一対の紙に刻まれた時間/カメラに捉えられた30分の絵画 小金沢健人「Dual Doodle Double Square」レポート

坂本 のどか

⼩⾦沢健人は、武蔵野美術⼤学を卒業後、1999年よりベルリンを拠点に活動し、国際芸術祭への作品の出品、国内外での美術館での個展を行ってきました。2017年に帰国してからは東京を拠点としてドローイング、インスタレーション、パフォーマンスといった作品を制作しています。本稿では、2023年7月7日(金)から9月9日(土)にかけてKOTARO NUGATA 天王洲にて行われた同氏の展覧会「Dual Doodle Double Square」の様子を届けるとともに、その作品の意図について考察します。

ドローイングが展示され、映像と音声が流れる

寺田倉庫が展開する現代アートの複合施設TERRADA ART COMPLEX3階のKOTARO NUGATA 天王洲にて、映像やドローイング、インスタレーション、パフォーマンスなどを表現手段とする作家、小金沢健人による個展「Dual Doodle Double Square」が開催された。一見すると平面作品の展示のように見える本展には、多様なメディアを駆使する作家による、新たな物事の捉え方を提示する仕掛けが隠されている。

ドローイングに重なるプロジェクション

会場には抽象絵画のようなドローイング作品が2点ずつ、双子のように対になって展示されている。一見すると平面作品の展示のようだが、壁で仕切られた隣室は様子が異なる。照明が落とされ、3対のドローイング作品と、それぞれに重なるように映像がプロジェクションされ、音声も流れている。

一見すると平面作品の展示のよう
隣室では、ドローイングと重なるかたちで、3方向の壁面に大きく映像がプロジェクションされている

映像(と音声)がドローイングの制作過程を示すものであることはすぐに察しがついたが、カメラは常に手元を大写しで捉え続けているうえに、支持体である紙が頻繁に大きく動くため、ドローイングの全体像は掴めない。どうやら、2枚の紙を部分的に重ねては、互いの境界線を跨いで描画し、また紙を動かし別の部分を重ねて……を繰り返しているらしい。抽象的な描画は、行為の痕跡を残すためのもののようだ。画材として登場するのはクレヨンやパステル、そしてスピーカーからは、時おりスプレー塗料の缶を振り、吹き付ける音も聞こえる。

紙を部分的に重ね、互いを跨いで描画する。紙を動かし異なる角度で再び重ね、また描画する

記録のためではない、制作に影響を及ぼすカメラ

映像を観察することで、二つ並んだドローイングの部分部分が、パズルのように組み合わせられることに気がつく。本展において映像とドローイングがセットで展示されているのは3作品のみだが、ほかのドローイングにも、同じようにその制作過程でつくられた映像があるという。

単なる記録としての映像ならばありふれた存在だが、小金沢による本作の場合、映像ないしはそれを記録するカメラが、制作に影響を及ぼす存在にもなっている。というのも、先ほど「映像は一部のクローズアップで全体像が掴めない」と述べたが、それは制作時の作家自身の視界でもあるのだという。ドローイングと自身のあいだにカメラモニターを設置し、ドローイングの最中に見るのはその画面のみ。かつ、1対のドローイングの制作には、30分(正確には29分59秒)という共通の制限時間が設けられている。それは、作家が使用しているカメラで一度に動画撮影ができる長さの上限だ。 そうして生まれた二つのドローイングと一つの映像の関係性を、作家はレコード盤と音楽に準えている。

レコードというものは不思議なもので、それを鑑賞するためには、頭から順番に線的な音のつながりを聴いていくしかないが、盤面に刻まれた溝を見ていると、視覚的には全ての音が一度に鳴っている。

作家のステートメント(https://kotaronukaga.com/exhibition/dual-doodle-double-square/)より

一つの物事を多角的に知覚する

筆者は聴覚的に鑑賞する音楽と本作における映像、視覚的にレコード盤を見ることと本作におけるドローイングが、それぞれ対応するものと解釈したが、本作においては、2枚の紙に分けながら描く独自の手法を用いることで、ドローイングもまた、「全て」を一度に見ることのできるレコード盤とは異なる在り方をしている。映像の一場面もドローイングも、それぞれに異なる方法で行為の断片を示すものである。互いを参照し合うことで、補われる情報もあるが、それ以上に、互いを持ってしても補いきれない部分の存在が際立つ。ドローイングのみ、映像のみなら、それがすべてだったはずだ。しかし異なる手法、別の視点で捉えたもう一つの記録が参照可能になることで、すべてだったはずのものは断片になり、作品の核がここにはないことに気がつく。

本作の一番の核と言えるのは、作家による30分のドローイングが行われたまさにその時だろう。物事を知覚することについての作家自身によるエクササイズだ。その全貌は本人にしか知覚し得ないが、しかしながら作家自身も、制作の際に見ていたのは、カメラモニター越しに見えるドローイングの一部のみ。本作を「全て」知覚するとはどういうことなのか。本作は綿密に練られた手法により、作家も含め、作品の「全て」を知る存在を不在にすることで、物事の知覚や世界の捉え方について、鑑賞者の思考を促す。

額装されたドローイングにプロジェクション映像を重ねているが、額内には映像が投影されないため、完成形のドローイングを落ち着いて鑑賞することができる。おそらくプロジェクションの際の映像と額の位置関係を映像データ側に反映し、額の位置に白い矩形を嵌め込んだのだろう。美しい配慮だ

information
⼩⾦沢健⼈「Dual Doodle Double Square」
会期:2023年7月7日(金)〜8月31日(木)11:00〜18:00(⽕〜⼟)
   ※9月9日(土)まで延長 ※⽇⽉祝休廊
会場:KOTARO NUKAGA 天王洲
https://kotaronukaga.com/exhibition/dual-doodle-double-square/

※URLは2023年9月5日にリンクを確認済み

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