ジェンダーフリーな人間愛 「企画漫画展 画業50周年記念 魔夜峰央原画展~パタリロ!ラシャーヌ!翔んで埼玉!!」レポート

浅野 靖菜

マンガ家・魔夜峰央の画業50周年を記念して「画業50周年記念 魔夜峰央原画展~パタリロ!ラシャーヌ!翔んで埼玉!!」が、さいたま市立漫画会館で2023年9月9日(土)から11月26日(日)まで開催されています。原画や資料、愛用の品々からみえてくる、作家の美意識とは。

普段は白泉社のロビーに飾られている黄金のパタリロ像と写真が撮れるフォトスポット

時代を超えて愛される作品群

会場には、魔夜峰央の代表作『パタリロ!』(1978年~)、『ラシャーヌ!』(1978~1989年)をはじめ、2019年の実写映画化でも話題となった『翔んで埼玉』(1982~1983年)の原画や連載時の資料、愛用の品々が、作家本人のコメントとともに展示されている。

『パタリロ!』カラー原画

1978年より連載が開始された『パタリロ!』は、1982年にテレビアニメ化、2016年には舞台化されるなど、長きにわたって愛されている代表作だ。現在も総合エンタメアプリ「マンガPark」にて連載が継続され、2022年には少女マンガ史上最多となる104巻を達成した。

未発表ネーム「忠誠の木」

普段はネームを描かない魔夜だが、「忠誠の木」の未発表ネームも展示されていた。コマ割りとセリフ、効果音だけでも十分に読めてしまうほど、ストーリーのテンポの良さが伝わってくる。

『ラシャーヌ!』は、怪奇マンガからギャグマンガ路線に転向した最初の作品である。美少年ラシャーヌやバラが浮かび上がる精緻なトビラ絵は、背景のベタすら輝いてみえる。ダークで幻想的な絵柄で描かれた淡麗な容姿のキャラクターが、矢継ぎ早にギャグを繰り出すギャップは、魔夜作品の独自の魅力となっている。

『翔んで埼玉』展示風景

魔夜が埼玉県所沢市に在住していた時期に自虐ネタとして執筆が始まった『翔んで埼玉』だが、未完のまま1年で連載が終了。2015年頃からSNSやテレビ番組などで話題となり、同年宝島社より復刊を果たした。

「(埼玉県民には)そこらへんの草でも食わせておけ!」というセリフにちなみ、県内で販売されている「そこらへんの草(と称した地元野菜)」を使った商品とともに、くだんの原画が紹介されていた。

こうした長期連載やリバイバル・ヒットの数々には、魔夜作品の普遍的な魅力とファンの愛情の深さを窺い知ることができる。

特設の読書コーナー

別室には、フォトスポットとして白泉社の本社ロビーに飾られている黄金のパタリロ像が登場、単行本を読むこともできる。さらにパタリロの来館記念スタンプが設置されるなど、来館者を楽しませた。

記念スタンプには、ゴキブリ走法のパタリロがデザインされている
※スタンプカードは配布終了の場合もあり

ジェンダーフリーな人間愛

「50年にわたる画業を通じて、魔夜峰央はジェンダーフリーの思想や人間愛を描いてきました」と学芸員の石田留美子氏は語る。展示作品をみると、ラシャーヌの恋の相手は男女を問わず、『パタリロ!』ではバンコランとマライヒという男性カップルのあいだに子どもが生まれる奇跡的な展開も描かれた。

魔夜がデビューした1970年代の少女マンガというと、竹宮惠子『風と木の詩』(1976~1984年)や萩尾望都『ポーの一族』(1972~1976年、2016年~)、青池保子『エロイカより愛をこめて』(1976~2012年)など、少年愛を題材にした作品が多く誕生した。同時代から現在に至るまで、男性マンガ家である魔夜が少年愛を描き続けている背景には何があるのだろうか。

そのヒントとなるのが、本展で紹介されている魔夜の言葉だ。自身について「すべて究極的に肯定する精神があるんです。ゲイの人もいて当然という意識を持っているし、いろんな生き方のひとつにすぎないし、別の人間がとやかく言うべきではない」1 と評している。

こだわりの会場づくり

石田氏によると、これまでの原画展では黒いマット装での展示が多かったが、今回はベタの黒を引き立たせるために白いマット装での展示にしたという。

展示風景

本邦初公開となる愛用の品々もファン必見の展示だ。魔夜家はバレエ一家で、妻はバレエ講師、息子は東京バレエ団に所属しており、マンガ家の娘・山田マリエもバレエをたしなんでいる。魔夜の『親バカ日誌』(白泉社、2001年)、マリエの『魔夜の娘はお腐り申しあげて』(小学館クリエイティブ、2018年)といったエッセイマンガ、バレエ公演の写真からはそんな家族の様子がかいまみられた。

魔夜のマンガといえば、優雅で耽美な世界観を象徴するバラのモチーフだ。展示室は、埼玉県深谷市のバラ農家ROSE LABOの協力により、埼玉のバラの香りで満たされていた。

またさいたま市立漫画会館は、文化庁令和4年度障害者等による文化芸術活動推進事業「みんなでミュージアム」(主催:NPO法人エイブル・アート・ジャパン)により、見えない人、聞こえない人に向けた美術鑑賞の実践型協働プロジェクトに取り組んだ2。このバラの香りも見えない人との出会いをきっかけに、五感を刺激する展示として来場者に魔夜の世界観を伝える工夫の一つであり、ギャラリートーク(11月19日)も手話通訳付きで開催されるなど、耳の聞こえない来場者にも配慮されている。

造花からバラの香りを漂わせている

本展に加え、2023年は『ラシャーヌ!』愛蔵版(全3巻、小学館クリエイティブ)も刊行され、画業50周年を盛り上げている。マンガ家・魔夜峰央の50年におよぶ画業を原画展やマンガ・アニメで振り返りながら、そのボーダーレスな人間愛を感じたい。

脚注

1 会場パネルより
2 石田留美子「高校生たちと取り組んだ、見えない人、聞こえない人との美術鑑賞」文化庁広報誌 ぶんかる、2023年8月25日、https://www.bunka.go.jp/prmagazine/rensai/museum/museum_079.html

information
企画漫画展 画業50周年記念 魔夜峰央原画展~パタリロ!ラシャーヌ!翔んで埼玉!!
会期: 2023年9月9日(土)〜11月26日(日)9:00~16:30
休館日:月曜日(月曜日が祝休日の場合は開館し、翌平日休館)
会場:さいたま市立漫画会館 企画展示室
入館料:無料
https://www.city.saitama.jp/004/005/002/003/001/003/p097592.html

※URLは2023年11月7日にリンクを確認済み

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