アーカイブの場の維持について――関係性と工夫、そして課題

執筆:いわもと たかこ(一般社団法人マンガナイト)/編集:鈴木 史恵(一般社団法人マンガナイト)/収録・編集:坂本 麻人(Whole Universe)

山内 本セッションのテーマは「アーカイブの場の維持」としています。さまざまな分野の方と議論を行ってきた中で、アーカイブは活用される必要があり、これまでアーカイブ活用というと展示が中心でしたが、それ以外の方向もあり得るのではないかというお話も出てきました。今回はそうした、展示以外の方向も含めてアーカイブの維持に取り組まれている方々にお話をお伺いしたいと思います。まずはお一人ずつ、ご自身の活動についてご紹介をお願いします。

入江清佳「長崎学研究所」

入江 長崎市長崎学研究所で学芸員をしています。長崎市には昭和期に活動したマンガ家・清水崑の資料を展示する展示館がありまして、長崎学研究所ではそこでの展示物を含め、清水崑の資料の調査研究を担っています。

清水崑は、1912年に長崎市の銭座町(現在の天神町)で生まれ、戦前も作品が映画化されるなど活躍しておりましたが、有名になったのは、「新夕刊」という新聞、その後に引き継がれた朝日新聞で政治マンガを執筆したことがきっかけです。こちらが清水崑展示館に収蔵している原画です。

そして1951年に清水の代名詞となるかっぱマンガの執筆が始まります。まず朝日小学生新聞で「かっぱ川太郎」を連載して、1953年には大人河童の生活を描いたマンガ「かっぱ天国」が大ヒット。今でいう社会現象になりました。こちらが「かっぱ天国」の原稿です。

このほかにも、有名人を取材して絵と文章を書いたり、小説の挿し絵や装丁、舞台や映画、テレビの背景デザイン、大人向け絵物語を執筆したりなど、大変多岐にわたって活躍しております。

没後、ご遺族からマンガ原画を中心に寄贈があり、2001年11月1日に清水崑展示館が開館しました。現在では3704件の資料が収蔵されています。

2022年度からはメディア芸術アーカイブ推進支援の採択事業において、清水崑のマンガ原画の資料の高精細画像を撮影しています。

また、長崎市民向けに研究成果の講座を実施しています。さらに、同じ大人マンガの、同年代のマンガ家達の関連ミュージアムとの研究連携などを行うよう検討中です。今年(2024年)がちょうど清水の没後50年ということで、清水の業績を知らない世代も増えていますので、基礎をきっちり固めて、発信や研究に更に活用できるようにしていければと考えています。

▼清水崑展示館
https://www.city.nagasaki.lg.jp/kanko/820000/828000/p023993.html

令和4年度メディア芸術アーカイブ推進支援事業
清水崑マンガ原画等資料アーカイブ化事業
▼取組及び成果の概要
https://www.bunka.go.jp/shinsei_boshu/kobo/pdf/93911301_29.pdf
▼取組及び成果の詳細
https://www.bunka.go.jp/shinsei_boshu/kobo/pdf/93911301_30.pdf

田中範子「神戸映画資料館」

田中 神戸映画資料館の支配人を務めています。当館は現在、NPO法人プラネット映画保存ネットワークによる運営という形になっています。民営のフィルムアーカイブいうことで、映画に関するあらゆるものの収集・保存・活用を目指している団体です。映画フィルムは約2万本、書籍、映画雑誌は1万冊。パンフレット、宣材と呼ばれるポスターやチラシ、写真、絵看板など、さらには映写機材、撮影機材、編集機材、録音機材なども収集しています。

1974年に神戸出身の安井喜雄を含む映画好きの仲間が「プラネット映画資料図書館」を開設し、映画資料の収集を始めたのが最初です。やがて、阪神淡路大震災で大きな被害を受けた神戸・新長田において、映画文化施設づくりが兵庫県神戸市の協力を得て進展する中で、2007年に「神戸映画資料館」が開館し、安井が代表を務める任意団体の神戸プラネットが2009年より独立採算事業として運営する形になりました。2014年には文化庁の美術館歴史博物館重点分野支援事業に採択され、ようやく収蔵フィルムの網羅的な調査が実現しました。2019年に設立したNPO法人で運営を引き継ぎ、現在に至ります。

▼神戸映画資料館
https://kobe-eiga.net/

令和4年度文化芸術振興費補助金メディア芸術アーカイブ推進支援事業
神戸映画資料館所蔵アニメーションフィルムのデジタルアーカイブ事業
▼取組及び成果の概要
https://www.bunka.go.jp/shinsei_boshu/kobo/pdf/93911301_23.pdf
▼取組及び成果の詳細
https://www.bunka.go.jp/shinsei_boshu/kobo/pdf/93911301_24.pdf
▼団体による成果URL
https://kobe-eiga.net/cinema/research/

『フィルム 私たちの記憶装置』オンライン配信(有料)
https://kobe-eiga.net/programs/1447/

神戸映画資料館の設立までにすでに相当量の資料を持っており、ほかにはない貴重なフィルムを国立映画アーカイブに提供し、先方がそこからニュープリントをつくり、国が所有できるフィルムにするなどの形で、公にも貢献してきました。神戸には、震災後の復興事業の一環、町のにぎわいづくりの一助になればという期待から招致されました。

現在、迎えている危機が収蔵スペース不足です。施設のすぐ近くにメインの収蔵庫があるのですが、資料がどんどん増えてきて、新規に受け入れるフィルムを置く場所がないということで、もともと大阪にあったプラネット映画資料図書館の事務所を引き払ってこの長田区に新たに場所を確保するなど、さまざまな工夫を行っています。

三好寛「認定NPO法人アニメ特撮アーカイブ機構(ATAC)」

三好 アニメ特撮アーカイブ機構(ATAC)の事務局長を務めております。我々は特定非営利活動法人で、アニメーションと特撮の様々な資料、特に中間制作物を中心に収集保管し、できる限り利活用して、アニメーションや特撮も文化のひとつとして後世に伝え残していこうという活動をしている団体です。

理事長に映画監督・プロデューサーの庵野秀明、副理事に研究者の氷川竜介、映画監督の樋口真嗣ほか、発起人としてはこういったメンバーで組織されています。

2012年に「館長庵野秀明――特撮博物館 ミニチュアで見る昭和平成の技」という展覧会を東京都現代美術館で開催しました。この展覧会が成功しまして、アニメと特撮の資料類を世に残す活動を続けようということで2017年にNPOとして発足し、2023年1月に東京都から認定を受けました。

中間制作物は本当に、映像の秘密が隠されている第一資料だと思います。これらを見ることで、改めて映像の魅力がわかりますし、絵画や彫刻と同じく美的価値が高いとも思っています。映像に限らず、ものづくりをする人たちにヒントを与え、クリエイティブに昇華してもらえるのではないかと考えています。

ところがアニメーションや特撮の世界では、映像を作り終えたら、中間制作物は用済みだとして捨てられてきた歴史があります。これを何とか、ちゃんとした状況で保存して残したい。そのために、資料を整理して、分類・リスト化し、長期保存ができるような環境を整え、という活動を地道にやっています。

公との連携事業としては、森ビル株式会社とともに特撮に関連する事業を実施しており、これは「特撮の神様」と称される円谷英二監督の出身地である、福島県須賀川市と連携して行っています。なお、こちらの事業については文化庁のメディア芸術アーカイブ推進支援事業に採択され、支援を受けています。

我々が「特撮博物館」を終えた後、出品したミニチュア等々の行き場にとても困っていたところに、須賀川市が保管場所の協力をしますとおっしゃってくださり、2020年に使わなくなった公民館をリノベして、1棟まるまる特撮の関連資料を保管する施設「須賀川特撮アーカイブセンター」を作りました。こちらは須賀川市の公共施設として、市が運営しています。

▼須賀川特撮アーカイブセンター
https://s-tokusatsu.jp/

令和4年度メディア芸術アーカイブ推進支援事業
日本特撮アーカイブ(特撮美術監督 渡辺明による記録資料の調査/保存)
▼取組及び成果の概要
https://www.bunka.go.jp/shinsei_boshu/kobo/pdf/93911301_31.pdf
▼取組及び成果の詳細
https://www.bunka.go.jp/shinsei_boshu/kobo/pdf/93911301_32.pdf

地域や公との関係をどう考えるか

山内 場の維持を考えていくうえでは、特に自治体など、公などとの関係も重要になってくるかと思うのですが、そうした方々とどのような関係を築いているのかをお伺いしたいと思います。

入江 清水崑の場合は、長崎市民との関係が大切ですね。寄贈を受けた時点では知名度が高く、地元長崎出身の著名な方ということで長崎市民もこれを受け入れる素地があったと思います。ただ、現在では地域と清水のつながりが少しぼやけてきてしまっているので、まずそこをはっきりさせていきたいなと思っています。昭和期の積み重ねがあって、ここに清水崑記念館があるということを市民の方や若い世代にも知っていただいて、長崎出身のマンガ家として改めて大切にしてもらえるように運営や調査研究を進めているところです。

三好 須賀川市には、円谷英二さんの故郷であり、特撮文化発祥の地であることを街づくりの一環としてPRすることに取り組んできたという素地がありました。その中で我々が特撮の造形物、ミニチュア、中間制作物の保存場所に困っていたところに、ご相談に前向きに乗ってくださった形です。

ただ、最初は町づくりの一つの材料と考えていらしたんだと思います。こちらとしてはまず、文化的に大事な資料として残したいという発想だったので、そういうことをちゃんとやってからいろいろ活用されたら、それは観光にもプラスになりますよ、町おこしにもなりますよ、みたいなお話をさせていただいたところ、いち早くご理解いただいて、きちんと保存をやりましょうと言っていただいた。そこは非常にありがたいです。

なので、須賀川市特撮アーカイブセンターは、須賀川市も私たちも位置づけとしては保存施設と考えています。いわゆる博物館にはせず、見学が可能な状態で収蔵しているという言い方をしています。まずは残すことが大事だろう、と。展示を中心とした利活用は、いろんなところで行うことができるという考えです。

田中 私たちの場合は、NPOでの運営という、今の体制が最適だと思っています。そもそも50年前に「映画が好きな仲間」が始めた活動で、そういう始まり方をしたからこそ、集めることができた資料が実際に残ってきています。行政と一体化していない分、収集の自由があるということが、神戸映画資料館の大きな存在意義だと考えています。

一方で、保管する場所がないという問題は非常に切迫してきております。まずは捨てない、捨てさせないという防波堤に我々はなっていると思いますが、保管する場所を持つということは、当然費用がかかり、NPO単独ではとても支えきれないのが現状です。私自身が目標として考えているのは、全てを行政に頼るということではなくて、例えばまず、先ほどの須賀川市のように、使用していない公民館を場所として提供をしていただく。あるいはNPOとして法人化していますので、賛助会員であるとか、我々の活動の意義を認めてくださっている方々に支えていただく。さらに、こちらで行う映画上映会などのイベントの収益を充てる。この3つの資金源をバランスよく持てれば、今後も継続できる可能性が出てくると考えています。

「場を維持する」うえでの工夫と課題、今後の展望

山内 ありがとうございます。ここからは、みなさんがアーカイブの場を維持されていくうえでの工夫や、課題として考えられていることがあればご共有いただければと思います。

入江 まずは地元の方とのつながりが重要だと思います。土地柄的に歴史が好きな方が多いので、地域の歴史との関わりを通じて認知がされていることが、運営につながっているのかなと。

一方で、現在進行形で新しいものが出てくる作家さんではないという難しさもあります。清水先生の描かれたような、いわゆる大人マンガの資料を扱っているほかの館も、やはり入館者数が少なくなっていると聞きました。その時に出たお話では、マンガの視点とあわせて「近現代の歴史」として、新しい視点で扱うべきかもしれないと。清水崑先生の場合、吉田茂などの政治マンガを描いたりしているので、そういうものが整理されると、ほかの分野の教材にもなるかもしれない。

ただ、作品一点一点を見るとすごく素敵な絵を描かれるし、今の若い方が見てもすごくかわいいと思うものもあると思うので、そういう絵・マンガとしての魅力も伝えていきたいです。

田中 当館は独立採算になった時、とにかく人員を最小限にする必要があると考えて、常勤スタッフは代表で館長の安井と私の2人だけという形になりました。その後も、プロジェクトごとに外部スタッフに業務委託することはあっても、基本的にはその体制のままです。アーカイブ活動というのは続けないと意味がないと考えていますので、私たち2人が働けなくなったらどうするのか、というのが現在の大きな課題です。

三好 活動の先駆者である方々からお話を伺えて、大変勉強になります。マンガというジャンルでは、清水崑先生も含め全国各地に素晴らしい施設がたくさんあるし、原画その他の保存も進んでいる。追いつかなきゃと思います。入江さんは清水先生の作品に、マンガとしての魅力やキャラクターの魅力のみならず、歴史的な価値もあるんだという観点で深掘りを進めていらっしゃるところも、僕としては学ぶべき点だと思いました。

田中さんの「フィルムを捨てないで、私たちが防波堤」という言葉も感動的でしたし、それをたった2人で支えていらっしゃるというのは、本当に頭が下がる思いです。アニメーションや、それから特撮も、ゴジラ映画が今でも新たにヒットするなど、いい感じじゃないかと思われがちですけど、何十年来の歴史的な資料は散逸の危機にある。維持という観点では油断はできません。

誤解を恐れずに言うと、アニメーションは今、人気者だと思います。でも、それはいつまで続くかわかりませんし、忘れ去られる時も来ると思います。それでも新たな光を当て、残すべきものだと思ってもらえるような価値付けをしていきたいです。 

山内 ありがとうございます。この流れで、最後にお二方にも、本日の議論を踏まえた今後の展望など伺えればと思います。

入江 悩みは結構、どこも共通していると思いました。収蔵庫のスペース問題は、うちもありますね。そうしたことも含め、できるだけネットワークを張っていくことで協力できることもあるのかと思いました。ほかのミュージアムとの連携なども、もっと考えていきたいです。今日ご縁をいただいたところでも、例えば清水崑は映画関係のお仕事もしていますし、昭和40年代に描いた政治マンガの中にはウルトラマンやカネゴンが出てきます。そんなふうに、分野が違っても繋がっていくところもあると思っています。

田中 三好さんから特撮やアニメーションは今人気者だというお話がありましたが、アーカイブ自体が近年、本当に盛り上がっていると感じます。ようやくアーカイブの重要性が知られるようになってきた今アーカイブの必要性がもっと追究されていければ、非常に頼もしいなと思いました。

三好 大風呂敷を広げてしまいますけど、どなたもアーカイブの「関係者」だと僕は思います。マンガや映画に心動かされた経験をお持ちの方はみんな関係者と呼んでいいし、どなたでも関係者になり得る活動だということを改めて言っておきたい。そのうえで、作品のつくり手にも関心を持ってほしいですし、アーカイブ側もいろいろ大変かもしれないけど、へこたれずに頑張っていきましょう。

山内 みなさんのお話を伺って、アーカイブはみんなでつくりあげるものだという思いを強くしました。みんなでつくるから、アーカイブの価値も上がっていく。そしてそのことが作品ひいては芸術分野の源泉につながっていくのだと思います本日はありがとうございました。

※詳細の議論は動画をご覧ください
※URLは2024年2月10日にリンクを確認済み

登壇者プロフィール(敬称略)
入江 清佳 (いりえ・さやか)
長崎市長崎学研究所学芸員(主事)
2011年長崎市入庁。長崎市文化観光部長崎学研究所学芸員(主事)。美術史(日本近代洋画)、昭和期のマンガ史、年中行事を中心とした長崎学に関する調査・研究を行う。令和4年度から文化芸術振興費補助金を受け、長崎市出身のマンガ家清水崑の資料について、撮影、目録の整理、調査研究などの事業を担当。
https://www.city.nagasaki.lg.jp/syokai/720000/724000/p040100.html

田中 範子(たなか・のりこ)
神戸映画資料館 支配人
NPO法人プラネット映画保存ネットワーク 専務理事
自主上映団体や映画祭のスタッフ、映写技師等を経て、2007年の神戸映画資料館開館より支配人を務める。併設シアターの上映企画のほか、市民参加型のフィルムアーカイブ活動に取り組む。神戸映像アーカイブ実行委員会の事務局を担当し、神戸発掘映画祭の運営や、地域に働きかける企画を積極的に実施している。2019年に安井喜雄館長とともにNPO法人を立ち上げ所蔵資料の調査・活用を進めている。
https://kobe-eiga.net/

三好 寛(みよし・かん)
認定NPO法人アニメ特撮アーカイブ機構(ATAC)事務局長
1969年10月16日生まれ。香川県出身。金沢美術工芸大学卒業。雑誌編集者を経て、2000年に株式会社スタジオジブリに入社。2001年より三鷹の森ジブリ美術館の学芸員として、展示、収集保管、調査研究などを担当。東京都現代美術館で開催された「スタジオジブリ・レイアウト展」(2008年)や「館長 庵野秀明 特撮博物館 ミニチュアで見る昭和平成の技」(2012年)なども担当した。2015年、株式会社カラーに入社。文化事業担当学芸員の傍ら、2017年、特定非営利活動法人アニメ特撮アーカイブ機構(ATAC)設立、アニメと特撮関連作品の中間制作物を中心とした資料の収集保管、調査研究、普及啓発に携わる。

山内 康裕(やまうち・やすひろ)
MAGMA sessions 総合ディレクター、一般社団法人マンガナイト代表理事 1979年生まれ。法政大学イノベーションマネジメント研究科修了(MBA in accounting)。2009年、マンガを介したコミュニケーションを生み出すユニット「マンガナイト」を結成し、2020年に法人化し「マンガと学び」の普及推進事業や拠点営業(日本財団助成)、展示事業等を展開。マンガを領域とした企画会社 レインボーバード合同会社代表社員、さいとう・たかを劇画文化財団理事長、これも学習マンガだ!事務局長、東京工芸大学芸術学部マンガ学科非常勤講師他を務める。共著に『『ONE PIECE』に学ぶ最強ビジネスチームの作り方』(集英社)など。

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