現実の都市とフィクションの舞台が呼応する 展覧会「アニメ背景美術に描かれた都市」レポート

タニグチ リウイチ

2023年6月17日(土)から11月19日(日)まで、石川県の谷口吉郎・吉生記念 金沢建築館にて開催されている「アニメ背景美術に描かれた都市」。建築史家の五十嵐太郎氏を監修に迎え、ドイツのキュレーター、アニメ研究者であるシュテファン・リーケレス氏、キュレーター、アーカイブ研究者の明貫紘子氏とともに企画されたこの展覧会では、『AKIRA』をはじめとした国内のアニメーション6作品の背景美術が取り上げられています。背景美術とともに、建築・都市を中心に扱ってきた同館ならではの資料が集められた会場の様子をレポートします。

会期前日の6月16日(金)に開かれた内覧会では、シュテファン・リーケレス氏が展示について説明した

建築・都市を扱うミュージアムが初めて取り上げた、アニメのなかの建築と都市

都市や建物が描かれたアニメーションの背景美術を展示する、谷口吉郎・吉生記念 金沢建築館の第7回企画展「アニメ背景美術に描かれた都市」が2023年11月19日(日)まで、石川県金沢市で開かれている。アニメを見る人にとって真っ先に目に入るのはキャラクターだが、そのキャラクターが動き回る舞台が描かれた背景美術も、物語の世界観やストーリーを伝えるうえで大きな役割を果たしている。展覧会では、『AKIRA』(1988年)や『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』(1995年)といった作品の背景美術を並べ、近未来的な都市のビジュアルがどのような意図で描かれたのか、アニメのなかでどのような役割を果たしているかを、展示とコメントによって示している。

谷口吉郎・吉生記念 金沢建築館は、金沢市出身で東京国立近代美術館を設計した建築家の谷口吉郎と、その子どもで豊田市美術館やニューヨーク近代美術館新館を手掛けた建築家の谷口吉生の業績を記念して建てられた、建築・都市についてのミュージアムだ。開館当初から建築物を紹介する企画展を行ってきたが、今回初めて、アニメというフィクションのなかに登場する建築物に着目した展覧会を企画した。

石川県金沢市にある谷口吉郎・吉生記念 金沢建築館

『AKIRA』から『鉄コン筋クリート』まで、6作品の背景美術を展示

展示会場は一部屋で、手前のエントランスにあたる部分に、紹介作品の一つ『鉄コン筋クリート』(2006年)で木村真二が手掛けた背景美術が、大きなパネルで設置されていてフォトスポットとなっている。モニターも置かれていて、展示中の背景美術を手掛けた小倉宏昌や草森秀一、水谷利春らのインタビューを上映している。

『鉄コン筋クリート』の背景美術をパネルにしたフォトスポット

展示会場では、作品ごとに数点の背景美術を並べ、解説をつけて展示している。壁沿いに見ていく順路の最初に登場する作品は、マンガ家の大友克洋が自身のマンガ原作を監督して長編アニメ化した『AKIRA』。冒頭のシーンで使われた、新宿副都心へと向かって一直線に道路が延びている縦型の背景美術が展示してあって、建物の一つひとつまで細かく描き込まれた写真のようなリアルさに圧倒される。

リアリズムをアニメに持ち込んだ『AKIRA』は背景美術も緻密に描かれている

『AKIRA』といえば、作中に登場する街並みや人物、メカなどをリアルに描くことで、日本のアニメ表現をリアリズムに寄せた作品として知られている。建設中のオリンピック会場や、高層ビルの足元に残る雑然とした建物群が描かれた背景美術からも、大災害からの復興を進めながら、大勢の人が暮らしている生きた都市といった物語の舞台を感じ取れる。

『AKIRA』の背景画に1964年の東京オリンピック時の建築を紹介した雑誌を添えて関連を示す

続いて登場する作品が、押井守監督の『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』だ。士郎正宗のマンガを原作にしているが、押井監督は高層ビルが建ち並ぶ地区と、古い低層の建物が並ぶ旧市街を持った香港風の舞台を設定し、香港ロケなども行って作品世界のイメージをつくり上げていった。

映画の最後で草薙素子が夜の市街地を見下ろし、「ネットは広大だわ」とつぶやくシーンに使われた縦長の背景美術は、細かく描き込まれていて『AKIRA』から続くリアルなビジュアル表現を探求したアニメの系譜に連なる作品であることがうかがえる。

映画の名シーンの背景美術を間近に見られる『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』の展示

背景美術を複数のクリエイターが手掛けることで生じる違いもわかるようになっている。『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』で美術監督を務めた小倉宏昌が描く市場の背景美術はタッチがやや粗く、それが勢いと熱気を感じさせてくれる。対して草森秀一が手掛けた背景美術は、同じような市場でも文字などが細かく描き込まれて、実写のような精緻さを感じさせてくる。

『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』の展示では小倉宏昌と草森秀一のタッチの違いを確認できる
撮影:下家康弘

映像ではキャラクターに目を取られて気づかない部分が、実際はどれだけ描き込まれているかがわかるのも、背景美術だけを抜き出した展示ならではの特徴だ。

続いての展示が『メトロポリス』(2001年)。マンガの神様・手塚治虫の原作をりんたろう監督が映画化したもので、現在と地続きのところがある『AKIRA』や『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』の舞台とはまるで違った、架空の未来都市を想像力によって描き出している。

美術監督を務めた草森秀一が参考にしたのはファシズムの巨大建築で、そこにアール・ヌーヴォーやアール・デコの意匠を載せて、レトロ感が漂う荘厳な未来都市をつくり上げた。そびえ立つ摩天楼の間を通路が渡り、下層に行くに従って雑多な雰囲気となっていて、舞台となった社会の階層化を予感させる。

参考にした建築写真集なども展示された『メトロポリス』のコーナー

背景美術が単なる書き割りではなく、アニメの舞台そのものを社会から歴史からすべて考えてつくられるものだということを、強く感じさせてくれる展示。そうした社会に相応しい建築を模索し、提示する作業には建築家の仕事に通じるところがある。この企画展が建築をテーマにした同館で開催された意義もそこにある。

今回の展示では、6作品中のうち3作品が押井監督のものになる。『GHOST IN THE SHELL/攻殻機動隊』以外では、『機動警察パトレイバー劇場版』(1989年)と、『機動警察パトレイバー2 the Movie』(1993年)から背景美術が登場。第1作が1999年、第2作が2002年を舞台に想定していることもあって、公開時から少し開発が進んでいたり、当時の雰囲気を残していたりする東京の風景が描かれている。

再開発が進む東京をローアングルから捉えた『機動警察パトレイバー劇場版』の背景美術
『機動警察パトレイバー劇場版』のコーナーにはレーザーディスクやビデオテープといった収録媒体も合わせて展示して当時のアニメの流通形態を紹介している

『機動警察パトレイバー2 the Movie』は作中で、反乱勢力が上空から東京の街を襲撃するシーンが描かれることもあり、佃島方面を見下ろした風景や、自衛隊が警戒する東京の街路をそのまま描いたような背景美術が並んでいて、実際の東京を舞台にした作品であることを強く感じさせる。湾岸地域はさらに開発が進み、タワーマンションが林立していることもあり、今はもうない風景をアニメが記録している状況だ。

東京の街並みを描いた『機動警察パトレイバー2 the Movie』の背景美術

展示の最後は、松本大洋のマンガが原作の『鉄コン筋クリート』。実在しない「宝町」が舞台となった作品で、背景美術では昭和30年代の東京のようでありながら、香港やスリランカ、インドといったアジア各地の意匠を組み込んで、無国籍な雰囲気をつくり上げた。

レトロな日本にアジア各国の意匠を取り込みつくり上げた『鉄コン筋クリート』の背景美術

展示物は、実際に使われた背景美術以外に、美術監督の木村真二が手掛けた美術ボードや、監督のマイケル・アリアスがロケハンで撮影した写真まで多岐に及んでいて、架空の「宝町」をつくり上げるまでに、どのようなプロセスをたどっていったかがうかがえる。

背景原画や美術ボード、ロケハン写真を並べた『鉄コン筋クリート』のコーナー

アニメ作品と実際の建築界との関係性も示唆

企画展「アニメ背景美術に描かれた都市」ではこうしたアニメの素材とは別に、現実の世界で取り組まれた建築に関するプロジェクトや運動を紹介している。東京都庁や国立代々木競技場を手掛けた丹下健三の「東京計画1960」や、メタボリズムとよばれる建築運動、未来的な建築物が並んだ1970年の大阪万国博覧会などの資料や写真を通して、建築家たちも背景美術のクリエイターと同様に、未来のビジョンを想像していたことを見せている。

展示室のセンターには、こうした現実の建築界での動きと、アニメ作品の年表が対比する形で掲出されて、両者の関係性を見ていくことができる。

展示室のセンターには実際の建築計画の資料やアニメ史と社会史を対応させた年表が展示されている

歴史的な建築物を参考にしたり、国内外にロケハンに出かけて街並みを写し取ったりして背景美術の世界をつくり上げるクリエイターの仕事では、現実の建築物や風景が参考になっている。逆にアニメで示されたビジョンが、現実にフィードバックされる可能性も起こりえる。両者がそれぞれに独立した存在ではなく、呼応しながら建築の世界に影響を与え合っていることを伝える展覧会と言えそうだ。

information
アニメ背景美術に描かれた都市
会期:2023年6月17日(土)~11月19日(日)9:30~17:00(入館は16:30まで)
休日:月曜日(祝日は開館)、9月19日、10月10日、10月31日
会場:谷口吉郎・吉生記念 金沢建築館(企画展示室)
入場料:一般800円、65歳以上600円、高校生以下無料
https://kanazawa-museum.jp/architecture/exhibition/kikakuten7.html

※URLは2023年9月7日にリンクを確認済み

関連人物

このテーマに関連した記事

Media Arts Current Contentsのロゴ