ゲーム史を書くための資料を考える――時代と収集方法の変遷、歴史を紡いでいくために

執筆:松尾 奈々絵(一般社団法人マンガナイト)/編集:鈴木 史恵(一般社団法人マンガナイト)/収録・編集:坂本 麻人(Whole Universe)

文化庁では、令和5年度文化庁メディア芸術連携基盤等整備推進事業MAGMA sessions 1を実施しました。「ゲーム史を書くための資料を考える」をテーマにしたトークセッションでは、登壇者に『日本デジタルゲーム産業史』(人文書院、2016年、増補改訂版 2020年)著者の小山友介氏、『日本の「ゲームセンター」史 娯楽施設としての変遷と社会的位置づけ』(福村出版、2022年)著者の川﨑寧生氏、『現代ゲーム全史 文明の遊戯史観から』(早川書房、2016年)著者の中川大地氏を招き、ゲーム史を書く困難さや時代と共に変化していく資料の集め方等の考えを議論しました。内容を一部抜粋してご紹介します。(ファシリテーター:山田集佳)
(※テキストでは一部抜粋してお届けします。全トーク内容は動画にてご覧いただけます)

ゲーム史を書く「困難さ」

山田  最初に皆さまの研究内容について教えてください。

小山 ゲーム産業「史」ではなく「論」を専門としています。今を知りたかったら、過去にどのような発展をしてきたのかを理解しないと議論できない。『日本デジタルゲーム産業史』は、あくまでもゲーム産業とはどういう産業なのか、日本のゲーム産業がどういう状態なのかを議論するため、必要に迫られて書いたのが始まり。

「産業とはどういうものか」を議論するためには、データとして根拠があるものにする必要があり、データとしてゲーム産業史的な知識が必要になる。「どこが重要なのか」を理解するためには、産業論のような枠組みが必要になる。車輪の両輪のイメージで同時に作ったような面があります。

史実を書く際に求められる能力としては大きく「調査・取材」「理論的分析」「分析を通じた全体像の構築」の3種類がありますが、私は「調査・取材」はほとんどしていません。『日本デジタルゲーム産業史』では、基本的に既存文献を再構成し、いろいろな数字やデータをさまざまな場所から集めるなど、既存の情報を再整理することで、見通しを提供しました。

例えばゲーム開発が大規模化していったことの根拠を示すために、「ドラゴンクエスト」シリーズ のエンディング動画を見て、スタッフロールに出てくる名前を全部一回入力してからダブりを消して数え直すような、手間暇がかかる作業もたくさんやりました。

『日本デジタルゲーム産業史』は世界的に見ても、一国のゲーム産業を通史として書いた最初のものだったようです。今後、アメリカや欧州でのゲーム産業史、さらに「世界ゲーム産業史」が書かれる際に、著書を「部品」として使ってもらい、議論や執筆が活発になれば嬉しいです。

川﨑 現在の「ゲームセンター」が生まれる前の時代も含む、ゲームセンターに関わる事象論を対象に研究しています。手法としては、文献資料や、フィールド調査などで得た質的資料を元に、実証分析をする形です。大学時代に学んだ歴史学的な手法がベースになっています。

ゲーム史は今も続いている学問であり産業なので、社会の影響を切り分けて考えることはできません。その結果、研究分野としては歴史学と社会学が混ざっています。

例えば『日本の「ゲームセンター」史』第2章では、日米ゲームセンター史の比較分析を行い、第3章ではその要因について分析しました。賭博や青少年の非行が問題になり、巻き込まれる形でゲームセンターも青少年保護の観点から問題視されていったこと。その時になぜ日本では、他国と比べて緩めの規制で済んだのか。これを先行研究と文献資料の調査分析、国会議事録などの政治的な資料や社会状況を踏まえて考察しました。全体的に文献資料が重要となった研究といえます。

一方、駄菓子屋や玩具屋に広まったゲームコーナーを取り上げた6章では、先行研究を含めて資料が非常に少ないため、業界専門紙である「コインジャーナル」の記事を踏まえ、全体像を歴史学的に見た上で、フィールド調査によるインタビューを行って考察しました。資料は対象を取り巻く社会状況を考え、調査分析する前段階を整理するために必須でしたが、二次資料が主体であるため、質的調査による補足も絶対に必要でした。

中川 自分はアカデミアに属する研究者ではなく在野の評論家・編集者の立場で、「PLANETS」という批評メディアの副編集長をしています。これはさまざまなカルチャージャンルや文化・社会とのかかわりを横断的に扱う総合批評誌として創刊した雑誌で、2010年刊行の『PLANETS vol.7』(第二次惑星開発委員会)で、情報社会論的な観点からそれまでのデジタルゲーム史を振り返る「ゲーム批評の三角形〈トライフォース〉」と題した特集を行いました。

そこでの議論を下敷きに2016年に出版した『現代ゲーム全史』は、あまり細かく対象や観点を限定せず、普通の人が現代の日本語で「ゲーム」と聞いた時に思い浮かべるであろうコンテンツジャンルとしてのデジタルゲームを中心的な対象にしました。歴史的事実の厳密な記述というよりは社会思想的な意義を抽出する読み物として、そこにどんなダイナミズムや面白さがあるのかを、むしろゲームに興味がない人にも自分が生きてきた同時代史と照らし合わせながら体感してほしくて書いた本です。

あえて定義を厳密化せず「現代ゲーム(contemporary games)」という言い方にしているわけですが、とはいえそこには若干独特なニュアンスの限定があって、要はこの言い方って20世紀後半に発展した「現代アート(contemporary art)」からの転用なんですよ。

つまり「情報技術や映像技術を基盤としながら、新たに人間に新しい遊びや芸術的な体験を提供するようになったもの」を「現代ゲーム」と概念化して捉え直すことで、コンピューターを使ったゲームだけではなくて、それと同時代的に発展していったボードゲームやテーブルトークRPG(TRPG)、トレーディングカードゲームもニュアンスとして含むことも意図しています。

事実として正確かどうかを大前提に、情報を一つひとつ吟味して取捨選択し、文献資料とその時代の気分を伝えるさまざまな言説の両方を突き合わせながら、いかに発見的な知見を取り出せるかが、自分なりのゲーム史をまとめるにあたっては特に苦労した点でした。

時代の変化と資料収集、「語り」の課題

川﨑 アーケードゲームは立地や地域によって大きく状況が変わります。地方と都市ではゲームセンターの在り方が異なりますし、店主が副業的に運営するゲームコーナーだと管理の仕方が全く違います。子供たちにどう遊んでもらうのかもまちまちとなると、文献資料のみでまとめるのは不可能であり、質的資料に頼らざるを得ないところもありました。

今後の研究でいえば、クレーンゲームやプライズゲーム、プリクラ機などがどのように遊ばれているのかを知るには、Instagramがメインの資料になります。 人々がどのようにゲームを楽しみ、文化として盛り上げているのか、コミュニケーション空間をどうやって作り上げているのかを見るには、質的研究に頼らざるを得ないところがあると考えています。

1990年代、2000年代のプリクラに関しては『ゲームセンター文化論』(加藤裕康、新泉社、2011年)の補論で分析されていますが、それから20年が経ち状況も変わってきました。10年20年の間に目まぐるしく変化する社会を書き、考察していくことは、学術的には非常に難しいということを、場所をベースにした議論では特に考える必要があると感じます。

小山 スマートフォンのゲームの場合、データがあまり残らないですね。現在、Steam(PCゲームのプラットフォーム)では年間で1万タイトルほどリリースされていますが、データがほとんど残っていないものもあります。さらに言えば、日本という国で括ることにも無理が出てきました。2020年に『日本デジタルゲーム産業史』の増補改訂版は出せましたが、三訂版となるともう難しいですね。

中川 同感です。80年代や90年代の作品は、モノとして残っているので、まだ保存しやすいと思うんですよ。例えば立命館大学のゲームアーカイブプロジェクトや好事家の方たちによる動態保存のケースはいろいろあって、特にルドン・ジョゼフさんのゲーム保存協会ではマイコンブーム期のPCゲームにも力を入れていて、フロッピーディスクなどの管理方法も非常に精密に整備されています。

対して、自分がゲーム史を書くときに最も情報を追うのが難しかったのは、むしろ2000年代以降のフィーチャー・フォン向けの携帯電話ゲームでした。そもそも当時の制作会社がなくなってしまっていたり、人づてで関係者に連絡を取ろうとしても、お会いできないことが多かったりして。特に大手プラットフォーム登場以前の作品は追えなくなってきています。オンライン時代の作品のアーカイブの残し方はゲームアーカイブ推進連絡協議会2 でも話題になりつつも、どうしたらいいのかがまだわかっていないという状況が続いています。

国内のゲーム所蔵館と連携して、アーカイブの問題点やノウハウの共有、アーカイブを進めるための窓口機能の環境構築を目的に、2019年から文化庁のメディア芸術連携促進事業、メディア芸術連携基盤等整備推進事業内で実施。ゲームのアーカイブや研究を実施する大学、NPO法人や関連企業が参加している。

小山 私の場合、産業史だから書きやすかった点はあります。売上データや機種データ、どのような技術が導入されたかなどは収集しやすい情報です。ただし、その方法ではどのような遊ばれ方をしていたのかという情報は残りません。

中川 時代を追う資料に関しては、雑誌メディアで間接的に情報を追えますよね。関連雑誌メディアから追うことを徹底的に行った上で、そこから先はどうするのか、どこまで追えてどこからが追えなくなるのかの調査をしてみても良いかと思いますね。

川﨑 アーカイブの難しさという点では、アーケードゲームはまさに大きな問題です。まず、実物がそもそも残りづらい。筐体を修理し、保存、メンテナンスするという技術的な問題がありますし、メダルゲーム、プライズゲーム、プリクラなども含め、ゲームそのものの種類も多い。保存するのは結局、個別の業界団体や施設が主体になってしまっています。

資料的な観点で特に難しいのはプライズゲームです。景品そのものが残らないという根本的な問題があります。業界雑誌や写真での記録がないと資料にならないんですね。また、企業が主導でやっていないプライズも多く、そういうものは現地写真がないと記録として残っていきません。そうした1点ものをどのようにアーカイブするかも、大きな課題になってくるでしょう。

また、どうしても難しい問題として、いわゆる海賊版とかコピー基板的なもの、コピーゲーム機の記録など、非合法的なものの中にはゲーム文化や社会に大きな影響を与えているものもありますが、企業や産業としては、歴史に残すのは非常に難しい。

山田 議論を伺っていて、「ゲーム」のコンセンサスがそれぞれ異なり、資料も非常に膨大ではありながら個別に存在している中で、それをどのように研究に使っていくのか、あるいはどのような資料を見つけていくのかは、ゲームを出す側、あるいは遊ぶ側も含めて一緒に考えていかなければいけない話だと実感しました。

小山 自分は専門外のため、ゲームの中身の議論は限りなく削りました。ゲームジャンルの発展史や影響史は、ゲームデザインを学ぶ人にも長期的には絶対に必要なものだとは思いますが、まだ資料や研究が足りていない。懐かしトーク以上にはならないというのがあるかなと。

川﨑 懐かしトークも含めて、ゲーム史の語りは個人史になりがちです。それを学術的にはどのようにゲーム史におさめるべきか、全体としてどうだったのかを、私も含め、きちんと考える必要があります。ただ、それをやるには単純に自分の好きなものを調べるだけではなく、社会的に何があったのか、全体で見なければいけませんね。

中川 僕が『現代ゲーム全史』を書く時、実は裏のテーマが一つあって。1990年代から2000年代初頭にかけて、郵便を使って遠隔地のプレイヤー同士が数百〜数千人規模で遊ぶ「Play by Mail(プレイバイメール)」というアナログゲームがTRPGの隣接ジャンルとして隆盛していた時代があって、僕はこれに中学から高校時代にかけてものすごくハマっていたんです。何とかこのゲーム体験を後世に伝えることができないか、という野望がずっと僕の奥底にあったんですよ。

どうしたら多くの人にこのニッチで個人的な体験を普遍的なテーマとして伝えることができるのだろうかという情熱から、「ゲーム」の全体像をつかまなければいけないという使命感が生じていき、ひいては自分の好きなジャンルと他のジャンルとの関係や社会状況の中での位置づけといったことに関心が向かっていきました。

これからゲーム史研究を志す人に伝えたいのは、自分の情熱の「核」が、どうしたら自分以外の人に伝わるのかを考えよう、ということです。その手がかりになる羅針盤も先行研究としてかなり充実してきているので、自らの個別の体験の深掘りと、できるかぎり全体像を俯瞰しようとする視点を往復しつつ、自分なりの叙述方法を見つけていってほしいと思います。

※詳細の議論は動画をご覧ください
※URLは2024年2月10日にリンクを確認済み

脚注

  1. 文化庁が主催するメディア芸術4分野(マンガ・アニメーション・ゲーム・メディアアート)のアーカイブの現状を知り、これからのアーカイブの意義を考えるためのイベントサイト。 ↩︎
  2. 国内のゲーム所蔵館と連携して、アーカイブの問題点やノウハウの共有、アーカイブを進めるための窓口機能の環境構築を目的に、2019年から文化庁のメディア芸術連携促進事業、メディア芸術連携基盤等整備推進事業内で実施。ゲームのアーカイブや研究を実施する大学、NPO法人や関連企業が参加している。 ↩︎

登壇者プロフィール(敬称略)
小山 友介(こやま・ゆうすけ)
芝浦工業大学システム理工学部教授。日本におけるデジタルゲーム産業の興亡を描いた『日本デジタルゲーム産業史』(人文書院)を2016年に出版。2020年に増補改訂版を出版。共著書に『コンテンツ産業論 混淆と伝播の日本型モデル』(東京大学出版会、2009年)、『メディア・コンテンツ産業のコミュニケーション研究』(ミネルヴァ書房、2015年)など。

川﨑 寧生(かわさき・やすお)
立命館大学先端総合学術研究科授業担当講師。立命館ゲーム研究センター客員研究員。日本のゲーム文化と社会との関係性を生み出す、周辺の社会的認識についての調査研究を行う。『日本の「ゲームセンター」史 娯楽施設としての変遷と社会的位置づけ』(福村出版)を2022年に出版。

中川 大地(なかがわ・だいち)
評論家、編集者。批評誌『PLANETS』副編集長。情報テクノロジーと出会ったゲームが社会にどのような影響を与えてきたかを描いた『現代ゲーム全史 文明の遊戯史観から』(早川書房)を2016年に出版。ゲームアーカイブ推進連絡協議会に参画。

山田 集佳(やまだ・しゅうか)
フリーライター。児童向けゲーム雑誌の編集を経て、現在はゲームメディア「IGN Japan」などでおもにゲームと映画についての記事を執筆するほか、ゲームシナリオ等も手掛ける。インディーゲームを網羅的に紹介した『インディ・ゲーム新世紀ディープ・ガイド──ゲームの沼』(Pヴァイン)に寄稿。

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