アニメーション特別座談会 数土直志×土居伸彰×渡辺由美子 業界は未来への投資をできるのか[後編]

聞き手:竹見 洋一郎(言問)
構成:タニグチ リウイチ
写真:小野 博史

左から、土居伸彰氏、数土直志氏、渡辺由美子氏

応援上映はどこまで進化するか

――さきほど話題にもあがったODS作品に関連して、映画の興行の「応援上映」という形態について教えていただけますでしょうか。

渡辺 応援上映で有名になった作品では、「KING OF PRISM」(通称「キンプリ」)シリーズがありますね。今回の『KING OF PRISM Dramatic PRISM.1』(2024年)は、過去作の既存映像を使った再構築版という形ではありますが、テレビの中継番組風のフォーマットにすることで新しいおもしろさが生まれました。「スタァ」たちのプリズムショーの合間に、作中で登場する企業のCMとかを入れていて、そのCMがまた受けるんです。応援の種になる。そういった遊びがあるんです。

――決まった応援のやり方があるのですか。

渡辺 それが、映画館によって違う形に育つんです。最初はどの映画館も通常上映と同じ感じで作品映像が流れている、といった状況なんですが、応援上映が好きな人は、脳内で「このシーンではどんな声援やツッコミ、ペンライト芸を入れるか」を考えているんです。それで次の回に実際に応援をやってみる。鑑賞した人たちに受けたらその応援が皆のものになって定着したり、別の人が別の映画館でやってみたりする。その連鎖で応援が育っていきます。劇場ごとに通う人が違うので、映画館ごとに異なる応援が見られるのもポイントです。地域色もあって、作品上映の前に流れる「地元ローカルCM」、あれにも応援が付くんです。私が見に行った大阪・梅田の映画館では「TT兄弟」(コンビ・チョコレートプラネットの持ちネタ)が出てくるCMのときに、皆でペンライトを白色にしてTの字をつくって「ティティ兄弟! フフゥ!」とか、かけ声を入れているところを見て爆笑しました。そういう体験がしたいから、遠くの映画館まで「遠征」に行くんです。

数土 光景が浮かびますね。

渡辺 「キンプリ」では登場するキャラクターそれぞれに出身地があり、実家のお話もあるので、そうした県ではファンが地元愛あふれる応援をつくっていることもあります。映画館の中にも、スタッフさんがお手製の飾り付けをしてくださったり、応援用アイテムの貸し出しをしているところもあります。コロナ禍のときには「無発声応援上映」が考案されました。声が出せないので映画館さんが太鼓やタンバリンを貸し出してくれたり、クラッカーの使用をOKにしたりして、声出しの代わりに「音を鳴らす」ことで一体感を楽しもうという企画も生まれて素敵でした。

土居 前半でも話題になりましたが、映画館はどんどんとイベント会場化しています。コロナ禍で映画館の動員が萎んだとき、映画館を支えた立役者の一人が、応援上映の熱心なファンだった気がします。

渡辺 だとしたら嬉しいですね。応援上映の特徴はお客さんを見に行くことにあるので、「同じ映画に何回も通う」点でも貢献していそうです。

――2024年3月の第2回新潟国際アニメーション映画祭でも、湯浅政明監督の『犬王』(2022年)の応援上映で紙吹雪が飛んだそうです。映画祭では8月に開催のひろしまアニメーションシーズン2024でも、古賀豪監督『鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎』(2023年)の応援上映も実施されました。

数土 『ゲゲゲの謎』は本当に謎で、僕は最初、普通にいつもどおりの『ゲゲゲの鬼太郎』(1968年~)として見ていたわけですが、劇場ポスターのビジュアルからこの作品は女子を狙っていると指摘した友人もいて、改めてポスターを見ながらそうなのかと思いました。

渡辺 キャラクターデザインの谷田部透湖さんが、古賀豪監督からの依頼によって脚本の打ち合わせ段階から参加したことで、キャラクター造形と一緒に鬼太郎の父や水木の人物像が固まっていったのも大きいと思います。各種インタビューを読むと、どんな人物像だと共感できるのかなどのお話も出たそうです。テレビアニメ『シティーハンター』(1987~1990年)で、こだま兼嗣監督がキャラクターデザインの神村幸子さんから「冴羽獠について、女性視聴者はどんな描写ならOK、またはNGなのか」をリサーチした話に近いかなと思いました。例えばバラを女性の胸の間に入れるのはセクハラにあたりますよ、とか。それが現代でも行われているというわけです。

土居 なるほど!

渡辺 最初は『ゲゲゲの鬼太郎』としてオーソドックなものをつくろうとしていたのかもしれません。そこに透湖さんが来たので、この人ならお客さんが広がるかもしれないと考えたことはあったかもしれないですね。あと、女性客が増えた理由には、鬼太郎の父が愛する妻を、水木が因習の村に閉じ込められている沙代ちゃんをそれぞれ救おうとする。イケメン二人がバディで女の人を救うという筋立ても共感されたと思います。

数土 キャラクターデザインだけでなくストーリーにも女性が惹かれるところがあったということですね。

渡辺 はい。「因習に縛られる」ということを、女の人の方が多分キツく感じていると思うんですよね。「女性だから○○しちゃいけない」とか。だから、すごく共感されたのだと思います。

数土氏

『機動戦士ガンダムSEED』 推しマーケット黎明期

――女性ファンの「推し活」という面で、女性によるキャラクターグッズの購入が活発になっているそうですが。

渡辺 私自身がそうですが、自分が好きなキャラクターに側にいてもらいたいとか、部屋に飾りたい、そうした気持ちからアイテムがほしくなる人は多いです。映画を見るともらえる特典を集めに何回も通う人もいます。あと、グッズのなかにはどのキャラクターが入っているかわからないトレーディング商品もあって、Aくんが欲しい人がBくんをひいた場合、BくんをひいてAくんが欲しい人と交換し合うこともあります。

――グッズは劇場で売っているものですか。

渡辺 映画作品なら劇場でも売っていますが、アニメショップや作品イベントの物販などが多いです。コラボカフェにも置いてあります。通販サイトも増えました。実は今、キャラクター商品が海外でも売れるようになってきているんです。これまでは、日本でつくられたグッズを海外に届けるには難しい面がありました。流通コストがかなりかかるし、置いてくれるショップも限られている。高価格帯でコストを上回る収益が出るフィギュアならともかく、缶バッジのような安価なアイテムでは難しい。けれどもコロナ禍の時期に海外配信で世界中にアニメファンが増えたので、現地の量販店やサブカルチャーショップが日本アニメのグッズを置いてくれるようになったんです。その多くは現地会社が日本の版権元からライセンスを借りて現地製造する商品なので「日本と同じもの」というわけにはいきませんが。アニメイトさんは日本と同じものにこだわっているそうで、タイ店が成功した後、ロサンゼルスにも大きなショップを展開しています。人気作品の収益が周辺作品の展開を支えるのはグッズも同様ですね。

土居 人気IPの映画化は、一義的にはファンに向けられたもののはずで、それ以外の人に訴求することはさほど重視されていない印象でした。ただ、最近、僕は原作を知らないままにそういった映画企画を見に行くことが多いのですが、シリーズの前提を理解しておらずとも楽しめて、なおかつクオリティも相当高いものが増えています。今年でいえば、『ウマ娘 プリティーダービー 新時代の扉』(2024年)には本当に驚きました。クオリティの高さによってファン以外の人たちにも波及していく勢いを感じました。

数土 僕はまだ見ていないんです。真の『ウマ娘』に気づいていないわけですね。

土居 泣けますよ。

渡辺 『ウマ娘』のシリーズは全部泣けます。

土居 実際の名馬がキャラクターになっていて、エピソードも史実に基づいているんです。それが人間女性のキャラクターになることで生まれる問題もうまい具合に処理していて、ジャンルものとしてクオリティが高い上に映像的にも生き生きとしたものになっています。『ウマ娘 プリティーダービー 新時代の扉』は今年のベスト5に入るくらい良かったです。

数土 土居さんは『ウマ娘』のグッズは買いました?

土居 それはないんですが……(笑)。ファンからすると、自分たちがファンをしているIPの映画化が良いものであるかどうか、映画になることで新しいファンが増えるかどうかというのは、とても気にしていることなのかなと思いました。

渡辺 応援上映もそうで、作品のファンを増やしたいという「推し活」なんです。自分が好きな作品にファンが来てほしいということで布教しています。キャラクターだけではないんです。作品そのものを推しています。だから、「IPの存続」というのは送り手にもファンにも、誰の心にもありますね。自分が推す作品は、どんどんファンが増えていってほしいです。

――キャラクター関連の商品を女性が買い求めるようになったのは最近ですか。

渡辺 私が「アニメ業界と女性ファンの関係」という意味で転換点だと思うのは2002年の『機動戦士ガンダムSEED』です。男性も知るビッグタイトルのDVD映像ソフトが女性ファンにも売れた。それにより「女性がアニメのお客になれた」ことがエポックでした。90年代までアニメの製作委員会にとって収益アイテムは「映像ソフトパッケージ」が中心で、作品を推したいなら映像ソフトを買って下さいということでした。でも当時は1本が高価格だったりと、「安価でいろんなものをたくさん買いたい」女性の消費行動とは合わなかったんです。今なら製作委員会の収益の柱にグッズ物販もあるけど、当時はグッズも少なくて、女性がロボットアニメや少年マンガ原作のアニメが好きになっても、原作以外にキャラクター関連の書籍やグッズを手に入れることが難しい状況にありました。だからなのか、80年代後半から90年代は同人誌を手に取る女性が一気に増えたんです。そんな時代から、2000年にDVDを再生できるゲーム機「PlayStation 2」が女性にも普及したことで、女性がDVDという形で映像ソフトを購入するようになります。アニメ業界も、女性を「お客さん」と見なして、女性向けのプロモーションや女性向け作品が増えていきました。

――業界も、女性のファンを意識したものが増えてきたと。

渡辺 はい。男性ファンが多い作品で女性層も獲得したのが『ガンダムSEED』ですが、2003年には「機動戦士ガンダムSEED FESTIVAL」という1万人規模のイベントが代々木第一体育館で開催されました。そこで西川貴教さんが主題歌を歌ったり、男性声優さんが朗読したりと女性ファンにも訴求力のあるステージが展開されました。同時期に『鋼の錬金術師』(2003~2004年)が女性ファンを獲得します。『ガンダムSEED』はMBS(毎日放送)とバンダイビジュアルの動きが大きかったのですが、『鋼の錬金術師』ではMBSとアニプレックスの動きが大きいです。その後、アニプレックスは女性向け作品も積極的に企画し始めて、その流れから『夏目友人帳』(2008年~)や『黒執事』(2008年~)といった現在まで続くシリーズも生まれています。

渡辺氏

日本ブームの実相とクリエイション

――2.5次元のようなアニメと関わりが深いステージも、女性ファンに向けた作品が数多く上演されるようになりました。

渡辺 そうですね。2003年からのミュージカル『テニスの王子様』以降、2.5次元舞台が定着して大きなコンテンツとして成長しました。ステージといえば、最近は海外もニュースが続きますね。ロンドンで2024年、『千と千尋の神隠し』が上演されて大好評になりました。上演期間中の5月にロンドンに行ったら、バスや地下鉄構内、コロシアム劇場周辺と街中に広告がいっぱい貼り出してありました。ちょっと見たいなと思ったんですが、ずっと満席で、空きが出ても日程が合わず、おまけに1席で200ポンド以上することもあり、チケットが全然取れませんでした。

数土 舞台でいうと、イギリスのロイヤル・シェイクスピア・カンパニーが『となりのトトロ』を舞台化したのには驚きました。2022年に初演されて2023年再演で、2024年は無期限のロングランですからすごいです。

――日本の作品が海外に受容されているといえますね。

数土 今、世界では日本ブームなんです。『めくらやなぎと眠る女』(2022年)も村上春樹の作品をフランスの企画でアニメーション映画にしたもので、そこに日本人は介在していません。Netflixで配信されている『Ultraman: Rising』(2024年)も、円谷プロダクションが出資はしていますが制作も脚本も監督も音楽も日本人は関わっていません。日本の作品を輸入するだけでなく、今は日本の題材を自分たちでやってみたいということが増えています。エミー賞を受賞したドラマの『SHOGUN 将軍』(2024年)や、ゲームの『Ghost of Tsushima』(2020年)があって、そうした流れの上でアニメとして『Ultraman: Rising』があるような気がします。

土居 海外の映画祭に行くと、僕よりも日本のことに詳しい現地の方々に会うことが頻繁にあります。

『めくらやなぎと眠る女』チラシ

――日本の作品自体は海外でどのように認識されているのでしょうか。

土居 日本のアニメーションはグローバルな目線ではインディーズに入るのかもしれません。制作費で見ても、日本のアニメ映画は巨大な規模のもので数十億程度で、多くの映画はそこから一桁落ちる。ハリウッドのように数百億円規模のものはなく、それは海外ではインディーズの規模なんです。

数土 確かにインディーズですね。

土居 ジャンル映画的な受容もされています。決まったフォーマットのものに対して、ファンがついている。十数年前までは、海外に行ってアニメファンの人たちと話していると、そこには彼ら彼女らの実存がかかっている感じがあった。マイノリティの人たちにとって、日本アニメというジャンル映画を愛することがアイデンティティになっているというか。

数土 2010年代以降からそれが相当変わってきているような気がしています。以前はアジア系が多くてあとはコーカソイドの方が多く、ヒスパニックや黒人の方はちょっと珍しいなという印象でした。今はヒスパニックも黒人もめちゃめちゃ大勢来ています。そういう意味でアニメがメジャー化したことを感じています。

――配信を通して日本のアニメ作品を見られるようになったからですか。

土居 昔はそもそも日本アニメがあまり海外市場を重視しておらず、海賊版の取り締まりが緩かったり、正規な販売ルートであってもかなり安売りされていたという話を聞いたことがあります。そのことが逆に、世界中でアニメが見られる状況をつくったのだと。YouTube以降は放映されたばかりのアニメに対して有志が字幕を付けて勝手にアップするファンサブ文化も生まれ、それによってどんどんアニメファンが海外で成熟していくなか、そのファン層がしっかりと産業化されてきているのが最近の流れです。

数土 昔は、アニメはお金がかかる趣味だったんです。海賊版が出ているといっても、きちんと見ようとすれば上映会にでかけたり、ビデオやグッズは割高でお金がかかりました。今はクランチロールが北米で月10ドルくらいですか。それで見放題ですから安いです。そうした面からも、日本のアニメを見る人が広がっています。

――『うる星やつら』(1981~1986、2022~2024年)や『らんま1/2』(1989~1992、2024年)、『SLAM DUNK』(1993~1996年)の再アニメ化は、日本だけでなく海外にも多くいるアニメのファンに最新のクオリティでつくり直したものを提供するといった側面もあるそうですね。

渡辺 国内では団塊ジュニア世代を直撃ですね。1980年代から90年代の作品は、団塊ジュニアに当たる1970年代生まれの人たちが、子ども時代とか10代に通ったものですが、部活などと重なってテレビを見られなかったり録画もできていなかったりと、思い入れと心残りがみえる作品です。それが現在は、公式がグッズやステージを提供できて、ファンも大人になってそうしたものにお金を払えるようになった。基礎票があることが大きい気がします。IPが財産だということに目覚めた送り手が、その継続のためにやれることをやろうとしている面もありますね。

――海外でも、配信を通じて日本と同じタイミングで作品を見ることができて、同じようなグッズも購入できる。グローバルに作品を展開できるようになったのなら、強力なIPの作品を改めて送り出そうということですね。

土居 巨大IPにとってどんどん有利な状況が出来上がっている。逆に小規模なものだったりだとか、単発のものというのが難しくなっています。

渡辺 今、アニメファンは新しい作品が多すぎて、鑑賞するのもなかなか大変なんです。アニメ業界も、「うちの作品を知ってもらうにはどうすればよいか」に頭を悩ませています。

土居 有名IPのリメイクも盛んですが、それによってファンの世代に厚みがでてくる。同じIPであったとしても、いろいろな世代が、いろいろなイメージを投影できるわけです。ある意味で、受け手側に作品が委ねられている。一方、オリジナリティの高い単発作品は、どうしてもつくり手の視点が強く反映されがちです。そうなると観客を狭めてしまうという問題がある。昔であれば、そういったタイプの作品を好んで見る層がある一定いたので問題なかったのですが、今では結構難しくなっている。

渡辺 作家さん推しの人は絶対見に行く、新しい作品を探しに行きたい人が見に行くといったところですね。

数土 いわゆるキャラクターで売っていく作品があってそれはビッグビジネスになり、一方で映像そのものを売っていく作品もあって、長くロングランで展開していくことになるのでしょう。僕が映画のところで気になっているのは、映画ですら配信で回収するものが増えていることです。劇場興行がそれほど伸びなくても、配信の権利を売ったらそれでリクープできてしまいました、といったことですね。ただ、そのことによって映画祭に出品できなくなるとか、劇場で再上映されなくなるといった具合に、クローズドな作品になってしまって、長く売っていこうとするスタンスとぶつかっています。配信にすることでかえって小さい枠に留まって、作品としての伸びしろを失ってしまうのではないかと心配しています。

土居 これから必要になってくるのは、戦略を練りに練ったオリジナル企画でしょうね。業界の慣習的に、新規の企画を成立させようとするとき、どうしても日本国内での興行収入を大きな目安に企画が考えられがちです。現在であれば、そこに配信も加わるかたちでしょうか。新海誠作品や、今回の『ルックバック』のように海外での興行収入が国内を上回るケースが出てきている今、興行収入の目安をワールドワイドに考えることで、挑戦的な企画が生まれる余地が生まれると思います。ヨーロッパでの資金調達モデルに従って助成金を収入として組み込んでおくことで、企画のリスクを下げることもできるはずです。その点においては、日本の実写インディペンデントのファンディングの仕方に見習うべきものがありそうです。日仏の国際共同製作で、日本とフランスの補助金を活用し、なおかつ大手の東宝が配給した『化け猫あんずちゃん』は、その意味で、一つのトライアルとして注目すべき作品だったと思います。

制作会社の思惑と選択 次世代のクリエイターのためにできること

――『化け猫あんずちゃん』は、フランスのミユ・プロダクションズとシンエイ動画が共同制作していると、前編でも土居さんが言及してくださいました。ミユはりんたろう監督の『山中貞雄に捧げる漫画映画「鼠小僧次郎吉」』(2023年)や山村浩二監督『幾多の北』(2021年)も手掛けていますね。

数土 ミユがどうしてこれほどまでに日本の作品に興味を持つのかが気になります。ミユが制作した『めくらやなぎと眠る女』の日本語版上映を手掛けた土居さんは何かご存じですか。

土居 ミユと日本のつながりは、僕の会社ニューディアーとの間の日本の短編アニメーション作家の新作を国際共同製作で手掛けたことから始まっています。ミユのプロデューサー2名は1970年代後半から80年前半の生まれで、若い頃から日本のカルチャーにも影響を受けて育ってきた世代です。これはアニメーション業界に限らず実写も含めですが、海外のクリエイターやプロデューサーにとって、1990年代から2000年代にかけてマッドハウスやSTUDIO 4℃がリリースしてきた数々の長編というのは極めて大きな影響力を持っています。今敏監督のいくつかの作品や、マイケル・アリアス監督の『鉄コン筋クリート』(2006年)、湯浅政明監督の『マインドゲーム』(2004年)といった作品ですね。そういったところで育まれた日本作品への愛に加え、海外のアニメーション業界にとって、アニメーション=子ども向けのもの、という意識が根強いのですが、ミユの場合、プロデューサーがアニメーションを実写映画と絵画などのハイアートの融合として捉えている点がほかのフランスのスタジオとは違っています。その点において、日本人作品の持つグラフィックの繊細さに惹かれたというところもあったでしょう。

数土 ミユの作品は、どれもビジュアルがおもしろいですね。僕は今、新潟国際アニメーション映画祭のプログラムディレクターをしていますが、エントリーされてくる作品にCGのものがとても多いんです。ただ、コンペティションに上がってくる作品にCGはそれほど多くない。つくる人たちと、世間の評価との食い違いみたいなものがあるような気がします。

「新潟国際アニメーション映画祭」チラシ。数土氏がプログラムディレクターを務める

土居 その流れで、GKIDSが東宝に買収されたという話が気になっています。GKIDSはユニークなアニメーション作品をアメリカで配給してきた会社です。彼らが扱っていたのが、ヨーロッパのアーティスティックな作品と、日本のアニメの2分野であったことは、さきほどの「アニメは世界的に見たらインディーである」という話の一つの論証になっていると思います。ただ、近年、日本アニメは明らかに巨大産業化してきている。ジャンプ原作の作品がアメリカのヒットチャートを席巻するような事態も起こってきている。スタジオジブリの『君たちはどう生きるか』(2023年)は、そんな流れのなかでGKIDSとしては最大規模の数千館で配給されました。ジブリのそれまでの作品がアメリカで数十〜数百館規模でしか上映されてこなかったことを考えると、隔世の感があります。

渡辺 だから東宝は北米にある数多くの映画館の箱が押さえられる配給会社欲しかったのか、と思いました。日本の映画作品を海外のお客さんに映画館で見てもらうのが難しい時代が続いていましたから。

土居 GKIDSは、日本のアニメとヨーロッパの良質なアニメーションを同じ枠として扱ってきました。これが東宝に買収され、ビジネスとしてアウトプットする必要が出てくると、どうしてもアニメの方が強くなってしまうのではといった心配があります。東宝からしてみたら、ヨーロッパの作品をアメリカで配給したいからGKIDSを買収したわけではないでしょうから。クランチロールのような配信とは違う、映画というフォーマットのなかで北米で展開する窓口として欲しかったのではないかと。

数土 そこは少し違うかなと思っています。確かに、日本のアニメのアメリカでの配給窓口を得たということで注目を浴びていますが、一方で、日本のアニメーションしか配給できなかった東宝が、ヨーロッパのインディー系のアニメーションをビジネスとして扱う手がかりを得たとも見ることができます。東宝のグローバルな戦略のなかで、日本のアニメではないものも扱いたいといった意図もあるのだと思います。

土居 そうだといいですが……。

数土 これは僕の想像ですが、配給だけしてきたGKIDS側が制作もやりたいと考えていて、その資金を確保したいということも会社を売却する理由です。さらに日本のアニメを扱って儲かったお金で日本以外の作品も含めて事業を広げようとしているのではないのでしょうか。ビジネスの話でいうと、今のアニメ業界はソニーと東宝とバンダイナムコという三つの大きな企業グループが中心に動いているところがあります。そのなかで、インディーズの作家やスタジオがどうやって生きていくのかといったことが、これからの課題になってくると思いますね。

土居 分岐点ですよね。今、いろいろとインディペンデントの新しい流れとかが潜在的に起こっていて、誰もが新しいチャレンジをしだして、業界も劇的に変わりつつある状態にあります。これからの2、3年でどういう道をそれぞれの人たちが選ぶかによって、未来の日本アニメのかたちは、いかようにも変化していくのではないかと。

数土 『ルックバック』が素晴らしいのは、小さなチームでそれほど予算をかけずにつくり上げたところにありますね。『きみの色』はその点で、少しお金をかけ過ぎてしまったので、結果が辛いことになっています。

土居 実写映画の歴史を振り返ると、日本の有能な作家たちは、プログラムピクチャーからキャリアをスタートさせてきました。黒沢清監督ならピンク映画やVシネマからスタートして、小さな予算感のなかで縛りを受けながら、どのようにつくるかといった工夫をして映画を撮ってきました。そうしたなかからすごい映画作家が出てきた。アニメーションも、近視眼的な収支ではなく、かけたコストの割に返ってくるものが少なくても投資していく必要があると思います。アニメ業界のなかに、未来のことがどれだけ見える人たちがいるのか? 今儲かっている業界なのだから、未来への投資をしっかりとする余裕のあるプロデューサーがとかがどれくらい出てくるかが大事ですね。

座談会の様子

[数土直志氏のトピック解題]

1 『ルックバック』:従来の尺にとらわれないアニメーション制作
『ルックバック』は「作品制作の動機」「制作の体制」「ビジネスを回す仕組み」、すべての点で現在のアニメ業界に新たな方向性を示してサプライズを与えた。限られたスタッフで制作した全編58分の長さはそれを象徴する。劇場興行には短か過ぎて不向き、映画祭にエントリーするにも中途半端だ。そうしたハンデイを乗り越え、圧倒的な評価と20億円を超える大ヒットを残した。2024年を代表する一本といっていいだろう。

2 『劇場版ハイキュー‼ ゴミ捨て場の決戦』:女性ファンにとどまらない人気と興行
若い女性人気が高いと見られていた本作。しかしそれ以上に男性女性、そして若者から年齢の高い世代まで支持される普遍的な物語と認知度が『ハイキュー‼』の特徴である。スポーツ作品ならの熱い戦い、友情、そしてキャラクター性の高さが人気の秘密だ。それでも115億円超という興行収入は記録破り。いまアニメ界で次々に大ヒットを巻き起こす『週刊少年ジャンプ』連載マンガを原作の作品の存在感を改めて感じさせた。

3 『Ultraman: Rising』:Netflix版『ウルトラマン』のクオリティ
1966年の誕生から50年以上、たびたび映像化された日本カルチャーのアイコン『ウルトラマン』。それがNetflix、アメリカのCGスタジオのインダストリアル ライト&マジックによってアニメーション化された。世界最高峰のCG技術だけでなく、ウルトラマンの子育てという思いがけない視点を取り入れた意外な作品の誕生である。いま世界の日本カルチャーブームは日本コンテンツを海外で新たな作品にする潮流を生み出している。その最前線にある傑作だ。

数土 直志(すど・ただし)
ジャーナリスト、新潟国際アニメーション映画祭プログラムディレクター。国内外のアニメーションや映画・エンタメに関する取材・報道・執筆を行う。また国内のアニメーションビジネスの調査・研究をする。大手証券会社を経て、2002年に情報サイト「アニメ!アニメ!」を立ち上げ編集長を務める。2012年に運営サイトを株式会社イードに譲渡。「デジタルコンテンツ白書」アニメーションパート、「アニメ産業レポート」などを執筆。主著に『誰がこれからのアニメをつくるのか? 中国資本とネット配信が起こす静かな革命』(星海社、2017年)、『日本のアニメ監督はいかにして世界へ打って出たのか?』(星海社、2022年)。

[土居伸彰氏のトピック解題]

1 『ルックバック』:「小規模長編」のブームを呼び込む?
配信による資金のバックアップによる58分の長編アニメーション『ルックバック』の成功は、大規模産業化するアニメの全体的な方向性に抗う流れをつくり出すかもしれない。かつて『君の名は。』(2016年)の大ヒットが高校生たちを主人公とした青春もののオリジナル映画を増加させたように、『ルックバック』のヒットは今後、抑制された予算で小規模制作による、比較的短い尺の長編アニメーション映画の企画が増えていくことを予感させる。

2 公金と海外:日本アニメの新たな発展のために
一昔前まで、日本のアニメ業界をめぐっては、公金投入に対するアレルギーのようなものがあったように思われる。一方、新海誠作品や『ルックバック』において海外の興収が日本でのそれを越えたことなどを考慮すると、これからはワールドワイドなファンディングを考えていくことができるようになるのではないか。そのとき、海外での興収を想定して予算組みをしたり、国内外の補助金を活用する新たなアニメ制作のあり方が視野に入ってくるはずだ。

3 海外における表現の傾向:「実写」との融合
2024年、ミユ・プロダクションズが製作に関わった3本の長編作品が日本公開された(『リンダはチキンがたべたい!』『めくらやなぎと眠る女』『化け猫あんずちゃん』)。プレスコを実写映画のように演じたり、実写の撮影素材をもとにした「ライブ・アニメーション」やロトスコープが用いられた。いま世界的な動向として、実写映画の文法とアニメーションのそれとを融合させる試みが増加している。2025年は、岩井澤健治監督の新作『ひゃくえむ。』の公開も控えている。

土居 伸彰(どい・のぶあき)
ニューディアー代表、ひろしまアニメーションシーズンプロデューサー。1981年、東京生まれ。ロシアの作家ユーリー・ノルシュテインを中心とした非商業・インディペンデント作家の研究からスタートして、執筆やイベント開催を通じた世界のアニメーション作品を広く紹介する活動にも精力的に関わる。2015年にニューディアーを立ち上げ、『父を探して』(2013年)など海外作品の配給を本格的にスタート。国際アニメーション映画祭での日本アニメーション特集キュレーターや審査員としての経験も多い。プロデューサーとして国際共同製作によって日本のインディペンデント作家の作品製作も行っている。著書に『個人的なハーモニー ノルシュテインと現代アニメーション論』(フィルムアート社、2016年)、『21世紀のアニメーションがわかる本』(フィルムアート社、2019年)、『私たちにはわかってる。アニメーションが世界で最も重要だって』(青土社、2021年)、『新海誠 国民的アニメ作家の誕生』(集英社、2022年)。プロデュース作品に『マイエクササイズ』(監督:和田淳、インディーゲーム/短編アニメーション2020年)、『I’m Late』(監督:冠木佐和子、短編アニメーション、2020年)、『不安な体』(監督:水尻自子、短編アニメーション、2021年)、『半島の鳥』(監督:和田淳、短編アニメーション、2022年)など。

[渡辺由美子氏のトピック解題]

1 『ガールズバンドクライ』:鬱屈を抱えた主人公に共感
主人公の仁菜は、高校を退学し上京。桃香とバンドを始める。孤独だった仁菜が似た境遇の仲間と出会い、負けたくない感情をロックに乗せて放つ。「美少女×音楽もの」企画だが、ミュージシャンがリアルバンドと声優を務める本格派。オリジナル作で映像ソフト第1巻が1.5万枚を売り上げ、海外ファンも獲得。ライブも急速に大規模化。表情豊かなイラストルック3DCGをテレビシリーズで実現した東映アニメーションの挑戦も光る。

2 『窓ぎわのトットちゃん』:子どもの目から見た自由と戦争
トットちゃんが入るトモエ学園は、誰の個性も大事にする学校。観客も、彼女の目線から本来の自分を肯定できるのが素晴らしい。小林先生の「人の魂は誰も踏みつけることはできない」という思想は、泰明ちゃんと愛読書『アンクルトムの小屋』からもうかがえる。「戦争」は自由を弾圧する象徴。シンエイ動画・八鍬新之介監督がこだわったのが児童の目線。心理描写にはアートアニメ的表現も取り入れられ、国際的にも高い評価を受ける。

3 演劇『千と千尋の神隠し』:アニメ×演劇の世界展開
2024年、東宝の舞台『千と千尋の神隠し』が、日本人、日本語でのロンドン公演を開催。6カ月で30万人動員と大成功の要因には、舞台演出をイギリスのジョン・ケアード氏が担当、油屋のセットに能舞台を取り入れるなど「日本らしさ」の表現もある。氏が在籍するロイヤル・シェイクスピア・カンパニーと日本テレビは2022年に舞台『トトロ』を共同制作、ロンドンで無期限公演を実現した。2024年はニューヨークで舞台『進撃の巨人』公演など海外進出が続く。

渡辺 由美子(わたなべ・ゆみこ)
アニメ文化ジャーナリスト。1992年『アニメージュ』でライターデビュー、1994年初著書『声優になりたいあなたへ』(徳間書店)を刊行、日本初の声優誌創刊に協力。『ニュータイプ』で『新世紀エヴァンゲリオン』を担当するなど、90年代からアニメ業界のプロデューサー、クリエイターに取材を続ける。近年は「産業としてのアニメ」と「ファン文化」との関連性を追い、アニメ流通と業界の変化に焦点を当てた記事も執筆。主な連載・執筆媒体に『朝日新聞』「ASCII.jp」『週刊東洋経済』「Business Insider Japan」「日経ビジネスオンライン」等。女性アニメライターの先駆けとして、「女性アニメファンの流行と歴史」についての発表・出演も多い。

※インタビュー日:2024年11月29日

アニメーション特別座談会 数土直志×土居伸彰×渡辺由美子 業界は未来への投資をできるのか[前編]

関連人物

このテーマに関連した記事

Media Arts Current Contentsのロゴ