浅野 靖菜
古代を生きた恐竜たちを描くパレオアート(古生物美術)の世界を展観する特別展「恐竜図鑑―失われた世界の想像/創造」が、上野の森美術館で2023年5月31日(水)から7月22日(土)まで開催されています。19世紀の復元図から現代のパレオアートまで、世界各国から約150点が集結する異色の展覧会。本稿では、開幕日前日に行われた内覧会の様子を伝えます。
一般に、恐竜をテーマにした展示の主役は化石であり、恐竜の生きていた時代を描くパレオアートは脇役となっている。本展は、古代のロマンに魅了された研究者や画家たちの創造力の賜物としてパレオアートに注目する、画期的な試みである。
「第1章 恐竜誕生―黎明期の奇妙な怪物たち」では、19世紀イギリスでの化石発掘を機に描かれた最初期の作品が紹介されている。
1811年、化石ハンターのメアリー・アニングがイギリス南部で発掘した断片的な化石を、想像により復元した版画が制作される。この史上初の古生物復元版画の頒布により、古生物1のイメージが形づくられていった。
本展を企画した神戸芸術工科大学の岡本弘毅教授によると、初期のパレオアートは化石の完全復元に先行する形で行われた、芸術家のイマジネーションが生み出したイメージであった。恐竜もドラゴンの延長線上として捉えられ、演劇的な演出によって物語や神話の風景のように描かれたという。
19世紀後半になると、アメリカで化石の発掘が盛んになり全身骨格の復元も可能になった。
「第2章 古典的恐竜像の確立と大衆化」では、パレオアートの二大巨匠と称されるアメリカのチャールズ・R・ナイト、チェコのズデニェク・ブリアンの作品が中心となる。史上初のパレオアート専門画家の一人であるナイトや画家としての技量の高いブリアンの作品には、当時の研究成果が盛り込まれ、恐竜だけでなく植物や海中の表現にもリアリティが出てくる。
「第3章 日本の恐竜受容史」では視点を変えて、日本における恐竜イメージの受容と文化的拡がりがテーマだ。1960〜70年頃、海外のパレオアートを模倣した挿絵が図鑑や雑誌などに掲載され、日本における恐竜イメージの形成と普及に大きな影響を与えた。それらはエンターテインメントの世界にも伝播し、1960年代にはリモコン人形やソフビ人形、フィギュアなども登場する。
そのなかでも、精密機器メーカー・島津製作所の標本部による素焼きのフィギュア、国立科学博物館が販売していた石膏製のフィギュアは、現存数の少ない貴重な資料だと岡本教授は述べた2。
現代美術からは、マンガ家でもある立石紘一(タイガー立石)の代表作《アラモのスフィンクス》(1966年)やシュルレアリスム画家の福沢一郎、少女をメインモチーフとする篠原愛らの油彩画、プラスチック玩具でポップな恐竜像を組み上げた藤浩志の作品が取り上げられた。
一風変わった恐竜像を表現したのは、『疾風伝説 特攻の拓』(佐木飛朗斗・原作、所十三・作画、1991~1997年)で一世を風靡したマンガ家の所十三だ。『DINO DINO3』(講談社、2002~2004年)では、恐竜たちが「ゴチになりやす!!」とヤンキーマンガ風の台詞回しで描かれ、どこか人間臭さが感じられる。誰も見たことのない恐竜たちをリアリティのある描写で親しみやすく描いた本作は、岡本教授が本展を企画するきっかけの一つになったという4。第3章は、日本におけるパレオアートの支流と言えよう。
「第4章 科学的知見によるイメージの再構築」では、現代のアーティストによる作品が並ぶ。1960年代以降、古生物学者ジョン・オストロムが、従来の「鈍重な変温動物」ではなく「活発に動く恒温動物」という恐竜観を提唱して、恐竜ルネサンスと呼ばれるパラダイムシフトが起こる。
ウィリアム・スタウトやダグラス・ヘンダーソンは、科学的知見に裏打ちされた恐竜の姿と自然環境を映画のワンシーンのように描いた。
日本を代表するパレオアートの担い手、小田隆の作品にも注目したい。骨格の再現図から肉付けした体の表現と迫力の構図は、恐竜たちの躍動感ある動きを写真のように鮮明に伝えている。
国内外のパレオアートの変遷に加え、日本での恐竜イメージの受容を、図鑑や雑誌、玩具、現代美術やマンガなどで多角的に紹介する本展は、科学的な側面ばかりが語られることの多い恐竜の文化的な側面を考察する貴重な機会だ。
脚注
information
特別展「恐竜図鑑―失われた世界の想像/創造」
会期:2023年5月31日(水)~7月22日(土)10:00~17:00(土日祝は9:30〜)
休館日:会期中無休
会場:上野の森美術館(東京・上野)
入館料:一般2,300円、大・専門学校生1,600円、高・中・小学生1,000円
https://kyoryu-zukan.jp/
※URLは2023年6月20日にリンクを確認済み