世界と日本、都会と地方、業界と学生の垣根を下げて過去から未来を見通す 「ひろしまアニメーションシーズン2024」レポート

タニグチ リウイチ

「ひろしまアニメーションシーズン2024」のゲストや審査員

2022年に続く2回目の開催

広島市を舞台に2024年8月14日から18日まで開催された「ひろしまアニメーションシーズン2024」は、一昨年に続く2回目にして1、国内外のアニメーション関連映画祭のなかにしっかりとしたポジションを得つつある。内外の短編作品や長編作品から劇場で公開された商業作品、テレビやネットで発信された作品まで幅広く集めて世界のアニメーションの潮流を紹介。学生とアニメーション業界の関係者が参加して情報をやりとりする「ひろしまアニメーション・アカデミー&ミーティング(HAM)」も実施して、広島の地にアニメーションづくりへの意識を根付かせようとしているからだ。

「ひろしまアニメーションシーズン」(以下、HAS)は2022年に第1回が開催された、まだ若いアニメーション映画祭だ。広島市では1985年から「広島国際アニメーションフェスティバル」が実施され、アヌシー、ザグレブ、オタワと並んで「世界4大アニメーション映画祭」の一角を形成していたが、2020年の第18回で終了となってしまった。その後、広島市が音楽やストリートダンスも含んだ「ひろしま国際平和文化祭」を立ち上げ、そのなかに「HAS」を置いたことで、アニメーション映画祭という場は保たれた。

今回から米国アカデミー賞公認映画祭となって、「短編コンペティション」のグランプリ作品が、アカデミー賞の短編アニメーション部門に応募する資格を得られることになった。日本のアニメーション映画祭では唯一で、世界を目指す短編アニメーションが広島へと集まる理由をつくった。

結果として、「HAS2024」には、97の国・地域から第1回の2,149作品を大きく上回る2,634作品の応募があった。ここから72本の短編作品が「短編コンペティション」「環太平洋アジアユースコンペティション」「日本依頼作品コンペティション」の3部門に、4本の長編作品が「長編コンペティション」部門に入選作品としてノミネートされた。「短編コンペティション」については、ノミネート作品を「短編1/社会への眼差し」「短編2/寓話の現在」「短編3/虚構世界」「短編4/光の詩」というカテゴリーに分けて上映した。

4つのカテゴリーが設けられた「短編コンペティション」

栄えある「短編コンペティション」のグランプリに輝いたのは、ベルギーのニコラス・ケッペン監督による『美しき男たち』(2023年、ベルギー=フランス)という作品だ。頭の髪の毛が薄い3人の兄弟が、トルコのイスタンブールに植毛手術を受けに行くという展開のなかで、男らしさとは何かを問うようなエピソードが繰り広げられる。ストップモーション・アニメーションによる動きと工夫された構図で観る人を引きつけるところもあって世界中で評価を受けていたが、今回のグランプリで新たなローレル(冠)を加えた。

商業アニメーションのようなキャッチーなキャラクターやストーリーを持たない短編アニメーションを見るとき、馴れていない人は無秩序に上映されてもどこをどう楽しめば良いのかがわかりづらい。今回の上映では、カテゴリー分けが行われたことで、作品をどのような視点から見たらよいかという指標が与えられた形となった。「社会への眼差し」のようなカテゴリー名なら、作品のなかにどのような社会性を持った展開があるのかを考えながら見ることができる。

『美しき男たち』も、この「社会への眼差し」のなかで上映された一編だ。選評にあるように、「男らしさとアイデンティティに関する議論にも有意義な視点を提供」して、社会の一片を切り取って見せた。各カテゴリーから1作品を選ぶ賞もあって、「虚構世界」からは台湾のジャンシュウ・ジャン監督による『熱帯の複眼』(2022年、台湾)が選ばれた。台湾に伝わる紙漉き技術で造形されたキャラクターたちが、樹林や水の上を動き回るストップモーション・アニメーション。ハエの複眼から見た世界という設定も乗って、原始的で幻想的なビジョンを見せてくれた。

『美しき男たち』のケッペン監督(スクリーン)と各部門の受賞者、「短編コンペティション」の審査員

「光の詩」のカテゴリーでは、米国のアニメーション作家で世界的に知られるドン・ハーツフェルト監督による新作『ME』(2024年、米国)の上映もあった。文明社会の崩壊と宇宙の進化を描いた音楽劇を見せてくれたが、グランプリとはならず、各カテゴリーから選ばれるカテゴリー賞も、エストニアのミリー・イェンケン監督による『東方の雨』(2023年、エストニア)に譲った。 ここからは、「HAS2024」に世界から集まった作品のクオリティ高さが見て取れる。同じ「光の詩」で上映された作品からは、インドのスレッシュ・エリヤット監督による『ゲロゲロ・ショー』(2024年、インド)が「短編コンペティション」「環太平洋アジアユースコンペティション」「日本依頼作品コンペティション」にノミネートされるすべての作品から選ばれる観客賞を受賞。インドのアニメーションへの関心を誘う役割を果たした。

観客賞を『ゲロゲロ・ショー』で受賞したエリヤット監督

「長編コンペティション」には4作品が登場。審査員による選考はなく、来場者が投票する形式で、東京アニメアワードフェスティバル2024でも上映されたブノワ・シュー監督の『シロッコと風の王国』(2023年、フランス=ベルギー)がグランプリに輝いた。4作品のなかには、10年かけてパキスタンで制作されたウスマン・リアズ監督の『ガラス職人』(2024年、パキスタン)が上映されて好評を得た。ガラス職人の息子と軍人の娘の間に通う恋心が、戦争によってすれ違う様子を描いた作品で、スタジオジブリや日本アニメーションの作品を思い起こさせるルックが、日本のアニメファンに馴染む。

日本から世界へと発信されたアニメーション作品を見て育った人たちが、自分たちの視聴体験を基にしてつくった「日本風」のアニメーション作品が世界の各地で生まれている。中国作品で4月に日本でも放送された『龍族 -The Blazing Dawn-』のように、日本作品と言われても驚かない高水準の作品も登場している。こうした動きが今、他の地域にも広がっていると言えそう。『ガラス職人』は日本での配給も予定されており、公開された作品を見て今のパキスタンの水準に驚く人も大勢出そうだ。

若い才能があふれる「環太平洋アジアユースコンペティション」

これからの才能に目を向けてもらい、作品が広く世界に知られるきっかけをつくろうとする意識も、「HAS2024」からは感じられた。一例が、「環太平洋アジアユースコンペティション」という部門の創設だ。環太平洋アジア地域で制作された学生作品や、デビュー作品(卒業後の第1作)を対象にしたコンペティションで、若いながらもそれまでに習得した技術を駆使し、自分なりのテーマ性をこめてつくり上げたアニメーションを集めて上映し、新しい潮流を感じてもらおうとしていた。

ノミネート作品には、制作国は日本だが中国から留学しているサム・クワ監督の『ゾウのかたち』(2023年)や、トルコ出身で東京藝術大学大学院映像研究科アニメーション専攻修了作品として手掛けたチャール・ハルマンダル監督『ヴィジョン』(2023年、トルコ=日本)といった、日本で学びつつ世界の感覚を取り込んだような作品がいくつかあった。審査員のムン・スジンが選んだ賞を獲得した『黴』(2023年、日本=中国)のシ・セッセイ監督も、中国出身で現在は同大学院で学んでいる。こうした留学生の活躍は、日本のアカデミズムにおけるアニメーション教育が、欧米に遅れをとっていない表れとも言える。

もちろん、日本の学生の作品もしっかりと受け入れられている。「環太平洋アジアユースコンペティション」のグランプリを獲得したのは、伊藤里菜監督が東京造形大学の卒業制作で手掛けた『私は、私と、私が、私を』(2024年)だった。日本をハブにして世界の多様なアニメーション作家が交流を持ち、刺激し合うような土壌が生まれてきていると言えるだろう。

「環太平洋アジアユースコンペティション」のグランプリや各審査員賞受賞者と審査員

テレビ番組内でのアニメーションも対象となる「日本依頼作品コンペティション」

こうした若いアニメーション作家たちが活躍できる場が、今の日本にどれだけ存在しているのかといった課題あるが、その点については、「日本依頼作品コンペティション」にノミネートされた作品群が見せるアニメーション表現の多彩さが、テレビアニメのような商業作品が強い日本でも、アーティスティックな才能を求められている場があって、それが広がってきていることを感じさせてくれた。

「日本依頼作品コンペティション」に寄せられた作品も、実に多彩だった。NHK Eテレの番組『びじゅチューン!』で放送された井上涼監督の『グランド・オダリスクVS蚊』(2023年)があり、テレビ東京の番組『シナぷしゅ』で放送された平松悠監督『あるひのシナ田さん』(2023年)もあってと、アカデミックな場で教育を受けたアニメーション作家が、持ち味を生かした作品でテレビに進出できることを見せていた。

一方で、最新の長編アニメーション作品『きみの色』が公開となった山田尚子監督が手掛けた短編作品『Garden of Remembrance』(2022年)も登場。商業の現場にあってしっかりと作家性を残しながら活躍するクリエイターが現れていることを感じさせた。多摩美術大学出身の久野遥子監督が、美大の仲間を招きロトスコープという手法を使ってつくった『化け猫あんずちゃん』(2024年)が、商業作品として劇場上映されて好評を得た状況からも、商業とアートの垣根が低くなり、裾野が広がっている状況が見て取れる。

この「日本依頼作品コンペティション」でグランプリとなったのは、NHK Eテレの『プチプチ・アニメ』内で放送された八代健志監督によるストップモーション・アニメーション作品『春告げ魚の風来坊』(2023年)。以前に『プックラポッタと森の時間』(2021年)でも試した、屋外で人形を動かし撮影していくという手法でつくられていて、時間の経過によって変わる光や空気感が、作品に不思議な柔らかさを与えている。

「日本依頼作品コンペティション」でグランプリを獲得した『春告げ魚と風来坊』の八代監督

ミュージックビデオをはじめ自主制作アニメを取り上げる「HASプレゼンツ:インディーアニメクロスX!」

活躍の場という意味では、ネット発のミュージックビデオでアニメーションが使われるケースが増えていて、そこに作品を提供する自主制作のアニメーション作家が続々と登場している。「HAS2024」では、そうした自主制作アニメーション作家を集めたプログラムとして、「HASプレゼンツ:インディーアニメクロスX!」が実施された。一部のクリエイターも参加したトークも行って、アニメーション映画祭という場でインディーズ作品のムーブメントを可視化させた。

自主制作アニメーション自体は、それこそ「HAS2024」のアーティスティック・ディレクターを務めている山村浩二監督や、『この世界の片隅に』(2016年)の片渕須直監督が参加していた「グループえびせん」の時代から存在している。2000年代には『ほしのこえ』(2002年)で新海誠監督も登場。2024年に『クラユカバ』および『クラメルカガリ』という2作品を劇場公開した塚原重義監督も自主制作アニメーションの出身だ。

こうした系譜を一方に、昨今のUGC(ユーザー生成コンテンツ)としてつくられる、音楽を彩るアニメーションについて、改めて語り合うことで何か地殻変動に近いことが起きていることが、「インディーズアニメクロスX!」のプログラムから感じられた。「アイドル」が世界的にヒットしたYOASOBIの楽曲「海のまにまに」(2023年)を彩る土海明日香のアニメーションや、こっちのけんと「はいよろこんで」(2020年)に使われた、昭和のテレビCMに使われたようなレトロな絵柄を持ち味とするかねひさ和哉のアニメーションは、インディーズに括られるが完成度は商業作品にひけをとらず、ネットでの再生数も驚異的だ。

なかには巡宙艦ボンタ『ダンジョン&テレビジョン』(2024年)のように、アニメーション作品のパイロットとして制作されたものもあって、塚原監督に続いて欲しいといった期待を誘った。2024年10月5日と6日には、こうした自主制作アニメーション作家が作品を持ち寄る「インディーアニメマーケットX! inパルテノン多摩」が東京都多摩市で開催予定。学生作品が集まって9月26日から29日まで、国立新美術館で開催される「インター・カレッジ・アニメーション・フェスティバル2024」(ICAF2024)と合わせて、商業作品とは違った日本のアニメーション作品の「現在」に触れる絶好の機会と言えるだろう。

参加者のサインが書かれた「HAS2024」のシート。メインビジュアルは、2022年の「ひろしまアーティストインレジデンス」招聘作家のひとりである、ウクライナ出身・米国在住のアニメーション作家ナタ・メルトーク氏による

アニメーション制作者の声が聞ける「ひろしまアニメーション・アカデミー&ミーティング(HAM)」

これらのイベントはいずれも東京での開催で、アニメーション関係のクリエイターが参加するイベントも、首都圏や大都市圏での開催が中心となる。地方ではなかなか、アニメーション関係者の生の声に触れられず、どのようにしてどのようにアニメーション業界に足を踏み入れていけばいいのかを知る機会も少ない。「HAS2024」ではそうしたギャップを埋めて、地方からも新しい才能を送り出そうといった意識のもと、「ひろしまアニメーション・アカデミー&ミーティング(HAM)」というプログラムが設けられた。

これが実に豪華だ。『ルックバック』(2024年)が100万人を動員して話題の押山清高監督が来場して、制作過程を振り返ってもらうトークを開催した。『君の名は。』(2016年)の回想シーンを手掛け、短編作品『トキノ交差点』(2018年)を送り出した四宮義俊監督は、制作中の『A NEW DAWN(邦題未定)』をどのようにつくっているかを、他で見せたことのない設定画や背景美術を持ち込んで紹介した。

四宮監督はさらに、来場者が参加して、作品のなかで使われる花火のシーンを実際に描いてもらうワークショップまで開催した。四宮監督は、ワークショップに参加した人たちを「仲間」と呼んで、アニメーションづくりの一角に自分も参加している感覚を持ってもらおうとしていた。

ワークショップで作業を説明する四宮監督

広島で行われる国際アニメーション映画祭として

一般にも開かれた映画祭であることも、「ひろしま国際平和文化祭」という広島市を挙げての文化のお祭りといった開催意義のなかで求められていた。その点で今回は、公開から9カ月が経っても未だに劇場にファンを集める『鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎』(2023年)の応援上映を実施し、古賀豪監督を招いてのトークイベントも開催してファンに答えた。広島県出身の脚本家、米内山陽子が参加したテレビアニメ『スキップとローファー』(2023年)をセレクション上映し、作品の舞台のモデルとなっている能登半島で発生した地震の被害に対する寄付も募った。

『スキップとローファー』の上映では、出合小都美監督と米内山がそろって登壇。原作のマンガからどのようにして脚本をつくるのか、そこからどのように映像化していくのかといったテクニカルな話が繰り広げられた。「HAM」参加者も含む聴講者は、アニメーションづくりへの関心を強く引き起こされたことだろう。

過去の作品にスポットを当ててアニメーションとアニメーション作家を振り返るプログラムとして、「みんなのうた」の楽曲や、『うる星やつら』(1981~1986年)など数々のアニメーション作品のオープニングやエンディングに映像を提供したアニメーション作家、南家こうじについて語り合うトークイベントと、作品の上映が行われた。一方で、最先端のVR技術を使って制作された、山村浩二監督の『耳に棲むもの』(2024年)や、作道雄監督によるベネチア国際映画祭ノミネート作品で、ADCアワード金賞受賞の『Thank you for sharing your world』(2022年)を鑑賞できる場も設けられていた。

VR作品コーナー

日本と世界。過去と未来。都会と地方。学生と業界関係者。長編と短編。商業とインディーズ。そうした垣根を取り払いひとつの場所で体験できて楽しめる場として、「HAS2024」の開催意義には大きいものがある。あとは継続あるのみ。閉会式で山村アーティスティック・ディレクターは、2年後の開催に意欲を見せていた。どのような作品が集うのか、日本の作品はどのようになっているのかが楽しみだ。

「HAS」アーティスティック・ディレクターの山村氏

脚注

1 [編集者注]過去のカレントコンテンツにて、前回の「ひろしまアニメーションシーズン」についての記事を公開している。
安原まひろ「新たなかたちのアニメーション映画祭を広島で 「ひろしまアニメーションシーズン」インタビュー」2022年8月8日、https://mediag.bunka.go.jp/article/article-20087/

information
ひろしまアニメーションシーズン2024
会期:2024年8月14日(水)~18日(日)
会場:JMSアステールプラザ、横川シネマ
https://animation.hiroshimafest.org/

※URLは2024年9月19日にリンクを確認済み

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