「亡霊」というメタファーの拡張 「第13回ソウル・メディアシティ・ビエンナーレ」レポート

尹 志慧

第13回ソウル・メディアシティ・ビエンナーレ「交霊会:霊魂のテクノロジー」展示風景、筆者撮影

近現代美術における精神的かつ霊的な経験の役割

1996年から1999年にかけて3回開催された「都市と映像(Seoul in Media)」展を前身として、2000年より「メディアシティ・ソウル」と名称を改めて継続されてきたソウル・メディアシティ・ビエンナーレは、2025年で第13回を迎えた。

今回の展覧会タイトルは「交霊会:霊魂のテクノロジー(Séance: Technology of the Spirit)」。芸術監督は、〈ロシア宇宙主義三部作〉シリーズなどの映像作品や、芸術批評のプラットフォーム「e-flux」の共同創設者として知られるアントン・ヴィドクル(Anton Vidokle, 1965-)、ニューヨークを拠点とする映画研究者ルーカス・ブラシスキス(Lukas Brasiskis, 1982-)、そして若手キュレーターで美術史家のヘイリー・エアーズ(Hallie Ayres)の3名が務めた。世代も出自も異なるが、「映像」への関心は共通しているという。

本展は、「近現代美術の展開において、精神的かつ霊的な経験はどのような役割を果たしてきたのか?」という問いを出発点に構成されている。その問いがさらに問いを生むように、11の小テーマに分かれ、19世紀末から現代までの、オカルト、神秘主義、スピリチュアルな伝統に根ざした作品群が紹介される。それらの作品は現代の矛盾に満ちたグローバル資本主義に対抗するものとして、世界各地のアーティストの作品が紹介されている。

なぜ亡霊か。従来の美術史から抜け落ちた領域に光を当てるという趣旨以外に考えてみると、資本主義がすでに末期的だから? 近年のアート界の動向を踏まえる国際的なビエンナーレの使命として? もしくはそもそも、現代のアートの本質がそこにあるから? おそらくそのどれもが当てはまるだろう。

本展の芸術監督を務めるヴィドクル、ブラシスキス、エアーズの3名は、第14回上海ビエンナーレ「コスモス・シネマ(Cosmos Cinema)」(2023~2024年)でも共同でキュレーションを行っており、その際のチャプターの一つ「部分日食」は、理解不可能な宇宙現象をオカルト的視点から分析する作品を紹介していた。またさらに踏み込んだ「交霊会(séance)」と題された本展では1、心霊術、シャーマニズム、テクノ神秘主義、先祖崇拝、占星術、魔術など、既存の知識体系の外にある領域に目を向けた作品群によって構成している。タイトルにある「交霊会」とは、この世とあの世をつなぐ霊媒の実践の場であるが、むろんあくまで比喩的に用いられている。それによって未知なるものとの出会いを求めて人が集う展覧会という場が、交霊会に似ているという視点が強調されるだろう。そういえば「霊媒」を意味するメディウム(Medium)は、情報媒体としてのメディア(Media)であり、「メディアシティ」というビエンナーレの名称とも重なる。

各所に頻出する「亡霊」

視点を日本に移すと、近年「亡霊」や「気配」といったテーマが美術や文化のなかで顕著に現れている。ホラー映画、小説、怪談の継続的な人気に加え、展覧会の分野においても、行方不明者の遺留品を展示するというフィクション形式の「行方不明展」(三越前福島ビル、2024年7月19日~9月1日ほか)、気配や亡霊を基底に据えたインスタレーション作品、あるいは現在公開中の「ゴースト 見えないものが見えるとき」展(アーツ前橋、2025年9月20日~12月21日)など、明快なタイトルとして顕示される例も少なくない。「亡霊」が日本を徘徊しているようだ。

このような傾向は、ジャック・デリダの『マルクスの亡霊たち(Spectres de Marx)』(1993年)に始まり、マーク・フィッシャーの『わが人生の幽霊たち――うつ病、憑在論、失われた未来(Ghosts of My Life: Writings on Depression, Hauntology and Lost Futures)』(2014年)などを通じて広がった「憑在論(Hauntology)」や「不在」という概念の流行とも深く関係しているだろう。また、上記の「ゴースト」展は、「亡霊のように立ち上がるイメージを、過去と未来をつなぐメディアとして捉え」、土地の歴史に結びつく作品、また、AIやVRを駆使した作品を紹介することで亡霊を視覚化し、そのメタファーが拡張している。間口の広く設定したテーマ展である。

「亡霊」というメタファーは、ソウル・メディアシティ・ビエンナーレでも過去に用いられている。第8回「亡霊、スパイ、祖母(Ghosts, Spies, and Grandmothers)」展(2014年)では、亡霊が歴史から抜け落ちた物語や伝統を、スパイが冷戦の記憶を、祖母が家父長制社会を生き抜いた女性の時間を象徴するものとして扱われた。亡霊という概念は、今は不在である過去の人物や出来事を現在に召喚する手段=Mediumとして機能していたのである。しかし、なぜ、「亡霊」というメタファーはこうも魅力的なのか?

そもそも、19世紀後半の二つの出来事、写真技術の発明と欧米を中心に流行したスピリチュアリズムは無関係ではない。霊や超自然現象がこの新しい技術によって写りこんだとされる「心霊写真」は、目に見えないものが「視覚化」されるという点で、美術との親和性が高い。また、「未踏の領域」や「説明しきれていない世界」の紹介というのは、世界各地のビエンナーレが繰り返し行う魅力的なアプローチであろう。そのたびにアートは、世界各地のさまざまな事象を吸収、包括していく。アートのフィールドは拡張していくばかりだ。今回の「交霊会」展を見ながら、この「拡張」の手つきが、何かに似ているように思われた。1989年、「大地の魔術師たち(Magiciens de la terre)」展(ポンピドゥー・センターおよびラ・ヴィレット)である。既存の美術史に含まれてこなかった民俗資料と現代美術作品を同等に展示することで、美術という概念の文化人類学的拡張を試みた。議論を呼び、いまだに語られる展覧会であるが、本展もそうなるだろうか。

心霊主義や神秘主義に直結する作品群

本展の冒頭章は、「昨日来るなら、明日は最初になる(Come Yesterday, You’ll Be First Tomorrow)」と題されている。すんなりとは意味がとりにくいが、過去の再検討と、未知なる未来への視線を意味しているだろう。19世紀末に欧米を中心に流行したスピリチュアリズムや心霊術を通じて作品を制作したジョージアナ・ホートン(Georgiana Houghton)や、抽象絵画の先駆として日本でも再評価が進むヒルマ・アフ・クリント(Hilma af Klint)、さらに神道系宗教「大本」の指導者・出口王仁三郎が晩年に制作した茶碗など、宗教的神秘主義に根ざした作品が紹介されている。

ジョージアナ・ホートン《主の眼 正面図》1862年9月22日、水彩、ガッシュ、32.5×23.5cm
Georgiana Houghton, The Eye of the Lord recto, 1862. 09. 22. watercolour and gouache. 32.5×23.5cm. Collection and courtesy of the Victorian Spiritualists’ Union (VSU), North Melbourne. The 13th Seoul Mediacity Biennale Séance: Technology of Spirit. Seoul Museum of Art, 2025. Photo: Hong Cheolki
ヒルマ・アフ・クリント《燃え盛る炎(Eldslågor)》1930年、水彩・紙、47×31cm
Hilma af Klint, Fiery Flames (Eldslågor), 1930. watercolour on paper. 47×31cm. Collection and courtesy of Firestorm Foundation, Stockholm. The 13th Seoul Mediacity Biennale Séance: Technology of Spirit. Seoul Museum of Art, 2025. Photo: Hong Cheolki
出口王仁三郎《耀盌「天国31」》1944年、楽茶盌、8.4×11.3×11.2 cm
Onisaburō Deguchi, Yōwan (Scintillating Bowls)—Tengoku 31 (the heavenly kingdom, the 31st), 1944. raku pottery tea bowl. 8.4×11.3×11.2cm. Collection and courtesy of Oomoto Foundation, Kyoto Kameoka. The 13th Seoul Mediacity Biennale Séance: Technology of Spirit. Seoul Museum of Art, 2025. Photo: Hong Cheolki

このように、本展の特記すべきところは、亡霊やスピリチュアリズムを単なるメタファーとして扱うだけでなく、19世紀後半以来の心霊主義や神秘主義に直結する「作品」を召喚しているところである。「作家」本人には、あるいはアートとしての意図はなかったかもしれない。先進的な「メディア」を紹介する文脈では齟齬をきたすかもしれない。しかし、そうであるからこそ、「拡張」に真実味が出るだろう。「大地の魔術師たち」展のように美術史から抜け落ちた領域の作品を位置づけし直す試みであるとも言えよう。本展では、「拡張」の手つきは、地理的な未踏の「大地」を発見するのではなく、過去の歴史、ローカルな歴史への時間的な広がりとして展開する。会場であるソウル市立美術館の1階から3階へと章が進むにつれて、亡霊の概念も変容していく。心霊写真に写る霊的存在から始まり、亡霊のように立ち現れる過去の歴史への言及、さらには、知られざるローカルな歴史そのものへと、その外延が拡張されていく。

マヤ・デレン《魔女のゆりかご》1944年、16mmフィルムをデジタル変換、13分
Maya Deren, The Witch’s Cradle, 1944. 16mm transferred to digital. 13 min. Courtesy of Re:Voir, Paris and Tavia Ito on behalf of Estate of Maya Deren. The 13th Seoul Mediacity Biennale Séance: Technology of Spirit. Seoul Museum of Art, 2025. Photo: Hong Cheolki
ヨアヒム・ケスター《タランティズム》2007年、シングルチャンネルビデオ、6分30秒
Joachim Koester, Tarantism, 2007. single-channel video. 6 min 30 sec. Installation supported by Danish Arts Foundation. Courtesy of the artist and Jan Mot, Brussels. The 13th Seoul Mediacity Biennale Séance: Technology of Spirit. Seoul Museum of Art, 2025. Photo: Hong Cheolki
シャナ・モールトン《ささやく松林 10》2018年、ビデオインスタレーション、35分51秒、サイズ可変
Shana Moulton, Whispering Pines 10, 2018. video installation. 35 min 51 sec. dimensions variable. Courtesy of the artist. The 13th Seoul Mediacity Biennale Séance: Technology of Spirit. Seoul Museum of Art, 2025. Photo: Hong Cheolki

ビエンナーレやトリエンナーレといった国際展の役割が、世界の最新の美術動向を紹介することにあると考えると、特定のテーマに強く結びついた作品のみで構成することは、決して容易ではない。もとより限界がある。ビエンナーレ形式の展覧会において、タイトルが観客に抱かせる期待感がどれほど満たされるか。しかし、それでも、そのタイトルが提示する冒頭の意味が、展覧会全体を通してどこまで広がり、どのように収束するか、それを見極めるのは大事なことである。また、作品が知られざる領域の知識や地域とどの程度の距離を置いているのか、そして観客との間にどのような距離感を保っているのかを測ることも、ビエンナーレを楽しむ一つの方法である。

脚注

1 3人の芸術監督のインタビュー。Anton Vidokle, Hallie Ayres, Lukas Brasiskis and Cassie Packard, “The 13th Seoul Mediacity Biennale Turns to the Occult,” Frieze. https://www.frieze.com/article/seoul-mediacity-biennale-2025-interview.

information
第13回ソウル・メディアシティ・ビエンナーレ
「交霊会:霊魂のテクノロジー(Séance: Technology of the Spirit)」
会期:2025年9月16日2025年8月26日(火)~11月23日(日)
会場:ソウル市立美術館、NAKWON SANGGA、シネマテーク・ソウル・アートシネマほか
入場料:無料(ソウル市立美術館、NAKWON SANGGA)、大人9,000ウォン、18歳未満・高齢者・障害者6,000ウォン(シネマテーク・ソウル・アートシネマ)
https://mediacityseoul.kr/en/today

※URLは2025年11月27日にリンクを確認済み

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