メディア芸術とアーカイブに関わる仕事 第4回 視聴覚アーキビスト・鈴木伸和

松尾 奈々絵

カバーデザイン 鈴木さゆり(一般社団法人マンガナイト

鈴木 伸和(すずき・のぶかず)
視聴覚アーキビスト/株式会社東京光音・映画保存協会に所属。フィルム、ビデオ、サウンドに関わる視聴覚資料の保存とデジタル化に携わること約20年。2011年の東日本大震災をきっかけに、映画保存協会災害対策部を設立する。2014年から1年間、文化庁新進芸術家海外研修生として、ボパナ視聴覚リソースセンター(プノンペン、カンボジア)に勤務し、内戦後に残存する視聴覚資料の調査、デジタル化に従事。以後、日本国内のみならずマラウイ国立公文書館、北東インド視聴覚アーカイブなど、特に予算や人材不足で劣化し続ける視聴覚資料の保存支援を行っている。

フィルムのデジタル化作業とは

――鈴木さんの普段の仕事内容を教えてください。

鈴木 映画フィルムの検査から補修、クリーニングなど、デジタル化を行う前の業務を主に担当しています。依頼内容はさまざまですので、例えば博物館などの保存庫改善の提案から、コレクションの全点検査、記録されている音声内容の要約など、依頼があればどんなことでも行います。基本的な視聴覚資料のデジタル化業務について、大まかな流れをご紹介します。

1)フィルムの検査
素材を受け取り、最初に行う作業は検査です。フィルムの検査は、経年劣化による変形や匂い、褪色、カビの有無といったフィルムの状態だけでなく、フィルムの基本情報であるタイトルや上映時間、画郭(がかく1)、音声の有無なども確認します。視聴覚資料の検査項目は、図書館や博物館、映画業界などで基準が異なり統一されていません。そのため、データベースをつくるときにも問題になることがあります。

国際フィルムアーカイブ連盟(FIAF)が公表している検査項目などを組みあわせることもありますが、人件費の問題もあるため、時間をかけずに必要なところをカバーできる項目のみ検査しているのが実情です。重要なコレクションの場合には時間をかけて詳細な調査を行うこともあります。例えば、実験映画などでは1シーンだけ異なるバージョン違いも存在するため、同じタイトルのものが複数あったときは、完全に同一か確認することもあります。以前は「スタインベック」というフィルム編集機でフィルムの検査をすることが多かったのですが、最近はデジタル化が容易になったため、内容確認はデータファイルで閲覧するほうが圧倒的に利便性がよくなりました。

2)フィルムの補修
フィルムが劣化している場合は、デジタル化をする前に補修が必要になります。よくある補修は「パーフォレーション」というフィルムの送り穴が裂けている場合の補強です。補強せずにスキャナーにそのまま通すと、フィルムが裂けてしまう可能性があるため補修用のテープを貼ります。ただし、劣化や破損が少なければ過度な補修はしません。補修用のテープ自体もいつかは劣化するため、保存とは逆効果になることもあるからです。

補修には1作品30分程度のフィルムで数週間かかることもあれば、数分で終わるものまでさまざまです。極度に劣化するとフィルムに触るだけでガラスのように割れてしまうことがあり、その場合はフィルムを慎重に剥がし、スチールカメラで1フレームずつ撮影して再動画化する場合もあります。

3)フィルムのクリーニング
フィルムは大まかにネガとポジがあり、映画館で使用する上映用ポジフィルムは汚れや傷がたくさん付いていることがあります。汚れているフィルムはクリーニングを行います。クリーニングは布やゴムローラーを使用するドライタイプと、有機溶剤や水を使用するウェットタイプがあり、どちらのクリーニング機器も弊社が独自に開発したものを使います。デジタル化したあとに画像データ上で汚れや傷を消す、いわゆる「デジタル修復」を行うことも可能ですが、人件費や真正性を考えると、最初にフィルム自体を綺麗にしてからデジタル化するほうがよいと考えています。

こちらはウェットタイプのクリーニング機器です。事前にフィルムの検査や補修は必要ですが、フィルムを装填すると自動で洗浄できます。クリーニングの工程は、適量の溶剤を塗布し、長い毛の付いたローラーを回転させてフィルム表面の汚れを落とし、乾燥する時間にあわせた速度で巻き取るシンプルな作業です。しかし、映画フィルムというのは作品によっては数百、数千メートルもあるため、専用機器が無ければ適切なクリーニングができません。

磁気テープや音声資料の場合

鈴木 映画フィルム以外に、磁気テープや音声資料もデジタル化しています。数年前からフィルムに比べてビデオテープの依頼が増えてきました。弊社では、一般家庭にも普及した民生用だけでなく、放送局でも使われる業務用の再生機を各種そろえ、常に稼働させています。ビデオテープの検査は映画フィルムと異なり、肉眼で映像や音声を確認することができないため、何をするにしても再生機が必要です。

基本的にすべてのビデオテープはクリーニング機器で汚れを落としてから再生機にかけ、データファイル化しています。ビデオテープの再生機はもう製造していませんので、汚れによる故障を可能な限り防ぐためです。ビデオテープの状態が悪い場合は、クリーニングに時間とお金が必要になるため、内容確認するにしても簡単ではありません。

4)デジタルファイル化
映画フィルムのデジタルファイル化は、劣化したフィルムも扱える専門のスキャナーを使用しています。スキャン前後でもさまざまな調整を行う必要があり、例えば褪色した色を可能な限り元通りにするカラーコレクションや、画郭のトリミング、音質の調整や合成などがあります。

アニメーションや実験映像作品の場合は、作品自体にそもそも自然に存在する色が使われていないことが多く、何がオリジナルの色か推測できない場合があります。そのような場合は、可能な限り複製物や関連資料を収集して比較検討します。また、作者本人に確認してもらったり、亡くなられている場合には関係者の方に見ていただくこともあります。しかし、作者本人にもオリジナルの色はわからないことが多く、製作者、研究者、技術者の三者で協議し、複数バージョンを作成する場合もあります。このような調整が終わったら、最後にデジタルデータを保存用フォーマットに変換し、長期保存媒体に格納し、適切なメタデータと共に納品します。

デジタル化って「スキャンのボタンをひとつ押して終わり」みたいに想像される方もいますが、長期保存が目的の場合は決めることが何十、何百とあり、細かな作業が必要だとわかっていただけると嬉しいです。

保存やアーカイブの仕事に就くには

――鈴木さんご自身は、どのような経緯で、今のお仕事に就きましたか?

鈴木 映画に関する仕事がしたいと思い、大学卒業後にフィルムセンター(現:国立映画アーカイブ)で最初に働きました。その仕事を通して、初めて映画保存という仕事がこの世に存在することを知りました。今でこそ「アーカイブ」という言葉は社会に浸透していますが、約20年前の当時は、周りの映画関係者の多くはアーカイブ活動に無関心だったように思います。日本では劇場用映画だけで年間 1000 本以上という大量の作品がつくられ続けていますので、私がつまらない作品を1本増やすよりは、過去の貴重な作品を保存する仕事のほうが重要だと思い、今の仕事を選びました。

――大学での学びは今の仕事につながっていますか?

鈴木 専攻は国際関係学で、副専攻で舞台芸術に関するアートマネジメントを学んでいました。大学に入る前から映画をつくりたいと思っていましたが、映画製作者志望はたくさんいましたので、映画の技術だけで競ってもしょうがないなと思い、別の分野を学んでいました。

国際関係学もアートマネジメントも、直接ではありませんが今の仕事につながっています。例えばアフリカや東南アジアの一部の国や地域では、視聴覚資料が残っていたとしても保存をする組織や人材が十分ではありません。そういった場所で共に働くには、視聴覚アーカイブと途上国支援を組みあわせ、文化芸術と社会をつなげる作業が必要になります。視聴覚資料に限らずですが、いわゆるメディア芸術の保存活動は、法律、化学、工学など、さまざまな専門性が必要になりますので、どのような分野を学んでいたとしてもメディア芸術の保存に生かせると思います。

――アーカイブの仕事の必要性について思うところを教えてください。

鈴木 私にとって視聴覚資料は芸術作品としてだけでなく、歴史や文化の記録だから重要だと思っています。ただ、視聴覚資料はほかの博物館資料などと比べると文化財として認識されないことが多いため、国や地方自治体だけに頼らず、誰かがやらざるを得ない仕事だと思っています。アーカイブ活動には保存と活用の2つの側面があり、デジタル化は活用を促進するための手段として必要だと考えています。

一方、オリジナル資料の現物保存は少ない予算ではとても難しいのが実情で、あらゆるモノを保存するのは不可能です。アーカイブの仕事の必要性については誰も反対しないと思いますが、問題は優先順位を誰かが責任を持って決める必要があります。経年劣化が早い視聴覚資料は、保存しようと思ったときには既に劣化して失われていることが多いからです。

――別の課題として、デジタルデータにも規格があり、永遠に保存できる万能な媒体ではないと思いますが、その問題についてはいかがですか?

鈴木 永遠に保存できる万能な媒体は存在しません。ただし、おっしゃる通り、デジタルファイルや格納媒体の規格は、短期間で古くなる「陳腐化」が起こります。そのためデジタル化はアーカイブではないという意識を持つことは重要です。デジタルデータは適切なメタデータ付きのフォーマットで保存し、定期的に複製や変換を続けるしかありません。オリジナルの資料は可能な限り廃棄せず、次世代に残すことが重要です。

――最後に、アーカイブをする人材の教育についてお考えを伺えればと思います。

鈴木 日本語だけでなく英語も含めた基本文献を読んだら、実務を通して実践的に学べる環境に身を置くことが重要ではないでしょうか。幸いなことに、メディア芸術は多数の民間会社が関わる分野ですので、関連会社で働きながら「アーカイブ」について学べる機会は、ほかの文化財分野よりも多いと思います。ただし、営利企業は利益が優先されますので、思うように進まないこともあるかもしれません。

私の体験談ですが、今の仕事を始めて数年経ったころ、海外の映画関連機関の教育プログラムに応募をしたら、「既にアーカイブに関わる仕事を日本でしているのだから、諦めずに闘ってください」と言われて不採用になりました。アーカイブ活動とは保存と活用をし続けることです。何を学ぶかも大事ですが、諦めずに継続することも大事だと思っています。

脚注

  1. 画面の比率 ↩︎

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