メディアアートを育む学校 file3. 東京藝術大学:八谷和彦×毛利悠子[後編]

佐藤 恵美

東京藝術大学美術学部の「先端芸術表現科」と、大学院美術研究科に設置された「グローバルアートプラクティス専攻」。それぞれの担当教員である八谷和彦氏と毛利悠子氏に、前編ではメディアアートにまつわる教育や文化庁メディア芸術祭について聞きました。後編では実技が欠かせない美術教育をコロナ禍において、どのように実践していったかをうかがいます。

連載目次

八谷和彦氏(右)と毛利悠子氏(左)。東京藝術大学取手キャンパスにて

コロナ禍の授業

――コロナ禍でどのような授業をされたかもおうかがいします。2020年春頃、多くの大学がオンラインに切り替えていました。東京藝術大学(以下、藝大)ではどのような対応をされていましたか。

毛利 コロナ禍では八谷さんが最も早く立ち上がられたといっても過言ではないです。Zoomの使い方やオンライン授業の方法を率先して発信されていました。

八谷 大学がちょうど春休みだったので動けたんですよね。次の年度の授業をどうするかと考えている頃に、みるみる状況が悪くなって。藝大の全学教員5名くらいを中心に、オンライン授業のためのワーキンググループが3月頃に立ち上がり、その一人になりました。まずは授業のやり方の検討からでしたが、同時に各種学内会議も紙ベースの書類や対面会議が多い環境ですので、代替方法の提案をしたり、説明資料をつくったりしました。

毛利 オンライン授業用の部屋ができましたよね。

八谷 情報メディアに関連した研究活動を行っている、学内の芸術情報センターにも協力してもらい、オンライン授業にはどのツールを使ったら良いかなど考えていきました。オンライン授業用の部屋に機材を集めて先生に貸し出したりして。機材を購入する予算を文科省がきちんとつけてくれて助かりました。

毛利 八谷さんならではの、実験的なオンライン授業も行われていました。

八谷 顔を映すカメラに加え、板書用のホワイトボードも別カメラで映して配信したりしましたね。個人的には自宅からアバターで授業をやったり、合いの手をロボットに入れさせたりと、ミキサーやスイッチャー、カメラなどを駆使していろんな実験をしました。当時はVtuberの配信も参考にしていました。それから音楽の先生の授業をのぞいたり、映像研究科の先生とも相談したりと、他専攻との交流が生まれたのは良いことでしたね。

オリジナルのアプリ「ネコモードemo+」で行った電子工作のオンライン授業の様子。このときは八谷氏も学生もネコアバターで参加している(画像提供:八谷氏)

――座学はオンラインでも良いかと思うのですが、実技はどうされたのですか。

毛利 私が所属するグローバルアートプラクティス専攻は、海外との交流を目的としていますので結構大変でした。コロナ禍前は、海外の提携校と行き来する共同授業もありましたが、それも難しい。どうしようかと思ったときに、メディアアートの歴史を思い出しました。1990年代にメディアアートでは「テレプレゼンス」という分野が注目されたのですが、これは遠隔でありながら自分の手のように操作できるフィジカルな通信システムによるコミュニケーションのことです。今のように高精度のカメラや大画面のモニターはありませんでしたが、その分を観念論で補完しながら、いかに身体性をともなった通信ができるかが考えられていました。今は当時より格段にデバイスが発達したので、この方法論をどうにか授業に組み込めないかと思ったのです。

それで通常のビデオ通信のようにお互いの画面をただみるだけではなく、自分の姿と画面越しの学生の姿が重なるような仕掛けを考えたんです。2021年には、学生全員は難しいけれどスタッフに限っては渡航できることになり、フランスに派遣して双方向の授業をしました。「シンクロニック・ポータル」とよぶステージで、コンタクト・インプロヴィゼーションをしました。日本にいる学生が即興的な動きをする。そして画面の向こうにいるフランスの相手がそれを見てリアクションを起こす。すると、自分と相手の姿が画面上で重なり、オーバーラップしていきます。

――授業でこんなことができるのかと驚きました。逆境において、メディアアートの知見が最大限生かされたのですね。何という授業だったのでしょうか。

毛利 「アートプラクティス」という授業の枠で行われました。どういう表現を自分の糧にしていきたいかを練習をするワークショップの授業です。私は、学校で学ぶことの醍醐味として、共同で何かを行うことに注目しています。卒業して独立したら否が応でも孤独になるのだから、学校にいるあいだくらいは共同で何かしようよ、と(笑)。この方法だと学生の集中力があがりました。

誰もメディアアートをやりたいだなんて考えていないと思いますが、環境的に自然とメディアアートになるんですよね。ただし準備は大変で、何度も日本でリハーサルをして準備に時間をかけたものの、実際の授業はたったの2時間。壮大なプロジェクトでした。

八谷 授業って、この時間に学生が待機しているから、絶対に成立させなければというのがありますよね。毛利さんの授業、すごいなと思います。先端では、2020年度は実技も含めてほとんどの授業がオンラインでした。学部4年生や修士の2年生は卒制や修了制作の前に、「WIP展」というプレ発表のような展示をしていますが、それもオンラインになりました。展示経験もアーティストとして重要な要素ですので、コロナ禍前は学内展をしょっちゅうやっていましたが、それが実施できなかったのはかなり痛手でした。さすがにこのままだとまずいということで、翌年は「WIP展」もしたり実技も対面にしたりと徐々に戻していきました。ただ、座学は今でも一部オンラインだったりします。電子工作の授業は、オンラインでやると手元を拡大して見せられるので、そのほうがかえてよかったりして。そう考えると、新型コロナウイルスによる影響は悪いことばかりではなかったかもしれません。

コロナ禍で生まれた毛利さんの作品も好きなのがあって。2022年に恵比寿ガーデンホールで展示していた作品《Piano Solo》では、渡航先で隔離されたとき、そこでの環境音をレコーディングし、それをピアノ曲にして自動演奏しているのですよね。

毛利 ご覧くださったのですか、ありがとうございます! 2021年にオランダにパフォーマンスをしにいったのですが、渡航前後に両国で隔離期間があり、ホテルの窓から聞こえてくる鳥の声やテニスをする音などをレコーディングしました。それらの音を再生すると12音階にライブ変換され、自動演奏ピアノが演奏する、という作品です。私自身は、実は2021年頃は作品の生産性がすごくあがったんです。年間の展覧会数も増えて。危険が迫って、かえってやる気がおきたのかもしれません。

毛利悠子《Piano Solo》MEET YOUR ART FESTIVAL 2022、恵比寿ガーデンプレイスにて(画像提供:毛利氏)

八谷 状況が大きく変わり、できることが制限されるなか、ここで何ができるだろうと考えた結果ですよね。制作するしかない、というのもあったと思います。

毛利 コロナ禍では遠隔でインストールすることもおぼえました。

八谷 メディアアートは作家が展示設営に立ち合わなくては実現が困難という前提がそれまであったと思いますが、遠隔で設営せざるを得なくなり、現場でインストールするスタッフのスキルも上がりました。

――こうした社会状況も作品に反映していくのは、メディアアートならではですね。

八谷 メディアアート的なことをやっていると結構応用がきいたりするので、人生でいつか役に立つかもしれません。技術の一つとして、メディアアート的なものを学ぶ価値はあると思います。

八谷氏と毛利氏

八谷 和彦(はちや・かずひこ)
1966年、佐賀県生まれ。メディアアーティスト。東京藝術大学美術学部先端芸術表現科教授。九州芸術工科大学(現・九州大学芸術工学部)卒業後、コンサルティング会社勤務を経て、株式会社PetWORKsを設立。主な作品に《視聴覚交換マシン》(1993年)、《見ることは信じること》(1996年)のほか、『風の谷のナウシカ』(1984年)の劇中航空機を参考に、飛行可能な航空機を試作し飛行を行うプロジェクト「OpenSky」(2003年~)など。メールソフト「ポストペット」を開発。最近の個展に「「M-02JとHK1」~無尾翼機に魅せられて〜」(あいち航空ミュージアム、2022年)、展示企画に「HomemadeCAVE #3 Portalgraph showcase」(GINZA SIX、2022年)など。

毛利 悠子(もうり・ゆうこ)
1980年、神奈川県生まれ。美術家。東京藝術大学大学院美術研究科グローバルアートプラクティス専攻准教授。東京藝術大学大学院美術学部先端芸術表現科修了。コンポジション(構築)へのアプローチではなく、環境などの諸条件によって変化してゆく「事象」にフォーカスするインスタレーションやスカルプチャーを制作。近年の主な個展に「Neue Fruchtige Tanzmusik」(Yutaka Kikutake Gallery、東京、2022年)、「I/O」(アトリエ・ノールト、オスロ、2021年)、「Parade (a Drip, a Drop, the End of the Tale)」(ジャパンハウス サンパウロ、2021年)、主なグループ展に「第23回シドニー・ビエンナーレ」(シドニー、2022年)、「第34回サンパウロ・ビエンナーレ」(サンパウロ、2021年)ほか。

※インタビュー日:2023年1月25日

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