彼女たちが映してきたもの 「フェミニズムと映像表現」レポート

坂本 のどか

展示風景
撮影:大谷一郎

四つのキーワード

まず興味深いのは、展覧会の序盤に掲出されたパネルだ。見出しが「時間のない方のために」で始まるそれは、本展の出展作品を四つのキーワードでわかりやすく分類・解説している。見出しの文言は、少数の出展ながらほぼすべてが映像作品であることや、鑑賞者の多くが、主たる企画展やコレクション展に多くの時間を費やしたのちに本展へ訪れるであろうことなどに配慮したものと思われる。四つのキーワード「マスメディアとイメージ」「個人的なこと」「身体とアイデンティティ」「対話」を参照し、それぞれから作品を取り上げたい。

「時間のない方のために」で始まる作品チャート。四つのキーワードで作品を分類している

流布されたイメージを用いて

「マスメディアとイメージ」に紐づく2作品は、いずれも1970年代、当時急速に普及したテレビによって植え付けられた女性のイメージを用い、社会における女性像やその役割に疑問を投げかけている。マーサ・ロスラーが自身を被写体にした《キッチンの記号論》(1975年)は、料理番組の体裁をとりながらも、食品は登場せず、無表情かつ無言のロスラーが調理器具を淡々と紹介する。ダラ・バーンバウムによる《テクノロジー/トランスフォーメーション:ワンダーウーマン》(1978~1979年)は女性ヒーロー・ワンダーウーマンの変身シーンのみを執拗に繰り返す作品だ。物語のなかでは女性解放の象徴でもあったというが、ストーリーから切り離された露出の多いその姿は、女性が求める女性ヒーロー像とは言い難い。

マーサ・ロスラー《キッチンの記号論》1975年
Courtesy Electronic Arts Intermix (EAI), New York
ダラ・バーンバウム《テクノロジー/トランスフォーメーション:ワンダーウーマン》1978~1979年
Courtesy Electronic Arts Intermix (EAI), New York

身体感覚を取り戻す

マスメディアによるイメージの氾濫に抵抗するかのように、同時代やその後には、身体への関心が高まりパフォーマンス・アートなどが登場する。キーワード「身体とアイデンティティ」には四つの作品が紐づくが、その中から二つの作品を取り上げたい。塩田千春による《Bathroom》(1999年)は、作家自身が泥に満たされたバスタブに身を浸し、泥を頭からかぶり続けるパフォーマンスを記録した作品だ。身体感覚を取り戻す意図があるという本作。時に嫌悪感をも抱くその映像からは、根源的な生命力を感じることができる。四つの映像がプロジェクションされたキムスージャの《針の女》(2000~2001年)は、世界各地の雑踏の中、画面の中央に作家自身が後ろ向きで微動だにせず立ち続ける。布を縫い合わせる作品を手がける作家が、みずからの身体を針になぞらえたという。

塩田千春《Bathroom》1999年
© VG BILD-KUNST, Bonn & JASPAR, Tokyo, 2024 G3590
キムスージャ《針の女》2000~2001年
Courtesy of Kimsooja Studio

他愛もないやりとりのなかから

最後に挙げるのは、残りのキーワード「個人的なこと」「対話」に該当する2作品だ。隣り合う壁面に投影された出光真子《主婦たちの一日》(1979年)と遠藤麻衣×百瀬文《Love Condition》(2020年)は、いずれも、女性同士の他愛のないやりとりをコンセプトの一つにしている。前者は家の簡単な間取り図を前に、その場に集まった4人の女性たちがそれぞれ自分のコマを動かしながら、起床から就寝までの昨日の行動をたどる。実際にはそれぞれ別の家で、異なる1日を過ごしている彼女たちだが、行動やそのタイミングが重なり、「私も」と言いながらコマを動かし笑い合う場面がたびたび訪れる。後者の《Love Condition》は2022年度に新たに収蔵された、本展では制作年・収蔵年ともに一番新しい作品だ。作者の2人がひとかたまりの粘土を一緒に捏ねながら、理想的な性器についてのアイデアを話し合う。

遠藤麻衣×百瀬文《Love Condition》2020年(左)、出光真子《主婦たちの一日》1979年(右)
遠藤麻衣×百瀬文《Love Condition》2020年
出光真子《主婦たちの一日》1979年

2作品の制作年には40年ほどの差があるが、そこに共通するのは、声の主が顔を出さないことだ。映し出されるのは手だけ。個人の存在を感じさせながらも、匿名性を保つそのやり方が、名もなき女性の「個人的なこと」が、個人にとどまらないことを示唆している。その手の主は私でもあり、あなたであるかもしれない。リアリティと抽象性が同居する映像表現は、そうして個人の声を鑑賞者の中で幾重にも増幅させ、社会に問いを投げかけてきたのだろう。

information
フェミニズムと映像表現
会期:2024年9月3日(火)~12月22日(日)10:00~17:00(金曜・土曜は10:00~20:00)
休館日:月曜日(ただし9月16日、9月23日、10月14日、11月4日は開館)、9月17
会場:東京国立近代美術館 ギャラリー4
日、9月24日、10月15日、11月5日
入場料:一般500円、大学生250円
https://www.momat.go.jp/exhibitions/r6-2-g4

フェミニズムと映像表現 次会期(展示内容を一部変更)
会期:2025年2月11日(火・祝)~6月15日(日)
会場:東京国立近代美術館 ギャラリー4

※URLは2024年11月25日にリンクを確認済み

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