MAGMA sessionsはこれまで、メディア芸術のアーカイブをどのように利活用していくのかという観点から、さまざまな議論をしてきました。初年度は活用の観点から、2回目はコロナ禍での展示以外の方法、例えばNFTなどを使ってどのようにアーカイブを活用するかを話し合いました。
今回3回目のセッションでは、コロナ禍を経たうえでアーカイブをフィジカルな場所とどのように組み合わせていくのか、展示以外の方法も含めて広い範疇からどう活用していくのか、「アーカイブは場の価値を高め得るのか」をテーマに議論します。
今回のゲストの方々は作品を使って「場所」を作る活動をしています。アーカイブという観点からヒントがあると思い、ゲストとしてお呼びしました。
ホテル事業などを手掛ける株式会社dot代表取締役の御子柴雅慶(みこしば・まさよし)さん、株式会社SCRAP執行役員でコンテンツディレクターのきださおりさん、富谷市図書館等複合施設開館準備室の新出(あたらし・いずる)さんにご参加いただき、それぞれの活動についてプレゼンテーションをいただき、コンテンツの活用方法について議論しました。レポートはディスカッションの内容を中心にお届けします。(ファシリテーター:山内康裕)
※ゲストによるプレゼンテーションは動画をご覧ください
山内 ディスカッションの最初のテーマは、「作品自体がそこにあることの価値について」です。最初に、御子柴さんに「MANGA ART HOTEL」のコンセプトについてお伺いできればと思います。
御子柴 弊社のミッションは「新しいホテルの在り方を創造する」ことです。掲げているバリューの一つに「コンテンツ・ホスピタリティ」があります。人だけではなくコンテンツも介して、おもてなしを提供していくホテルを運営するということです。
僕らが最初に立ち上げた自社ブランドのホテル「MANGA ART HOTEL」は、「一晩中マンガ体験」というコンセプトを軸にしています。ホテル内にあるマンガは、僕らが面白いと思い、キュレーションした作品です。日本語と英語の注釈を加え、リコメンドしながら定期的にマンガを入れ替えています。
山内:どのようにしてそのコンセプトに至ったのでしょうか。背景を教えてください。
御子柴 共同代表がマンガのホテルを作ろうと言っていたのが前提としてありますが、僕自身が世界約50都市を回っていた時の経験も影響しています。当時、海外で有名な日本人を尋ねると、安倍総理のほかには、マンガやアニメーション作品だという答えがほとんどでした。グローバルコンテンツとしての価値を感じ、世界中の人たちが知っているものを中心に据えたホテルにすれば、コミュニティー機能やメディア機能ももたらした、新しいホテルを作れるのではないかという考えがあり、マンガを選びました。
山内 同じような業態はマンガに限らず広がっていきそうです。新さんは、以前勤めていた福島県白河市立図書館では、2万冊程度のマンガ資料の蔵書構築を担当されていたとお伺いしました。
図書館にマンガがあることで、御子柴さんのホテルのお話のように、マンガを目的に、主に若い層を中心に図書館にくる方が増えると思いますが、作品の収集についても含めて、現状はどのように考えていますか?
新 マンガの話で言えば、10代の利用者も来ますが、どちらかといえば大人が読んでいる印象です。マンガが子供のためだけのものではなくなり、実は大人からのニーズが高いという事情もあるのでしょう。
若い世代は「居場所が欲しい」という思いが強いのではないかと考えています。ヤングアダルトの棚は公共図書館でも多くの場所でありますが、本をたくさん置くよりも居場所を作って、その中にマンガやゲームなどがある居心地のいい空間を作っていくことのほうが大切ではないかと感じています。そのため、あまりコンテンツを押し出しすぎないことも必要ではないでしょうか。
貸し出し型の図書館の場合には、まずは来館者の知的なニーズが満たす必要があります。一方、個人的なメディアの受容だけではなく、おしゃべりをするなど、コミュニケーションをする共有した空間も求められていると思います。
そのため、10代の子が勉強するときにも1席ずつ区切られた部屋より、隣同士で座った場所が求められます。共同で使う空間の中に、メディア芸術にあたるコンテンツがあり、それも魅力の一つになるのが良いのではないでしょうか。
山内 きださんは「リアル脱出ゲーム」のようなゲームイベントのデザインや「体験する物語」のストーリーデザイン、「東京ミステリーサーカス」など施設のプロデュース、入り口が秘密の「ひみつ喫茶店」、「インサイドシアター」というオンラインのイベントなど、リアルやオンライン、場所を問わず新しい体験する場を創造されています。
体験する人自身の中に物語があり、そこにコンテンツが持っている物語の文脈を入れ込むことで、価値をより高めていくように感じられました。「場所」としての価値を高めることと、「既存の物語の良さ」をうまく利用することで、より価値を高めていると思ったのですが、いかがでしょうか。
きだ 例えばこれまでコラボした作品でいうと、『ラブライブ!サンシャイン!!』では沼津、『東京卍リベンジャーズ』では渋谷が、「聖地」です。沼津や渋谷で自分が主軸の物語が発生すると、普段見ていたアニメーションやマンガの世界の中に入っているのと、同じような体験ができます。そうした意味では、場所は舞台装置として重要だと思っています。
「東京ミステリーサーカス」という場所自体を舞台に作ることが多いのも、場所がテーマパークとして認知されているため、舞台装置として作りやすいという理由もあります。
山内 マンガを読んだり、アニメーションを見たりするのは、他人の体験を鑑賞するもので、その追体験という考え方がマンガの原画展や、アニメーションの原画展にあると思います。SCRAPの脱出ゲームの場合は、その文脈はありながら、自分が主役になって追体験ではなく、自分ごとの体験になるのだと思っています。
きだ 別の物だと思っています。キャラクターの追体験をする良さもあると思いつつ、自分自身で悩み、決断した体験というのは、経験として自分の中に残っていくので。
そうした体験が、例えば何かに迷った時に「自分はあの瞬間に決断ができたから、今日もいけるはずだ」と背中を押すきっかけになれるような要素があると思っています。そのような思いも込めて、実際にお客さん自身が体験することを重視しています。
山内 図書館でも脱出ゲームのようなプログラムが増えているとのことですが、それは自分が主役となるというところの良さもあるというところですか。
新 体験型のプログラムは、非常に人気もありますね。運営側からすると図書館は機能的な施設として考えられてきました。欲しい情報が要求されて、それをいかに円滑に提供するかという場所です。それとは別に、空間として非常に魅力的なものという側面もあります。図書館に「泊まりたい」「住みたい」という要望があるのもそうした理由だと思います。
※詳細な議論は動画をご覧ください
>山内 コンテンツに囲まれる体験自体が、フィジカルなものに囲まれている良さもあるということでしょうか。
新 電子図書館や電子書籍の議論があった際に、図書館はいらなくなるという話もありましたが、本や空間の物理的な魅力は変わらずあると思います。
山内 御子柴さんのお話にあったように、マンガに囲まれる、本に囲まれる体験という価値自体もすごく高いと思いますが、囲まれることの価値も重要視されていますか?
御子柴 空間クオリティを重要視しています。オープンの際にもマンガを一晩中読める「漫泊」というコンセプトをいかに空間に設計するかを考えてきました。
アナログの本には、装丁の良さがあると思っています。ホテルではインテリア性を出すためにわざと平置きにしています。実際にお客さまからも好評で、日本語のマンガが読めなくても、買って帰る海外からのお客さまもいます。
山内 脱出ゲームの場合の「フィジカルなもの」についてはいかがでしょうか?
きだ 書店で実施した脱出ゲームでは、どんどん本のページが増えていくというシステムにしました。謎を解くと次のページがもらえて、その謎を解くきっかけとして、書棚の本を資料として見て、自分が持ってない知識の謎も解けると言う形です。本に限らず、例えば周りが海とか展望台なら星をヒントにするなど、場所によって生まれる企画も変わってくると思っています。
山内 最初の議論に戻りますと、いわゆるメディア芸術自体のモノ自体がそこにあることについて、フィジカルな場所と相性がいい一方で、アニメーションはサブスクリプションモデルも追い風になり、ある意味データコンテンツ化しています。モノがないことの可能性について、意見を教えてください。
新 ゲームは、コミュニケーションツールとして捉えられている面が強いと思います。特にボードゲームは典型的です。オンラインを含めて、場を共有している人々の間で、あまり親しくない人の間でもボードゲームだと会話ができる。これはリアルな空間との関係性ではあるかと思います。施設として考えると、映像や音楽は複数人で一緒に鑑賞するといった機会もありますよね。
きだ 「あ行の言葉は今から使わないでください」といったゲームなら、モノはいらないですよね。必ずしも用意された完璧なものがなくても楽しい場は作っていけると思います。
御子柴 ホテルで考えると、モノがあると空間とか建築に適合しやすく、親和性が高いですが、なくても成り立つとは思います。極端にいえば、同じ作品を読んだ人が集まれば、話が盛り上がりますよね。そこで宿泊以外のマネタイズもできますし、コミュニティーとして成り立つと思います。
山内 作品の文脈や本質、物語的なものを、新しい体験価値に変換されている中で、心がけていることや知見を教えてください。
きだ 場所から物語を作っていく時には、その場所だからこそ生まれる、楽しめる物語にしたいと思っています。
例えば「このテーマパークで作ってください」という依頼があったら、そのテーマパークの歴史や、実際に起こったドラマ、または起こりそうなドラマ、そういったことを入れ込むことで、虚構と現実の間が埋まっていきます。本当にこれはあった話なんじゃないかと考えられるようになるのが、場所を使って物語を編んでいく面白さだと思っています。
作品世界を体現する時には、その作品の聖地や、実際に出ているロケ地でイベントができるのが一番ですが、必ずしも全ての作品で実現はできません。その場合は、作品の特徴的なアイテムを実際にゲームに出したり、キャラクターの行動をゲーム内で取ってもらうなど、自分がリアルに追体験できるというような形を作ります。
山内 地域や作品の理解度を掘っていく作業が求められますね。図書館自体は、体験価値を変換している場所ではないと思いますが、図書館の中での利用目的が変化していく中で、所蔵する作品をどのように選ぶのかなど、図書館としての役目について考えを教えてください。
新 公共図書館の場合、地域の住民が求めるものを揃えていくのが、一つの大きな柱になります。地域に関する郷土資料や知的資料といわれるものはもちろん対象ですが、それ以外については、何らかの必然性を持ったコレクション構築が必要になると考えています。
例えば地域の産業。今私が勤めている富谷市は、スイーツでの町づくりをしているので、そうするとスイーツ関連の資料を集中的に集めます。沼津の話でいうと、沼津の図書館に行ったら『ラブライブ』の情報が揃っている、という状態も考えられます。
図書館は子供から大人まで、生活の導線の中に施設があり、そこでコンテンツにアクセスできるのが重要で。「この図書館ではこういう本を借りたな」とか「こういうコンテンツを見たな」というのが、人生の中で一定の意味を持っているような場所になるといいと思っています。リアルで出会った人たちとコンテンツについて語り合うなど、そうしたことが記憶に結びついていくといいと感じています。
山内 地域住民のニーズがある一方で、観光の方々が図書館に寄って、その町を知るというようなニーズもどんどん増えそうですね。違った角度からの価値が生まれる感じがします。
新 キュレーションによって、トピックを出していく動きは、最近各地で取り組まれていると思います。
山内 御子柴さんの「ブック婚」は、コンテンツを機能するものとして捉えているように思いましたが、それも新しい試みとしての位置づけでしょうか。
御子柴 ブックホテルで、ブックカウンセリングとブックマッチングを元々行っていました。趣味や趣向のデータが1000件以上溜まってきた時に、「この人たち、結婚したらいいんじゃない?」とふと思い。そこからサービスをローンチしたら、想像以上の数の応募がありました。
山内 そろそろ終了のお時間になります。最後に皆さまから今日の感想をいただいて終わりたいと思います。
御子柴 きださんの主人公の話や新さんの図書館のお話など、いろいろな角度から別の事業の方とお話できて大変勉強になりました。
新 図書館では夜のイベントが人気だったり、脱出ゲームや演劇の試み、書籍から謎解きのヒントを探すなど、体感的なことへの可能性が非常にあるなと感じました。
きだ ホテルも図書館も、場所としてのワクワクする要素が詰まっていると感じました。お二方のお話を聞いていて、その場所の素敵さと自分だったら、そこにどんな企画や物語を埋め込むと面白いかなと妄想しながらお話できて楽しい時間でした。
山内 自分ごととしての物語になると、何度も行きたくなる「場所」になるように感じました。これまでのアーカイブの利活用例の「展示・企画展」は、自分が主役というよりも、作品が主役で、それを観に行く関係性のようにも思います。何度も行きたくなるためには、自らが主役として参加し変化するといった体験する場所としての側面に注目するとよいかもしれないというお話は、アーカイブの利活用を考えている施設にヒントになると思いました。
※詳細の議論は動画をご覧ください
登壇者プロフィール(敬称略)
新 出
富谷市図書館等複合施設開館準備室
司書(日本図書館協会認定司書)。静岡県立中央図書館、白河市立図書館勤務を経て、宮城県富谷市で図書館整備を担当。
きだ さおり
株式会社SCRAP、コンテンツディレクター
“体験する物語”をつくるコンテンツディレクター。リアル脱出ゲームなどを制作する株式会社SCRAPの執行役員。数々の体験型イベントを企画・制作するのと並行し、2014年から道玄坂ヒミツキチラボ実験室長、2017年12月から2020年まで東京ミステリーサーカスの総支配人も務める。現在も、オンラインやリアルな場所を舞台に、新しい物語体験作りに取り組んでいる。
御子柴 雅慶
株式会社dot 代表取締役
2010年4月新卒で楽天株式会社に入社。楽天在籍時は営業部社員全体の500人中広告営業成績全国1位。楽天シンガポール立上げに関わり2014年6月退職。2015年株式会社dotを吉玉と設立。これまでにNHK・TBS、日テレ、新聞雑誌などの様々な400媒体で取材を受ける。また、自身がゲストとしても、世界50都市のairbnbに宿泊。共同代表の吉玉泰和が「漫画のホテルを作る構想」を企画し、初の自社ブランドホテルのMANGA ART HOTE,TOKYOを神保町にオープン。その後、集英社のマンガテック企画を経て、小学館と資本業務提携。2022年9月にMANGA ART ROOM JIMBOCHOをオープンした。
山内 康裕
MAGMA sessions 総合ディレクター、一般社団法人マンガナイト代表理事
1979年生まれ。法政大学イノベーションマネジメント研究科修了(MBA in accounting)。2009年、マンガを介したコミュニケーションを生み出すユニット「マンガナイト」を結成し、2020年に法人化し「マンガと学び」の普及推進事業や拠点営業(日本財団助成)、展示事業等を展開。マンガを領域とした企画会社 レインボーバード合同会社代表社員、さいとう・たかを劇画文化財団理事長、これも学習マンガだ!事務局長、東京工芸大学芸術学部マンガ学科非常勤講師他を務める。共著に『『ONE PIECE』に学ぶ最強ビジネスチームの作り方』(集英社)など。