ユー・スギョン
アルジェリアの首都・アルジェでは毎年「Festival International de la Bande Dessinée d’Alger (FIBDA=アルジェ国際コミックフェスティバル)」が開催されています。2008年に始まり、2022年で14回目を迎えた本フェスティバルは、アフリカとアラブ諸国を代表するマンガ/コミック関連イベント。本稿では、2022年10月4日(火)から8日(土)にかけて行われた第14回アルジェ国際コミックフェスティバルの様子をレポートします。
日本から約1万1千km。アフリカ大陸の北側に位置するアフリカ最大の国アルジェリアの首都アルジェ。132年に及ぶフランスの植民地統治の痕跡であるヨーロッパ風の建物や、フランス語の看板などがアフリカやアラブ文化のなかに溶け込み、独特な雰囲気をつくり出している都市。ほとんどの国の人がビザなしでは訪れることができない閉鎖的なシステムとは裏腹に、あまり接点のないアジアの旅人には目が合っただけで笑顔を浮かべ歓迎の挨拶をしてくれる人が多い不思議な場所。そのアルジェの中心にあるアルジェリア独立戦争殉教者記念塔前のRiadh El Feth(リヤド・エル・フェス)にて、第14回アルジェ国際コミックフェスティバル(以下、FIBDA)は「私たちの遺産を描こう(Dessinons notre patrimoine)」というスローガンとともに始まった。
2008年にアルジェリア政府の支援を受けて始まったFIBDAは、文化関連イベントに政府が関わることの少ないアフリカでは名実ともに最大規模のマンガ/コミックフェスティバルである。新型コロナウイルス感染症の拡大により、2020年にはフェスティバルを中止、2021年には規模を縮小しオンラインと並行して開催されたが、2022年には例年通りのかたちで復活し、約3万5千人が訪れた。2022年は、アルジェリアがフランスから独立を勝ち取った60周年にあたる年でもあり、独立を記念するためのイベントも行われた。また、2022年のFIBDAでは、初めて日本が主賓国となり、在アルジェリア日本国大使館のサポートのもと、日本のマンガ家、研究者などが招聘され、日本マンガ関連のイベントや、日本音楽ショーなども企画された1。
10月4日(火)にFIBDAの開幕式があり、5日(水)からは本格的なプログラムが始まった。さまざまなイベントのなかでも特に注目されたのは、独立60周年を記念し行われたトークショーだった。そのなかでも、「M’Quidech(エム・キデシュ)の世代」というトークショーでは、独立直後となる1969年、アルジェリアで創刊された『M’Quidech』という名前のコミック雑誌をテーマに、3人のアルジェリア人コミック作家が出演し、当時の状況について語った。『M’Quidech』はアラビア語とフランス語で刊行されたアルジェリア初のコミック専門誌である。アルジェリアの伝統衣装を着て独立のために戦うキャラクターが登場する話が多く、フランスで出版されてアルジェリアに入ってきたコミックス以外の選択肢がなかった当時の子ども読者のあいだで大きな人気を集めた。『M’Quidech』の話題は、アルジェリア人作家でコミック研究者でもあるLazhari Labter(ラザリー・ラブテ)の講演でも続いた。氏によると、アルジェリアでは「金髪と青い目」のヒーローを描くことを避け、よりアルジェリアらしい服や装飾を身にまとったキャラクターを描くよう、作家に勧めていた時代があったという。また、近年増えているアルジェリアのマンガ作品のなかでも、「アルジェリアらしさ」を強調したものは少なくないことから、「ナショナルアイデンティティを主張するための戦いの道具」として、アルジェリアでコミックが果たしてきた役割について語られた。
今回のフェスティバルでもう一つ目立ったことは、主賓国・日本関連のイベントだった。日本のマンガ家・横井三歩を含め、研究者、音楽家などが日本やフランスから招聘され、イベントに出演した。「アルジェリアンコミックスと日本マンガの架け橋」というタイトルの展覧会が企画されたほか、開幕式では日本の伝統音楽が披露され、6日(木)と7日(金)には日本マンガ関連のイベントが多数行われた。
なかでも、長年アルジェリアにおけるマンガの研究を行ってきた筑波大学の青柳悦子教授による講演「日本から見たアルジェリアのマンガ、新しい市民意識の創造のために」(10月7日開催)では、アルジェリアのマンガが日本の視点から紹介・分析され、注目を集めた。また、マンガ家・横井三歩が出演したイベント(10月7日開催)では、最近広まっているパソコンを使ったマンガ作画の紹介や今後の展望について語られ、多くのマンガファンをワクワクさせた。ほかにも、参加者が直接マンガを描いてみるマンガ制作ワークショップや、京都国際マンガミュージアムを紹介するトークショーも開かれ、いずれも盛況となった。
メイン会場でのイベントとは別に、アルジェの高等美術学校では、京都精華大学の伊藤遊准教授によりマンガや妖怪に関するラウンドテーブルも開催された。コスプレ大会では、尾田栄一郎『ONE PIECE』(1997年〜)、吾峠呼世晴『鬼滅の刃』(2016〜2020年)、岸本斉史『NARUTO-ナルト-』(1999〜2014年)などの作品のコスプレも見られ、日本マンガの人気の高さがうかがえた。
アフリカの国でありながらヨーロッパからも文化的影響を受けてきたアルジェリアらしく、今回のフェスティバルでもほかのアフリカ諸国とフランスやイタリアなど、西ヨーロッパと関連する展覧会やイベントを見ることができた。またメキシコやキューバなど、ラテンアメリカの作家の作品を見られる展覧会も開催されるなど、合計12カ国からの参加があり、国際色豊かなフェスティバルとなった。特に、展覧会の出展作家でもあるコンゴ民主共和国出身のBen. J. Ngule(ベン・J・ンギュル)のトークショー(10月6日開催)で、コンゴのコミックスの歴史が語られたのは特記すべきことである。半世紀以上ベルギーの植民地だったコンゴは、コミック王国とも呼ばれるベルギーの影響で、ほかのアフリカ諸国よりコミックスの制作が活発であるという。コンゴ初のコミックを制作したAlbert Mongita(アルベール・モンジタ)から、近年の若い作家集団まで、コンゴを代表する作家が時系列で紹介され、知られざるコンゴコミックスの全貌を垣間見ることができた。
ほかに、ヨーロッパとラテンアメリカの作家によるイベントも開かれ、制作環境や作品についての話が行われた。
アルジェリア文化省が主催するフェスティバルにふさわしく、FIBDAのプログラムにはワークショップなど、教育関連イベントが多く含まれているのも特徴的である。Wacomアルジェリアのデジタル作画体験コーナーをはじめ、Amazigh(アマジグ)語2のコミック、子ども向けコミックのワークショップはフェスティバル期間中常にオープンし、家族連れの来場者で賑わった。また、学習コミックをテーマにしたワークショップ(10月4日開催)や、コスプレワークショップ(10月6日開催)も企画された。さらにアルジェの高等美術学校でも、FIBDAの招聘者であるフランスや日本のマンガ/コミック作家、原作者による講義が行われ、未来のアーティストたちにとって有意義な場となった。
FIBDAで最も注目すべきことだったものの一つは、サイン会やワークショップ、書籍販売コーナーなどで紹介されたアルジェリア産マンガの数々だった。アラビア語でアルジェリアを意味するDjazairからイニシャル文字をとり「DZ manga」と呼ばれているこれらの作品の多くは、Z-linkという出版社から刊行されている。Z-linkは今回FIBDAの総括監督を担当したジャーナリストSalim Brahimi(サリム・ブラヒミ)が中心となり始めた出版社で、『Laabstore(ラーブストアー)』という名前の人気月刊誌も発行している。FIBDAの書籍販売コーナーだけではなく、アルジェ市内の書店の一角には必ずと言ってもいいほどZ-linkの雑誌や単行本が並べられている。Z-linkが設立された2000年代末から現在まで刊行された作品の数は60作を超えるという。多くの作品はフランス語で出版されているが、なかにはアラビア語のものもある。DZ mangaは日本マンガに近いスタイルで描かれているが、読み方向が日本とは異なるものもあったり、ヨーロッパの影響が感じられる画風の作品もあったりして、「ハイブリッド」という言葉が似合う。マンガのストーリーの面でも、歴史や独立運動、伝統などを題材にしたものもあるなど、アルジェリアならではの作品も多く見られる。
アルジェリアのコミック文化は、フランスのコミックスから影響を受けて形成されたが、長い植民地時代が終わったあと、コミック文化においてもアルジェリア固有のものが求められてきた。興味深いのは、そこで2000年代頃から日本マンガのスタイルが加わったことである。他文化を排除するのではなく、より多くの文化を融合することで新しいアルジェリアのマンガ/コミックスのスタイルと歴史をつくり出している点が、アラブ文化とアフリカ文化、フランス文化が混合された独特な文化を持つアルジェリアの特徴ともつながっている。
開幕から閉幕まで、FIBDAは平和で賑やかな雰囲気のなかで開催されたが、アルジェリアでこのようなフェスティバルを行えるようになったのはわずか20年あまりのことに過ぎない。1991年から2002年まで、「暗黒の10年」と呼ばれる約10年の内戦期間中、20万人近くの人が亡くなり、コミックスにおいても表現の自由が保障されない日々が続いた。なかにはDorbane(ドルバン)など、描いた風刺作品が原因で殺害された作家もいる。自由に作品活動ができなかった暗黒の10年が終わり、やっと表現の自由が保障されるようになったあととなる2008年にFIBDAは登場した。
描いた作品が原因で命が危険にさらされ、自由に作品制作ができなかった時代を考えると、FIBDAはその存在自体が平和の象徴とも言えるだろう。マンガやコミックスが盛んな国は平和である。これからも平和のなかでアルジェリアのマンガ/コミック文化が花開いていくことを願う。
脚注
information
Festival International Bande Dessinée d’Alger
(FIBDA=アルジェ国際コミックフェスティバル)
開催期間:2022年10月4日(火)~8日(土)
会場:アルジェ・Riadh El Feth(リヤド・エル・フェス)
主催:アルジェリア文化省