前編では、株式会社CLAPの代表取締役である松尾亮一郎氏に、テレビシリーズではなく映画を手掛けるようになったわけ、そして実際の制作の仕方についてお話をうかがいました。続いて、2025年10月10日(金)公開の『ホウセンカ』の制作経緯や、海外の国際アニメーション映画祭に参加する意義などを教えていただきます。
連載目次
――CLAPにとって最新作の『ホウセンカ』(2025年)は、テレビシリーズの『オッドタクシー』(2021年)を監督した木下麦さんが脚本家の此元和津也さんと再びタッグを組んでつくった長編アニメーションです。刑務所に入っているヤクザの老人が喋るホウセンカと対話するというユニークな設定とポップな絵柄は、青春やファンタジーといった昨今のアニメーション映画とは少し傾向が異なります。この作品を手掛けた経緯を教えて下さい。
松尾 『オッドタクシー』をつくった後の木下監督と、何かつくりたいものをつくりましょうよという感じで話したことがきっかけです。そのころは30分くらいの短編を考えていたのですが、此元さんに脚本を書いてもらうことになって1時間くらいの話になり、コンテが上がってきたらさらに長くなって90分の長編になりました。
――前作の『夏へのトンネル、さよならの出口』(2022年)にも参加していたポニーキャニオンが『ホウセンカ』に参加していることや、『オッドタクシー』のBlu-rayがポニーキャニオンから出ていることから、そちらから企画が回ってきたのではと思っていました。
松尾 『夏へのトンネル、さよならの出口』はポニーキャニオンからアーチを通して企画が回って来たものですが、『ホウセンカ』についてはCLAPで企画、制作することを決めてからポニーキャニオンを巻き込んでいった感じですね。企画としてはなかなか挑戦的なものでしたが、おもしろがっていただけるのではという自信はありました。『夏へのトンネル、さよならの出口』がアヌシー国際アニメーション映画祭で賞を取ったこと、そして『オッドタクシー』の木下監督の最新作だという二つの要素があれば、企画として通せるのではと思っていましたが、ポニーキャニオン側も挑戦的な作品にベットし続けてきたところがあるので関心を持っていただけたのだと思います。
――ただやはり、ルック的にもクールでスタイリッシュな若者向けのアニメといったものとはかけ離れていてコミック的で、ストーリーも写実的なところがあります。
松尾 独自のルックですよね。ただ、自分の身の周りにいる人たちは、アニメよりは映画を中心に見ている人が多くて、木下監督と通じるところがありました。映画を見たり小説を読んだりさまざまな体験をして浮かんだアイデアを、自分なりのスタイルで打ち出そうとしている作家たちと日々接していて、そのアイデアを形にしたいという意識で一緒に取り組んで来ました。
――声を担当する方々も、小林薫さんや戸塚純貴さん、満島ひかりさんに宮崎美子さんといった俳優の方々にミュージシャンのピエール瀧さんで、いわゆる声優の方々とは違ったキャスティングです。
松尾 企画としてものすごくニッチなところがあります。普通にはなかなか観てもらえないところがあるので、キャスティングはイメージした人からあたっていこうと考えました。関係者が思うところを好き勝手に言って、この人が演じてくれたら最高だよねといったところをリストアップしてみたら、その通りになった感じです。戸塚さんは小林さんが演じる阿久津というヤクザの若い頃を演じていますが、誰がいいんだろうと話していたところに、どなたかの推薦があった流れで決まったように思います。
――皆さん著名な俳優ですし、小林さんは実に役にハマっていました。喋るホウセンカという異色の役も瀧さんが見事にこなしていました。ミュージシャンでありポップカルチャーの世界で熱い支持を得ている瀧さんなら、観てみたいという人も少なくないでしょう。音楽のceroも若い人に人気のバンドです。
松尾 ceroさんは木下監督が音楽をイメージして頼みにいった感じで、音楽プロデューサーがシンガーとして角銅真実さんを連れてきて戴いて、素敵なエンディング曲ができました。『ホウセンカ』という静かな作品にとって音楽はすごく大事なんです。ポニーキャニオンが音楽会社だったことも良かったですね。
――アヌシーではコンペティション部門で上映されて、受賞は逃しましたが世界の人に観てもらえました。前作の『夏へのトンネル、さよならの出口』も含めてCLAPがアヌシー国際アニメーション映画祭という世界的な映画祭に作品を送り込めたのには何か秘訣があるのでしょうか。
松尾 『夏へのトンネル、さよならの出口』のときは、一緒に組んでいるプロデューサーの人たちとどのようにすれば海外の映画祭にアプローチできるのかを考え、たぐり寄せるような感じで進めていきました。現地のディストリビューターと連絡を取って、どうすればこの作品をアヌシーに送り込めるのかを尋ねました。作品がしっかりしていたということもあって、受け止めてもらえて出ていくことができました。ここで積んだ経験もあって、『ホウセンカ』は最初から一丸となって売り込んでいって、目標にしていたコンペにつなげることができたんだと思います。
――作品が良ければ選んでもらえるといった簡単なものではなさそうですね。
松尾 対話はものすごくします。自分たちはこの作品をどのようなマインドでつくっているのか、監督はどういうテーマでこの作品をつくろうとしているのかといった意思を共有した上で臨まなければ、本気度は伝わりませんから。
――実際にアヌシー国際アニメーション映画祭に参加されてどのような成果なり経験が得られましたか。
松尾 まず場所として素晴らしい。街中の映画館で作品を上映していて、そこにクリエイターもいれば学生もいて地元のおじいさんおばあさんがサンダルを履いて来ていたりもして、垣根がなくフラットな感じで映画について話すことができるんです。有名な監督に学生が声をかけて意見を交換するようなことも行われています。あとはMIFAという商談会が併設されていて、そこでいろいろな人と出会って話ができます。
――コンペインすれば作品が上映されて世界の人に観てもらえます。
松尾 うちがつくる作品は、観てもらえさえすればおもしろいものをつくっているとわかってもらえると思うのですが、観てもらうまでのハードルがすごく高いんです。これがアヌシーで上映されれば、『ホウセンカ』の場合だと少なくともそこで1,500人以上の方に観ていただくことができて、記事にもしてもらえました。観てもらうという環境を得られることで、そこから広がっていく可能性を得られるんです。
――クリエイターやプロデューサー、制作といったスタッフにとっても海外で勝負しようとしているマインドを持ったスタジオということで、モチベーションにつながるのではないでしょうか。
松尾 まだそこまで現場に実感はなさそうですが、意味があると思っています。今のアニメ業界はものすごく作品が多いですし、つくっているスタジオの数も増えています。そうしたなかで、せっかくつくった作品が海外も含めてどのように展開してくれるかといったことが気になっているスタッフも多いと思います。国内でヒットさせることがやはり大きな目標ですが、海外にも広がっているということは、小さいスタジオなりに特長になると思っていますし、海外に名前が知られれば、企画についても海外の人と一緒にやる機会が出てくるのではないでしょうか。
――そうしたスタジオとしてのバリューづくりや海外も含めたネットワークづくり、そしてビジネス面での進展に、海外の映画祭への挑戦は役立っているということですね。
松尾 そうだと思います。アヌシー国際アニメーション映画祭で賞を取れば上映でも配信でもいろいろとプラスなことがあります。『夏へのトンネル、さよならの出口』は韓国のプチョン国際アニメーション映画祭で特別賞を受賞して、そちらでもいろいろな人たちに見てもらえました。海外の映画祭に出ることが目的ではなく、そこは間違えないようにしなくてはいけませんが、つくり手にとって頑張ればこうした結果が付いてくると感じてもらうこと、世界から注目を浴びる可能性を高まることがわかったので、これからも挑戦は続けていきたいです。
――映画以外でも短編アニメーションやミュージックビデオなどを手掛けています。創業時に四宮義俊監督と『トキノ交差』(2018年4月)をつくりました。こうした取り組みも事業の選択肢になりそうですね。
松尾 四宮監督とは以前から知り合いで、会社を立ち上げたときに短編をつくろうということになりました。その後もインドネシアのポカリスエットのCMをお願いしています。四宮さんは日本画家でもあるんですが、ものすごいアニメ好きで、以前マッドハウスに履歴書を出してきたことがあったんです。さすがに動画では受け止めきれない実力ということでお断りしたんですが、ずっと一緒に何かできないかなと思っていて、ようやく実現した形です。今は『花緑青が明ける日に』(2026年公開予定)という初の長編アニメ作品を監督していて、うちでも少しお手伝いしています。
――短編アニメを手掛けることで四宮さんのような監督やアニメーター、制作スタッフの発掘や育成につながります。
松尾 そうした機会を探ってはいるのですが、なかなか実現はしません。ただつくればいいというわけにはいきませんから。ミュージックビデオをアニメでつくるケースも増えているので、そうしたものを手掛けるのはありだと思っています。これおもしろいよねっていうのをみなでつくり上げたいですね。
――『ホウセンカ』の次の作品が決まっていれば教えて下さい。
松尾 今は『映画大好きポンポさん』(2021年)の平尾監督の新作『WASTED CHEF(仮)』をつくっています。キャラクターデザインは『映画大好きポンポさん』と同じで『リコリス・リコイル』(2022年)で監督も務めた足立慎吾さんです。『映画大好きポンポさん』には原作がありましたが今回は完全オリジナルですので、どのような話になるかはこれから明らかにされていきます。
――期待しています。最後にCLAPを10年後、20年後といった会社にしていきたいと思っているか教えて下さい。
松尾 自分だけがやりたいことをやり続けるというよりは、誰かが自分をかけられる作品を、次の世代がつくっていけるような場にしたいと思っています。
――ありがとうございました。
松尾 亮一郎(まつお・りょういちろう)
株式会社CLAP代表取締役・アニメーションプロデューサー。1973年生まれ。1999年にマッドハウスに入社し制作進行を経てプロデューサーとなり片渕須直監督の『BLACK LAGOON』(2006年)や『マイマイ新子と千年の魔法』(2009年)を担当。フリーとなりufotable制作の平尾隆之監督『魔女っこ姉妹のヨヨとネネ』(2013年)、MAPPA制作の片渕監督『この世界の片隅に』(2016年)でプロデューサーを務める。2016年9月にアニメ制作会社のCLAPを設立。最新作は2025年10月10日公開の木下麦監督『ホウセンカ』。
※インタビュー日:2025年9月3日
※URLは2025年10月14日にリンクを確認済み