ヴェネチア・ビエンナーレ日本館での新作を再配置「ダムタイプ|2022: remap」

坂本 のどか

アーティゾン美術館で2023年2月25日、ダムタイプの個展「ダムタイプ|2022: remap」がスタートしました。1984年の結成以降、マルチメディア・アーティストコレクティブとして流動的なメンバー編成で活動を続けるダムタイプ。2022年に開催された第59回ヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展では日本館展示作家に選出され、新作インスタレーション《2022》を発表しました。本作は、ポスト・トゥルース時代におけるコミュニケーションの方法や世界を知覚する方法について思考を促すものです。帰国展として開催される本展において、どのように「remap(再配置)」されたのか、2月24日の内覧会の様子をレポートします。

ダムタイプ《2022: remap》展示風景 撮影:木奥惠三 提供:アーティゾン美術館

ヴェネチア・ビエンナーレと日本館

本展に触れる前に、ヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展および日本館について補足しておきたい。1895年以降イタリア・ヴェネチアで2年に一度(=ビエンナーレ)の開催を基本として継続する美術の祭典で、日本は1952年に公式な参加をスタートさせている。参加国がそれぞれ、仮設ではなく恒久的に設置されたパビリオン(建築物)を持つ(近年は例外もあり)ことが特徴で、開催ごとに各国が代表アーティストを選出し、自国のパビリオンで展示を行う。日本館はヴェネチアに建つ日本のパビリオンということだ。なお、第58回(2019年)では4名の作家とキュレーターが協働しインスタレーションを展開するなど、選出されるアーティストは常に1名(1組)とは限らない。また、第59回は新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の煽りを受け、予定を1年延期し2022年の開催となった。

内覧会にて、左からダムタイプメンバーの濱哲史氏、古舘健氏、高谷史郎氏、南琢也氏

日本館の内部空間ごと作品を再現

さて、帰国展と前置きされた本展ではあるが、現地の忠実な再現を求められるものではないという。しかし、ダムタイプは本展の会場であるアーティゾン美術館6階の展示室に、わずかにサイズダウンした日本館の内部空間を、方角もピッタリに再現した。それは日本館という建物が、彼らの作品を構成する重要な要素として構想段階から分かち難く存在したからだ。

現地とほぼ同一の空間にダムタイプが再現したのは、壁面で受け止められることによって初めて知覚可能な光(赤色のレーザー光線や、LEDライトによる平行光線)や、回転式の超指向性スピーカーによって不意に鑑賞者の耳元で囁かれる音声など、いずれも非物質的な要素の重なりによるインスタレーションだ。レーザー光線は英文、あるいはモールス信号を、スピーカーは複数の人物の肉声を再生する。それらは古い地理の教科書を参照した普遍的な問いを示している。

日本館を「高速道路が4本交差したような建物」と表現したのはダムタイプの今回のまとめ役、高谷史郎氏1だが、確かに、内部に大きく迫り出した柱など、展示においては障害物とも言える特徴を持つ空間だ。この作品が空間と切り離しては成立し得ないことは、体験すれば明らかだ。

会場に入ると、非常に暗い中に光の線が見えてくる 撮影:木奥惠三 提供:アーティゾン美術館
平行光LEDの照射装置(左)と、レーザー装置(右)。手前に位置する回転鏡システムによって反射された光が壁面に水平に走る
レーザー光線によって示されるテキスト

空間を構築する光と音 その存在感

しかしながら、どうしても再現できない要素もある。日本館の中央、天井と床面に空いた穴だ。それを彼らは中心を貫くボイドと捉え、作品におけるテーマの一つとした。ハーフミラーを設置し、暗く閉ざされた内部空間から外部(日本館の場合はダイレクトに屋外が見える)を感じられる構造としたのだが、本展でそれに替わる要素として加えられたのは、上下に向き合うかたちで設置されたLEDビデオパネルと床面のミラーだ。ビデオパネルに流れる古い地図や無数の星を思わせる映像はミラーによって床にも映り込み、1フロアのみで展開される本作に縦の広がりをもたらす。ビデオパネルは全体で一つの像を結ぶ映像装置でありながら、LEDの粒一つひとつが際立つ光の装置でもあった。

また、先述したレーザーやLEDの光線は直接ではなく、高速で回転するミラー(回転鏡システム)による反射をもって壁面に届けられる。非物質的な要素ながら、反射を介することによって不思議と物質性を帯びて感じられる。光、音――空間を構成する要素やその仕組みを読み解いていくと、一見すると何もない空間が、見えない要素で満たされていることに気づく。

空間中央に浮かぶLEDビデオパネルの映像を映す、床面のミラー
LEDビデオパネルのクローズアップ。光の粒が際立ち、星の瞬きのようだ
空間中央から。上部にLEDビデオパネル、奥の壁面に平行光LEDとレーザーの光が走る

世界中の音が日本館を取り囲む

加えて本展では、日本館を模した空間をぐるりと囲むもう一層の空間と、奥に小部屋が設けられている。前者にはヴェネチアのクリエイションからメンバーに加わったという坂本龍一氏が知人・友人に呼びかけ、世界各地でフィールドレコーディングされたサウンドが並び、後者には先述と同様のLEDビデオパネルを用いた装置が設置されたが、それぞれ作品名らしきものは示されていない。これらを含めて一つの作品《2022: remap》なのである。その一体性は、体験することで自ずと感じられるだろう。緻密に練り上げられた多様な要素の関係性を、じっくりと時間をかけ観察してみてほしい。また多くの人にとっては、ヴェネチア・ビエンナーレに足を運ぶ機会もそうないだろう。遠い異国の地に建つ日本館を擬似体験できるという意味でも、貴重な機会である。

点在するターンテーブル・ユニットからは、世界各地でフィールドレコーディングされた音が。このターンテーブルは2018年発表の《Playback》で用いたもの 撮影:木奥惠三 提供:アーティゾン美術館
奥の小部屋では、鑑賞者の上部四方を囲うLEDビデオパネルに、さまざまな単語の渦が映し出される。本作は2020年に発表された《TRACE/REACT II》の表現言語を用いて、今回《2022: remap》の一部として組み込まれた 撮影:木奥惠三 提供:アーティゾン美術館

脚注

1 第59回ヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展 日本館展示 ダムタイプ《2022》 報告会(国際交流基金YouTubeチャンネル)での高谷氏の発言より
https://www.youtube.com/watch?v=Ch7bkrTYtLE

information
第59回ヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展日本館展示帰国展 ダムタイプ|2022: remap
会期:2023年2月25日(土)~5月14日(日)10:00~18:00
   ※5月5日を除く金曜日は20時まで開館
   ※最終入場は、閉館の30分前まで
休館日:月曜日
会場:アーティゾン美術館 6階 展示室
入場料:日時指定予約制 一般1,200円(ウェブ予約)/1,500円(当日窓口販売)、大学生・専門学校生・高校生無料(ウェブ予約)、中学生以下無料(予約不要)、障がい者手帳をお持ちの方と付き添いの方1名無料(要予約)
   ※当日チケットはウェブ予約チケットが完売していない場合のみ販売
   ※入場料で同時開催の展覧会をすべて観覧可能
主催:公益財団法人石橋財団アーティゾン美術館、独立行政法人国際交流基金
https://www.artizon.museum/
 
[同時開催]
アートを楽しむ ―見る、感じる、学ぶ(5階 展示室)
石橋財団コレクション選 特集コーナー展示|画家の手紙(4階 展示室)

※URLは2023年3月27日にリンクを確認済み

関連人物

Media Arts Current Contentsのロゴ