スティービー・スアン
アニメ・マンガ・ゲームなどの研究を中心に取り扱うメカデミア(MECHADEMIA)国際学術会議が、2023年5月27日(土)から29日(日)の3日間、日本で開催されました。日本での開催は3度目。前回と同様、京都国際マンガミュージアムに加え京都精華大学のキャンパスも会場に使用され、北米での開催を含めてメカデミア会議史上最も多い登壇者や視聴者が集いました。
今回のテーマは「余波(Aftermath)」であり、研究報告とディスカッションは幅広くこのテーマに迫った。狭義では「Aftermath」という言葉は、大規模な破壊的な出来事のあとに起こることを意味する。アニメ・マンガ・ゲームなどにおいては、黙示的な設定が数えきれないほどあるが、本会議では生態系崩壊のあとの社会を描写するアニメからホロコーストについての少女マンガに至るまで数多くの作品が分析された。
時代変遷の痕跡という、「余波」の別の意味合いに関する発表も多く見られた。例えば、アニメによく登場する警察や監視社会などのモチーフは、アニメの表現メディアとしての可能性と限界、さらにその時代による進化といった側面から論じられ、バーチャルYouTuberとデジタル社会における自己演出も取り上げられた。さらに、アニメにおける国際共同制作や、OVA(Original Video Animation)の歴史、脚本の作成プロセスおよび業界論(アニメ・マンガ業界が実際にどのように構成され機能しているについての研究分野)が提示され、アフリカ系アメリカ人のアニメファンの活動に関する研究などが注目を集めた。
しかし、もう一つの「余波」の意味合いが会議で問題になっていた。それはアニメ・マンガ・ゲームなどの研究の方法論に関わることである。以前は、この新しい学問領域を学術的分野において正当化する必要があったのに対し、近年では認知度が高まっており、ある程度成熟してきたといえる。したがって、従来の方法論を見直し、新鮮なアプローチを追求する可能性が開かれてきたのである。
これをめぐる問題提起は、ジャクリーヌ・ベルント(Jaqueline Berndt、ストックホルム大学日本学科教授)による基調講演で掘り下げられた。30年近く日本国内外のマンガ・アニメ研究に携わってきたベルントは、これらの分野の現状を言説分析的にもメディア美学的にも論考している。以下でその内容を簡単に振り返っておこう。
出発点は、「メカデミア分野」特有の対象があるのか、という問いだった。その一環で、例えばマンガ研究とアニメ研究をどう区別すればよいかについて取り上げられた。両者ともそれぞれの表現メディアや文化としての特徴が認められているが、海外の言説ではそれぞれの多様性が日本国内ほど重視されていない。その背景には、「日本」との関連付けを中心に据える文化論がある。マンガは「日本の漫画」、そしてアニメは「日本のアニメーション」といった定義で一般化されてしまうことがよくある。したがって文化論を優先するか、あるいは文化論をいかにメディア論と接続するかは「メカデミア分野」が直面している第一の問題である。
それはマンガとアニメなどの「国籍」の問題にも当てはまる。いわゆる日本のマンガやアニメと同類な作品が日本国外においても制作・鑑賞されている。例えば、日本で制作されていない「OEL Manga(Original English-language Manga)」などの、初めから英語で描かれた「日本式」のマンガ表現による制作などがある。それを考えれば、文化横断性を無視できなくなっている現代においては、どのように研究を進めればよいのかという課題が常に付きまとう。それは本会議の個人発表でも確認できた。
基調講演ではこの問題について、台湾における「漫画」という言葉の使用についてが具体例として取り上げられた。東アジアの漢字圏では「漫画」という言葉があるが、そのローマ字表記の際に、「manga」と「manhua」、それとも「manhwa」のどれかを選ばざるを得ない。英語圏では、「manga」が「日本のマンガ」を意味していると同様に、「manhua」は多くの場合「中国語圏の漫画」として受け取られてしまう。ただ、台湾の漫画は簡単に「manhua」とは言いかねる。1945年までの日本統治の下、台湾の読者と作家は日本のマンガに親しんでいた。戦後の国民党政権下では、中国語化と戒厳令、そして検閲があり、日本マンガは影を潜めたが、目に見えない「アンダーグラウンド化」されたかたちで台湾の読者の目に晒され続けていた1。
このようにベルントは、台湾漫画について「manga」、「manhua」などの言葉が研究者たちによってどのような意味で使われているかという言説分析を通して、「マンガ/manga」という言葉の使い方に関する問題提起を行った。今回は英語による講演だったため、英語の「manga」の狭義の意味づけに配慮し、将来のコミックス研究、またはマンガ研究に関して二つの選択肢があると主張された。つまり、「manga」を文化論的に定義するか、それとも「コミック」の一種として文化横断的に位置付けるか、という選択肢である。
後者の選択肢に関しては、マンガを日本特有のコミックよりも情動性が特別に高い「線画による物語(graphic narrative)」として捉えることをめぐる問題提起が行われた2。
最後に、ベルントの基調講演を受けて、学術研究としての視点から国際交流の可能性についても言及しておきたい。日本国内外の研究動向に注目すれば、日本マンガ研究は海外においてアニメ研究ほど盛んになっておらず、一方、アニメ研究は国内よりも理論的範囲が広いが、両者とも海外の研究成果において日本語での論考があまり取り入れられていない。その点を考慮すれば、学術的次元での国際交流には大きな余地があると思われる。
ベルントによる基調講演では質疑応答も活発に行われ、その内容に関してその他のパネルディスカッションや会議後の懇親会などでも議論された。
このように本会議では、多様な観点から「余波」に関するテーマを取り上げ、従来の研究を再検討し、将来に向けた新しい視点や問題提起がみられた。今後もアニメ・マンガ・ゲーム研究において、多くの国際的な交流が促進されることが期待される。
脚注
information
メカデミア国際学術会議
Mechademia International Conference in Kyoto 2023 “Aftermath”
日程:2023年5月27日(土)~29日(月)
会場:京都国際マンガミュージアム、京都精華大学
主催:メカデミア(MECHADEMIA)、京都精華大学国際マンガ研究センター、京都国際マンガミュージアム
参加費:発表者10,000円(専任教員)/4,000円(研究者・学生)、参加者1,000円 ※京都国際マンガミュージアム入場料込み
京都国際マンガミュージアムウェブサイト
https://kyotomm.jp/en/ee/mechademia-international-conference-in-kyoto-2023-aftermath/
メカデミアウェブサイト
https://www.mechademia.net/2023/
※URLは2024年3月11日にリンクを確認済み