MACCビジュアルプロジェクトとは、メディア芸術連携基盤等整備推進事業の一貫で実施しているプロジェクトです。今回はメディア芸術のアーカイブを題材に、その専門領域に止まらないジャンルのコラボレーターとともに別の芸術表現に変化させることを試みました。
コラボレートをしたのは、アーティスト・雪下まゆさんと米澤柊さん。2人は実際にアーカイブ施設を訪問。MACCクリエイティブディレクター小田雄太ディレクションのもと、場所から受けたインスピレーションを「メディアの記憶・記録」をテーマにした作品にしました。訪問したのは、国内有数の「マンガ」のアーカイブ施設のひとつ石ノ森萬画館(宮城県石巻市)です。
本記事では、写実的かつ独特なタッチで描かれた人間を描き、広告や挿画、音楽など様々な業界を通じて人々の視線を惹きつけるアーティスト・雪下まゆさんに、今回の作品を制作した背景やアーカイブに触れて感じたことなどを伺いました。
雪下 まゆ(ゆきした・まゆ)
アーティスト/ファッションデザイナー
1995年12月6日生まれ 多摩美術大学デザイン卒業。写実的でありながら、個性的なデフォルメとラフなタッチを残した画風で人気を集める作家。
装画・音楽業界などからの注目も高く、 タイアップ作品も多くてがける。
これまでに、2022年本屋大賞受賞作品「同志少女よ、敵を撃て」 本屋大賞候補作品「6人の嘘つきな大学生」、東京モード学園TVCM、SUMMERSONIC2022オフィシャルグッズ、TOKYO CREATIVE SALON (東急電鉄)、といった広告・装丁などその活動は多岐に渡る。又、2020年に立ち上げたファッションブランド 「Esth.」のデザイナーを務める。
PRD/CD/AD: Yuta ODA(COMPOUNDinc.)
取材協力:石ノ森萬画館
――今回の作品が生まれた経緯や制作の意図を教えてください。
雪下 テーマがアーカイブということで、これまでの自分自身の作品制作について焦点を当てました。
10枚に重ねたアクリル板は、過去から現在を表しています。奥から、デッサンで表現をしていた過去、デジタルで作品を制作し始めた過去、そして3Dを技法として取り入れた現在です。
横から見た作品は、時間が一方向に流れ続け、過去と未来は切り離されたものだという固定的な概念を表しています。しかし、前から見た作品は、全ての時間が重なった偶発的な瞬間が今で、過去も未来も切り離されていないということを表しています。
夢中で制作に取り掛かり始めた頃、描くことに迷いはなく、生き生きと作品を作っていましたが、今はAIなど美術を取り巻く時代の変化に困惑し、絵は自分にとってどういう意義を持つのか改めて考えるターニングポイントにあります。今は冬枯れしている木も、また青々と茂る木に変わるという意味も込めて自分の「記録」に自然を取り入れました。今回の石巻の訪問においても木の姿は印象的でした。特に、過去の写真と今の写真を見比べた時に、昔の写真は青々とした木が写っていることが多かったように感じていて。移り変わりのある自然物として記憶に残ったことも、作品に反映されているように思います。
また石巻では、高台に被災前の写真と、未来への取り組みが書いてある風景をいくつか見ました。現在の景色とそれらを重ね合わせることで、多くの人たちの思いや取り組みの積み重ねの上に今この瞬間があると改めて実感しました。
自分にとって無ければならない大切な存在だった絵との向き合い方に、戸惑いがある今だからこそこれまでの歩みを振り返ることが大切だと感じ、作品を作りました。
——物理的なレイヤーにするというアイデアはどこから生まれたのでしょうか。
雪下 友人が働く特殊プリントの工場に以前視察に行ったことがあり、そこで透明な材質に絵や写真がプリントされているのを見た時から、これで立体的な作品を作れそうだなというアイデアがずっと頭のなかにありました。今回石巻に行き、時間の流れを感じた時に、今回のテーマとぴったりな手法だなと思ったのです。
――今回特にご自身の作品制作に焦点を当てられた経緯や描かれたモチーフについて教えてください。
雪下 何年も前の過去作を振り返ることは、今まであまり行ってきませんでした。ですが今回のテーマがアーカイブだったことをきっかけに、私自身の作品制作に真剣に向き合うべきだと感じ、これまでの経緯に焦点を当てることにしました。記録として自分が現在まで辿ってきた技法に焦点を当てたかったので、感情は切り離し、シンプルなモチーフとして人の顔を描いています。
過去の作品作りにおいては自分を写真に撮って描くことが多く、自分の面影が自然と絵に投影されていました。例えば自分が金髪の時は、絵も金髪になったり。最近は3Dでモデルを作ることもありますが、どうしても自分に寄ってきてしまいます。自分を投影することが、私の絵の描き方の一部になっているのかなと思います。
――これまでの技法をたどってみて、どのようなことを思いましたか?
雪下 当時の好きなものと今好きなものは違いますし、記憶だけをたどっても思い出せないものがたくさんあります。ですが、絵の発表を始めた10年くらい前の自分が描いた絵を見ると、当時の気持ちや、どのような時代だったかなど、自分の手で描いたものだからこそ自分に染み込んでいる記憶のようなものを思い出すことがたくさんありました。10代の頃常に怒りや悲しみが渦巻いていたときの思い出などもいろいろと回想しました。
――AIの台頭に戸惑いがあるというお話もありましたが、デッサンからデジタルを経て3Dを取り入れたのはどのような理由があるのでしょうか?
雪下 AIが登場した当初は、自分の絵が無断で学習されるんじゃないかという不安もありました。ただ技術の進化は止められないので、現在はAIとの関わり方を模索している最中です。昔絵しかなかった時代に写真の技術が誕生したとき、きっと絵を描く人は同じように悩んだのではないかなと思うんです。受け入れるところは受け入れ、かつ嫌なものは嫌だと表明していかないとならないなと。その一方で、AIの絵が普及すればするほど、人間が描いた絵の価値は高まるだろうという希望も持ち合わせています。
3Dを作品制作に取り入れ始めた理由は、3Dを使うことで今後もっと幅広い表現ができると思ったからです。これまでは実際に撮った写真を見て絵を描いていたんですが、3Dでモデルを作ると様々な角度から被写体をみることができますし、レンズやライティングも無限の効果を試すことができ、それによって表現の幅が広がるのではと。この技術を学んで、積極的に制作に生かしていきたいと思っています。
――今回のアクリル板を重ね合わせた作品は、ユーリ・ノルシュテインのガラスを重ね合わせてアニメーションを作る手法「マルチプレーン」みたいだなと。今回の作品とリンクするような気がしているのですが、何か関連性や意識したことなどはあるのでしょうか?
雪下 ユーリ・ノルシュテインが使った手法などは意識していませんでしたが、ほぼ同じようなことをやっているなと改めて思います。時間は横に流れていくという概念は、例えば動画を再生する時に、左から右にバーが動いていくことなどから、無意識に学習している気がします。一方、物理学の世界では時間は一方通行ではないと言われています。物理学や宇宙の話を聞くのが好きで、今この瞬間も過去も未来もすべてが同じ場所に存在しているという感覚は、そこから得たものです。
――アーカイブとして作品が残っていくことや残る作品と残らない作品があることについてはどうお考えですか?
雪下 今回の作品制作にあたってPCのデータフォルダにある過去の作品を遡っていた時、以前はあまり気に入らなかった作品も今見てみると良い作品に思えることもあって。いつも全力で絵に取り組んでいますが、やはり自分にとって良い作品かそうでないか、その判別は難しいなと思います。例えば10年前の作品はまだ10代の自分が描いていたのだと思うと、今では愛おしさが湧きますが、当時はさまざまな複雑な感情を込めて描いているので子どものような愛おしさはないですし。でも作品は自分の分身ですから、どれもこの先残っていってほしいと思っています。
――作品を残していくために、作家として努力していることなどがあれば教えてください。
雪下 クライアントワークではデジタル作品がメインですが、個展などの際には油彩を展示しています。油彩にはデジタルとは異なるフィジカルな魅力があると思っていて、これは今後作品を残していくために意識的に取り組んでいる要素です。
――石ノ森萬画館を訪問していかがでしたか?
雪下 実際にアーカイブをしている人たちに案内をしていただくという初めての経験だったので、展示保存するのに大変だったことや工夫したことなどを聞けてとても印象的でした。また、特に石ノ森萬画館は単なるアーカイブ施設としての機能だけでなく、震災の時には人々が逃げ込んだ場所になっていたり、その後も子どもたちと交流を図る場になっていたりと、絵や作品の力を使い、人々との結びつきがある場所なのだなと。こうして絵を残していこう、アーカイブしていこうとする人たちがいるからこそ、絵の本来の力が発揮されているように感じましたね。
――最後に、米澤柊さんの作品を見た感想を教えてください。
雪下 米澤さんのコンセプトのなかに記されていた「会った人が表現したこと、人が話していたこと、場所が物語るものは記憶となって受け継がれたり、違う形となってまた違う人に反映されていく」という言葉が、私自身も同じように感じたこともありとても印象的でした。米澤さんもレコードショップに行き、さまざまなアーティストの方のレコードが集まっている場面を目撃するなかで、誰かが作った作品がまた他の人の手に渡り、歴史を繰り返し、また別の人の手に渡っていくことを感じていて。それが反映されていることが作品のあり方としてとてもいいなと感じました。
美術館にアーカイブされている作品を見ても、何十年もの年月の記録がぎゅっと凝縮されていて1時間程度で見終わってしまいますよね。米澤さんのアニメーションの世界は、わずか6秒の中で繰り広げられています。この短い時間の中で、最初に存在していた人が消えて、また生まれ変わる。景色も目まぐるしく変わっていく。歴史が繰り返す限りない時間を一瞬にまとめていること自体がアーカイブの概念そのもののように感じられます。私とは異なる視点でアーカイブを捉えていてとても興味深かったです。