急成長から模索期を経て拡大へ向かうアニメーション制作会社「WIT STUDIO」

タニグチ リウイチ

「攻殻機動隊」シリーズ、「PSYCHO-PASS サイコパス」シリーズなどを手掛けるアニメーション制作会社Production I.Gからスタッフが独立し、2012年に設立された「WIT STUDIO」。2013年より放送された『進撃の巨人』(Season1~3)をはじめ、近年では2022年にCloverWorksと共同制作した『SPY×FAMILY』など、ヒットアニメを数多く生み出し続けています。本稿では、WIT STUDIOが手掛けた作品、監督の配置、経営体制、人材の育成からその躍進の理由を探ります。

『ヴァンパイア・イン・ザ・ガーデン』キービジュアル
©WIT STUDIO/Production I.G

映画祭で評価された『ヴァンパイア・イン・ザ・ガーデン』

この10年ほどで創業して急成長し、業界のなかでもファンのあいだでも強い存在感を持つようになったアニメーション制作会社が何社かある。代表例が2011年創業のMAPPAであり2012年創業のWIT STUDIOだ。とりわけWIT STUDIOは、「攻殻機動隊」シリーズや「PSYCHO-PASS」シリーズで知られるアニメーション制作会社のProduction I.Gからスタッフが独立する形で創業しながらもIGポートグループとの資本関係は維持。優れた企画をいくつも手掛けて大きくなり、創業社長の和田丈嗣氏がProduction I.Gの社長を兼務するまでになった。WIT STUDIOの何がこの10年の躍進を支えたのか?

商業作品が参加するアニメーション映画祭が世界的に見てもあまりないという意識から、商業作品もアート寄りの作品も分け隔てなく扱うことを標榜し、2023年3月17日から22日まで開催された新潟国際アニメーション映画祭。その思いはまだ道半ばのようで、コンペティション部門に残った10作品のほとんどが、日本やハリウッドでおなじみのアニメーション映画とは見た目も制作過程も違う雰囲気の作品となった。

そのなかに1作品だけ、商業作品としてすでにNetflixで配信されている作品の劇場版が参加。押井守監督ら審査員の評価を得て奨励賞を獲得した。WIT STUDIOが制作した牧原亮太郎監督の『劇場版「ヴァンパイア・イン・ザ・ガーデン」』(2023年)だ。受賞にあたって牧原監督は、「制作中はずっと新型コロナウイルスが大変な時期で、スタッフの顔もお客さんの顔もなかなか見えづらい状況が続きました。今回の映画祭でこういう方々がお客さんなんだとわかって、とても感動しました」とコメントし、有観客で行われた映画祭で直接、反響が得られたことを喜んだ。

『ヴァンパイア・イン・ザ・ガーデン』より
©WIT STUDIO/Production I.G

WIT STUDIOとしては、第3期まで手掛けた『進撃の巨人』(2013年~)や『王様ランキング』(2021年~)、CroverWorksと共同制作している『SPY×FAMILY』(2022年~)といったテレビシリーズが手掛ける作品の中心となるなか、配信済みの作品とはいえ、映画祭に向けて再編集され、劇場向けの展開を期待している作品で冠を得られたことは、今後の励みになるだろう。絶好調のテレビシリーズとは別に制作される完全新作ストーリーの『劇場版 SPY×FAMILY CODE: White』(2023年12月22日公開予定)にも期待がかかる。

WIT STUDIO最初の劇場作品で、2013年公開の『ハル』で監督デビューを飾った牧原監督にとっても、今回の受賞は大きな勲章であり、改めて起用してくれたスタジオへの恩返しにもなりそうだ。『ハル』は『ストロボ・エッジ』(2007~2010年)、『アオハライド』(2011~2015年)といった人気作品を持つマンガ家の咲坂伊緒がキャラクター原案を務め、脚本にテレビドラマ『野ブタ。をプロデュース』(2005年)を手掛けて大ヒットさせた木皿泉を迎えて制作された作品。近未来の京都を舞台にしたアンドロイドと人間とのラブストーリーが描かれた。

咲坂のテイストが受け継がれたキャラクターの絵と、そのスタイルをしっかりと見せてくれる豊かな動き、大きな驚きを与えてくれるクライマックス、そしてエンディングに流れて心を打つ主題歌と、60分でありながらもおもしろさがギュッとつまったハイクオリティな映画に仕上がっていた。今では知る人ぞ知る作品になっているが、公開から10年が経つこともあり、WIT STUDIOと牧原監督のキャリアを振り返る記念としてスポットが当たってほしいところだ。

『進撃の巨人』から始まった躍進

この後、同じWIT STUDIOで2015年に『屍者の帝国』も手掛け、そして『ヴァンパイア・イン・ザ・ガーデン』(2022年)と来て映画祭での受賞を果たした牧原監督をいち早く起用したことは、WIT STUDIOが持つ先見性や企画力をうかがわせるものだと言える。WIT STUDIOは、もともとProduction I.Gでプロデューサーを務めていた和田氏や中武哲也氏、アニメーターの浅野恭司氏が、同社ではできないような作品をやりたいと2012年に立ち上げた会社だ。諫山創の原作で、凄絶な内容が話題となっていたマンガ『進撃の巨人』のテレビアニメ化からスタートし、そのなかで見せた迫力たっぷりの巨人の描写や、スピーディーな戦闘描写でアニメファンの目を引いた。

『進撃の巨人』より
©諫山創・講談社/「進撃の巨人」製作委員会

この『進撃の巨人』と『ハル』を手始めに、『甲鉄城のカバネリ』(2016年)や『魔法使いの嫁』(2017~2018年)といった作品を展開。Netflixが日本で本格的にアニメーションの配信を展開し始めると、『GREAT PRETENDER』(2020年)を提供してプラットフォーム拡大の波に一緒に乗った。ここでの連係が、『ヴァンパイア・イン・ザ・ガーデン』や荒木哲郎監督による長編アニメーション作品『バブル』(2022年)といったオリジナル作品を生んで、企画力を持ったアニメーション制作会社であることを印象付けている。

2022年に開催された創立10周年を記念する展示会「WIT STUDIO 10th Aim Higher」に合わせて作成されたパンフレットによると、和田氏は「WIT STUDIOの特色は、浅野恭司、中武哲也、そしてわたしの役職が異なる3人の合議制で成り立っているところです。浅野がまとめている作画チームが、中武がセッティングする演出家やクリエイターを迎え、そのチームが最大限を発揮できる環境を和田が作るという基本構想が設立時からありました」と話している。

「作りたいと感じた作品を成立させようとする『思い』を大事にするということ、その一心で作り続けてきたことで、映画『バブル』をお届けできるまでに成長できました」とも。クリエイティブ、プロデュース、マネジメントという異なるタスクを持ったセクションが連係することで、一体感を持って作品に取り組める状況が、企画力や制作力につながってWIT STUDIOのこの10年を支えてきたとも言える。

Production I.Gとのつながり

もっとも、そうした思いと裏腹に経営的には厳しい状況に陥った。WIT STUDIOは2021年5月期決算で、赤字が続いたWIT STUDIOは大幅な債務超過に陥っていた。事態を重く見たIGポートはIGポート執行役員の郡司幹雄氏を副社長として送り込み経営の立て直しを開始した。

WIT STUDIOは大ヒットアニメを生み出していたが、そのアニメーション制作では、使ったコストが制作費を上回ってしまう「制作赤字」となっていることが多かった。アニメーションの制作では、当初の予算を上回って費用が必要になることがある。当初よりも作画・CGコストがかさむ、またスケジュールが遅れて制作費用がかさむといった理由が挙げられる。こうした制作赤字も、最終的に良い作品になれば取り戻せる可能性もあるが、収益源だったパッケージの販売が縮小するなかで出費の超過を取り返す手段も狭まっている。WIT STUDIOでは、回収可能な赤字額では収まらない巨額の制作赤字が発生していた。

経営再建というと「リストラ」や「コストカット」がすぐに思い浮かぶだろう。しかし、WIT STUDIOが行った経営再建は、ある意味真逆のものだった。WIT STUDIOは優れたクリエイターを擁する高い制作能力を備えたスタジオで、単純なリストラやコストカットなどを行うことは、その長所を殺してしまうことになるからだ。郡司氏が主導した経営再建は「作品単体の損益ではなく、その作品の生み出す長期的なキャッシュフローを重視する」というものであった。

アニメーション制作会社の主な収益は「アニメの制作受注」による制作利益である。しかし、それは単年度でしか発生せず、それのみでは長期的に制作会社の経営を支えることは難しい。「長期的キャッシュフロー」すなわち「作品のヒットから生まれる版権収入」が重要なファクターとなる。ヒット作を生み出す能力の高いWIT STUDIOにおいては、制作利益を重視しつつも製作委員会出資及びヒットから生み出される成功報酬を重点的に伸ばす戦略をうちだすことにより、経営再建が可能となった。

アニメーション制作会社の「看板」とも言えるクリエイティブについては和田氏が引き続き管掌したまま、経営戦略に沿った一連の施策を推進したことでWIT STUDIOの収益は改善し、2022年5月期決算で黒字化を果たした。「キャッシュフローを生み出す長期的なシリーズ作品への投資を重要視していく」という戦略を策定。その方針どおりに、『SPY×FAMILY』が息の長いシリーズとなり、キャラクタービジネス的にも貢献してWIT STUDIOを盛り立てている。

ここで指摘されるべきなのは、Production I.Gからメンバーが独立して創業した会社でありながら、WIT STUDIOがいまだにIGポートのグループであり続けることだ。和田氏が出身校の慶應大学によるインタビューで、独立のときの経緯を振り返っている。これによると、Production I.Gを設立した石川光久氏が、独立の報告に来た和田氏らに「会社をつくりたいのか、作品をつくりたいのか」と尋ね、「作品です」と答えた和田氏に、「それならうちのグループ会社としてつくりたいものをつくったらどうか。業界も厳しくなっているから会社には体力が必要。資本金も出資しよう」と言ったという。

ここでつながりを保ったことが、作品面ではクリエイターの交流を呼んで、世界的に定評のあるProduction I.Gのクリエイティブ能力を活用できた。例えば、『ヴァンパイア・イン・ザ・ガーデン』でキャラクターデザイン・総作画監督を務めた西尾鉄也氏は、Production I.Gが制作した押井守監督の長編アニメーション映画『スカイ・クロラ The Sky Crawlers』(2008年)でキャラクターデザインや作画監督を担当したトップアニメーターだ。また経営面では、迅速に経営人材を送り込むなどの施策を得ることでき、短期間のうちに経営を立て直すことができた。ここに『SPY×FAMILY』のようなキャラクタービジネスも期待できる企画が乗って、将来に展望を抱ける状況となっている。

アニメーター人材の育成

もっとも、長いシリーズを手掛けたり、良質な作品を絶やさず送り出したりしていくには、現場で絵を描くアニメーターの存在が不可欠だ。『進撃の巨人』は初期のWIT STUDIOにとって看板作品だったが、クライマックスに向けて盛り上がるばかりのシーズンを手掛けているのはMAPPAだ。2022年8月に行われた定時株主総会で、こうした制作会社の変更について聞かれた和田氏は、「WIT STUDIOの制作能力の少なさや、その続編発注タイミングの関係もあり出版社(原作元)の求めるタイミングで制作を行うことができず、ほかの制作会社様にお願いすることになった。このことは私自身痛い教訓として認識している」と回答した。

同じ株主総会では、WIT STUDIOに副社長として入った郡司氏が以下のように回答している「人気作品について今後は継続的に制作可能な環境を構築すべく動いている」。また、「版権収入の数字でみるとわかるのだが、ネットで話題となった作品なども短期間で終わってしまった場合は、ほとんど会社の収益には貢献していない。逆にどのような形でも長く続いている作品のほうが長期的なキャッシュフローを生み出しているのが現実である」と答えている。

こうした戦略を支える製作体制の強化を目指して、WIT STUDIOでは「WITアニメーター塾」を2021年に開講した。毎年数人ずつ、有望な若手のアニメーターを募集して動画や原画を学ばせ、即戦力として起用していこうというもので、研修期間中は月々15万円という金額が支給され、プロによる指導を受けた若手が巣立ったり育ったりしている。制作本数が減らずアニメーターの奪い合いが起きている状況下で、自ら育てる方針を早々と打ち出した意義は大きい。

WITアニメーター塾の様子

ストップ・モーションアニメーションスタジオの立ち上げ

加えて、新しいアニメーション表現にも積極的に取り組んでいる。2021年のアニメーション人気やキャラクター人気を引っ張った『PUI PUI モルカー』を監督した見里朝希氏に声をかけ、WIT STUDIO内にストップモーション・アニメーションのスタジオを立ち上げ作品制作を任せることにした。すでにパイロットフィルム的な『Candy Caries』(2021年)が公開されており、『PUI PUI モルカー』のような羊毛フエルトとは異なる素材による、スタイリッシュでファッショナブルな映像を見せてくれている。

見里氏は、武蔵野美術大学の卒業時に『あたしだけをみて』(2015年)というストップモーション・アニメーション作品を制作して注目を浴び、進学した東京藝術大学大学院映像学科アニメーション専攻で終了制作として手掛けた『マイリトルゴート』(2018年)が世界の映画祭で絶賛を浴びるなど、アニメーション作家としての将来性が期待されていた。もっとも、どちらかといえばアート系の分野での評価で、商業作品を生み出すWIT STUDIOとは縁遠いイメージがあったが、こうした才能を生かす手はないかと考えた山田健太プロデューサーが声をかけて引き入れた。『PUI PUI モルカー』が大ヒットする以前のことだ。

山田プロデューサーはそれ以前にも、見里氏と同じ東京藝術大学大学院出身の久保雄太郎監督と米谷聡美監督を起用し、ながべ原作のマンガ『とつくにの少女』(2015~2021年)の単行本第8巻につける短編アニメーションと、『特装版 とつくにの少女 [dear.] 番外編』につける長編アニメーションをつくっていた。商業路線を走るスタジオにあって、アーティスティックな映像クリエイターにも目を配り続けていたといえる。見里氏を迎えて手掛けるストップモーション・アニメーションは、『ギレルモ・デル・トロのピノッキオ』(2022年)が第95回アカデミー賞長編アニメ賞を受賞して脚光を浴びている分野。そうした方面にも関心を向けて、WIT STUDIOのラインアップを増やしている。

『とつくにの少女』より

3月12日に東京アニメアワードフェスティバル2023で開かれた上映イベント「フォーカス オン 見里朝希~新しい風が吹く~」に登壇した見里氏は、「スタッフの人数が増え立派なスタジオができた。昔から憧れていた大がかりな作品がつくれるようになった」とWIT STUDIO入りを喜んでいた。人数が増えると少人数で制作していた時に比べて意思が通りづらくなる心配はあるが、「立ち上げに関わったことでやりたいことをやり放題できる」と現時点での自由さを訴えていた。

東京アニメアワードフェスティバルに登壇した見里監督(右)とフェスティバルディレクターの竹内孝次氏

こうした環境から本格的なアート系の長編アニメーション映画なり、ストップモーション・アニメーション映画なりが生まれてくる未来図も描けそう。そうなれば日本のアニメーションは表現的にも、ビジネス的にもさらに広がりを見せるはずだ。

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