電子芸術のための国際会議「ISEA 2023 Symbiosis」レポート テクノロジーとのさまざまな共生のあり方を考える

畠中 実

2023年5月16日(火)から21日(日)まで、電子芸術のための国際的な会議である、ISEA2023 SYMBIOSISがパリで開催されました。本稿では現地の様子伝えるとともに、運営主体であるISEA Internationalと今回のISEAを共催したル・キューブ・ガルジュの成り立ちを追いながら、今回の会議のテーマの意味を考えます。

メイン会場のフォーラム・デ・イマージュ

ISEA 2023の構成と発表内容

ISEA(International Symposium on Electronic Art:国際電子芸術会議)は、1988年にオランダのユトレヒトで第1回が開催されて以来35年にわたって世界各地で開催されている、電子芸術のための科学技術、教育、産業に関わる学術的な対話および交流を目的とした国際会議である。運営主体は「ISEA International」で、1990年に国際会員による協会「The Inter-Society for the Electronic Arts」としてオランダで設立され、その後、2009年に現在の財団組織に変更されている。ISEAは、1988年から1992年と、1998年から2008年が隔年で、それ以外は毎年開催となっており、毎回開催地を変えて開催され続けている1。日本でも2002年に名古屋で「電子芸術国際会議2002名古屋「往来」」が開催されており、アジアにおける最初の開催地ともなっている。28回目の開催となる今年は、2000年以来2回目となるパリで、2023年5月16日(火)から21日(日)まで「SYMBIOSIS(共生)」をテーマに開催された。今回、筆者はアンスティチュ・フランセのパリ本部がISEAにあわせて開催したプロフェッショナル・ミーティングに、世界各国から招聘された20名のキュレーターやオーガナイザーとともに参加しISEAを視察する機会を得た。

メイン会場となった、パリ中心部、レ・アールの巨大なショッピング・モール内にある、フォーラム・デ・イマージュ(Forum des images)では、小規模ではあったがVRやAIによる作品展示のほか、大小三つのレクチャー・ホールでは、会期中連日朝から夜まで、それらすべてをカヴァーすることは不可能な、長短さまざまなカンファレンスやプレゼンテーションが並行して行われていた。また、同時開催の関連する展覧会や、共催機関であるル・キューブ・ガルジュ(Le Cube Garges)での展示など複数のサテライト会場で展開される企画によって構成されていた。

フォーラム・デ・イマージュにて

カンファレンスでは、ISEAをはじめ、ヨーロッパの各国のメディアアート機関によるプレゼンテーションがあり、ISEAやル・キューブ・ガルジュの組織と活動の変遷を振り返りながら、V2_が、アルス・エレクトロニカとともに共同設立者となっている、EU(欧州連合)が取り組むXR(拡張現実)プロジェクト「Realities in Transition(移行期の現実)」を紹介した。これは、EUが出資する国際的なプロジェクトで、上記機関のほか、スペインのメディアアート・フェスティヴァルL.E.V.(Laboratorio de Electrónica Visual)や、ベルギー、ブリュッセルのデジタル・カルチャー&テクノロジー・アート・センターiMAL、クロアチア、ザグレブのNGOで、メディアアート、サウンド・アートに特化したKONTEJNERといった機関が共同で実施する。XR技術のオルタナティヴなあり方を探究し、それをサポートするだけでなく、新たな物語の創出と、そのための創造的な制作支援プロセスを導入し、発展させることを目的としているという。また、レジデンス・プログラムをはじめ、学生や未来の専門家育成のための、市民に開かれたプログラムや、ヨーロッパにおけるXRを強化し、デジタル分野における現在および将来の課題に取り組むシンクタンクとしての、インディペンデントでクリエイティヴなアクティヴィスト・コミュニティの創設が目指されてもいる。

フォーラムのセッションには、そのほか、電子音楽フェスティヴァルについてなどの組織運営の紹介や、インタラクティヴなシステムや、テレマティック・パフォーマンスについての技術的なプレゼンテーション、バイオ・アートや異種間のコミュニケーションをテーマにしたものなどもあり、また、先日急逝したペーター・ヴァイベルの追悼なども含まれていた。会場で出会った世界各国から参加した関係者の数の多さは(個人的にはコロナ禍以来4年ぶりの海外渡航だったということもあり、多くの人々が実空間で集う場そのものがとても久しぶりのことだったが)驚くほどで、このような機会でもなければなかなか再会できないだろう多くの出会いがあった。こうしたカンファレンスでは、取り上げられる個別の議題に関して、30年来変わらぬテーマの追求と感じるものも少なくはない。もちろん、それは常にアップデートされ続ける、変わってゆくメディアであることを承知の上で、どこか懐かしさを感じさせる部分もある。一方、先に挙げたEU全体のXRの未来を射程にした一大プロジェクトには、インターネットの開放からスマートフォンの爆発的普及に伴う社会の変化のような、社会インフラの大きな革新が予想されているのだろう。

ル・キューブ・ガルジュとメディアアート

共催のル・キューブ・ガルジュは、2023年1月にパリ郊外のガルジュ゠レゴネス(Garges-lès-Gonesse)にオープンしたデジタル・アートを中心にした、デジタル文化のためのセンターである。その前身は、2000年にパリでのISEA開催が契機となって、2001年に、パリに近い、イシー゠レ゠ムリノー(Issy-les-Moulineaux)に設立されたル・キューブである。その意味で、ル・キューブ・ガルジュが今回のISEAを共催することには必然がある。ル・キューブ・ガルジュの30代の若きディレクターであるクレマン・ティボーは、ル・キューブの20周年を記念する企画に関わりながら、ル・キューブ・ガルジュの設立準備にあたり、またISEAの開催にもアーティスティック・コーディネーターとして関わっている。ティボーは、ISEA の課題の一つを、アート、デザイン、科学の間の学際的な対話の場として、他では出会わないさまざまな関係者を結びつけることであるとしている2。また、学術プログラムと芸術プログラムを併設することをはじめ、現代のデジタル環境における新しいテクノロジーを使用した創造と、そうした技術革新により、美術と、そのほか音楽、ダンス、映画、演劇など、学際横断的な表現領域の拡張を目指し、デジタルまたは新しいメディアの導入による新たな芸術形式を探求している。そして、現在ではメタヴァースやAIなど、私たちをとりまく環境は、科学技術の発展による新たな現実や他者を生み出しているように、ますますその拡張性と横断性について考える必要にせまられている。

ル・キューブ・ガルジュ外観

ル・キューブ・ガルジュでは、ISEAに関連した展覧会「Le miroir d’un moment(The Mirror of a Moment)」と「L’étrange labo microcosmique des Oumpalous」が開催されていた。前者には、イネス・アルファ、ヘザー・デューイ゠ハグボーグ、エドゥアルド・カック、マリオ・クリングマン、デヴィッド・オライリー、パトリック・トレセ、ルー・ヤン、といったメディアアートにおいてもよく知られたアーティストが多数参加し、現在の情報環境において日々生産され続けている自撮りを含む膨大な顔のイメージや、さまざまな個人情報の氾濫をきっかけに、遺伝子操作やポスト・トゥルースなどを含む、多様な情報を反映する、現在の「鏡」としてのデータのあり方を考察している。そして、後者では、自然とテクノロジーをテーマに、芸術とテクノロジーが生み出す想像力を「奇妙な実験室(L’étrange labo)」として提示してみせる。ディスノベーション.orgの作品では、テクノロジーの進化が社会に与えてきた負の影響を、彼らの話法によって芸術的挑発として提示する。それは、私たちの未来のディストピア的なヴィジョンを通じて、起こり得るさまざまな未来を想像させ、それを解決すべく、あり得べき社会の新しい構造をより長期的に考えさせるものとなっていた。

パトリック・トレセの展示
ルー・ヤンの展示
ディスノベーション.orgの展示

1980年代末は、日本でもデジタル技術を基盤とした電子芸術が台頭し、それ以降日本でも人口に膾炙するようになった、現在で言うところの「メディアアート」が始まったと見なされる時期でもある3。オーストリア、リンツのアルス・エレクトロニカ賞が1987年に始まり、そして、同年にオランダ、ロッテルダムのV2_が「Unstable Media(不安定な・変わりやすいメディア)」を標榜し、マルチメディア化しているように、ISEAもまた、そうした動向とほぼ同時期に活動を開始し、メディア・テクノロジーの同時代的な諸問題に対峙してきた。もともと1960年代に台頭したテクノロジー・アートの時代から、近代によって分離されたアートとテクノロジーの再会としてのテクノロジー・アートとは、テクノロジーを芸術表現の手段とすること以上に、現在のようにテクノロジーが社会の基盤となる未来に、その関係性がより不可分となることで生じる芸術観の変容を提示するものでもあった。その意味で、所謂メディアアートの黎明期とも言える1980年代末から開始されたこれらの動向は、テクノロジーと芸術が出会うことの新奇性から、メディアアートが多様な側面を持った幅広い概念となり、芸術と日常を媒介する要素となっていくことで、その射程とする領域を芸術から社会へと拡張していくものとなった。そう考えるなら、この「SYMBIOSIS(共生)」というテーマは、進化し続けるテクノロジーとの共生であるとともに、アートと社会と人間との共生であるという意味を持っているだろう。芸術とテクノロジーとの関わりが不可避となった時代の共生のあり方を考えることがこの時代の大きな課題となっていることを示している。

脚注

1 「Past Symposia (1988-2022)」ISEA、https://www.isea-international.org/symposia/1988-2022/
2 「Clément Thibault (Le Cube Garges) presents ISEA, the annual global meeting place for digital creation」Institut français、https://www.institutfrancais.com/en/node/7451
3 日本では、「第1回名古屋国際ビエンナーレ・ARTEC’89」が1989年に始まり(1997年まで)、キヤノン・アートラボが、1991年から活動を開始している(2001年まで)。1990年前後のこうした電子芸術の状況が、同時代的に波及したことがうかがえる。また、ル・キューブも、1980年代の終わりに設立されたデジタル技術の利用に関する団体、Art 3000が母体になって始まったプロジェクトである。

information
ISEA2023 SYMBIOSIS
会期:2023年5月16日(火)~21日(日)
会場:フォーラム・デ・イマージュ(パリ)、オンライン
主催:ISEA International、ル・キューブ・ガルジュ
https://isea2023.isea-international.org/

※URLは2023年7月10日にリンクを確認済み

関連人物

Media Arts Current Contentsのロゴ