小出 治都子
2023年春、ゲームを初めて歌舞伎化した新作歌舞伎が上演されました。題材となったのは『ファイナルファンタジーX』。1987年に発売されて以来、国内産RPG作品として長く親しまれている「ファイナルファンタジー」シリーズのなかでも名作といわれる作品です。2001年発売の本作はストーリー展開が多くの人々に支持されたとともに、キャラクターボイス、フル3Dのフィールドが初めて実装されたことで、プレイヤーの没入感が格段に向上しました。本稿では、そんな『ファイナルファンタジーX』と歌舞伎が融合した『新作歌舞伎 ファイナルファンタジーX』を取り上げ、特にその化粧(メイク)に焦点を当て、ゲームキャラクターの再現性を考察します。
『新作歌舞伎 ファイナルファンタジーX』(以下、『新作歌舞伎 FFX』)が2023年3月4日(土)から4月12日(水)までIHIステージアラウンド東京で公演された。ミュージカルなどで2.5次元舞台が盛んに上演されているなか、歌舞伎においては「スーパー歌舞伎Ⅱ ワンピース」や「新作歌舞伎 風の谷のナウシカ」といったマンガ作品やアニメ―ション作品を上演したことはあるものの、ゲーム作品を上演したことはなかったため、ゲームの歌舞伎化は話題となった。
『新作歌舞伎 FFX』の主演・企画/構成・演出を務める尾上菊之助氏は「ゲームを歌舞伎化するのは世界初」のことであり、「先人たちが築き上げた知恵の結集古典の技法と新しいゲームを掛け合わせ、古典にただ寄せるのではなく現代と古典の中間を見つけることで新しい概念が生まれるのではないか」という試みで制作されたことを述べている1。初めてゲームを歌舞伎化した『新作歌舞伎 FFX』はSNSなどで大評判となり、ゲームと歌舞伎という新しい組み合わせをつくり出したといえよう。
ゲームと歌舞伎を掛け合わせるときに重要とされるものの一つが登場人物たちのビジュアルだろう。そのため、『新作歌舞伎 FFX』の公式YouTubeでは衣装やメイクにも焦点を当てた動画を配信している。その動画のなかで、ヘアデザインとメイクデザインを担当している松本慎也氏は「メイクもしっかり歌舞伎の要素を残しながらゲームの世界に違和感なく入り込める形を意識した」2と語っている。
そこで本稿では、『新作歌舞伎 FFX』の登場キャラクターたちのメイクからゲームと歌舞伎の融合を見ていきたい。なぜならば、メイクは「歌舞伎の特色の一つ」であり、「化粧によってさまざまな人物を表現する」からである3。ほかの2.5次元舞台においても、キャラクターに合わせたメイクを施している。しかし、歌舞伎においては「スーパー歌舞伎Ⅱ ワンピース」であれ「新作歌舞伎 風の谷のナウシカ」であれ、原作に合わせたメイクではなく、歌舞伎の要素をふんだんに取り入れたメイクを施している。これは、歌舞伎とほかの2.5次元舞台との差異であり、歌舞伎に寄せなくてはならないという「制限」があるなかでの挑戦ともいえるだろう。そのため、『新作歌舞伎 FFX』における登場人物たちのメイクに着目することで、ゲームと歌舞伎の「新しい概念」への試みについて考えてみたい。
『ファイナルファンタジーX』について、『新作歌舞伎 FFX』の公式サイトでは次のように紹介されている。
2001年に「ファイナルファンタジー」シリーズの第10弾として、初のPlayStation®2対応ソフトとして発売された『ファイナルファンタジーX』。
続編を含め世界累計出荷・DL販売本数は、2,110万本以上(2022年3月末時点)のシリーズ屈指の人気作。
大いなる脅威『シン』に立ち向かう少年と少女の切ない物語が、シリーズで初めて採用されたキャラクターボイスや状況に応じて表情が変化するフェイシャルアニメーションの採用により感情豊かに描かれ、その感動的な物語は今なお多くのユーザーに愛され続けている。4
ゲームのストーリーでは「大いなる脅威『シン』に立ち向かう少年と少女の切ない物語」が主軸として紹介されているが5、『新作歌舞伎 FFX』ではティーダとユウナや仲間たちとの物語であると同時に、ティーダとジェクト、ユウナとブラスカ、シーモアとジスカル、リュックとシドという親子の情や絆を強調したストーリーとなっている。これは歌舞伎の作品に「情」や「絆」を描いたものが多いことから、『新作歌舞伎 FFX』にも取り入れやすかったこと、また観客にもわかりやすい構図になるため描かれたのではないだろうか。
ティーダからジェクトへの「反発」、ユウナからブラスカへの「追憶」、シーモアからジスカルへの「憎悪」、そしてリュックからシドへの「信頼」がわかりやすく表現されている。特に、ユウナとブラスカ、シーモアとジスカルの2組の親子の関係についてはゲームでは深く語られておらず、『新作歌舞伎 FFX』にてオリジナル要素を交えつつ強調されたストーリーとなった。
では、登場キャラクターたちのメイクを見てみたい。一つお断りしておきたいことは、本稿で取り上げる歌舞伎のメイクの考察は筆者の解釈である。考察する必要に応じて、ストーリーに関わるような部分も記述しているため、ゲームを未プレイの方はご留意いただきたい。また、メイクからの考察が主であるため、ゲームのストーリーまたは『新作歌舞伎 FFX』のストーリーについては別途確認いただければと思う。
まず歌舞伎のメイクの基本を抑えておきたい。歌舞伎のメイクは「白、赤、黒、青の四色を基本」としており、「目張り」や「隈取」といった化粧方法を取り入れ、さまざまなキャラクターを表現している。顔全体に塗る地色には、白色、赤色、茶に近い肌色があり、「白塗りは基本的に貴人か、恋愛に関係ある人物」を表し、「赤い地色は敵役が多く、ワイルドでエネルギッシュなキャラ」を示し、「肌色は、比較的現実感のある大人の人物」を表現しているという6。
『新作歌舞伎 FFX』において、まず登場するキャラクターは23代目オオアカ屋である。オオアカ屋は舞台進行や『ファイナルファンタジーX』の世界観を説明するナレーションの役割と同時に、歌舞伎の所作などを説明する歌舞伎役者という役割も持っている。松本氏はオオアカ屋を「完全に古典的に仕上げて」おり、「メイクもナチュラル」にして「しっかり歌舞伎の要素を出して、いろんな意味で融合している感じ」を表現したと述べている7。オオアカ屋はヘアも衣装もゲームに寄せておらず、メイクもほかのキャラクターに比べてナチュラルであり、目尻には茶色の目張りが入れられている。「茶色の隈は、人間に化けた妖怪変化など」8とされていることから、茶色で目張りを入れることにより、『新作歌舞伎 FFX』の登場キャラクターであることを示すと同時に、観客を歌舞伎の世界に誘う立場を示しているように思われる。そうすることで、観客は違和感なく『新作歌舞伎 FFX』の世界に入ることができるのである。
『新作歌舞伎 FFX』においては、白塗りを施している登場キャラクターはユウナ、ルールー、リュック、ユウナレスカといった女性キャラクターたちである。ユウナ、リュックは若い女性であるため、目尻に赤色で目張りを入れている。二人よりも年上の女性であるルールーは衣装と合わせるように薄く紫色の目張りを入れている。
もう一人の女性キャラクターとして登場するユウナレスカは、ほかの女性キャラクターよりも白塗りが濃い。白塗りが濃ければ濃いほど高貴であると同時に「スケールの大きな極悪人」を表現しているともいわれる9。シンが生まれ続ける元凶ともいえる存在であるユウナレスカをメイクの濃さで表現することで、ほかのキャラクターとの差異を示しているといえるだろう。
また、男性キャラクターのなかで唯一白塗りをしているのがシーモアである。シーモアの化粧は白塗りをした上に青く筋が描かれている。シーモアを白塗りにした理由について松本氏は「顔のパーツを映えさせるには肌色に水色をつけても見えにくい」からと述べている10 。ゲーム内でもシーモアには額から頬にかけてグアド族の証として筋が描かれているが、歌舞伎ほど目立ってはいない。『新作歌舞伎 FFX』においては、白塗りをしている上に隈取に近い形でグアド族の証が施されており、よりシーモアの異端さが表現されていると言えるだろう。また、青色は「清々しさや清潔感という明るいイメージと、青ざめるなどの暗いイメージとがある」とされ11 、「青い隈は、高貴な身分でありながら、国の乗っ取りなどを企む悪や怨霊など」を示すとされている12。人々から慕われているシーモアが実は世界を滅ぼそうとしている二つの対極的なイメージを持つ人物であることが読み取れるのである。
歌舞伎のメイクで特徴的な隈取の化粧が施されているキャラクターといえばキマリだろう。キマリは「ユウナを守る」という約束のために、一族の証である角を折られ、追い出されても一途にユウナを守ろうとするキャラクターである。ゲームにおけるキマリは青い地色ではあるものの、隈取りのような模様は描かれていない。松本氏は「キマリはメイクのパーツを中心に寄せている感じ。隈取りは口元をしっかりへの字にしてもらっている。獣感を出しつつ隈取りをしっかり入れて顔の中心によるようなメイクをすることによって獣の感じをしっかり出せている」と述べ13、獣の感じを出すことを重視している。そのため、キマリのメイクは、肌の地色を青色に、目の下から目尻にかけて黄緑色と黒色で目張りを入れ、頬のあたりに黒色と銀色で隈を取っている。それにより、よりキマリの雄々しさが表現されているとともに、キマリがほかのキャラクターたちと種族が違うことを示しているともいえよう。
目張りの色では、ティーダ、ジェクト、アーロンが最も特徴的である。三名とも肌の地色は肌色であり、「比較的現実感のある大人の人物」を表している(ティーダについては大人というよりは若者と表現した方が良いだろうが)。しかし、目張りの色を見てみると、三名のそれぞれの立ち位置がわかってくる。
ティーダには浅葱色(薄い水色)と銀色の目張りが、ジェクトには赤色の目張り、アーロンには濃い茶色のような目張りが入れられている。ティーダはザナルカンドで暮らしていたものの、シンによって時空を飛ばされユウナたちの世界にやってきたという設定である。さらに、そのザナルカンドも祈り子たちの願いによってつくられていた幻であったことがゲームでも歌舞伎でも語られる。浅葱色は歌舞伎にもよく使用される「浅葱幕」の色である。「浅葱幕」は「光に包まれた向こうに何かがあるが、まだ見えない」14状態を表しており、ティーダという「何者かわからない」状態を示しているともいえよう。また、前述したように青色には「清々しさや清潔感という明るいイメージ」があり、ティーダの性格を表しているともいえる。さらに、『ファイナルファンタジーX』には水の表現が多く登場する。ユウナが異界送りをするシーンや、ティーダとユウナがお互いの気持ちを語り合うシーンなどには必ず水が登場する。そのため、水がきらめく様子も踏まえて、浅葱色と銀色で表現されているのではないだろうか。
ジェクトは傷を赤色で表現しているため、そこまで目立つものではないが目の下に赤色の目張りを入れている。「赤い隈は、若さや正義、力、激しい怒りなどを発散する力」15を示しており、ジェクトの目張りは隈といえるほど太く取られたものではないものの、彼の正義、勇気、血気盛んな様子を表現しているといえよう。また、ティーダの浅葱色と補色(反対色)となっており、ティーダとジェクトが相対する関係性であると捉えることもできるのである。
最後にアーロンは目の下から目尻に濃い茶色および黒色の目張りを入れている。前述した通り「茶色の隈は、人間に化けた妖怪変化など」を表すことから、アーロンがすでに人ではないもの、いわゆる死人であることを示している。そして、黒色の目張りはワッカたちと同じものである。『新作歌舞伎 FFX』において、この三名以外の男性キャラクターとして登場するワッカやシド、ブラスカのメイクは地肌を肌色にし、目尻に黒色の目張りを入れるのみである。アーロンの目尻の黒色は、ワッカたちと同じ時代に生きているヒトであると同時に、死人であることが強調されているといえよう。このように、ワッカたちのメイクがナチュラルなものであることにより、よりティーダやジェクト、アーロンといった男性のキャラクターが異質なもの、普通とは違った存在であることが示されているのである。
以上のように、『新作歌舞伎 FFX』の登場キャラクターたちのメイクを筆者なりに解釈してみた。歌舞伎の化粧はそのキャラクターを外見から判断できる材料である。2.5次元舞台では演者はキャラクターに外見からなりきろうとするが、歌舞伎の場合はキャラクターに寄せつつ、歌舞伎の伝統を取り入れた「ゲームの歌舞伎化」をビジュアルで表現するものであろうとする。
元来、歌舞伎は物語を原作として解釈を加えたり、時事物を取り入れたりすることが得意な伝統芸能である。そのため、マンガやアニメーション、ゲームといったサブカルチャーを歌舞伎に組み込むことをできる土壌はあったといえる。しかし、ほかの2.5次元舞台との差異を考えた際に、脚本や演出だけでなくビジュアルも含めて「歌舞伎である」という制限をどのように捉えるのかが難しい点だといえるだろう。そのようななかで、ゲームではほとんど表現されないメイクを歌舞伎で表現するとどうなるか、をゲームから逸脱せず、しかし歌舞伎のメイクとして成立させた『新作歌舞伎 FFX』はゲームに対する歌舞伎ならではのおもしろい解釈であり、「新しい概念」への試みとしてのメイクであるともいえるだろう。
脚注
information
『新作歌舞伎 ファイナルファンタジーⅩ』
公演日程:2023年3月4日(土)~4月12日(水)
会場:IHIステージアラウンド東京
企画/構成:尾上菊之助
脚本:八津弘幸
補綴:今井豊茂
演出:金谷かほり、尾上菊之助
出演:尾上菊之助、中村獅童、尾上松也
中村梅枝、中村萬太郎、中村米吉、中村橋之助、上村吉太朗、中村芝のぶ
坂東彦三郎、中村錦之助、坂東彌十郎、中村歌六 ほか
https://ff10-kabuki.com/
※2023年10月31日(火)まで期間限定配信中 https://ff10-kabuki.com/special/
※URLは2023年9月14日にリンクを確認済み