秦 亮彦
企画・ファシリテーション:一條 貴彰
映像・音楽・ストーリーテリングなどの総合芸術であるゲームは、大型作品では数百人が関わり、各分野のプロフェッショナルが連携しながら作品がつくられます。完成した作品としては見えにくくなる各分野の工程や発想を、制作者の声で紐解く本シリーズ。今回はセガの小林秀聡氏、サウンドプログラマーの岩本翔氏にゲームならではの音楽である「インタラクティブ・ミュージック」についてお話をうかがっています。インタラクティブ・ミュージックとはどのような音楽で、実際にゲームにどのように実装されていったのかを教えていただいた前編に続き、後編では一歩進んで、ジェネレーティブ・ミュージックについて、またインタラクティブ・ミュージックのゲーム分野以外での展開事例、そしてこれからの展望について語ります。
連載目次
――岩本さんは展示会に作品を出したことがあるとお聞きしたのですが、P.O.N.D.1というイベントに出てどう感じましたか?
岩本 『Same Game, Different Music』(2022年)を出展しました。この作品では古典的なパズルゲームである『さめがめ』(1985年)のルールを基にしており、ブロックを消す順番とスコアに応じて毎回違った音楽が生成・展開されます。消したブロックの履歴が表示されるようになっているのですが、色ごとに楽曲のトラックが対応しており、4トラックに分かれて積み重なっていきます。2個のブロックを消したら16分音符2個分で、3個消したら16分音符3個分みたいな感じで、リズムになっていくんです。
『さめがめ』は、結構古くからある古典的なゲームで、同じ色のブロックが2個以上あると消せるシンプルなルールです。大きな塊をつくればつくるほどスコアが高くなるゲーム性になっていますので、このゲーム性と消していった履歴を合わせて、音楽を1音単位で生成していくことを試みたものです。
発想の元となったのは、学生時代に最初につくった『音楽マインスイーパ』(2010年)というゲームです。見た目は一般的な『マインスイーパ』(1989年)ですが、プレイしていくと旗が立ってそれが音符になって音楽を生成していくゲームです。同じように一音ずつ生成するタイプのゲームです。
今回の『Same Game, Different Music』もそうなのですけど、いわゆるジェネレ-ティブ・ミュージックと言われる分野になると思います。インタラクティブ・ミュージックより、さらに一歩踏み込んだ感じです。別にそこに明確な境界線があるわけじゃないとは思うんですけど、1楽章とか1ブロックとかより、もっと細かく1小節とか1音単位での制御が入ると「ジェネレーティブ」と呼ばれるものに近づきます。
両方とも、本当にゼロ音の状態から、だんだん一音ずつ曲ができていくところをプレイ中に体験するんです。さらに『Same Game, Different Music』には得点の要素もあるので得点の期待値によって、コード進行の緊張が高まっていって、一気に得点を取ったときにそれが解放されるようなサウンドが流れたりと、ゲームによる緊張と解放が音楽で表現される工夫も入れています。
そのなかで自分のつくる今回のメロディー」みたいなものを繰り返し聴いていると、だんだん愛着がわいてくるんですよ。音楽単体では単純なリフの繰り返しなので、例えばこれをCDにしても誰も耳を貸さないでしょうけど、自分がつくり上げる過程とともに聴いていくと、そんな気持ちになっていくのがおもしろいなと思っています。
――自分が関与してできた音楽だから特別な愛着がある。ビジュアルの例で言うと『マインクラフト』(2009年)でめちゃめちゃダサい家をつくっても自分で建てたから愛着がある、みたいなものでしょうか。
岩本 そうですね。そんな感じだと思います。音楽としていいかどうか以外に、自分がつくったことや自分が動かしたことに対する愛着がわくという実感は、ゲームをつくっているなかでもあります。ユーザーが繰り返しプレイすることによって、キャラクターに対する愛着だったり、「これが自分である」っていう感覚だったりがわいてきて、そこに「ゲーム」という表現方法としての価値が出るのではないかと思います。『Same Game, Different Music』は、これがゲーム音楽でも起こってきているし、起こせるな、と感じたタイトルでもあります。
――一音単位でプレイヤーの動きによって変化していくという要素は、小林さんが手掛けられるようなタイトルに取り入れられる余地はありそうなんでしょうか?
小林 ぜひとも取り入れたいとは思ってはいるんですけども、技術的な面での制約はあると思います。大まかに言って、ゲームの音楽には2種類のシステムがあります。一つはストリームと呼ばれている、CDとかと同じように音声データを再生するシステムと、もう一つは「内蔵音源」という、楽譜データを使ってゲーム機の中のシンセサイザーや音源を鳴らす方式です。ファミコン、スーパーファミコンの時代は内蔵音源が主流でしたが、ゲームのメディアがCDなどのディスクに移行するにつれて、歌入りの楽曲も含めたストリームが増えてきました。
ところが、ジェネレーティブ・ミュージックのような方式は内臓音源と呼ばれているもののほうが合っているんですよね。ストリーム再生というのは発音までのラグや負荷の問題もあり、1音ずつ大量に発音する仕組みには向いていません。
――現在主流の方式において一個一個の音をつくろうとすると、ゲーム機の中に楽器をつくるような方法になってしまい大変、ということですね。
岩本 同時に再生する音が多いと、単純にゲーム機への処理負荷が高くなってしまうんです。それこそ昔のゲームは同時に3音しか出せないことがありましたが、今でも制限が完全になくなったわけではありません。一般的に音楽は何十音、何百音も使ったものを、ゲーム機に乗せる前に一本の再生データにミックスダウンしているから豪華な鳴らし方ができます。ですが、それをやらずに直に音を鳴らそうとしても、実は現代の家庭用ゲーム機においても、30音とか50音とか鳴らすのは結構きついんですよ。
技術的というよりは、ジェネレーティブな表現が合う・合わないの問題がそもそもあると思います。私がつくった『Same Game, Different Music』などのゲームはプリミティブな絵だから取り入れやすいし。しかし、一般的に販売されているようなRPGやアクションのように「世界観」を持つゲームだと、そこから1音に対応するようなプリミティブな情報を取り出すのは非常に難しい。
ユーザーさんにこういうロジックで音が鳴っているんだ、こういう風に音楽ができてるんだって理解されることで、初めて自分の音楽っていう考えが生まれるわけですね。それが全然なくていろんな情報を適当に集めてきて音楽を生成しますと言われても、実感がなくて自分と離れちゃうんですよ。それはあまり良くないなと思っています。小林さんがつくったもののなかですごく印象に残っているのが、ゲーム内の木の位置に合わせて木からフレーズを流していた場面です。
小林 はい、『PSO2 ニュージェネシス』で登場した場面ですね。
岩本 ゲーム内に神秘的な森があって、そのなかを歩いているといろんな木から音が聞こえてきて、その世界全体が歌っているように感じるみたいな表現がすごく印象に残っています。そういった形で、ちゃんとユーザーが「この世界ではここから音が鳴っているんだ」というつながりを感じられる表現にまで落とし込めると、すごい効果があると思います。逆にそうじゃないと技術偏重になってしまうというか、「すごいね」っていう評価だけだともったいないですよね。
――小林さんはセガの「ファンタシースターオンライン」(以下『PSO』)シリーズやほかのタイトルで今後の展開に向けて、何か取り組みはされていますか?
小林 セガは現在全開発部署のプロジェクトを一手に受ける部署であるサウンド部があり、メンバーが40人以上いますが、企画の一環として、定期的に既存のゲームの試遊会をやっています。「このゲームはインタラクティブ・ミュージックとしての取り組みがあるな」とか「サウンドの表現がおもしろいよね」など、リサーチをして得た情報を基に、何人かのグループでゲームをする企画が定期的に行われています。例えば、自分は『ゼルダの伝説 ティアーズ オブ ザ キングダム』(2023年)をやったんですけど、そういうサウンドのメンバーで刺激的なゲームをプレイすることで得られる視点はかなり多いなと思っています。
――岩本さんのほうは今後、新しいアプローチや研究などはされるのでしょうか?
岩本 インタラクティブ・ミュージックを使うことによるデメリットもちゃんと見えてきました。これは小林さんもずっと戦っている部分であると思うんですけど、インタラクティブ・ミュージックを使うことによって、変化してくれる良い部分と、変化させるために曲の展開を制限せざるを得ない部分があります。また、本当ははっきりと変化を伝えたい場面でも、シームレスになりすぎてしまってインパクトに欠ける、といったこともあります。
CEDEC(Computer Entertainment Developers Conference)での関連講演もたくさん見ています。『ファイナルファンタジーVII リメイク』(2020年)の講演では、基本はアレンジ変化でシームレスに変化しますが、「ここぞ」というときはわざと曲を頭出しして、シームレスではなくインパクト重視に切り替えるといった工夫が紹介されていました。
ハル研究所さんの『星のカービィ ディスカバリー』(2022年)の講演でも、曲の魅力をできるだけ失わせないために、インタラクティブ・ミュージックのアプローチを使う箇所はかなり絞っていたようです。利用するときもできるだけ曲自体の良さを消さないように使うところとしっかりメロディーを聴かせるところと分けて設定したというお話が印象的でしたね。
インタラクティブ・ミュージックは、楽曲を制作するときにどういう風にゲームで生かすかというところも含めた想像力が求められているのがすごく難しいなと思います。ゲームで実際いつ遷移が起こってそれがどれくらい頻繁に起こるのか、ということは実際にゲームができあがってきてみないとわかりません。そういったなかで音楽としての良さと、ゲームに入れたときの良さをつなげる職種が必要とされているし、今活躍もされているんじゃないかなと思っています。
――グラフィックス分野におけるTA(テクニカル・アーティスト、表現と技術の橋渡し役を担う職業)みたいなことでしょうか?
岩本 まさにそうだと思います。小林さんの場合は、作曲から含めてお一人でやられていると思うんですけど、例えば「インプリメンター」と呼ばれるような、楽曲を受け取ってゲームの演出につなぎこむ仕事も徐々に増えてくるんじゃないかなと思います。作曲から一人でできる人は貴重だと思います。
――未来において、インタラクティブ・ミュージックがゲームから派生していく可能性も感じています。インタラクティブ・ミュージックのゲームの外からの関連も気になります。
岩本 最近の話では、「かかこ」さんという方が、作曲者として活動するなかで自分の音楽に合わせて音ゲーをつくり、遊べる音楽という形で発表されています。
このかかこさんによる作品は、音楽の新しいクリエイトを発掘する番組「musicるTV」でも紹介されました。ゲームとはまったく関係なく、音楽をつくってどうやって知ってもらうか、どう興味持ってもらうかというなかの一つの選択肢として、ゲーム制作という手法が候補に上がってきたのかなと思います。
ちなみに、この音ゲーには私が開発した「MusicEngine」という、ゲームエンジンのUnity上で音楽に合わせた演出をつくりやすくするためのライブラリを活用いただいています。
――海外の事例はいかがでしょうか?
岩本 例えば音楽の分野からは、2021年のRadioheadの『Kid A Mnesia』というアルバムを基にUnrealEngineを使って「Kid A Mnesia Exhibition」という、音楽作品の展示会を仮想的に構築した作品を製作されていました。これはゲームと言っていいのか微妙ですが、インタラクティブアートでちゃんと移動できて移動に合わせて音楽が展開しているので、そういう意味ではインタラクティブ・ミュージックになっています。
――インタラクティブ・ミュージックの今後の課題になりそうな点として、サウンドトラックCDがつくりにくいという話題があります。例えば、『PSO2』(2012年)の場合はサウンドトラックを出すにあたって、どういった作業や考え方で取り組まれたのでしょうか?
小林 その楽曲の構成要素はなるべく盛り込みつつ、組み合わせは作曲者がいいと思う感じで盛り込んで作ることが多いですが、その分1曲が長くなることもあります。その結果10分以上になる場合もありますが、実際のゲーム中では構成要素の全てを聞かない可能性もあるので、サウンドトラックでは十分な内容にするようにしています。
――ゲームの音楽はゲームファン同士の共通の感動ポイントでもあるので、CDを出しにくいというのはインタラクティブ・ミュージックをバリバリに活用されているタイトルならではの悩み、寂しさだと思います。
岩本 例えば、インタラクティブ・サウンドトラックと仮に呼べるようなものが出せるようになったら嬉しいですね。音楽を聞いているユーザーさんが選択肢を押すとアレンジの変化や展開の変化を自分で起こせるみたいなアプリがあるとおもしろそうです。
あるいは、ユーザーが選択せずとも、再生ボタンを押すだけで自動的にいろんなバリエーションのなかからそのときだけの曲がジェネレーティブに生成されるとか。音楽配信のプラットフォームは進化していますが、音楽再生のプラットフォームの進化の余地はまだまだ大きいと思います。
そういうときに著作権はどうなるんだろうというのが今、気になるところです。同一性が保持されない音楽という存在が、現状の著作権法が作られたときは考慮されていなかったと思うので。
――ユーザーが自分の操作でどんどん曲を変えていくという新しい表現方法のなかで、難しいところですね。
岩本 3分の曲をプレイヤーが動かしてしまうと10秒で終わらせることもできちゃうので、それは曲をつくった人からすると普通は意図してないことだと思うんですが、でもそれがおもしろいんです。
――ゲームのコンテンツの一部としてサウンドトラックを出すことはありますし、ゲーム中のBGM再生モードも昔からありますよね。それに多少パラメーターをいじる要素追加もできるし過去にもあったはずです。それを単体アプリにするとかは、だいぶハードルが高いのですが、未来には共通化されたフォーマットとか再生環境みたいのができるというのはあるかもしれないですし、表現者がつくっていてみんなに広まるかもしれませんね。
岩本 そうですね、『ニーア オートマタ』(2017年)や『ベヨネッタ』(2009年)にはゲーム内でジュークボックスがありますね。
小林 『PSO2』もゲーム内でミュージックディスクっていう名前でBGMをアイテム化してユーザーのコンテンツとして使えるようになっているシステムがあって。それは『PSO2 ニュージェネシス』(2021年)も同じです。楽曲を選んだとき、遷移ができる曲に関しては遷移を選べるようになっていて、例えばフィールドBGMが戦闘に切り替わるのと同じ動作をユーザーが操作できるようになっています。
――今回の対談はインタラクティブ・ミュージックについて多岐にわたる知見を共有いただきましたが、読者の皆様にぜひ興味を持ってほしいという点をお聞かせください。
岩本 インタラクティブ・ミュージックというものは、直接触れてもらわないと良さがわからないんですよ。私も動画やブログで発信するなかでも、動画で見たときの情報量ではまだまだ10分の1くらいしか伝わっていない。
ゲームの予告編動画を見た段階だとそこまででもないのかな?と思っていたら、実際に遊んでみたらすごく没入感があったということは私自身も経験しました。自分が操作して、自分の気持ちと合わせて味わう音楽というのが本物のインタラクティブ・ミュージックなのですよね。ゲームを触ってないけど、インタラクティブ・ミュージックに興味のある方は、やっぱり最初はゲームを体験していただきたいと考えています。
小林 いや、もう岩本さんがすべておっしゃってくださいました。制作者側としても、とにかくインタラクティブ・ミュージックという表現に直接触って楽しんでいただきたいと思っています。
――ありがとうございました。
脚注
小林 秀聡(こばやし・ひであき)
1998年、株式会社セガ入社。『ファンタシースターオンライン』(2000年)を担当時、インタラクティブ・ミュージックのシステムを発案。その後「ファンタシースター」シリーズのサウンドを担当し、『ファンタシースターオンライン2』(2012年)では新たなBGMシステム「Sympathy」の設計を行った。現在『PSO2 ニュージェネシス ver.2』でも引き続きサウンド制作を担当。
岩本 翔(いわもと・しょう)
フリーランスとして、ゲームを中心としたサウンド演出に関するプログラミングを業務としている。株式会社スクウェア・エニックスで「ファイナルファンタジー」シリーズに搭載されたインタラクティブ・ミュージックのシステムを設計・実装。
※インタビュー日:2023年10月18日
※URLは2024年4月16日にリンクを確認済み