聞き手:竹見 洋一郎(言問)
構成:タニグチ リウイチ
写真:小野 博史
2023年冬から2024年秋にかけてのアニメーション分野に関する動向を振り返る座談会。批評やプロデュース、そしてアニメーション映画祭のディレクションなどに関わる有識者3名が挙げたトピックスについて議論していきます。前編ではこの1年のヒット作やオリジナル企画が突き当たっている壁などについて話し合いました。
――お三方がこの1年の重要作として事前に挙げてくださったなかの一つ、押山清高監督の『ルックバック』(2024年)を起点にキーワードを挙げていきましょう。
土居 今年を振り返ると、単発のオリジナル企画がクオリティに反して動員の面で苦戦するケースが多かったといえます。そんななか、『ルックバック』は、著名マンガ家が「ジャンプ+」で発表した原作ものであるという要因はあるものの、単発企画としてヒット作となりました。
数土 国内は興行収入が20億円を超えました。少し前では、アニメーション映画は10億円超えが一つの目安だといわれていました。だから、20億円は相当に大きな数字です。もともとオリジナル企画はそれほど大きく入るものではないんです。新海誠監督やスタジオジブリの作品が特別なだけで、20年前は押井守監督の『イノセンス』(2004年)ですら10億円そこそこだったんです。
土居 『ルックバック』は、制作の面でも挑戦的な作品でした。アニメ畑出身の押山監督が、巨大なチームによる集団制作とは違ったかたちでのアニメ制作にチャレンジした。名だたるアニメーターを起用しながら、それを押山監督がかなりの程度描き直していくような、個人制作にも近い小規模なつくり方をして、最初から最後までクオリティを保っている。そのクオリティが興行成績にしっかり現れました。
数土 小さく始めて、熱狂を盛り上げていく興行になりました。観客とコミュニケーションを取って熱狂をつくるようなところがあった。1カット1カットのどのカットを見ても、チャレンジブルというか熱量を感じます。それが見る人に伝わったのだと思います。
——尺が短いことも話題でした。
数土 60分を切っていて、これは長編アニメーションという定義に入らないんです。だから、世界のアニメーション映画祭で長編部門にエントリーできない。なかには、40分以上あれば長編と見てくれる映画祭もありますが、1時間以上とするところが多くてそこには入らない。かといって短編部門にも入らない。
土居 ただ、単発企画であるにもかかわらず「映画祭」という場所を必要とせずに十分に盛り上がったわけなので、そういう意味でも挑戦的な作品だといえるのかもしれません。
渡辺 『ルックバック』とテーマの重なる作品として、ぽぷりか監督の『数分間のエールを』(2024年)には少し考えさせられました。クオリティとしては素晴らしい作品で、『ルックバック』同様に創作をする人にものすごく刺さる内容なんです。ただ、ファンの研究をしてきた者としてお客さん目線で見ると、ファンは普通の日常生活の苦労が見たいんですよ。だから、『数分間のエールを』に描かれている創作の苦労というのに思い至らないんです。創作をやっている人というのは、やはり全体の人間のなかではわずかなんです。
――『ルックバック』もマンガを描くという創作がテーマになっていましたが、『数分間のエールを』はどこが違っていたのでしょう。
渡辺 『ルックバック』は、創作の部分で感動したかというと、やはり友人が死んでしまったとか、そういった人間関係だとか後悔だとかを自分の気持ちに置き換えてシンパシーを感じるようなつくり方がされています。そこが重要なんです。これだけ一生懸命表現しているのに、どうして届かないんだろうということを描いた『数分間のエールを』が、お客さんに届きにくかったことと裏表にあると思います。テレビアニメですが、『ガールズバンドクライ』(2024年)もバンド音楽以上に、生活のことを描いているんですよね。だから刺さりました。
土居 『数分間のエールを』はとても興味深い作品ではあって、アニメ業界が巨大化し、制作本数も増えていくなかで、企画があってもスタジオをブッキングするのが難しいという状況が起こっている。そんななか、既存のアニメ業界以外のスタジオがアニメ映画をつくりはじめる動きが出てきていて、その一つになると思います。その点で、『ルックバック』におけるスタジオ・ドリアンと同じく、今後の動向を占う上で見逃せません。
――『数分間のエールを』はHurray!1と、100studio2の共同制作ですね。Hurray!に所属するぽぷりか監督はミュージックビデオ(MV)を中心とした映像制作を主に手掛けてきた方でした。
数土 インディーズといわゆる商業大作とをどのように分けるのか、といった問題はありますが、仮にそういった分け方があるとすると、長井龍雪監督の『ふれる。』(2024年)や山田尚子監督の『きみの色』(2024年)は商業大作の枠に入る作品だと思います。『数分間のエールを』や塚原重義監督の『クラユカバ』(2024年)や『ルックバック』はインディーズの色が強い作品。とはいえ『数分間のエールを』はプロデュースがバンダイナムコピクチャーズと大手ですが。
渡辺 『ルックバック』も制作にエイベックス・ピクチャーズが入っていますね。このエイベックスは2016年からの「KING OF PRISM」シリーズなどを通じて、ODS3上映を定着させました。『ルックバック』も同様です。
土居 実は『ルックバック』の公開形態は厳密には「映画」としてではないのですよね。ODS作品は一般的にはミュージシャンのライブ映像や演劇公演を映像化して映画館で流すものです。
渡辺 尺が1時間前後と短いので、料金は通常作品より少し安めに抑えた「一律料金」に設定する。代わりにレイトショーなどの映画館割引サービスは適用しない。ファンにとっては値頃感があり、何度も見るモチベーションが上がる一方で、送り手側は割引に左右されず、一定額の料金を取れるんですよね。
土居 それゆえに映画ファンのなかには、『ルックバック』の料金設定に不満がある人もいたりしました。でも、映画館という場所性が、本作の盛り上がりを考える上ではとても重要でした。映画を見る行為は近年どんどんイベント化していっているわけなので、そういう意味でも『ルックバック』は象徴的でした。
数土 『ルックバック』は現在の尺にとらわれないアニメーション制作が増えている状況を現した作品だという気もします。『ルックバック』はAmazonプライムビデオでの配信が予定されていた作品ですが、こうした配信を見込むことでアニメーション映画がフォーマットから解き放たれている気がします。テレビであれば1話23分で1クール13話といった長さが必要ですし、映画なら1時間半から長くて2時間半。そういったフォーマットで設定されていたものだったのが、今はもう構う必要がなくなっているというわけです。
土居 渡辺さんが『ルックバック』と『数分間のエールを』の企画を比較するなかで、日常が描かれているかどうかという指摘をされているのは、とても興味深いと思いました。おそらくその観点から、近年のヒット作に共通する構造が見えてくる気がする。2024年を代表するテレビアニメの『ダンダダン』はオカルティックなバトルものでありつつ、日常パートであるラブコメがとても大事です。『鬼滅の刃』(2019年~)や『呪術廻戦』(2020年~)も、殺伐とした世界と緩やかで微笑ましい日常描写の組み合わせになっていて、今、そういうものを人は求めているのかなと。
渡辺 殺伐とした世の中だと感じている人も多いなか、「日常」というのが今、大事だなと思っています。『ガールズバンドクライ』の平山理志プロデューサーは、世の中が暗くなっていて不景気で若者も将来が見えなくなっている、生活するのが精いっぱいの人たちがいるなかで、キラキラした夢ばかり語っているのはどうだろうと思って、東映アニメーションで『ガールズバンドクライ』を立ち上げたそうです。
土居 おもしろい話ですね。
渡辺 自分が今やりたいことを突き詰めていく作品になっていますよね。女の子たちがいろいろなところから上京してくるんですが、東京都内は高くて住めないので川崎だったら何とか独り暮らしができるという感じ。主人公の井芹仁菜は熊本から出て来て、最初は電灯もなくてそれを友だちにもらったりしていました。そういった独り暮らしのリアリティがあるんです。だから本当に『ガールズバンドクライ』好きになりました。
数土 バンドで日常ということで言うなら、『きみの色』も同じような指摘ができる作品だと思います。僕自身、『きみの色』は正直物足らなかったのですが、それはキラキラとし過ぎていたからです。カッコ良いんですよ、音楽も映像もカッコ良いしストーリーも。登場人物たちはとても豊かな暮らしをしているよね、といった感じなんです。
土居 おそらくこれからは、ハイセンスなものを人は求めるかどうか、ということにオリジナルの単発作品は向き合わなければならない。僕は個人的に、「オシャレ問題」と言っているのですが……。自分がそういった作品に惹かれがちであることに対する自戒も含めて。
数土 『きみの色』はめちゃめちゃ良いのに心に引っかかってこないのはぜなんだろう? 引っかかってくる人もいるとは思いますが。これはいわゆる半径5mの物語という問題に入ります。つまり日常の出来事を丁寧に描くことを得意とする日本のアニメ。アヌシー国際アニメーション映画祭で『きみの色』が賞を取らなかったのもわかります。ヨーロッパの人にはこうした「半径5m」の作品はあまり受けないんです。逆に上海国際映画祭で金爵賞アニメーション最優秀作品賞を受賞したというのもわかります。アジア的なんですね。
渡辺 アジア的というのは?
数土 日常のちょっとした話が好きなんです。日常のなかにちょっとした悩みがあるみたいな。ヨーロッパ世界だともっと深い問題を求めている。そういう違いです。
土居 「海外」という言葉が何を指すのかという問題も、近年実は重要です。昔はそれは「アメリカ」を指していました。象徴的なのは押井守監督の『GHOST IN THE SHELL/攻殻機動隊』(1995年)がビルボード誌のセルビデオチャートで1位を取った、ということが話題になりました。新海誠監督以降、それがガラリと変わっています。とあるインタビューで新海監督は、自分の作品はアジア圏ではメジャーな作品として動員があるけれども、ヨーロッパやアメリカではまだまだインディーに過ぎない、ということをおっしゃっていました。ヨーロッパは多少特殊でもあって、山田監督がアヌシーで最初に評価されたのは、『映画 聲の形』(2016年)が社会的なテーマを扱う作品だったからです。もちろんそのなかで、山田監督自体の「シネアスト」的な側面も次第に発見されていくわけですが。山田監督は今後もアヌシーの常連になると思いますよ。
渡辺 公開の規模感もあるかもしれません。私は『きみの色』を東京・田端のミニシアター「CINEMA Chupki TABATA」で見たんですが、非常に感動しました。小さなハコの中で座席が両サイドに分かれて並んでいる。まるで映画に登場した教会のようで、主人公のトツ子と同じ空間にいる気持ちになりました。それと同時に山田監督は、今回の映画では「限られた空間での芝居」にこだわっているのだなと思いました。作中には、離島での「合宿」や寮の部屋、文化祭で演奏したホールなど、小さな空間がたくさん登場します。箱の中にいる人同士のやりとりや小さな心の動き、その微妙なニュアンスというものを表現したいんだなと。そういうのが好きな人もいるけれど、海外では難しかったのかもしれませんね。
土居 『きみの色』は、キャラクターたちに対して徹底して傍観の立場を貫くことが、僕はかなりアバンギャルドな作品に感じました。この規模で制作された作品としては、見たことがない。作品自体の性質としては、ミニシアター的であったのかもしれない。
数土 最初から300館で上映してしまうと、観客もバラけてしまって映画館の中にガランとした感じが出てしまいます。最初は60館程度で始めていれば、映画館にもすごく熱が出たはずです。
渡辺 確かに田端ではチケットを取るのが大変でした。連日すぐに満員になって、みんなで「キャンセル待ち」の席を取り合っていました(笑)。映画を見るのに適した場所というものがあって、その映画ごとに箱が違えばいいということなんでしょうね。
数土 何年か前に、『劇場版「鬼滅の刃」無限列車編』(2020年)が劇場を埋め尽くすような大ヒットをして、その後に『ONE PIECE FILM RED』(2022年)のヒットもあって、そういうやり方が一つのパターンとなっているところがあります。ただ、このパターンは巨大IP(知的財産)には向いていても、すべての作品に向いているわけではないんですよね。
土居 単発企画をどう売るか、というのは、なかなか難しい問題です。『きみの色』は間違いなく、売り方が難しい作品でした。『きみの色』ほどは公開規模が大きくなかったですが、山下敦弘と久野遥子の共同監督による『化け猫あんずちゃん』(2024年)にも当てはまることですね。シンエイ動画とフランスのミユ・プロダクションズの国際共同製作という珍しい座組でした。
数土 今のアニメ映画をつくる上で予算の金額が上がっているので、その予算をリクープするにはああいった売り方から始めるしかないといった話もあります。
土居 『きみの色』も『化け猫あんずちゃん』も東宝配給です。東宝はインディーとメインストリームをめぐる問題のなかで、間違いなく2024年のキープレイヤーでした。『きみの色』の制作スタジオであるサイエンスSARU、そして『君たちはどう生きるか』(2023年)の全米配給で一躍注目を集めたアメリカのGKIDSの買収は、個人的にもとても驚きました。さらに、新海誠作品を制作しているコミッス・ウェーブ・フィルムについても、株式の一部を取得しています。サイエンスSARUもGKIDSもコミックス・ウェーブ・フィルムも、僕の中ではかなり「インディー」に近いスピリットを持った運営がなされてきた会社という認識だったので、考えさせられました。単発企画の難しさも含め、今後どんどんと巨大化していくのかなと……。
数土 シネマコンプレックスが普及し始めた頃は、スクリーン数が増えれば小さな作品が入る余地も増えるといった期待がされていましたが、蓋を開けてみるとミニシアターがどんどんと消えていき、シネコンの方は同じ作品を何個も上映してと多様性がどんどん狭まっています。
土居 そうしたなかで、ミニシアターベースの作品が今年は結構元気だったというのは嬉しい話ですね。現在、ちょうどパブロ・ベルヘル監督の『ロボット・ドリームズ』(2023年)が上映中で、最初は20館くらいでスタートしたのが興業収入で5,000万円を超えて、公開規模もどんどんと拡大しています4。僕が配給に関わった村上春樹原作/ピエール・フォルデス監督の『めくらやなぎと眠る女』(2022年)も、この種の海外アニメーション作品としてはかなりヒットしました。小さい規模の作品でも伸びるものは伸びていることは希望になります。
渡辺 SNSの力も大きいですね。
数土 ミニシアターの方が長く上映するので、SNSでバズったときに見に行きやすいということはあるかもしれませんね。
――アニメーション映画では、『名探偵コナン 100万ドルの五稜星』(2024年)が劇場版「名探偵コナン」シリーズでは最高の157億円もの興行収入を上げました。このヒットについてはどのようにみていますか。
土居 『名探偵コナン』(1994年~)は僕自身も子どもの頃は『サンデー』で原作を愛読してはいたのですが、映画版がここまで巨大な存在になったことについて、恥ずかしながら理由があまりわかっておらず。でも妻に聞いたら、「当たり前じゃん」って言われるんですが……。
渡辺 私は以前、アニメ誌で『コナン』の担当をしていたんです。1990年代のテレビシリーズは特に女性ファンが目立つ印象でもありませんでした。映画も同様です。それが2000年代初頭から、記者会見を開くと女性のライターが一斉に並ぶようになったんです。青山剛昌先生やキャスト陣も「今日は女性が多いですね!」と驚いていました。女性ファンの間では、怪盗キッドが活躍する『名探偵コナン 銀翼の奇術師』(2004年)が話題になり、黒の組織を描いた『名探偵コナン 漆黒の追跡者』(2009年)から「毎年見に行く映画」として定着し、安室透と赤井秀一が対決する『名探偵コナン 純黒の悪夢』(2016年)でファン層が一気に拡大した感があります。興行収入も前作の44億円から60億円に急増しました。
――女性が惹かれる要素があったということですか。
渡辺 テレビシリーズが始まって数年でイケメンキャラクターが注目されるようになっていました。加えて近年の劇場版「名探偵コナン」シリーズでは、毎回、彼らのなかから1、2名を主役格にして物語をつくるようになってきました。女性ファンから見ると、好きなキャラの「お当番回」があり、知らなかった別の一面や魅力が見られるという楽しみがあるんです。一方で、ここまで『コナン』が国民的人気作になったのは、老若男女誰もが見られる点にあるとも思います。ファミリーであれば、男の子はコナンの目線になれるし、女の子はお母さんと一緒にかっこいい男の子の活躍が見られる。しかも大人が楽しめる刑事ドラマ的なつくりなので、お父さんまで楽しめる。これだけアニメ映画鑑賞が大人の娯楽としても普及した今、『コナン』のファンが増えても、卒業することはないと思います。
数土 その意味でいうと、『ハイキュー!!』(2014年~)も女性に人気があるといわれますが、それだけではないと僕は思います。『ハイキュー!!』はもともと『週刊少年ジャンプ』に連載されていた少年マンガです(古舘春一、2012~2020年)。最近はキャラクターの人気で世間的には女性向けの作品だと思われてしまうところがありますが、やはり男の子にめちゃめちゃ人気があるんです。専門学校で教えていたときに生徒の男子に聞いたら、みな見ていました。『劇場版ハイキュー‼ ゴミ捨て場の決戦』(2024年)もだからヒットするとは思っていましたが、まさかここまでとは!
土居 『THE FIRST SLAM DUNK』(2022年)の余波のようなものもあるのでしょうか。僕は『THE FIRST SLAM DUNK』も『劇場版ハイキュー‼ ゴミ捨て場の決戦』もどちらも原作未読のまま映画を見たのですが、非常にリアリティのある試合展開で驚き、引き込まれました。
数土 燃えますよね。
渡辺 あたかも自分がその試合を見ているような気持ちになれますね。どちらのチームも頑張れって思える。応援上映にも向いている作品です。『THE FIRST SLUM DUNK』なら「次は山王工業を応援しよう」といった感じで、何回も繰り返し行けるところが応援上映のすごいところですね。
数土 こうしたヒット作の登場で、若者に映画を見るという文化が定着していたことがあると思います。『ONE PIECE FILM RED』を見た、『THE FIRST SLUM DUNK』を見たといった人たちが、今年は何を見に行こうとなって劇場版『名探偵コナン』は定番として、もう一作というところに『ハイキュー!!』のような作品が選択に入ってきたという気がします。ただ、ここでも単発オリジナル企画は選ばれない。なぜなら知らないからです。
渡辺 知らないと、物語に入り込むまでに時間がかかるし、皆で話題にできないんですよね。
――大勢が見ているということが重要なのですね。
渡辺 このSNS時代、みんなが「人に語れるネタ」を探しているけれども、オリジナル作品は、見ていない人に内容を伝えることが難しいんです。その反面、SNSであまり話題にはならなくても、自分が好きな作品を同じ情熱で好きになってくれる人の存在が嬉しい。今回、ミニシアターで見逃していた作品をいくつか見ました。そこで思ったのですが、ミニシアターではそれぞれ個性豊かに「推したい作品」を上映していて、その独自性がおもしろかったです。空間が小さい分、わざわざ遠方から駆けつけて見る人たちの熱気も伝わってきて。興行的には小規模な作品も、ミニシアターに行くと仲間がいるんですよ。ソロの客が多いけれども、皆仲間だという気持ちになれます。
――単体の作品では、八鍬新之介監督の『窓ぎわのトットちゃん』(2023年)を皆さんが挙げられています。黒柳徹子さんのベストセラーが原作で、いわゆるアニメーション好きが見に行こうという気がなかなか起きづらい「教育的な」企画でしたが、映画としての評価はとても高い。
渡辺 『窓ぎわのトットちゃん』は映画館で何回も見ましたしBlu-rayも買いました。土居さんがプロデューサーを務められた「ひろしまアニメーションシーズン2024」でも上映されましたね。
土居 魂のこもった、素晴らしい映画だと思います。八鍬監督にも会場にも来ていただいたのですが、ご自分の作品の上映が終わったらすぐに帰るということはなく、朝から晩まで上映作品を見てパーティーにも参加して……と、映画祭自体をしっかりと楽しんでいかれて、非常に研究熱心な方なのだなと思いました。
渡辺 『窓ぎわのトットちゃん』の良いところは、人間の魂は誰にも縛られない自由なものだというメッセージ性が強い作品にもかかわらず、お説教くさくならないんです。それは「自由」と対比されているのが「戦争」という絶対悪であることと、小林先生が子どもたちを笑顔にしているからなんでしょうね。ただ、最初は山の手のハイソなお家の素敵な暮らしを見ていたつもりだったのに、トットちゃんの家の食べ物の配給が少なくなり、街を歩くと憲兵から華美な服装をとがめられたりと、戦争の色がだんだん濃くなっていく。友だちの泰明ちゃんに悲しい出来事があって、トットちゃんが泣きながら大通りを駆けていくんだけど、そこに出征する青年たちの行進があり、横道に入っても、片足を失った負傷兵や、遺骨の箱を抱きしめている女性の姿があるという。だんだん怖くなってきました。
数土 片渕須直監督の『この世界の片隅に』(2016年)と被る部分が『トットちゃん』にはありますね。戦争を背景にしているけれど、それ自体を糾弾する訳ではない。それなのに見ていると怖さが漂ってくるみたいなところが。
渡辺 生活者の視点がしっかりとあるんですね。
数土 僕はそこが日本的のような気がします。そうした作品が海外できちんと評価されているのは嬉しいですね。
土居 『この世界の片隅に』は公開当時、ヨーロッパにおけるアニメーション・ドキュメンタリーの文脈と響き合う作品でした。ヨーロッパで制作される大人向けのアニメーションは、第二次世界大戦の話なりその余波を描くようなものが多いんですが、そのなかで『スノーマン』のレイモンド・ブリックズが、戦前から戦後にかけてロンドンで生きた自身両親の人生を描いた『エセルとアーネスト』(2016年)がとりわけ『この世界の片隅に』に近いものでした。片渕監督が戦前の広島と呉を再現したように、『エセルとアーネスト』は戦前から戦後のロンドンを、部屋の間取りもその中を歩いたときに何歩かかるかも含めて正確に描いています。
渡辺 私は自分がトットちゃんのように誰にでも話しかけてしまう子どもだったので、そっくりだなあという思いもありました。ラスト、トットちゃんが疎開先に向かう汽車から、チンドン屋さんが見えるんです。チンドン屋さんは物語の冒頭にも登場していて、トットちゃんは教室の窓から身を乗り出して手を振っていたのに、今はだっこしている妹が心配で踏みとどまる。それは成長なんですが、トットちゃんがラストにもう一度チンドン屋さんと出会うのは、「人を楽しませることはどこにいてもできるし、将来はそうした職業に就くんだよ」という作品からのメッセージなのかもと思いました。いろいろなものに暗示があって見ていて楽しい作品でした。
土居 世界的な動向として、失われていく歴史をアニメーションによって掘り起こし、保全するというものがあります。歴史ものについては実写よりもアニメーションの方が安くできたり、ヨーロッパでの補助金を受けやすかったりという現実的な理由もあったりするわけですが……。『窓ぎわのトットちゃん』については、作品を見るまでは、近年の日本でつくられている作品とはかなり毛色の違う作品だなという印象を受けていました。
数土 僕も、今さらトットちゃんですかということは正直思いました。黒柳徹子色が強い作品ですし、どうやってアニメーションに落とし込むのかといったところも、結構不安に思いました。
土居 実際に見たら、めちゃめちゃ骨のある作品でした。八鍬監督は、自分が子育てをしている実感を込めたものにしていて、それが単に歴史ものとしてではなく、切迫感のようなものを生み出している。八鍬監督と僕は同じ年の生まれなのですが、デモやSNSでの大衆動員といった東日本大震災や原発事故以降の日本の状況のリアルが注ぎ込まれているのを感じました。片渕監督が現代と過去との間に直線的な歴史の橋を掛けたとしたら、八鍬監督は戦前の世界と現在を重ね合わせるように描いている。
――『窓ぎわのトットちゃん』はどのような観客層に受け入れられたのでしょうか。
渡辺 映画館に通っていると、平日昼間の観客でだんだん普段アニメを見る習慣がない年配のご婦人が増えてくるのがわかりました。戦争が私たちよりも身近な世代だと思います。映画館で平日昼間の観客動員が伸びているというのも素晴らしいことです。
数土 興収では8億円超えていますね。これはすごいと思います。
土居 海外セールスがかなり好評だと聞いています。
渡辺 シンエイ動画が新しいブランドをつくりたいということもあるのかもしれませんね。
数土 シンエイ動画は今、とても戦闘的ですよね。ストップモーション・アニメーションの『PUI PUI モルカー』(2021年)もつくりましたし、ロトスコープの『化け猫あんずちゃん』もやりました。いろいろ試したいんだと思います。本来なら『ドラえもん』(1973年~)と『クレヨンしんちゃん』(1992年~)だけでやっていけるスタジオですが、それだけではないという姿を見せてくれているところがおもしろいですね。
土居 それらのIPを現代的にしようという気概も感じますね。『化け猫あんずちゃん』の近藤慶一プロデューサーは『クレヨンしんちゃん』の劇場版も担当していて、インディペンデントな作家を起用したり、久野監督の母校でもある多摩美術大学のグラフィックデザイン学科でアニメーションを学んだ人たちをリクルートしてデジタル作画部を立ち上げたりもしています。
脚注
[数土直志氏のトピック解題]
1 『ルックバック』:従来の尺にとらわれないアニメーション制作
『ルックバック』は「作品制作の動機」「制作の体制」「ビジネスを回す仕組み」、すべての点で現在のアニメ業界に新たな方向性を示してサプライズを与えた。限られたスタッフで制作した全編58分の長さはそれを象徴する。劇場興行には短か過ぎて不向き、映画祭にエントリーするにも中途半端だ。そうしたハンデイを乗り越え、圧倒的な評価と20億円を超える大ヒットを残した。2024年を代表する一本といっていいだろう。
2 『劇場版ハイキュー‼ ゴミ捨て場の決戦』:女性ファンにとどまらない人気と興行
若い女性人気が高いと見られていた本作。しかしそれ以上に男性女性、そして若者から年齢の高い世代まで支持される普遍的な物語と認知度が『ハイキュー‼』の特徴である。スポーツ作品ならの熱い戦い、友情、そしてキャラクター性の高さが人気の秘密だ。それでも115億円超という興行収入は記録破り。いまアニメ界で次々に大ヒットを巻き起こす『週刊少年ジャンプ』連載マンガを原作の作品の存在感を改めて感じさせた。
3 『Ultraman: Rising』:Netflix版『ウルトラマン』のクオリティ
1966年の誕生から50年以上、たびたび映像化された日本カルチャーのアイコン『ウルトラマン』。それがNetflix、アメリカのCGスタジオのインダストリアル ライト&マジックによってアニメーション化された。世界最高峰のCG技術だけでなく、ウルトラマンの子育てという思いがけない視点を取り入れた意外な作品の誕生である。いま世界の日本カルチャーブームは日本コンテンツを海外で新たな作品にする潮流を生み出している。その最前線にある傑作だ。
数土 直志(すど・ただし)
ジャーナリスト、新潟国際アニメーション映画祭プログラムディレクター。国内外のアニメーションや映画・エンタメに関する取材・報道・執筆を行う。また国内のアニメーションビジネスの調査・研究をする。大手証券会社を経て、2002年に情報サイト「アニメ!アニメ!」を立ち上げ編集長を務める。2012年に運営サイトを株式会社イードに譲渡。「デジタルコンテンツ白書」アニメーションパート、「アニメ産業レポート」などを執筆。主著に『誰がこれからのアニメをつくるのか? 中国資本とネット配信が起こす静かな革命』(星海社、2017年)、『日本のアニメ監督はいかにして世界へ打って出たのか?』(星海社、2022年)。
[土居伸彰氏のトピック解題]
1 『ルックバック』:「小規模長編」のブームを呼び込む?
配信による資金のバックアップによる58分の長編アニメーション『ルックバック』の成功は、大規模産業化するアニメの全体的な方向性に抗う流れをつくり出すかもしれない。かつて『君の名は。』(2016年)の大ヒットが高校生たちを主人公とした青春もののオリジナル映画を増加させたように、『ルックバック』のヒットは今後、抑制された予算で小規模制作による、比較的短い尺の長編アニメーション映画の企画が増えていくことを予感させる。
2 公金と海外:日本アニメの新たな発展のために
一昔前まで、日本のアニメ業界をめぐっては、公金投入に対するアレルギーのようなものがあったように思われる。一方、新海誠作品や『ルックバック』において海外の興収が日本でのそれを越えたことなどを考慮すると、これからはワールドワイドなファンディングを考えていくことができるようになるのではないか。そのとき、海外での興収を想定して予算組みをしたり、国内外の補助金を活用する新たなアニメ制作のあり方が視野に入ってくるはずだ。
3 海外における表現の傾向:「実写」との融合
2024年、ミユ・プロダクションズが製作に関わった3本の長編作品が日本公開された(『リンダはチキンがたべたい!』『めくらやなぎと眠る女』『化け猫あんずちゃん』)。プレスコを実写映画のように演じたり、実写の撮影素材をもとにした「ライブ・アニメーション」やロトスコープが用いられた。いま世界的な動向として、実写映画の文法とアニメーションのそれとを融合させる試みが増加している。2025年は、岩井澤健治監督の新作『ひゃくえむ。』の公開も控えている。
土居 伸彰(どい・のぶあき)
ニューディアー代表、ひろしまアニメーションシーズンプロデューサー。1981年、東京生まれ。ロシアの作家ユーリー・ノルシュテインを中心とした非商業・インディペンデント作家の研究からスタートして、執筆やイベント開催を通じた世界のアニメーション作品を広く紹介する活動にも精力的に関わる。2015年にニューディアーを立ち上げ、『父を探して』(2013年)など海外作品の配給を本格的にスタート。国際アニメーション映画祭での日本アニメーション特集キュレーターや審査員としての経験も多い。プロデューサーとして国際共同製作によって日本のインディペンデント作家の作品製作も行っている。著書に『個人的なハーモニー ノルシュテインと現代アニメーション論』(フィルムアート社、2016年)、『21世紀のアニメーションがわかる本』(フィルムアート社、2019年)、『私たちにはわかってる。アニメーションが世界で最も重要だって』(青土社、2021年)、『新海誠 国民的アニメ作家の誕生』(集英社、2022年)。プロデュース作品に『マイエクササイズ』(監督:和田淳、インディーゲーム/短編アニメーション2020年)、『I’m Late』(監督:冠木佐和子、短編アニメーション、2020年)、『不安な体』(監督:水尻自子、短編アニメーション、2021年)、『半島の鳥』(監督:和田淳、短編アニメーション、2022年)など。
[渡辺由美子氏のトピック解題]
1 『ガールズバンドクライ』:鬱屈を抱えた主人公に共感
主人公の仁菜は、高校を退学し上京。桃香とバンドを始める。孤独だった仁菜が似た境遇の仲間と出会い、負けたくない感情をロックに乗せて放つ。「美少女×音楽もの」企画だが、ミュージシャンがリアルバンドと声優を務める本格派。オリジナル作で映像ソフト第1巻が1.5万枚を売り上げ、海外ファンも獲得。ライブも急速に大規模化。表情豊かなイラストルック3DCGをテレビシリーズで実現した東映アニメーションの挑戦も光る。
2 『窓ぎわのトットちゃん』:子どもの目から見た自由と戦争
トットちゃんが入るトモエ学園は、誰の個性も大事にする学校。観客も、彼女の目線から本来の自分を肯定できるのが素晴らしい。小林先生の「人の魂は誰も踏みつけることはできない」という思想は、泰明ちゃんと愛読書『アンクルトムの小屋』からもうかがえる。「戦争」は自由を弾圧する象徴。シンエイ動画・八鍬新之介監督がこだわったのが児童の目線。心理描写にはアートアニメ的表現も取り入れられ、国際的にも高い評価を受ける。
3 演劇『千と千尋の神隠し』:アニメ×演劇の世界展開
2024年、東宝の舞台『千と千尋の神隠し』が、日本人、日本語でのロンドン公演を開催。6カ月で30万人動員と大成功の要因には、舞台演出をイギリスのジョン・ケアード氏が担当、油屋のセットに能舞台を取り入れるなど「日本らしさ」の表現もある。氏が在籍するロイヤル・シェイクスピア・カンパニーと日本テレビは2022年に舞台『トトロ』を共同制作、ロンドンで無期限公演を実現した。2024年はニューヨークで舞台『進撃の巨人』公演など海外進出が続く。
渡辺 由美子(わたなべ・ゆみこ)
アニメ文化ジャーナリスト。1992年『アニメージュ』でライターデビュー、1994年初著書『声優になりたいあなたへ』(徳間書店)を刊行、日本初の声優誌創刊に協力。『ニュータイプ』で『新世紀エヴァンゲリオン』を担当するなど、90年代からアニメ業界のプロデューサー、クリエイターに取材を続ける。近年は「産業としてのアニメ」と「ファン文化」との関連性を追い、アニメ流通と業界の変化に焦点を当てた記事も執筆。主な連載・執筆媒体に『朝日新聞』「ASCII.jp」『週刊東洋経済』「Business Insider Japan」「日経ビジネスオンライン」等。女性アニメライターの先駆けとして、「女性アニメファンの流行と歴史」についての発表・出演も多い。
※インタビュー日:2024年11月29日
※URLは2025年2月27日にリンクを確認済み