催期間中である3月16日(土)には、札幌市主催のフォーラム「マンガがつくる、札幌のミライ」が開催された4。このフォーラムでは、札幌市まちづくり政策局プロジェクト担当部長(ポップカルチャーを活用した取り組みを担当)である淺野隆夫氏、吉村和真氏(京都精華大学教授)、山村高淑氏(北海道大学教授)、カジタシノブ氏(アートディレクター)、そして筆者が登壇し、これまでの札幌市の取り組みの報告とともに、京都国際マンガミュージアムなど他地域の事例も交えながら、ポップカルチャーとまちづくりについてディスカッションが行われた。当フォーラムにおいても、多数の来場者を迎え、マンガを活用したまちづくりへの市民の関心の高さを感じることができたことを記しておきたい。
数多くのマンガ家を輩出し、数々のマンガの舞台ともなっている北海道において、マンガに関連する取り組みがどのように実を結ぶのか。本展の成功が、その未来を大きく前進させたことは間違いない。今後もその動向が注目される。
脚注
information
『あさきゆめみし』×『日出処の天子』展 ―大和和紀・山岸凉子 札幌同期二人展―
会期:2024年3月9日(土)~24日(日)
会場:東1丁目劇場(北海道札幌市中央区大通東1丁目)
入場料:一般1,500円、高校・大学生1,000円、トークイベント付入場券2,500円
https://www.city.sapporo.jp/kikaku/shomu/popculture/asakiyumemisi-hiidurutokoro.html
※URLは2024年7月26日にリンクを確認済み