松尾 奈々絵
2006年11月、京都国際マンガミュージアムは国内初の総合的なマンガ文化の拠点として開館しました。戦後の著名なストーリーマンガの単行本だけではなく、江戸期の戯画浮世絵や明治・大正・昭和戦前期の諷刺マンガ雑誌、戦後のマンガ雑誌、世界各国のコミックス、マンガ研究書など、国内外のマンガ関連資料約30万点を収蔵しています。京都国際マンガミュージアムに勤める司書の渡邉朝子さんは、開館準備から携わり、マンガのアーカイブの分野で活躍されてきました。渡邉さんに、マンガアーカイブに携わる仕事についてお話を伺います。
渡邉 朝子(わたなべ・ともこ)
京都国際マンガミュージアムが2006年に開館する準備室時代から関わっており、主に資料の整理、活用、記録に従事している。館内のガイドツアーも時折行うことがあり、来館者の様々な興味や視点から学ぶことが多い。出版物は現在、そしてこれからも数多く存在していくが体系だった記録の仕方がマンガの歴史を辿る上で重要だと感じている。非冊子体(切抜、チラシ、メモ)の情報もマンガ文化を作ってきた大事な資料としてその記録を未来へつなぐために丁寧に向き合っている。
――はじめに、京都国際マンガミュージアムの収蔵資料とその扱いについて教えてください。
渡邉 ミュージアムにある30万点のマンガ資料のうち、1970年代以降に発行された単行本を中心とする約5万冊は、入館したらどなたでも手にとって読める本です。館内では1階に少年向け、2階に少女向け、3階に青年向けマンガを、作家名の五十音順で配架しています。また、2階には常設展の展示会場があり、各時代の名作マンガを置いています。
そしてそれ以外の約25万点のマンガ資料は、資料保存の見地から閉架式としています。これらの資料は館内設置の検索機や当館のホームページにある「所蔵資料検索」で探せる形になっています。そして18歳以上の方であれば利用手続きを行い、3階の研究閲覧室で閲覧することが可能です。主に研究や調査などに活用されています。
――渡邉さんはミュージアムでどのような仕事をされていますか?
渡邉 学芸室という部署に司書として所属しています。主な仕事は資料の整理、活用、記録ですが、現在従事している仕事を大きく三つに分けてご紹介します。学芸室の業務としては展示や展覧会に関係することが主になりますが、展示する資料や、展示をつくる上での参考資料を扱っているのは司書なんです。収集した資料の窓口担当から始まり、複本調査や資料情報のデータ入力、資料の保管場所を考える・整える…といった業務が一つ目の仕事です。
二つ目の仕事は主に図書館勤めの方や同業者の方への館内の案内です。自由にミュージアムを見て回るのも楽しいですが、「こうした意図があってつくったんですよ」というようなマンガミュージアムの司書の視点を通してお話をしながら館内のご案内をすることで、さらに楽しめて良かったというお言葉もいただいています。
また、運営母体の京都精華大学で博物館実習や司書課程を履修している学生さんの実習場所として提供していて、その対応も担当しています。この三つが大きな仕事ですね。
――渡邉さんは京都国際マンガミュージアムのオープン前も司書として違う場所で仕事をされていたんですか?
渡邉 京都精華大学の図書館で司書として働いていました。
――そこから、京都国際マンガミュージアムのお仕事に就いたのですね。
渡邉 そうです。当初は立ち上げの準備の段階からだったので、資料のことはもちろん、運営的なことにたくさん携わりました。当時はとにかく無事にスタートすることが第一でした。券売機の近くでお客様のお出迎えをしたり、できたばかりのロッカーがニスで固まっていて開けにくかったので、事前に開け閉めを一生懸命したり(笑)。電話の受付もしましたね。なんでも来い! って気持ちで楽しかったです。オープンから1年ほど経ってから、だんだんと司書の仕事に取り組んでいきました。
2006年にオープンした際には、どれくらいの資料がこれから増えていくのかがわからなかったため、資料は入った順に収納されていて。例えば1巻はこっちの部屋で、2巻はあっちの部屋にある、というような状態が続いていたんです。部屋に資料がいっぱいになったときに「今だ!」というタイミングがあり、雑誌や単行本をまとめたり、マンガ研究家の清水勲先生の資料をコレクションとしてまとめたり、単行本は作者名の五十音順、雑誌はタイトル順、発行年月日順に…というように、ようやく並べ替えられました。
――先ほどお話にもあった、「資料の保管場所を考えること」について詳しく教えてください。
渡邉 例えばマンガは一次資料が主に雑誌ですが、うちが持っていない雑誌をある程度まとめて寄贈していただけるというお話があると、物理的に収蔵スペースに限りがあるのでそのスペースを確保する必要が生まれます。手前味噌ですがうちのスタッフさんは優秀で、「これだけ複本があります」とか、資料の収納方法を提案してくれます。事前にスペースをある程度あけてくださっているので、少しずらしましょうか、というように相談をして、場所を確保しています。
資料の置き場所を考えることは地味な仕事ですが、現場が整っていればいるほど、求めている資料はもちろん、求めている以上のものとの出会いも生み出すことができるんです。そうしたことに役立てたらいいなと考えています。
――渡邉さんはもともとマンガがお好きだったんですか?
渡邉 「渡邉さん、マンガって好き?」って今の仕事を始める際に聞かれた時は、読んでいたつもりだったので、大好きだとお答えしました。ただ、マンガに対する考え方はかなり変わりましたね。17年前はマンガを娯楽的なものとして捉えていましたが、仕事をするうちに、マンガは文化だということを実感できるようになりました。私の知っている「マンガ」って本当に狭かったんだな、と。大きな日本の文化の流れの中で、マンガは何かしらの形でつながってきていて、それをつなげてきたのは、たくさんのマンガをつくった人たち、読んだ人たちで…。こんなすごい流れの中で、私はいま仕事としてマンガに関わっているんだと。仕事に対しての使命感やプライドが、ふつふつと17年間かけて湧いてきたと感じています。
そうした、文化としてのマンガの歴史を体系化した研究では、先ほどお名前を挙げた清水勲先生の存在が大きいです。清水先生のコレクションや刊行書籍は、後世に大変役立っていきます。3階奥にある研究閲覧室のすぐ向かい側の廊下には、「清水勲の100冊コーナー」を設けています。1階、2階、3階と「このマンガが面白いね」「昔読んでいたね」という気持ちで回った最後に、マンガにはこんなに深い文化背景があるんだということがわかる仕組みになっています。そうした形でマンガの歴史をご紹介していくのも、大きな仕事だと思っています。
――渡邉さんの思われる「使命感」について、さらに詳しく教えてください。
渡邉 今や日本国内には、マンガを中心にした施設はいろいろありますよね。そういうところで扱っているのは主にマンガの単行本や雑誌、関連書籍などだと思います。もちろんそうした冊子の保管・収蔵も大事だと思っていますが、京都国際マンガミュージアムでは、それらを下支えしている、新聞の切り抜きや本を紹介するチラシのような紙媒体も資料として大事に保管しています。
また清水勲先生のお話になるんですが、清水先生はそうした資料を1970年代頃からコレクションしていました。キーワードごとにそうしたチラシや新聞記事を袋に入れて、それをアーカイブ化してこられたんです。さらに、たくさんのスタッフさんによって、今ではそれらの情報がデータ化され、きちんと活用できるようになってきています。こうした国立国会図書館も持っていない、消えていくかもしれない情報を、次の世代につなげなくてはいけないと思っています。まだ全部の資料をデータ化できているわけではないので、資料を少しずつまとめていき、データを入力・整理して、活用できる形にしていきたい。それが今の私の大きなテーマです。
――人材育成についてお話を聞かせてください。学生の受け入れもしているとのことでしたが、具体的にどのような内容の取り組みをされているのでしょうか。
渡邉 大学の司書課程の先生と共同で課題を考えています。プログラムの中では明治時代の資料を調査するというものや、非冊子体である、例えば清水先生の資料の分類や分野についてのメモを見てもらい、「これを調査して、あなたなりにまとめてみてください」という課題に取り組んでもらいました。また、戦前・戦後すぐくらいの時代に、「中村書店」という貸本マンガの出版社があったのですが、そこが出していた、1枚の本の案内をお見せして調査をしてもらいました。
今はインターネットを使えば、本の情報は手に入りますし、書店でも簡単に探せますが、70年前はその1枚の本のリストが、どれだけの価値を持っていたのか。そうしたことを感じ取ってもらえると嬉しいなと思い、教材として学生さんたちに調査研究で使ってもらい、その時代の環境と共に価値を知ってもらう、こうしたことが楽しみで仕方がないんです。古(いにしえ)から残ってきたものを、自分より若い方にさらに伝えていく。大きな流れの中に自分がいるんだなと最近は感じています。使命感というと大袈裟なのですが。
――人材育成の面で課題だと感じられることや、何か思うところがありましたら教えてください。
渡邉 司書やアーキビストの仕事は経験を重ねることで、少しずつスキルを積み重ねていく仕事だと思っています。そうした専門家の仕事を雇用の面で大切にしてほしいという気持ちは心の奥底にあります。司書を目指してキラキラした目で学生さんが入ってきて、試験に受かって仕事を得られても、長く生活ができるかというと、まだまだ多くの人がそうはいかない。文化の底をきちんとつくっている人たちを大事にしないと、土台から崩れてしまいます。専門家を大事にして、資料が残って、資料が活用できるようになるから、研究とかいろいろな企画ができてくる……。社会を引っ張っていく方達にわかってもらえればいいなと思いますね。そういう意味での社会の熟成が、これからさらに進んでいくことを期待しています。
――アーカイブの活用についてご意見をお願いします。
渡邉 どういう人が関わっているのかを発信していくことは必要だと感じています。例えば、マンガのアーカイブに携わってきた人を紹介するマンガがあったら読んでみたいです。メディアを変えて発信していくことも今の段階では必要かと思っています。また、司書やアーキビストの方々とのつながりを持つことも大事だなと思っています。固い会議だけではなく、フランクな情報交換などの場が増えていくと嬉しいですね。
いろいろな角度からアーカイブを考察することで新たなアーカイブ活用の可能性が生まれ、必要な資料と情報が手に入りやすくなる環境を整えることが、これからのテーマになると思います。