家庭とワンダーランドのあいだにある扉 そごう美術館「さくらももこ展」レポート

竹見 洋一郎

『ちびまる子ちゃん』『COJI-COJI』などの数々のヒット作品を出し、国民的な人気マンガ家となったさくらももこ。マンガだけでなく、エッセイスト、作詞家、脚本家といくつもの顔をもつクリエイターの全容を紹介する展覧会が、2023年5月28日(日)まで横浜のそごう美術館で開催されています。約300点のカラー原画や直筆原稿が並ぶ展示を、写真を中心にレポートします。

『もものかんづめ』関連資料より
©さくらももこ ©さくらプロダクション

「描く」から「書く」まで、マルチな才能

さくらももこが生み出したさまざまなキャラクターのなかで最も知られたものは、言わずと知れた「ちびまる子ちゃん」だろう。さくら自身をモデルに、小学生時代のエピソードをつづるエッセイコミックとして1986年から『りぼん』で連載が開始。1990年から始まるテレビアニメで一気に茶の間の人気者となった。本展は序章、終章にはさまれた五つの展示セクションで構成される。「1章 ももことちびまる子ちゃん」では、第1話のマンガ原画展示のほか、家族や同級生をモチーフにしたおなじみのキャラクターが紹介されていく。

展示の次のセクションは「2章 ももこのエッセイ」。テレビアニメが開始して間もない1991年に初エッセイ集『もものかんづめ』(集英社)を発行、ミリオンセラーとなり話題になる。以降、文筆家もさくらの主要な顔になっていく。

展示で特筆すべきは、原稿に加筆修正の跡がほとんど見られないことだろう。構想を頭で固めてから、一気呵成に書く執筆スタイルがうかがえる。さらにエッセイの書籍化に際してのプランからは、キャラクターのイラストのみならず、自身のやわらかなか手書き文字をタイポグラフィとして、タイトルやページ番号の数字に展開しようとする企図もみえて興味深い。

さくらは『ちびまる子ちゃん』の第1期アニメ制作を振り返るエッセイでこう書く。

物を創るということは、創り手が全てわかっていなければならないのだ。全てが作者の掌の上でなくてはならない。それが粋というものであり、創り手がわかってない作品というものは野暮なのである。

「まる子三ヶ年計画」『さるのこしかけ』集英社文庫、2002年、128ページ

エッセイ、アニメの脚本や作詞と次々と新しいメディアに挑戦していったさくらだが、マンガ家の余技とは言わせない「全てわかっていなければ」という細部までの執心が、どの分野の仕事でも見て取れる。

『ちびまる子ちゃん』 その1 おっちゃんのまほうカードの 巻
©さくらプロダクション
展示の様子。絵本シリーズのカラー原画
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展示の様子。「永沢君」の中学生時代を描くスピンオフシリーズ。原画の上下にキラキラ光る永沢君シールが配されていてシュールな雰囲気に
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展示の様子。原稿用紙を拡大出力した壁面展示
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展示の様子。『あのころ』(集英社、1996年)用の手書き文字など
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自分のいる場所を見つめた表現者

1994年にはさくらに男児が誕生する。展示「3章 ももこのまいにち」では子どもと過ごす時間を大切にしたいという思いで制作を始めた絵本や絵日記などが展覧される。さくらが大切にした日常へのまなざしは、身近な人たちのために制作したバッジや手製の箱など、さくらのプライベートな(しかし常に旺盛な表現者でありつづける)顔をのぞかせてくれる。

「4章 ももこのナンセンス・ワールド」は、一転、ナンセンスな笑いの世界にスポットを当てる。『ちびまる子ちゃん』の社会的な成功で、ともすると大衆向けにソフィスケートされた作品イメージが広がるなか、1989年より『ビッグコミックスピリッツ』で不定期連載されていた『神のちから』の、常識を嗤う破壊的な世界。会場に設営される年表をみると、多忙を極めるなかで、しかし作風のイメージを固めることなく多様な表現へ挑戦をつづけたさくらの旺盛さに驚かされる。ちなみに1991年から1年間は、ニッポン放送『オールナイトニッポン』でラジオパーソナリティも務め、そのバイタリティは底知れない。会場では放送の一部音源も聞くことができる。

「5章 ももことコジコジ」は「ちびまる子ちゃん」と並ぶ人気キャラクターの「コジコジ」を取り上げる。正体不明の宇宙の子「コジコジ」が繰り広げるメルヘンな要素とナンセンスな笑いをハイブリッドに統合した集大成的な作品だ。

本展で明らかになるさくらの幅広い仕事歴。その根本にあるのは自分のいる場所である家庭、家族に向けられる洞察に満ちたまなざしだろう。それはさくらにとって日常でありながら、不思議な世界への扉がいくつも隠された場所でもあった。さくらの残した作品を通じて、私たちは日常に開かれた扉をいつでもくぐり抜けることができる。

「3章 ももこのまいにち」展示の様子
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展示の様子。身近な人たちのために制作されたバッジ
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「4章 ももこのナンセンス・ワールド」の展示では額縁も斜めに飾られる
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展示の様子。「コジコジ」は1991年に落書きから生まれたキャラクター。絵本を経て1994年にマンガ化、1997年にアニメ化された
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『COJI-COJI』 第12話 扉絵 頭花君のおみまいに行く の巻 『きみとぼく』1995年11月号 ソニー・マガジンズ 
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『ももこのファンタジック・ワールド コジコジ』 海のおじいさんのおんがく の巻 1993年 ソニー・マガジンズ
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information
さくらももこ展
会期:2023年4月22日(土)〜5月28日(日)
休館日:会期中無休
会場:そごう美術館
開館時間:10:00~18:00(入館は閉館の30分前まで)
※そごう横浜店の営業時間に準じ、変更になる場合あり
入場料:一般1,400円、大学・高校生1,200円、中学生以下無料
主催:そごう美術館、神奈川新聞社
https://www.sogo-seibu.jp/common/museum/

※URLは2023年5月20日にリンクを確認済み

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