小倉 健太郎
2016年にキズナアイが初めて「バーチャルYouTuber」を名乗り、VTuber文化が生まれました。通常、モーションキャプチャーの技術でキャラクターを動かし動画を制作しているVTuber。そこから派生した作品群には、コマごとの技術を用いて制作する一般的なアニメーション作品との共通点も見られます。では、VTuberはアニメーションと言えるのでしょうか? 本稿では、VTuberとアニメーションそれぞれの成り立ちを見ていきながら、両者の関係を探っていきます。
VTuberとアニメーションはどのような関係にあるのでしょうか。ジャーナリストの広田稔はVTuberを定義する上で重視する点として、「モーションキャプチャーの技術を利用して2D・3Dのキャラクターを動かし、動画や生放送などをインターネットで配信している」1という2点を挙げています。モーションキャプチャー(MoCap)とは、対象の動きや表情をトラッキングし、その動きをCG(コンピューター・グラフィックス)に反映させる技術です。仮想世界のアバターなどに装着者の動きを反映させる技術として、VR(バーチャル・リアリティ/仮想現実)の分野にも用いられています。VTuberは主にこうした技術を用い、2Dないし3Dのキャラクターの姿でYouTubeなどの配信サイトで動画の投稿や生配信などを行う、というのは多くの人が同意するでしょう。
ただし、歴史的経緯を踏まえるならば、キズナアイが2016年に「バーチャルYouTuber」を名乗り、それに追随していくかたちで今日のVTuber文化が築かれています。上述の定義に当てはまる存在は2011年に動画投稿を開始したAmi Yamatoなどキズナアイ以前にもいたのですが、多くの場合VTuberとは見なされません。そのため、この記事では上記の定義に加え、自らをバーチャルYouTuberないしそれに類するもの(VTuberやバーチャルライバー)として提示する存在をVTuber2と考えます。
それでは、VTuberの動画や生配信はアニメーションと考えられるでしょうか。仮に、米アカデミー賞の定義を当てはめてみます。同賞長編アニメーション部門では「アニメーション映画とは、動きやキャラクターの演技をコマごとの技術を用いてつくる映画のこと」3とされており、上映時間の75%以上にこの技術が用いられていればアニメーション映画と見なされます。代表的なコマごとの技術としては、セル・アニメーションなどに用いられるコマ撮り4がありますが、米アカデミー賞ではコンピュータ・アニメーションなども例として挙げられています。一方、MoCapに関してはアニメーション技術ではないと明記されています。この除外によって、主要キャラクターの動きをMoCapで制作している『アバター』(ジェームズ・キャメロン、2009年)などはアニメーション部門から弾かれることになります。
この定義に従うのであれば、「モーションキャプチャーの技術を利用して2D・3Dのキャラクター」を動かすVTuberの動画/配信は、アニメーション技術を用いておらず、アニメーション作品でもないということになるでしょう。一方、VTuberが投稿した動画であってもMoCapを用いず、コマごとの技術で動きが表現されたものはアニメーション作品と見なすことができます。3DCGモデルを用いる場合でも、そこに適用される動きがMoCapではなくアニメーターによるもの(手付け)であれば判断が異なることになります。このように、米アカデミー賞の定義を用いると、ある程度機械的にアニメーションか否かを切り分けることができます。
むろん、どのような定義を採用するかは人や業界によって異なります。例えば、全編MoCapを用いた日本の3DCG作品『ビジネスフィッシュ』(住田崇、2019年)は「ニュースタイルアニメ」として宣伝されていますし、モーション・グラフィックス史研究者の田中大裕は、全面的にMoCapを用いた『攻殻機動隊SAC_2045』(神山健治、荒牧伸志、2020年)について、アニメーションとみなすほうが「一般的なはずだ」5としています。実際、同作は制作も行った配信サイトNetflixにおいてジャンル「アニメ」に分類されています。また、ダンスシーンなど部分的にMoCapを用いたアニメ作品は今日多く見られます。これらの作品の多くはセルアニメ風の外見をしたいわゆる「セルルック」の3DCGにMoCapを適用しており6、キャラクターの見た目は従来のアニメ作品に近いという特徴もあります。このように、日本のアニメ業界においては、MoCapで動きがつくられたものであっても従来のアニメの文脈でつくられたものは、アニメーションないしアニメと捉える見方が、ある程度においてコンセンサスを得ているようです。
それでは、VTuberの場合はどうでしょうか。VTuberの投稿動画でも手描きアニメーション動画などは「アニメーションMV」などのかたちで提示される例がしばしば見られます(図1、2)。
3DCGモデルを用いた場合も同様で、前出の田中がMoCapではないと指摘する7動画シリーズ『ホロのぐらふぃてぃ』はホロライブの公式YouTubeチャンネルの再生リストにおいて「【3Dアニメ】厳選ホロぐら【3D-animation】」8として紹介されています。
このように、あくまでも傾向という話になりますが、VTuber業界においてコマごとの技術を用いたものは「アニメーション」「アニメ」などと明示される傾向があります。一方で、アニメ風の外見をしたVTuberであっても、MoCapを用いた通常の動画/配信は特にジャンルについて言及されないのが一般的です。このことについて、ライターの泉信行は次のように指摘します。
一般的に彼(彼女)らが動く映像は「アニメ」と呼ばれないようになっていく。「アニメーション技術ではなくVR技術」であり「番組ではなくYouTuber動画」だという点を強く押し出した「バーチャルYouTuberキズナアイ」の運動が大きく働いていたと思う。9
キズナは先述のように「バーチャルYouTuber」という名乗りを初めて行い、VTuber文化の先駆者とみなされています。キズナは自身の名乗りについて次のように答えています。
わたしは自分のことをずっとYouTuberだと思っていて、だけど人間のみんなとは違うバーチャルな存在だよね、というわりと単純な考えで名乗り始めた言葉ではあるんですけど、この響きを大切に思っています。だから自分自身を表す言葉として「バーチャルYouTuber」を使っています。10
キズナはあくまでもYouTuberとして自らを捉えているのです。同様の技術を用いたものをアニメーションとして捉える見方と、YouTuberとして捉える見方が存在するこうした事態について、次節以降では映画史家ゴードロー(André Gaudreault)の考えを補助線に見ていきます。
一般に「映画の誕生」はリュミエール兄弟(Auguste Lumière & Louis Lumière)が自らの発明したシネマトグラフを用いて上映会を開いた1895年のこととされています。一方、ゴードローは装置としてのシネマトグラフの発明と制度としての映画の誕生を異なるものと考えます11。いわゆる「初期映画」はシネマトグラフなどの装置を、マジック・ランタンのような従来の「文化シリーズ」12の文脈で用いたものであり、映画という確立された制度は存在しなかったというのです。ゴードローによればそれが誕生したのは1900年代末から1910年代初頭のことになります。
初期アニメーション映画に関しても同じことが言えるというのが私の考えです。今日、「世界最初のアニメーション映画」と広く見なされている作品がブラックトン(James Stuart Blackton)による1906年のコマ撮り作品『愉快な百面相』です(図3)。
しかし、アニメーションという語がコマ撮り技術を指すようになるのは1910年代末、さらに作品ジャンルを指すものとして用いられるのは1930年代のことであり13、この作品も当時は「滑稽な新商品」14と宣伝されていました。
この作品はライトニング・スケッチの文脈で考えることができます。これはチョークで次々に線を描き加えることで瞬く間に図像の形態を変化させていくボードビル芸の一種(図4)で、ブラックトンはこの芸に長けていました。
彼は1900年に『魔法のドローイング』、1907年に『ライトニング・スケッチ』という映像作品を制作しています。これらは撮影を一旦止め、その間に図像を描き直すトリック技法によって、ライトニング・スケッチで描いた図像が勝手に動いたように見えるものでした(図5)。この間の1906年に制作された『愉快な百面相』では、先の技法を連続して用いること(コマ撮り)で図像が連続して動いているように見えます。つまり、「世界最初のアニメーション映画」は、「初期映画」におけるトリック技法の試みとライトニング・スケッチの文化シリーズが交差するところに生まれた作品でした。
一方、コール(Emile Cohl)らはマンガ原作をコマ撮り技法を用いて映像化し、そうした作品はアニメイテッド・カートゥーンと呼ばれるようになります。『愉快な百面相』と同様の技法を用いてはいても、これらは漫画の文化シリーズに連なるものと見なすことができます。ほどなく、この呼称はマンガ原作の作品に限ったものではなくなり、それ自体のジャンルとして成立していきます。やがて、コマ撮りを用いた人形作品や抽象作品なども含んだアニメーションという作品ジャンルが登場します15。
最後に、文化シリーズという概念で再びVTuberを考えてみましょう。MoCapは20世紀から用いられている技術ですが、近年になり低コスト化し装置も手軽なものになり普及が進みました。また、動きや表情が適用されるCGに関しても多彩な表現が可能になっています。先述の『ビジネスフィッシュ』などは、こうした技術をアニメの文化シリーズの文脈において用いたものと考えることができます。こうした技術はまた一方でVlog(Video Blog)の文化シリーズと結びつきAmi Yamatoを生み出し、さらにYouTuberの文化シリーズと結びつきバーチャルYouTuberキズナアイを生み出すことになります。そして、電脳少女シロをはじめとしたフォロワーがキズナの動きに追随していくことによって、VTuberというそれ自体のジャンルとして成立していったというのがこの記事の見解になります。ただし、これらは別々の動きではなく、キズナアイの立ち上げに関わったcort(辻昇平)がMoCapを用いた生放送番組『みならいディーバ(※生アニメ)』(石ダテコー太郎、2014年)にも関わっているように相互に関連した動きでした16。
ライトニング・スケッチの文化シリーズに連なるものとして誕生したアニメーション映画の主流が物語を語るものになったこととは対照的に、今日のVTuberではゲーム実況・雑談・バラエティ企画など即興性が大きな比重を占めるようになっています。ライトニング・スケッチを彷彿させる、絵を描く過程を見せる動画や配信も存在します。その姿は、アニメ風のキャラクターがアニメーション映画とは別の道を進んでいることを象徴しているようです。
脚注
※URLは2024年3月11日にリンクを確認済み