Belne
1984年から始まったオリジナル作品の同人誌即売会「コミティア」。その開催ごとに発行され、入場料代わりとなっている『ティアズマガジン』誌上にて連載された「コミティア魂」をまとめた『コミティア魂 漫画と同人誌の40年』が、フィルムアート社より2024年春に刊行されました。コミティアと深い関わりがあり、本書にインタビュイーとしても登場するマンガ家のBelne氏が、自身の経験や思いを交えながらこの『コミティア魂』を読み解きます。
一番最初に、章扉代わりのあらゐけいいち氏のマンガが、ものすごくコミティアらしく、コミティアを体現していて、てへへと思うくらいにコミティアなので、読みながら照れるのでどうにかしてほしいと思うくらいにコミティアらしかったことも付け加えておきたい。
何千年後かに文明が絶えた後、だれかがこの本を発掘したら文明史観に影響が……とか変な心配をしたりしながら、懐かしく新しく、ふと思い付いては何度も読み返している。
コミティアと自分の関係は深くて近い。近すぎてこの書評を書くのに躊躇いを感じるほどだ。151回の開催のうち、自分が欠席したのはおそらく3〜4回で、それも、人を頼んでサークル「アートファクトリィ」は参加している。サークルも含めて欠席しているのはほんの1度くらいではないかと思う。
元代表、中村公彦氏との出会いはコミティア以前からだ。『ぱふ』の竹宮惠子特集 Part 2でマニアファン根性丸出しのインタビューを受けた、そのインタビュアーが中村氏だった。私は、ちょうど、小学館の高名な編集者M氏に「君は少女マンガには向いていない」と引導を渡されて少女マンガをリタイアした時分。イラストの仕事をしながら好き勝手なマンガを描いて近所の印刷所で1,000部刷り(同人誌印刷所を知らなかったので、それが最小単位だった)コミックマーケットやMGMに紙袋に入れた同人誌を提げて売りに行っていた頃のこと。そもそも「オリジナル同人誌即売会」という言葉には馴染みがなく、「マンガってオリジナルが当たり前じゃないの?」と考えていた、同人誌即売会門外漢だったのである。
「コミティア魂」もちょうどその頃、中村氏の『ぱふ』時代、コミティア前史から始まっている。
最初のコミティアは1984年の11月。今頃の11月とは違いともかく寒かった。会場は小さい練馬区の産業会館、部屋は各階に分かれており、地方同人誌の委託コーナーは多少賑わっていたけれど、自分のいる階は人影もまばら、『コミティア魂』を読み改めて400人も来場していたのかと思ったほどである。委託コーナーを手伝えたのは早々に自分のサークルスペースにはもう人が来ないだろうと思うほどに閑散としていたからである。会場最寄りのバス停から、自分の家から500mくらいのバス停まで、紙袋に入れた売れ残りを提げて帰った記憶がある。
私はたぶん中村氏を通じてコミティアに参加したので、最初から中村氏が始めたのだと思っていたけれども、中村氏は、代表を第3回から引き継いだということは後に知った。
「コミティア魂」は『ティアズマガジン』2021年6月の136号から2023年5月の144号まで9号にわたって連載され、書き下ろしを含め、コミティア前史、開催第1回から、直近2024年の147回までを記録(レコード)している。私自身第2章にインタビューと取材を受けており、記事の著者ばるぼら氏の緻密な姿勢に感銘を受けた。
著者は丁寧にコミティアの歴史をたどり、コミティアがマンガ同人誌界のみならず、日本のマンガ文化に残してきた確かな軌跡を記録している。時に急峻で蜿蜒(えんえん)とした道を拓いてきた足跡を余すところなく。
コミティアで中村氏がつくったのは「おもしろいマンガが育つ苗床」だ。ティアズマガジンの「Push & Review」も然り、中村氏をはじめとしてコミティアスタッフは提出された見本誌のほとんどすべてに目を通すと言う。この本では、そのコミティアの「マンガが育つ苗床」という点に照準を合わせ、多くの作家達がそこに集い、力を蓄え、羽ばたいてきたコミティア作家史の多彩さを映し出している。それは独りで机に向かい、孤独にものを描く「マンガ描き」にとって、どれほどの慰めと励ましになるかわからない。
しかしてコミティアの現場で「よし、この次のコミティアには私も……(何かおもしろいマンガを描いて持って来たい)」という思いを、この本を携えていれば何時でも反芻できるのである。
中村氏は丹念で慎重かつ大胆な人である。傾聴する耳と信念を以て我を張るスルー力を併せ持ち、自力を蓄えることを惜しまない。『コミティア魂』からはそんな中村氏自身の姿があらゆる角度から浮き彫りにされている。また、彼自身を取り巻く人たちもまた一人ひとりのコミティア愛が深い。コミティアがこんなにもマンガの世界から支持されていたのかと思いを新たにした、コロナ禍の中でコミティアの「クラウドファンディング」の達成もこの本に記されている。コミティアはもう、日本のマンガ界になくてはならない存在に育っていたのである。だれにも代えがたい存在と思われる中村公彦氏はしかし2022年にコミティア代表を退任し、現代表吉田雄平氏をコミティア代表に選任する。新体制のコミティアは交代から回を重ね、40周年を祝い、150回を越えて、順調に快進撃を続けている。
『コミティア魂』に描かれたコミティアは、たぶん私になじみ深い、賑わいと少しの和みと緩さと、その緩和(リラックス)を支える強(したた)かなスタッフ達と、並んだ机と、真新しい印刷物の匂いで出来ている。机の前に座るサークル参加者も詰めかける一般参加者も、熱気をはらんだ出張コミック編集部も、『コミティア魂』のコミティアの中の群像には、「モブ(その他大勢)」は一人も存在しない。だれもが、「自分のコミティア魂」を心に抱いて、コミティアを楽しんでいるのだ。
中村氏に影響を与えた亜庭じゅん氏はじめ同人誌即売会の先人たち、それぞれへの敬意もまたこの本には静かに湛えられている。そのなかに作画グループのばばよしあき代表との短い邂逅が綴られているのも感慨深い。
一歩一歩を慎重に日々歩んできただけだと中村氏は言うだろうけれど、この本をひもとくと、「コミティア魂」は中村氏そのもので、一マンガ読者が振り絞ったあらん限りの、渾身の、必死のその人生が、日本のマンガ文化の一端を特異な形で育て上げた必然の成果となったそのほとんどすべて、その実りが、誇張なく記されているのである。
中村公彦氏が育て、夢に見た楽園はここにある。
information
『コミティア魂 漫画と同人誌の40年』
ばるぼら+あらゐけいいち著、コミティア実行委員会編
出版社:イースト・プレス
発行年:2024年
https://www.filmart.co.jp/books/978-4-8459-2302-1/
※URLは2025年8月7日にリンクを確認済み